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Wednesday, September 15, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その1)

Juan Breva tenía
ホアン・ブレーバは持っていた
cuerpo de gigante
巨人の体と
y voz de niña.
少女の声と。
Nada como su trino.
たとえようのない、そのさえずり。
Era la misma
それはまさしく、
pena cantando
笑顔のうしろでうたっている
detrás de una sonrisa.
嘆きそのもの。
Evoca los limonares
ねむれる女、マラガの街の、
de Málaga la dormida,
レモンの木々を思わせる、
y hay en su llanto dejos
その涙にあるものは
de sal marina.
海の塩の後味だ。
Como Homero cantó
あのホメロスのように、
ciego. Su voz tenía,
盲目となって、うたった。
algo de mar sin luz
その声は、光なき海、
y naranja exprimida.
しぼられたオレンジのようだった。


<フェデリコ・ガルシア=ロルカ 『カンテ・ホンドの詩』より『ホアン・ブレーバ』>


スペインはグラナダに生まれた詩人、フェデリコ・ガルシア=ロルカ(1898-1936)。
フラメンコに想を得た詩編「カンテ・ホンドの詩」(Poema del cante jondo/1921)は、その創作の前期を代表する作品です。ショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」では、「深き淵より」と「マラゲーニャ」の2篇がテキストとして用いられています。
上掲の詩は作中からの一篇、マラガ出身のカンタオール(フラメンコ歌手)、ホアン・ブレーバ(Juan Breva/1844-1918)に寄せられたものです。

この詩編の中には、シルベリオ・フランコネッティ、ドローレス・"ラ・パラーラ"、アントニア・"ラ・ローラ"、そして、ホアン・ブレーバといった、実在したカンタオール/カンタオーラ(女性のフラメンコ歌手を表す語)の名が登場します。いずれも19世紀に活躍した名人ばかり、詩が生まれた時には既に、その歌の俤は古老の昔語りの中へと収められつつありました。
しかしロルカは、貝殻の奥底に眠る海、その響きを聴くかのようにして、彼らの歌を、姿を甦らせたのです。

わたくしの手許には長谷川四郎による名訳、「ロルカ詩集」(みすず書房)がありますが、「カンテ・ホンドの詩」からの抜粋中、上述の人々を描いた作品は残念ながら一篇も収録されていません。
冒頭に掲げた対訳は、恥ずかしながら、この機会の為にわたくしが手掛けたものです。
拙い作品を皆様のお目にかけることも、原詩の魅力に少しでも近付きたい一心からのこと、どうぞ御斟酌下さいませ…。


数ある中からホアン・ブレーバを殊更に取り上げたのは、同作品中にあって恐らく唯一、レコードを遺している人物だからです。
ブレーバは、1910年に5枚10面のレコードを吹き込みました。フラメンコという音楽ジャンル全体を見渡しても、ブレーバは商業録音を行った最年長者に属するものと思われます。

また、同時代のカンタオールの中にあって、ブレーバはその人気と名声で突出した存在でした。
高い技量を持ちながらも、大衆的な人気に背を向けて自らの道を貫いた人が多く存在する一方で、ブレーバの音楽活動は、より外へ外へとの志向と共にあったようです。
1890年代、豊かな財力と人脈を駆使して、名だたる音楽家や名士のレコードを、当時としては奇跡的な高音質で製作したジャンニ・ベッティーニ。そのカタログの中には、アデリーナ・パッティ、リーナ・カヴァリエリ、ジャン・ド・レシュケといった、オペラ史に燦然と輝く大スターと共に、ホアン・ブレーバの録音が記載されています。
ただ、肝心のレコード(正確には蝋管)そのものは、他の貴重な音源共々、戦災で焼失してしまったようですが…。

そして何よりも、ひとたびならずスペイン王室の御前で歌った、という事実が、当時ブレーバの名声が如何に高いものであったか、ということを端的に示していると言えるでしょう。


さて、今回は当ウェブログを立ち上げて以来初めての、フラメンコ関連の記事となりました。
その嚆矢としてホアン・ブレーバを取り上げたのですが、我がことながら驚く程に思いの丈が横溢していることを実感した次第です。
文面の長さを1回分相応で止めるためにも、レコードの感想は次回記事へと繰り延べることに致します。
どうぞ、よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
 
 

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Comments

とてもよい詩ですね。
ご自身の訳とのこと、驚きました。

algo de mar sin luz
その声は、光なき海、
y naranja exprimida.
しぼられたオレンジのようだった。

この箇所がとても素敵で、何度想像しても、言葉の深みに追いつくことが出来ません。
追いつけるのは、ホアン・ブレーバの音楽だけでしょうか。

毎日の更新、楽しみにしております。

Posted by: satoru | Friday, September 17, 2004 at 01:20 PM

satoruさん、いつもご来訪ありがとうございます。

>ご自身の訳とのこと、驚きました。

本当にお恥ずかしい限りなのですが、全文使用ということもあって、今回は頑張ってみました。スペイン語の文法は本当に難しいです。
それにもまして、詩の訳という行為の難しさを痛感しました。
此所では音読した際のリズムに執着したので、直訳を恣意的に避けた語彙もあります。大きな反省点です。
そして、どうしても長谷川四郎氏の訳を意識してしまう自分がありました(^^;

>言葉の深みに追いつくことが出来ません

わたくしが隔たりを感じたのは、「海の塩の後味」という箇所です。ブレーバのカンテを何度聴いても、それがあるらしい、という事を意識しない限り、実感らしきものを得ることが出来ません。
これは詩と歌とが生まれた土地を知って、初めてわかることのような気がします。

>毎日の更新、楽しみにしております。

ありがとうございます(^-^)
今後ともよろしくお願い致します。

Posted by: Tando | Friday, September 17, 2004 at 06:51 PM

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