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Saturday, August 28, 2004

クーセヴィツキー(その3)

さて、前々回前回と合わせて、都合3回に及んだクーセヴィツキー特集、今回で完結と相成ります。

前回のチャイコフスキー/交響曲第5番に引き続いてご紹介するのは、ベートーヴェンです。
『アート・オブ・コンダクティング~今世紀の偉大な名指揮者たち~』というドキュメンタリーをご覧になったことがおありでしょうか? 初出はビデオで、後にNHK-BSでも何度か放送されました。
計2編製作されていますが、第1編の方にクーセヴィツキーの映像が登場します。
タングルウッドで催された公開講座の模様と思しきもので、1949年収録とのクレジットがあります。
観ることが出来るのは曲の最後2分ほど。少々キーが高いような聴感は気になるところですが、非常に充実した演奏なのです。アンサンブルの精度もさることながら、ちゃんと楽曲の聴かせどころを心得ているので、コーダの大爆発も決して上滑りすることがありません。
クーセヴィツキーのベートーヴェン、というと、それまでには1928年録音の『田園』しか知りませんでいた。この演奏にあまり良い印象を持っていなかったので、以来ベートーヴェンは範疇外のように捉えていたのです。それだけに、『エグモント』の映像にはびっくりしました。

さて、そういうわけ経緯で今回ご紹介するCDは、

"THE KOUSSEVITSKY EDITION VOLUME X"(LYS 383)

です。収録音源は、

ベートーヴェン:
『エグモント』序曲(1947年4月2日)
交響曲第2番(1938年12月6日/1939年4月12日)
交響曲第5番(1944年11月23日/27日)

となっています。
これらの録音を聴くにつけ、作品の聴かせ処を実に良く心得た演奏だと感じます。楽曲が包括している情動の推移がきわめて巧く音化されているため、聴き慣れた筈のレパートリーであっても新鮮な感動を与えてくれるのです。
クーセヴィツキーは総譜を読むことが不得手であったと伝わりますが、それを補う優れた直感力と洞察力を備えていたということなのでしょう。ニキシュが見出した才覚も、まさしくそこにあったのだと思われてなりません。

特にお聴き頂きたい演奏を選ぶとすれば、躊躇うことなく『運命』を選びます。
これは前回ご紹介したIMG盤とは別のセッションです。実際に比較した上で申しますが、IMG盤に収録されている演奏は殊更に称揚する必要性を感じません。ここにご紹介する1944年録音との差は、別物と言っても良いくらい大きいのです。
冒頭の2小節、『運命の動機』からして、絶妙のバランス感覚です。完璧と形容してもよいでしょう。
どれほど力が込められていても、此所はあくまで続く展開部への導入なのです。クーセヴィツキーのフレージングに対する感覚は絶妙で、後は終楽章まで一気呵成に聴かせてしまいます。
演奏は片時も弛緩を見せません。
その一方で、細部から時に刹那的とも言える美観が浮かび上がることも見落とせません。苦悩と安逸がその折毎の生々しさで聴く者へと訴えかけるこの演奏、さながら人間の在り方そのものであるかのようです。
凱歌的な終楽章は、予定調和的に到達した姿であって欲しくはない。そして、ただここで完結するためだけのものであって欲しくもないのです。


私の身辺に、『運命』は好きになれないと言う人がありました。
生半可な覚悟で臨めば軽佻浮薄に陥るし、力を込め過ぎた演奏では私情の横溢に辟易してしまう。
良い演奏に出会ったことが無い、と言う彼の人は、クーセヴィツキーによるこの演奏に対しては、いかなる感想を抱くことでしょうか。
今となっては、それを知るすべもありませんが。
 
 

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