« 光なき海─ホアン・ブレーバ(その2) | Main | 津軽三味線(2)─よもやま話 »

Friday, September 17, 2004

津軽三味線(1)─白川軍八郎

昨年(2003年)の11月末にキングレコードから発売された、「津軽三味線の巨星たち」(KICX8161/2)

という2枚組のCDがあります。
収録されている奏者は、白川軍八郎、高橋竹山、木田林松栄、三橋美智也と、往年の名手四人。

津軽三味線の四大名手による歴史的な名演奏を集めた、津軽三味線の聖典とも云えるアルバム

と、帯書きにありますが、まさしくその通りです。これは素晴らしいアンソロジーです。
それにも拘わらず、このアルバム、反響らしきものを殆ど目にしません。店頭でも定番的な地位に収まっている形跡があまり見受けられません。本当に、心底からの危機感を禁じ得ません。

実は昨年の春、わたくしはキングレコードに以下のようなメールを送信しました。

初めてお便りさせて頂きます。
どうしても再発売して頂きたいCDがありますので、ご検討を頂けないでしょうか。

私は貴社から発売されている"KING TWIN BEST SERIES"の『津軽三味線』2枚組を所有しているのですが、その中に収録されている白川軍八郎の演奏にすっかり心奪われてしまいました。
<中略>
最近になって、以前に白川軍八郎の一枚物のアルバムを貴社が発売されていたことを知りました。この素晴らしい弾き手が広く聴かれる機会を、今一度提供しては頂けないでしょうか。


結果、善処して下さる旨、ご返信を頂戴しました。
そして同年11月に発売されたCDが、「津軽三味線の巨星たち」なのです。わたくしのメールが一体どの程度影響したものか、それは推し量りようがありません。それでも、CDが発売されたという事実は厳然と存在しています。
念願が叶った以上、わたくしもそれに報いねばなりません。
たとえ幾千字を連ねることになろうとも、白川軍八郎と、このアルバムに今回の記事を捧げ尽くします。

まず、白川軍八郎という奏者について、知る限りの簡単なご紹介を。その音源を収録したアンソロジーは数点存在しますが、満足できるプロフィールはなかなか見あたりません。


初代 白川軍八郎 1909(明治42)~1962(昭和37)

津軽三味線の始祖と言われる神原の仁太坊(本名秋元仁太郎/1857~1928)最後の弟子。
幼少の頃に失明し、8歳で仁太坊に弟子入りして以降、瞬く間にその天分を発揮し始め、2.3年もする頃には師自らが「将来一番の三味線弾きになる」と認めるほどの腕前になった。
一般に津軽三味線の基礎を築いたのが仁太坊で、それを完成させたのが白川軍八郎であると言われる。それほどまでに軍八郎の足跡は大きく、生前から「津軽三味線の神様」と讃えられた。弟子も多く、たとえば三橋美智也はこの人に学んでいる。
その一方で、終生座付きの雇われ芸人という境遇から脱することはできず、昭和37年5月17(18?)日に、53歳の若さで困窮の中に没した。
 
 
 

白川軍八郎は、独奏津軽三味線が全国的な人気を博す直前とも言える時期に亡くなりました。それゆえに録音は少なく、伴奏などをかき集めても74分CD1枚に収まってしまうのではないでしょうか。もっとも、その録音歴は戦前から既に始まっているので、SP録音を合わせると、どうなるかは判りません。
独奏録音の比率となると、更に微々たるものです。
確実なことは判りませんが、「~巨星たち」に収録された8トラック(うち1曲は三橋美智也との共演ライヴ)で、恐らくキングレコードに残る独奏録音の大半が網羅されているものと思われます。

それでも、白川軍八郎の名は不滅です。「津軽三味線の神様」という賛辞は、永遠のものでしょう。
誤解を恐れずに恐れずに申しますが、彼の音楽が備えている特質は、社会に於ける「芸」の在り方が変容した今、二度とは生まれ得ないものです。その点では、亡き高橋竹山も同様であったと思います。
これは現在の弾き手の責任に帰する性質の事象ではありません。ただ時代の変遷がそこにあるだけなのです。

その上で天性の超人的な技巧が加わると、どんな音楽が生まれるのでしょうか?
最たる答えは「~巨星たち」の1枚目10トラック目、SP盤から復刻された「津軽よされ節」にあります。これは撥弦楽器の演奏原理自体を遙かに凌駕した、恐るべき演奏です。殊にトラック前半、1分40秒に渡って繰り広げられる「新節」では、聴き手を完全に呪縛する凄まじいアウラが発散されています。
いにしえの人々が、深井戸の奥底、暗黒の辻の向こう側に見出した存在を、録音は確かに捉えているのです。

更に年代を下り、テープ録音に移行してからの5トラックを聴きましょう。
ステレオ録音の「津軽三下がり」 「津軽あいや節」 「津軽じょんから節」の新節と旧節は、新たなリマスタリングが施されたのか、既出のCDよりも音質が向上しています。キングレコードの担当者氏の良識と誇りを感じ、誠に頭が下がる思いです。
ここで駆使される技巧は間違いなく最高の水準であるものの、軍八郎はそれをより内面に向けているかのよう。
軍八郎の三の糸が奏でる、あの絶え入るような音色を聴くと、わたくしはいつも胸が締め付けられるような心持ちになります。命の灯火を弱めることで音を細くしているかのような、そういう趣があるのです。
そして、二の糸が奏でるのは風の音、波の音。
一の糸が奏でるのは、人の声、心象の声…。

テープ録音で残された独奏の中で、唯一のモノラル音源「津軽よされ節」は、軍八郎の芸境の究極の姿であると思います。
SP録音で顕示された天分と、恐らく歳月を重ねて深まった内観とが、ここに一体化したかのようです。
一の糸の音色は、叩き三味線の源流を示す強靱なものですが、その中には痛ましいまでに紅い、血潮の気配があります。
ひたむきに歌い、そして泣く三味線の姿というより他に、言葉は要りません。


約40年の歳月を経た今、津軽三味線は伝統芸能という枠組みさえも越えて、広く愛好されています。その潮流を支えているのは、確かな研鑽を積み、そして得難い独創性を備えた奏者の数々です。
こうした人々は、新たな表現の形を試みながらも、白川軍八郎や高橋竹山、木田林松栄といった往年の名手の演奏を研究することを決して忘れてはいません。
しかしながら、聴く側に供給される音源の在り方は、何か一面的な形態に集約されているように感じられてならないのです。
そうした状況の中で、今回ご紹介した「津軽三味線の巨星たち」が持つメッセージは、とても大きいと思います。
このアルバムを監修された斎藤幸二氏は、昭和38年に高橋竹山の独奏アルバムを企画・製作して、現在まで続く津軽三味線ブームの先鞭を付けた方です。その斎藤氏がライナーの中で、「使命として」このアルバムを作った、と仰っていることを、如何に受け止めるべきでしょうか。
単なる懐古趣味からではなく、収録されている名手達の演奏が持つ不変の価値ゆえに、わたくしはこのアルバムを強くお勧めするものです。
それも、入手が容易な今だからこそ。
カタログから消えてしまってからでは、どうしようもありませんから。
 
続編記事>>津軽三味線(2)─よもやま話
 
 

|

« 光なき海─ホアン・ブレーバ(その2) | Main | 津軽三味線(2)─よもやま話 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 光なき海─ホアン・ブレーバ(その2) | Main | 津軽三味線(2)─よもやま話 »