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Monday, September 13, 2004

ニジンスキーのオーケストラ

今回は久しぶりにクラシック音楽の話題を書きたいと思います。

この記事で取り上げるのは、

◆Collection Ernest Ansermet/Volume 1(LYS 451-452)

という2枚組のCD。消失が痛惜されるフランスのレーベル、DANTE-LYSが1999年に発売したもので、エルネスト・アンセルメ(1883-1969)のモノラル音源を集めたシリーズの一編です。
伝説的な名手団体、コンセール・ストララム管弦楽団との録音をはじめ、DECCAが戦後まもなく発売したハイ・ファイ録音の嚆矢、『ペトルーシュカ』 『火の鳥』など、ストラヴィンスキーによる作品を中心に編集されています。

しかし余白には、それよりも強くわたくしを惹きつけてやまない音源が収録されています。
それはアンセルメの初録音、1916年にニューヨークで録音されたというバレエ小品集なのです。

ステレオ・アナログ前期の音源でアンセルメに馴染んだ身としては、録音歴が第1次大戦中に始まっていたという事実自体が既に驚きなのですが、クレジットされている管弦楽団名に目を移すと、更なる驚異を見出すことになります。
"Orchestre des ballet russes de Serge de Diaghilev"、つまりここで演奏しているのは、ディアギレフ主宰するバレエ・リュッス直属の管弦楽団なのです。
華やかなりし時代のバレエ・リュッスの音楽は、その音楽を担っていた、モントゥーやアンセルメ、アンゲルブレシュト、デゾミエール、更に古くはピエルネといった指揮者の録音群によって、偲ぶことが可能です。しかし、リアルタイムで録音されたバレエ・リュッスにまつわる音源が存在するとなると、その意味合いは全く異なるものとなります。
1916年、マイクロフォン発明以前の録音が捉えたオーケストラの音は、後世とは比較にならない位に心細く、編成やダイナミックスも相当な制約下に措かれていると考えて間違いありません。

しかし、そんな悪条件を差し置いてなお、わたくしはこの録音を聴く時には胸中の昂揚感を禁じ得ないのです。

いま、そこで演奏している人々は、僅か数年を遡ると、あの『春の祭典』や『牧神の午後』の舞台と…
…ニジンスキーと共に在った人々なのですから。

『シェエラザード』 『アルミードの館』 『カルナヴァル』 『レ・シルフィード』 ─ ポプリ的に抜粋されたものばかりですが、その悉くは紛れもなくニジンスキーが踊った演目。
そう、この指揮者と、このオーケストラと共に!

ニジンスキーの舞踊を捉えた映像は、一切残されていないと伝わります。
生前のジョルジュ・ドンがNHKのインタビュー(最後の来日公演の時です)の中で、『幸いなことに』という言葉の後、この事実について言及したことが今もって忘れられません。
遙かなるニジンスキーに思いを馳せる時、映像は不要の最たるものに違いないのですから。

反面、『でも…』という気持ちを制することも、やはり難しい。少なくともわたくしにとっては、そうです。
そんなわたくしにとって、アンセルメとバレエ・リュッスのオーケストラが残した録音は、渇を癒して余りある、かけがえのないものです。

無音の印画紙の中でポーズを取るニジンスキー。時間と人々の想いとが堆積したいま、それはまるでヘレニズムのレリーフのよう…。
古いレコードに刻まれた演奏は、朧なものであるがゆえに、却ってニジンスキーの絵姿へと親しく寄り添うことが叶うのではないか。
わたくしには、そう感じられてならないのです。

 
 

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