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Sunday, October 31, 2004

アウレリオ・デ・カディス

「フラメンコ」というカテゴリを設けていながら、最後の記事追加から実に1ヶ月以上も経過してしまいました。
かと言ってわたくしが持つ愛着には、何らの変わりも無いのですが…。

音楽に限らず、良いと感じたものの姿を伝える事は難しい。自分が用いうる言葉の、何と心許ないことか、そう思うことばかりです。

記事にしようと思い立ちながらも、度重ねて挫折してきたトピックの多くが、フラメンコにまつわるものです。途中で放擲した記事が、フォルダの中には3つ4つ累積しています。
フラメンコの良さは、殊の外言葉に換え難い性質のものです。
わけても、カンテ(歌)の良さは…。

それでも愛してやまぬフラメンコ、どんなに記事数が少なくとも、当ウェブログ内で、このカテゴリが持つ意味は特別なもの。そして、多くの方がその素晴らしさに触れて下さることを願いつつ、拙きことを承知の上で更新を続けたい思います。

さあ、決意も新たに今回ご紹介するのは、アウレリオ・デ・カディス。
プロフィール欄にもその名を挙げていますが、あらゆる音楽ジャンルを越えてわたくしが敬慕している音楽家の一人です。

通り名をアウレリオ・デ・カディス(Aurelio de Cadiz)、本名の「アウレリオ・セジェス」(Aurelio Selles)とも表記される、この偉大なカンタオールは、1887年の11月3日ないし4日、カディスのサンタ・マリア街に生まれました。若き日には闘牛士を志し、やがてフラメンコの世界に足を踏み入れます。
折しも時代は、伝統的なフラメンコの衰退期に差し掛かっていました。大衆化への適応を拒んだ昔気質のフラメンコは、次第に世間の片隅へと追いやられたのです。
そんな時勢にあって、アウレリオは芸歴の殆どを、故郷カディスで積み重ねます。大舞台を嫌い、ごく少数の熱心な愛好者の為に歌い続けながらも、知る人ぞ知る名カンタオールとしての声望は、時と共に高まってゆきました。
やがて1950年代を迎え、伝統的なフラメンコが復活を遂げます。同時にアウレリオは、その至宝とも言える存在として崇敬を集めるようになりました。
亡くなったのは1974年の9月19日。最晩年は健康を損ない、歌からも遠ざかっていたとのことですが、その死は内外を問わずフラメンコを愛する全ての人から惜しまれました。

もとより興行的な成功は意中に無かったアウレリオ、遺された録音は決して多くありません。1923年と28年とに吹き込まれたSP録音が、合計20余面と、1960年前後にスペインHISPAVOX/EMI-Odesonで吹き込まれたLPが1枚(11曲収録)、そしてほぼ同時期に、カンテ・ホンドの復興に身を捧げ尽くした巨匠、アントニオ・マイレーナの企画で製作されたアンソロジー、"Antologia del Cante Flamenco y Cante Gitano"に収録された5曲、以上が正規録音に於ける総遺産です。
纏まったCDとして聴くことが可能なのは、SP録音の20面を収録したスペインPASARELAレーベルの1枚(PASARELA CDP3/656)、そしてスペインBMGが復刻したマイレーナのアンソロジー盤(BMG TABLAO 74321 878922)の2種類です。
残念なことに肝心の1枚もののLPは、未だ完全な形ではCD化されていません。もっとも、様々なアンソロジーに散らばる形で、同音源中の合計9トラックまではCDで聴くことが可能です。スペインHISPAVOX/EMI-Odesonのアンソロジー、"MAGNA ANTOLOGIA DEL CANTE FLAMENCO"(7991642/CD10枚組)に6曲、そしてEMI-Odeonの"Quejio"(ケヒオ)シリーズの"ARTE Y SALERO-CADIZ"(7243 5 27842 2 6)に、更に3曲が収録されています。
でも、アウレリオ一人を聴くためにこれだけのアンソロジーを買い揃えるのは、いかにも大変なことです(実際は、どれもがカンテの真髄を捉えた稀代のセットなのですが…)。
ともあれ、EMI-Odeonはここ数年で漸く、LP音源のCD化に着手しました。
不朽の名盤「カンタ・ヘレス」に始まって、ベルナルド・エル・デ・ロス・ロビートス、ペリコン・デ・カディス、マノロ・バルガスといった、往年の巨匠のLPは既にCDとなっているのです。
ここまで来ればアウレリオまであと一歩、というところなのですが、その後2年近くの間進展が無く、わたくしは非常にもどかしい思いをしています(-_- ;

さて、この先は、アウレリオのLPが遠からずCD化されることを前提として、そのカンテについて述べたいと思います。

アウレリオの録音歴は、30代後半から40代前半に録音されたSP音源と、晩年の70代に録音されたLP音源とに大きく分かれることになります。最大で40年、これ程の時差があれば、本来ならば何らかのギャップが存在して然るべきだと言えるでしょう。
しかし、アウレリオはそうした要素を殆ど見せない歌い手なのです。殊に歌ともなれば、声質や声量の変化が必然的に伴ってくるものですが、それすらもあまり意識させることはありません。
ラッパ吹き込みの1923年の録音と、ステレオで収録されたLPの録音とを比べて、すぐさま同一人物と判別出来る歌い手が、一体どの位存在するものでしょうか?
実に驚くべきことであると思います。

