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Wednesday, September 01, 2004

フランツ・フォン・ヴェチェイ(ヴェッチー)

8月が終わりました。
いくら残暑が厳しかろうとも、太陽の照る時間は日毎に短くなってゆきます。
夏の終わりは、私にしてみれば1年の終わりを見据えたに等しいようなものです。

移ろう季節、心境の変化に併せて、耳にする音楽も知らず知らずのうちに変わります。
今回ご紹介するのは、私にとっての『秋の1枚』です。

フランツ・フォン・ヴェチェイ(ヴェッチー/ヴェッシー) Franz von Vecsey(1893-1935/ハンガリー)、数々の神童伝説を生んだヴァイオリン演奏史の中にあって、その名前は一際光芒を放つものです。
8歳よりイェネー・フバイに師事、1904年、11歳の時にヨアヒムの目にとまって、その指揮の下ベートーヴェンの協奏曲を演奏したと伝わります。

ヴェチェイがいかに完成された神童であったかは、幸いにして録音で接することができます。

知る限りの復刻CDは以下の3点、

(1)

(2)

(1)には先述ヨアヒムとの共演と同年、1904年にG&T社へ録音された、フバイの『カルメン幻想曲』が、(2)には1910年にフォノティピア社に録音された、バッツィーニの『妖精の踊り』が収録されています。
『カルメン幻想曲』は、個人的に長らく渇望していた演奏なのですが、最近になって思いがけずTESTAMENT社がCD化してくれました。
いずれの演奏も技巧からして水際立っており、それだけでもヴァイオリニストの連綿たる系譜に食い込めるのではないか、と思わせるほどです。
フレージングはかなり前のめり気味ですが、それは神童の勇み足と言うよりも、魔性のなせる業といった印象を持たせます。ここでのヴェチェイはいわば、音楽の寄代となることで卓越した演奏を成しているのです。

でも、今ご紹介したい演奏は、それとは別のものです。

(3)

ヴェチェイの録音歴は、花火のような神童期を過ぎた後も続いており、ここでは1925年から1930年代前半までの13曲15トラック(うちベートーヴェンのソナタ第3番を含む)が収録されています。

録音を行った時期、ヴェチェイがいかなる心境にあったのでしょうか。それを窺わせる資料には未だ巡り会っていません。
ただ、演奏の一つ一つには、静かな寂寥感が滲んでいます。

たとえばクライスラーの『プニャーニのスタイルによるテンポ・ディ・メヌエット』、私はこれほど人の心に沁み入る演奏を他に知りません。表現上特筆するべき処は不思議と見あたらないのですが、木枯らしに舞う朽葉を眺めるような、避け難い憂いと典雅さが共存しています。
また、パルムグレンの『カンツォネッタ』やレーガーの『子守歌』は、ノスタルジックな旋律美の裡に空山鳥語の趣を湛えた名演です。

そしてシベリウスの『夜想曲』…この演奏を何に喩えればよいのでしょう。
身よりも先に心が温度を失ってゆく有様のような、寂しい、寂しい音楽。
こればかりは、言葉を重ねる程に、白雪を汚すような心地がいたします。
どうぞ、お聴きになって下さい…。


秋と言うよりは、むしろ初冬かその先を思わせるようなアルバムですが、私にとってはこの位がちょうどよいのです。次第に短くなる日脚の裏で、独りこのアルバムに聴き入っていると、時間も知らぬ間に過ぎてゆきます。

ヴェチェイは幾つかの作品を残しています。
古くはジェルジ・シフラが『悲しいワルツ』をピアノに編曲した録音が存在しましたが、今日でもヴェチェイの作品がヴァイオリンのプログラムに加えられることがあるようです。
今回ご紹介したCDにも、"Cascade"と"Chanson nostalgique"の2曲の自作自演が収録されています。
特に前者はヴェチェイの演奏と相まって、非常に可憐な作品なので、是非ご一聴下さい。

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Comments

おお、こんなところに私の大好きなヴェチェイが!

先日は、大変お忙しいところに能天気なメールを差し上げたようで、失礼いたしました。といいつつ反省の色もなく、あれから、バックナンバーを拾い読みさせていただいているうちに、この記事を見つけました。

たしかにロンド・デ・ルタンは、前のめり気味で、そんなに急いでどこへ行く?と言いたくなるような演奏ですね。
私が聴いたなかで一番気に入っているロンド・デ・ルタンは、マヌエル・キロガのパテ録音です。鬼神がのり移ったがごとき変幻自在のテンポには、さすがの奥さんのピアノも付いていけないようです。
それから、エネスコのテスト録音がオークションに出ているのを見たことがあります。これは聴いてみたいですね。

ヴェチェイの電気録音ですが、VOX盤までは何とか聴けるのですが、それ以降は痛々しくて聴いてられません。

あと、メルバのメープルソンにも一言申し上げたいのですが、いずれ改めて。

Posted by: いぼたろう | Saturday, January 29, 2005 at 06:19 PM

>いぼたろう様

先日は嬉しいお便りをありがとうございました。
実際の所は、殺伐とした心持ちで予定をこなす中で、往信に与っている間にこそ人心地を感じていた次第です。過分なお気遣いを頂き、誠に恐縮と存じます。

>ヴェチェイ

いぼたろう様もヴェチェイの演奏がお好きだったのですね!
私自身、記事中に連ねている如く、ヴェチェイには強い思い入れを抱いておりますので、嬉しい限りです。それだけに、「痛々しくて」とのお言葉には、心底からシンパシーを感じます。
神童時代の録音がもっと復刻されれば…と思うのですが、CD一辺倒ではなかなか聴く便宜もありません(^^;

>キロガ

私もマヌエル・キロガは大好きなんです!
SYMPOSIUMの復刻盤を常々愛聴していますが、素晴らしいヴァイオリニストですよね。
確かにあの「ロンド・デ・ルタン」は凄い演奏でした。併せて復刻された「悪魔のトリル」のカデンツァ共々、いぼたろう様が「鬼神がのり移ったがごとき」と仰る通りの演奏だと思います。

また、キロガは朗らかな音色も大きな魅力だと感じます。「アルベニスのタンゴ」などは、編曲者のクライスラーよりもキロガの演奏の方が好きです。

この人も若くして演奏活動を退いていますね。しかも原因が交通事故だと云うのが泣かせます。生年からすればエルマンと同世代、ステレオ初期まで活動していても、本来おかしくない訳で…残念でなりません。

>メルバのメープルソン

楽しみにお待ち申し上げております(^-^)


斯くの如き弱輩ではございますが、今後ともご教示・ご鞭撻を頂けましたら幸甚です。
どうぞ宜しくお願い致します。

Posted by: Tando | Saturday, January 29, 2005 at 09:03 PM

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