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Wednesday, November 24, 2004

コンスタンティン・イグムノフの録音(前編)

今回と次回との2回に分けて、ロシアの名ピアニスト、コンスタンティン・イグムノフ(Konstantin Igumnov,1873-1948)の録音について書きたいと思います。
このウェブログでも折に触れて言及してきた、フランスの歴史的音源復刻レーベル"Dante"から発売されていた、2枚のCDを中心に話を進めます。
そもそもこのCD、レーベル消失に伴う廃盤から既に5年が経過。もはや聴く便宜もあるまい、と完全にあきらめていた音源です。しかし、Webを通じて知遇を得た、さる御方のご高配から、この度入手が叶いました。
日頃からわたくしはご厚意に与る事ばかりで、返礼の至らざるを常々もどかしく感じている次第です。
この記事を書くに当たっても、全てに先んじて、その御方への謝意より始めたいと存じます。


ソヴィエト体制の崩壊前後から、ロシアを中心とした同圏内の文物が数多く解き放たれました。クラシック音楽に於いても、それは例外ではありません。
放送局に眠っていた音源を始め、それまで国外に殆ど紹介される事の無かった演奏家が、広く聴かれるようになりました。
殊にピアノ音源の発掘と再発見は、目覚ましいものがあります。
従来「西側」でもよく知られていた、ギレリスやリヒテル、或いはベルマンのようなピアニストが属する師弟関係の系譜がつまびらかになり、ただ名のみが知られていた音源をも我々は聴き得るようになりました。程無くして「ロシア・ピアニズム」と云うカテゴリが大きな地位を勝ち得たのも、こうした音源紹介の賜物であると言えるでしょう。

ソ連邦時代の「ロシア・ピアニズム」の系譜は、4人の名教師から派生した師弟関係が主軸となっています。
以下、各人・各派の略歴を生年順に並べてみました。
印付きで述べている所見は、あくまでもわたくしの主観に基づいたものである事をご了承下さい。

◎コンスタンティン・イグムノフ(Konstantin Igumnov,1873-1948)
モスクワ音楽院で指導に当たる。門下からはレフ・オボーリン(ショパン国際ピアノ・コンクール第1回優勝者)、マリヤ・グリンベルグ、ヤコフ・フリエール、オレグ・ボシュニアコーヴィチなどを輩出。

堅実な技巧と、豊かな情感、知・情を相備えた芸風のピアニストが多い。


◎アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル(Alexander Goldenweiser,1875-1961)
モスクワ音楽院で指導に当たる。門下からはサムイル・フェインベルグ、グリゴリィ・ギンズブルグ、タチアナ・ニコラーエワ、ラザール・ベルマン、ドミトリ・パペルノ(パパーノ)などを輩出。作曲家のカバレフスキーや昨今高い評価を得ているカプースチンも、ゴリデンヴェイゼルにピアノを師事している。

ゴリデンヴェイゼルは早くから名教師として著名であり、しかも長命を保った。そのため、師事した弟子の世代も幅広く、およそ半世紀に及ぶ分厚い人脈を形成している。弟子の芸風は様々。このスクールの内情は、ドミトリー・パペールノの名著「回想・モスクワの音楽家たち」に、詳しく活写されている。


◎レオニード・ニコラーエフ(Leonid Nikolayev,1878-1942)
主にレニングラード音楽院で指導。門下からはマリヤ・ユーディナ、ヴラディーミル・ソフロニツキー、パーヴェル・セレブリャコフなどの他、作曲家のショスタコーヴィチを輩出した。

大規模な派閥の形成にこそ到らなかったものの、特筆すべき強烈な個性を育てたスクール。ユーディナとソフロニツキーが名を連ねていると云う事実が、ある種別格的な存在感を醸している。


◎ゲンリヒ・ネイガウス(Heinrich Neuhaus,1888-1964)
主にモスクワ音楽院で指導。門下からはエミール・ギレリス、スヴャトスラフ・リヒテルをはじめ、テオドール・グートマン、ヤコフ・ザーク(第3回ショパン国際ピアノ・コンクール優勝者)、アナトリー・ヴェデルニコフ、レフ・ナウモフ、ヴェラ・ゴルノスタエワ、エフゲニー・マリーニンの他、実子スタニスラフ・ネイガウス(ブーニンの実父)などを輩出。

ドイツとポーランドの血を引くネイガウスは、前三者に比べると少々毛並みの違うピアニスト。ネイガウスの卓越した指導能力の元、極めて多彩な門下生が巣立ったスクールである。その影響力は現在も絶大。


何処を見渡しても多士済々です。
弟子、孫弟子と辿ってゆくと、今や国際的に根を張る一大系図を形成しています。


この中で、ニコラーエフだけは現在のところ録音の存在を確認出来ていません。ひょっとしたら、ピアノ・ロールなどが遺されているのかもしれませんが…。
1960年代まで存命だったゴリデンヴェイゼル、ネイガウスについては録音も少なからず存在しており、国内でも何度かCDとして発売されています。
残るイグムノフは、戦前から比較的多くの録音を行っていた事だけは確認していました。
今年になってPierianから発売されたスクリャービンの自作自演CDには、スクリャービン、ゴリデンヴェイゼル、そしてイグムノフが1910年に記録した、スクリャービン作品のピアノ・ロール音源が収録されています。イグムノフが演奏している曲目は、ピアノ・ソナタ第2番の第1楽章です。


イグムノフはスクリャービンやラフマニノフを輩出した名教師、ニコライ・ズヴェーレフに師事した後、モスクワ音楽院でパウル・パブストから仕上げのレッスンを受けています。

ズヴェーレフは当時の名士でもあり、彼が催す私的な集いには幾多の音楽家が訪れました。これは、と見込んだ弟子には演奏を披露させる事も度々あったようで、ズヴェーレフ門下には、幼い頃からアントン・ルビンシュテインやチャイコフスキーの知遇を得ていた人が少なくありません。
イグムノフもまた、そうした雰囲気の中で研鑽を積んだものと推察されます。
同門同年配のラフマニノフとは懇意で、彼のピアノ・ソナタ第1番はイグムノフの手で初演されています。また、グラズノフのピアノ協奏曲第1番(今はあまり演奏されませんが、素敵な曲です)を初演したのも、イグムノフです。
また、イグムノフは先述のゴリデンヴェイゼルと共に、晩年のトルストイと親しい間柄であったと伝わります。最近になってトルストイが作曲したピアノ小品がCDになりましたが、「クロイツェル・ソナタ」などの著作にも明らかなように、この文豪の音楽に対する造詣は大変豊かなものでした。
イグムノフやゴリデンヴェイゼルの演奏を介して、スクリャービンの作品をも聴いていたというのですから、世代を超越した文化的リンクの偉大さに驚かされます。


さて、関連するエピソードの記述だけで、いつの間にか随分な字数を費やしてしまいました(^^;
次回は心おきなく演奏について連ねる所存です。
 
 

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