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Sunday, November 14, 2004

ニレジハージの危険過ぎるマゼッパ

…これはヤバい。あまりにも危険な音楽です。

今日はこんなCDを買ってきました。

PIANO ROLL & DISC RECORDINGS(SYMPOSIUM 1211)

自動演奏ピアノ(ペーパー・ロールにパンチ穴で演奏を記録する方式のもの)の、言うなればクロニクル的な企画盤です。
その再生演奏を1920年代から30年代にかけて78回転SP盤に録音した音源が中心となっています。所々比較対象として、同一演奏家による同時期の同一曲が収録されており、興味深い構成です。特にフランツ=クサヴァー・シャルヴェンカ(Franz Xaver Scharwenka,1850-1924)自作自演のレコード、「ポーランド舞曲第1番」などは、一部の協会盤等を除けばCD初復刻なのではないかと思います。
ちなみにこの小品、短調のとてもメロディックな佳曲です。マズルカ形式の作品と言えばまずショパンが思い浮かびますが、埋もれた作品の中にも素敵なものが沢山あります。

その他には、ジョゼフ・レヴィーン(Josef Lhevinne,1874-1944)のピアノ・ロール、ブソーニ編曲版(無茶苦茶に難しいエディションです)の「ラ・カンパネッラ」も初めて聴きました。ラフマニノフ、ホフマンといった20世紀最高クラスのピアニストと同等か、それ以上の技量を持ちながらも、録音が極端に少ないレヴィーンの、冴え渡る超絶技巧を堪能出来る貴重な音源です。


このCDの概容はざっとこんな感じなのですが、それら全ての印象をも吹き飛ばすようなとてつもない音源が1トラック収録されています。
知る人ぞ知る伝説的ピアニスト、エルヴィン・ニレジハージ(Ervin Nyiregyhazi ,1903-1987)が演奏する、リストの超絶技巧練習曲集第4番「マゼッパ」が、それです。

ニレジハージは希有とも言える、奇縁に彩られた生涯を送ったピアニストでした。
音楽之友社刊の「20世紀のピアニストたち 上巻」(千蔵八郎 著)に記述があるので、そちらを参考に略歴を書きたいと思います。

ハンガリーに生まれたニレジハージは、幼時から驚異的な音楽的センスを持つ神童として知られており、アムステルダムの心理学研究所が行った試験の結果は1冊の書籍として出版されたそうです。リストの直弟子フレデリック・ラモンドに師事した後には、リスト演奏のスペシャリストとして名を馳せました。
17歳の時に渡米して大きな成功を収めたものの、その後は次第に身を持ち崩します。
マネージャーとの金銭トラブル、そして度重なる結婚と離婚とを繰り返しながら、ハリウッドで映画音楽のゴースト・プレイヤーを務めて食い繋いだ時期もあるとの事です。
更に後にはピアノも持たず、スラム街でステージ・キャリアとは無縁の極貧生活を送っていたと伝わります。
1970年代に入ってから、往時を知る少数の人に「再発見」されて、再び演奏活動を行うようになりました。残されたニレジハージの録音の多くは、この時期以後に収録されたものです。
殊に日本では、有志の方々の尽力で1980年と翌年に演奏会が開催されました。招聘元の高崎芸術短期大学は、ニレジハージの死後に遺族から多くの貴重な資料の寄贈を受け、日本ニレジハージ協会が設立されて現在に至ります。

ニレジハージの全盛期とも言える、1920年代から30年代にかけての録音は、殆ど存在しないのだそうです。
僅かにその時期の片鱗を伺わせる遺産が、1920年代後半(?)にアンピコ(AMPICO)社で収録された、10余点のピアノ・ロールです。この中にはリストの作品をはじめ、超絶的な技量に相応しいレパートリーが複数含まれています。

わたくしはLP期の復刻に接する機会が殆ど無いので、ニレジハージのピアノ・ロールを聴くのも、先述SYMPOSIUMのCDが初めてです。
それにしても、初めて聴くたった1曲が、数多いリストの作品の中でも極めつきの難曲「マゼッパ」だとは…それだけでもインパクト抜群ではありませんか。
常軌を逸したオクターヴと跳躍が濫用される「マゼッパ」、ニレジハージは極限的な超絶技巧を征服するだけでなく、時に薄笑いさえ浮かべているかのような、表現上の余裕すら感じさせます。

録音を残したリストの弟子は十指に余ります。その中でもごく限られた、師匠固有のスタイルに挑んだ人々の演奏を聴いていると、リストの自身の演奏というものも朧気ながらイメージすることが可能です。
恐らくリストというピアニストは、磨き抜かれた煌びやかな音色と技巧を駆使しつつ、即興的な粉黛を施す余裕を備えていたのでしょう。その上で、音楽としての「聴かせ所」をも心得ていたに違いありません。技巧的に派手なパッセージを、単なる「音の洪水」としてではなく、全て一貫性のある「音楽」として演奏し得たからこそ、未だリストを伝説的なヴィルトゥオーゾたらしめているのではないでしょうか。
斯様な「想像上のリスト」の姿を録音史上の誰か1人に擬するのは、容易ではありません。その複雑な成因が、1人の才覚に帰結するという事自体、極めて稀にしか起こりえないのだと思います。

そしてニレジハージの「マゼッパ」に立ち返ると、この悪魔的な危うさを秘めた演奏こそ、盛時のリストと等身大で重なるように感じられてならないのです。

現在に至るまで、バレールやホロヴィッツ、或いはシフラやベルマンと云った、稀代の超絶技巧を誇るピアニストの録音を幾つも聴いてきました。しかし、ニレジハージの演奏の如き感興を抱かせたピアニストは、かつて存在しません。

本当にこの演奏は危険です。
帰宅してから何回繰り返し聴いたかも、既に判らなくなりかけています。

エルヴィン・ニレジハージ、畏るべし。
 
 

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Comments

ニレジハージのサイトを作成いたしました。音源、伝記、新譜等の情報も載せております。ご訪問ください。

Posted by: Ervin | Thursday, March 01, 2007 at 04:21 AM

Ervinさま

はじめまして、Tandoと申します。
御サイト早速拝見いたしました。ただ一回のこの記事を端緒に、ご丁重にもご教示を下さったことに感激至極です。
早速Bookmarkさせて頂きました。詳細で素晴らしい資料の数々、時間を掛けて拝読致したく存じます。まずは演奏ファイルの鑑賞から…もうわくわくします!

M&Aから音源が発売されるとは初耳でした。
VAIのトランスクリプション集のみではあまりに物足りなかったので、このピアニストの真価に触れる恰好の機会と、発売を心待ちにしたいと思います。

ありがとうございました!

Posted by: Tando | Thursday, March 01, 2007 at 07:24 PM

Tando様

何しろ数日前に開始したばかりですので、表示等、何かと問題があるかもしれません。その際はご遠慮なくお知らせください。更新情報に書いたように、最近の録音もなるべく早くアップロードできるよう、権利クリアの手続きを進めています。今後とも、よろしくお願いいたします。

Posted by: Ervin | Friday, March 02, 2007 at 06:48 AM

Ervinさま

Ervinさまのサイトは、ニレジハージを識る人の間では既にセンセーションになっているのではないでしょうか。
本当に、日本語でこれだけ充実した情報を集積した媒体はかつて無かったのではないでしょうか。
今後の更新を楽しみにさせて頂きつつ、繁く通わせて頂きます!

Posted by: Tando | Monday, March 05, 2007 at 10:00 PM

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