ラモン・モントージャ(モントーヤ)の伴奏を得て吹き込まれたSP録音、そこに聴かれるアウレリオのカンテは、既に完成の域に達しています。フレーズの継ぎ目の其処此処に底深い闇を紡ぎながらも、どこか粋な節回し、低音に込められたとてつもない気迫。歌の高ぶりの、その極みに発せられる叫びは、声量に全く依存することなく、ただ秘めたる気配の大きさによって聴き手を慄然とさせます。
聴き知る限り、ラモン・モントージャのトーケ(ギター演奏)は、常に音楽全体の在り方を意識して、歌い手と相対する位置に踏み止まろうとする向きがあります。しかし、アウレリオとのセッションでは、その本領を発揮しながらにして、アウレリオの放つ強烈な「磁場」に取り込まれているのです。がさつな復刻で空間成分を削がれた音質が、更にその印象を強めます。後年の録音との間に差違を見出すならば、この妖気芬々たる趣こそが最たるものと言えるでしょう。

LP期に移ってからの音源は、幸いにもステレオ録音です。
伴奏者は、アンソロジー盤がメルチョール・デ・マルチェーナとマヌエル・モラオ、HISPAVOXのLPがアンドレス・エレディアで、いずれを取っても申し分の無い好サポートが聴かれます。
これらのセッションでは、収録時間の制約から解放されたこともあってか、節回しは更に大らかなものとなっています。また、立体的に収録された音場から、アウレリオの歌声の輪郭を明瞭に聴き取ることが出来るようになりました。

その「叫び」が発せられる時、同一の空間を共有する全ての存在が、震えます。雷鳴のような凄みを帯びた声が引き際に残すのは、無尽の闇そのものです。
シギリージャやソレアーの慟哭が、言語を越えて聴き手の戦慄を呼び起こします。

そして、同じ力を持った声が諧謔と喜びを歌う時、何が起こるのでしょうか。

HISPAVOXのLPに収録されたアレグリアス、この1曲を語ろうとすると、もはや自制が利かなくなりそうです。
原則として、人間は一つの声しか発することは出来ません。それなのに、苦悩と歓喜は表裏一体。実に厄介です。
しかし、憂える者には、先へと繋ぐ希望があり、幸う者には、知らずに抱いている不安がある。アウレリオが歌うアレグリアスは、そのいずれとも共にあります。
時に聴く者を凍てつかせるその声は、凍えた心を再び奮起させる力をも併せ持っているのです。

そして、フラメンコの情熱の最たるブレリアス。アウレリオによって歌われると、侠気の粋となります。これぞまさしく、男を惚れさせる、男の姿です。

決して気易くは聴くことが出来ない、アウレリオのカンテ。何故なら、たとえ頭を空っぽにして聴いていても、否応なく心が引き込まれてしまうからです。
心のあちこちで、気付かぬうちに生じていた「鬆」の中を、そのカンテは目一杯響き渡ります。
嘆きも喜びも、一時に味わうようにして時間が流れ、いつしか身中には生きるための力が宿っている…。

かけがえのないHISPAVOXのLPが1日でも早く復刻されることを、わたくしは日々心の片隅で願っています。
 
 
 

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Comments

アウレリオに関する評価は、まったく同感です。同じように感じる人がいると知って、とてもうれしいです。アウレリオは、マヌエル・トーレやトマス・パボンにも匹敵する名歌手だと思います。ただ、アンソロジーにはいっているマヌエル・モラオ伴奏の数曲は、できがよくありません。むろん、アウレリオの責任ではなく、モラオのせいです。ヘレスの弾き手モラオは、ほかの弾き手と比べてちょっとコンパスが違っていて、アウレリオと呼吸が合っていないのです。せわしない伴奏で、アウレリオがいかにも歌いにくそうにしているのが分かり、気の毒なくらいです。モラオを伴奏者に選んだ、アントニオ・マイレーナ? の見識を疑います。なぜ、単独LPで最高の伴奏をしたアンドレス・エレディアを、起用しなかったのでしょうか? モラオのアレグリアスの伴奏を聴くと、頭を抱えたくなります・・・・。
小生の夢は、いつかニーニョ・リカルドが伴奏するアウレリオのカンテの、幻盤と出会うことです。なぜこの、黄金の組み合わせが、実現しなかったのでしょうか。小生、三度カディスを訪れましたが、三度目に行ったとき「去年亡くなった」と言われて、ショックを受けた覚えがあります。サン・ホアン・デ・ディオス広場に近いアウレリオ・セジェス小路(と名づけられた短い通りが、生前からありました)で、冥福を祈った覚えがあります。
アウレリオの記事を見つけたうれしさに、ながながと失礼しました。

Posted by: Doc Holliday | Tuesday, March 10, 2009 at 05:13 PM

Doc Holliday さま

はじめまして、お返事が遅くなりまして申し訳ありません。ようこそおいで下さいました、それもアウレリオが御縁でとは嬉しいです!
マヌエル・モラオの取り回しの重さ、ご指摘に同感です。アレグリアスは本当に鈍くなっちゃって…。でも、私はそこまで切実な不満は抱いていません。むしろ、エレディアが出来すぎなんだと思うことにしています。あのフットワークは奇跡的です。ブレリアの格好良さなんて、颯爽たるモデルノのアルティスタ達が束になってかかっても未だ叶わないんじゃないでしょうか。
ニーニョ・リカルドの伴奏があるとしたら、それこそ夢の取り合わせです。最高のカードです。無い物ねだりが許されるなら、私だって絶対に聴きたいですね!

Posted by: Tando | Sunday, March 29, 2009 at 03:40 AM

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