« コンスタンティン・イグムノフの録音(前編) | Main | サントリー山崎蒸留所を訪ねる »

Thursday, November 25, 2004

コンスタンティン・イグムノフの録音(後編)

(イグムノフ前・後編共に手直しを致しました。日付スタンプを過剰に意識して仕上げた、しわ寄せですね…。/November 26)

前回に引き続き、ロシアの名ピアニスト・教育家、コンスタンティン・イグムノフについて。
「前編」が付帯的な内容に終始してしまった分、今回は演奏自体の記述に絞り込みたいと思います。

早速ですが、Danteの2枚のCDに収録されている曲目です。

◆Konstantin Igumnov Vol.1(Dante HPC068)

チャイコフスキー:
「四季」op37b 全曲 (1936年録音)
子守歌 op16-1(1935年録音)
ピアノ・ソナタ ト長調 op37(1947年12月3日/モスクワ・ライヴ)

◆Konstantin Igumnov Vol.2(Dante HPC069)

リャードフ:
グリンカの主題による変奏曲 op35

ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第7番 ニ長調 op10-3

ショパン:
ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 op58
(以上、1947年12月3日/モスクワ・ライヴ)

チャイコフスキーの「四季」と「子守歌」は戦前のSP録音ですが、音質は驚く程に良好です。復刻状態が悪いと、近接気味の潰れた音質になる事が多いソヴィエトの戦前録音ですが、この音源では音の輪郭まで綺麗に捉えられており、ある程度古い音源に馴染んでいれば不満も無く聴き通せます。
このセッションでは年代物のピアノを用いているのか、音色の「芯」の部分が少々濁りがちです。しかし、曲調との親和性が認められるのも事実で、この場合は却って味わいを増しているようにも感じられます。
戦前とは言え、この時でも既に60歳を過ぎてからの録音、イグムノフが如何に古い世代のピアニストであるかを実感します。考えてみれば、ラフマニノフと同年輩なんですものね…。
それでも、ここに技術的な不安点はあまり感じられません。そもそも、イグムノフの演奏は細部まで神経が行き届いているので、多少の粗も聴かせてしまう雰囲気があります。

「四季」の11曲目「トロイカ」と、「子守歌」はラフマニノフの録音も遺されているので、相対化を目論んで聴き比べてみました。面白いもので、個別に聴くと判別の難しい個性が、同門同年輩と云う枠内で比較する事によって、明確に浮かび上がってきます。
イグムノフもラフマニノフも、同世代のピアニストより情緒表現に抑制が利いていて、一聴すると現代的な演奏家であると感じられます。しかし、両者の比較に於いては、少なからぬ差違が認められるのです。

隅々まで情感を込めながらも、幾分さらっとした印象を受けるイグムノフの演奏ですが、実際はかなり動的な拍節感の持ち主です。細部には即興的なテンポの変動があり、先述の「聴かせてしまう雰囲気」も、ここに由来するのでしょう。

それに比べるとラフマニノフは、フレーズのまとまりを大きく捉えていて、実際の演奏時間よりもどっしりと構えた雰囲気があります。楚々とした趣を真冬の外気のような触感で包む人ですが、仄かに漂う「土の匂い」を、今回の比較によって初めて感じ取ったような気がします。

それにしても、イグムノフの「四季」が全曲録音であった事は、返す返す尊く思われてなりません。
サペルニコフ、ラフマニノフやベックマン=シチェルビナと云ったピアニストが、録音媒体の中にチャイコフスキー直系の様式を伝えてはいるものの、纏まった分量の録音は行いませんでした。三者のチャイコフスキー録音を全て集めて、恐らくCD1枚分充当と言った所です。

イグムノフとチャイコフスキーの接点を示す資料は確認していませんが、ズヴェーレフの門下であったことからも、何らかの面識を信じたい所です。実際、同じズヴェーレフ門下のベックマン=シチェルビナは、幼少時に師の紹介でアントン・ルビンシュテインやチャイコフスキーに演奏を披露しているのですから…。
ともあれ、イグムノフの演奏によるチャイコフスキーが、作曲家在世時の雰囲気を伝えていると云う点については、疑う必要は無さそうです。
わたくしはイグムノフの「四季」を、同曲集のベスト・パフォーマンスに数えたいと思います。

Vol.1収録、チャイコフスキーのピアノ・ソナタは、続くVol.2と同日のライヴ録音です。イグムノフはこのライヴから3ヶ月余り後、1948年の3月24日に没しているので、まさしく最晩年の録音と云う事になります。
それにしても、正味の演奏時間だけで約90分、しかも大曲(且つ難曲)を幾つも含んだプログラム構成には驚嘆します。この時イグムノフ74歳、死を間近に控えているとは到底信じられません。

技術的な粗は、先述の戦前録音よりも顕著です。それが最も大きく影を落としているのは、チャイコフスキーのソナタでしょう。さしものイグムノフも、この華美な大曲では崩れを見せてしまいます。
しかし、演奏の訴求力自体は決して衰えていません。殊に緩徐楽章の繊細な情感は、無心に聴いていても引き込まれてしまう程に美しく、魅力的です。

「グリンカの主題による変奏曲」は、小品が大半を占めるリャードフの作品群の中で、12分と云う異例の規模を誇っています。わたくしは、この演奏によって初めて聴きましたが、叙情性と華やかな技巧とが交錯する作品です。
込み入ったパッセージには技巧上の崩れが見られ、フレージングも幾分ギクシャクとしています。しかし、高音域の輝石を鏤めたような音色、そして中音域・低音域の深々とした情緒は、やはり得難いものです。慈しむように演奏している有様が印象に残ります。

ベートーヴェンのソナタでは一見何もしていないようでありながら、楽想の流れに聴き手を引き入れる動感を備えています。
緩急と抑揚を巧みに用いるセンスは、たとえ技術が追い付いていなくても生彩を失ってはいません。戦前の録音にも認められる即興性が、控えめながらも随所で効果を上げているのです。

ショパンのピアノ・ソナタは、同じプログラムの中ではチャイコフスキーのソナタと並ぶ難曲です。正直な所、更に若い頃の録音であれば…と、感じられなくもありません。
しかし、イグムノフの磨かれた音色はここでも輝きを保っています。
何よりも、冷たい炎のような情念が絶えず燃え続けており、技巧的な崩れさえも美しく感じられてならない─これは、そんな演奏です。


いつの間にかわたくしは、イグムノフの演奏は堅苦しいもの、と云うイメージを傍証的に抱いていました。しかし、実際に録音を聴き得て、一切を払拭した次第です。
同世代のラフマニノフやレヴィーンと並んで、イグムノフもまたロシアが生んだ偉大なピアニストであると思います。

彼の録音はシューベルトやシューマン、そして親しかったラフマニノフの作品や室内楽なども遺されており、CDに復刻される日の到来を願わずにはいられません。 
 
 

|

« コンスタンティン・イグムノフの録音(前編) | Main | サントリー山崎蒸留所を訪ねる »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« コンスタンティン・イグムノフの録音(前編) | Main | サントリー山崎蒸留所を訪ねる »