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Thursday, September 16, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その2)

前回に引き続き、ホアン・ブレーバ(1844-1918)の第2回目記事、今回は残されたレコードについてです。

ブレーバの復刻には、まずフランスのMANDARAレーベルがCD1枚を割きました。しかしながら、これは同一音源の重複やドン・アントニオ・チャコン(1869-1929)の古い録音を混同した粗雑な代物。通して聴いて甚だ落胆した記憶は、わたくしの中で未だに生々しいものです。
その後、ブレーバの全録音は、スペインのPRODUCCIONES arによる「カテドラ・デル・カンテ」(CATEDRA DEL CANTE)というシリーズ中に復刻されました。これは正真正銘、残された10面のレコードに基づくものです。
ただ、この復刻についても泣き所があります。シリーズ全体を通して言えることなのですが、トランスファーが雑なのか、ノイズが多く残留している割にカサカサとした音質で非常に聴きづらく、歌い手の存在感がかなり削がれているのです。
それでも目下の所、ブレーバの全音源を収めた復刻盤は他に存在しないので、存在価値は非常に高いと言えるでしょう。

実は、ブレーバの録音を聴くにあたって、全てを差し措いてお勧めしたい復刻があります。
日本国内のEsutudio Cascorroから発売されている、グラン・クロニカ・デル・カンテ(Gran Cronica del Cante)というシリーズに収録されたものが、それです。ここでブレーバの録音は、第2集と第4集に、各2トラックずつ聴くことができます。
詳細情報と購入方法についてはアクースティカ該当ページをご覧下さい。
このシリーズは、全トラックに歌詞と対訳、そしてきわめて浩瀚で含蓄のある解説が付されている点で比類がありません。そして何よりも、聴く者を歌い手の芸境へと導く大きな力が、解説文中には満ち溢れています。

ブレーバのレコードでは、カンテ(歌)・フラメンコには比較的珍しい演奏スタイルが聴かれます。ここで伴奏を担っているのは、伝説的なフラメンコ・ギター奏者ラモン・モントージャ(Ramón Montoya/1879/1880-1949)なのですが、その傍らではブレーバ自身もギターを奏でているのです。
歌のみならずギターも巧みだったというブレーバ、その音色を録音からつぶさに聴き取ることは難しいのですが、1860年代生まれの奏者を聴くことさえ難しいフラメンコ・ギターの録音史にあっては、大変貴重な記録と言えそうです。
達人モントージャもここでは比較的シンプルなスタイルを取っていて、ほとんどコード弾きに近いブレーバのギターとの間に、素朴な調和を現出しています。
ただ、ここで言う「素朴」とは、あくまでも演奏上の効果、という程度の意味であるとお考えになって下さい。

むしろわたくしはブレーバのレコードを聴いていると、常に宿命に煽られ続けているかのような、人を安住させない何かが感じられてなりません。ローカルな舞曲の俤を残した古いマラゲーニャ、ベルディアーレスのみならず、ソレアーの中にも、全ての録音に於いて同様のものを…。

ロルカが"voz de niña"と形容した歌声は、確かに男性歌手の中にあって高い声域に属するものです。そこからは澄み渡った叙情が絶えることなく溢れているのですが、決して甘美さに終始する性質のものではありません。
それはまるで、尽きない水を思わせる歌、小さな泉などではなく、もっと遠く深い処から届く水音。

歌声に誘われて巡る想念が、再びロルカの言葉に戻ったとき、わたくしは総身が震えるような感動を覚えます。

嘆き、レモン、涙、海の塩─
─光なき海、しぼられたオレンジ…。

 
 

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