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Monday, December 06, 2004

テレサ・カレーニョの演奏集

ベネズエラが輩出した、国民的芸術家とも言える女性ピアニスト/作曲家、テレサ・カレーニョ(Teresa Carreno,1853-1917)の演奏を集めたCDが、先日発売されました。

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Teresa Carreno Pianist-The Caswell Collection

この人の演奏録音は、恐らく自動ピアノへの記録に限られていたかと思います。これまでにもオムニバスCDにちらほらと聴かれましたが、纏まった形でのCD発売は恐らくこれが初めてでしょう。

カレーニョはベネズエラの大蔵大臣の娘として、カラカスに生まれました。大伯父には、かのシモン・ボリバルを持つと言うのですから、まさしくラテン・アメリカに於ける名門中の名門の出自です。
初めに彼女が師事したのは、ルイス・モロー=ガチョーク(or ゴットシャルク/Louis Moreau Gottschalk , 1829-1869)です。ガチョークはパリで学び、アメリカが生んだ初の国際的な名ピアニスト/作曲家として名を馳せた人物であります。ショパンとも面識があり、「やがて君はピアノの王者になる」と讃えられたと云うことです。
カレーニョはガチョークに師事した後、1863年にデビュー。
特筆すべきは、それから程無くしてエイブラハム・リンカーンに演奏を披露している、というエピソードでしょう。この一件は、その後のアメリカに於ける活動に箔を付けたと見受けられ、半世紀後に今度はトーマス・ウッドロー=ウィルソンに請われて同じプログラムを演奏したとの事です。
確かにリンカーンと聞くと、歴史の厚みを感じますね。
その後カレーニョは、パリでショパンの弟子ジョルジュ・マティアス、そしてモスクワではアントン・ルビンシュテインの元で研鑽を重ねました。

カレーニョは生前「ピアノのワルキューレ」と称されていたそうです。当時の女性ピアニストのイメージを覆すが如き、迫力溢れる演奏ぶりもさる事ながら、やはり公私に渡る活動的な生き様がそう呼ばせたのでしょう。

彼女は度重なる婚歴を有しています。
最初はフランスのヴァイオリニスト、エミール・ソーレと、その後イタリアのバリトン歌手、ジョヴァンニ・タリアピエトラ、そして11歳年少のピアニスト/作曲家、オイゲン・ダルベーア(ダルベール)、更には前々夫の弟、アルトゥーロ・タリアピエトラ…。
うーむ、同じくラテン・アメリカ出身の、さる現役女性ピアニストとイメージが重なるのですが…(^^;

また、カレーニョの音楽的才能は、ピアノ演奏や作曲に限られてはいませんでした。彼女は美しいメゾ・ソプラノの声の持ち主で、実際にオペラの舞台にも立っています。殊にモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナは得意の役柄であったそうです。
その舞台衣装を纏った写真も残されています。

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2番目の夫、ジョヴァンニ・タリアピエトラは自ら歌劇団を主催していたので、カレーニョも度々舞台に立っていたと伝わります。更には、代演等でオーケストラの指揮をも受け持っていたそうですから、「ワルキューレ」の呼称も然るべくして添えられたのでしょうね。

さて、ここからは演奏について。
このCDの収録曲目は以下の通りです。

スメタナ:
海辺にて(演奏会用練習曲)

リスト:
ペトラルカのソネット 104番
ハンガリア狂詩曲 第6番

シューベルト/リスト編曲:
ウィーンの夜会 第6番

ショパン:
バラード第1番 ト短調 op23
夜想曲第12番 ト長調 op27-2
バラード第3番 変イ長調 op47
夜想曲第13番 ハ短調 op48-1

ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op53「ワルトシュタイン」

カレーニョ:
小さなワルツ

こうして一覧すると、1回分のコンサート・プログラム相当とも言えるボリュームで、嬉しい限りです。最後にカレーニョ自作の小品が収録されているのも、アンコール的な趣が有って床しさを感じます。
Pierianレーベルは、在米コレクター、ケン・キャスウェル氏所蔵の自動演奏ピアノ音源を"The Caswell Collection"と銘打ってシリーズ化しています。これまでにはドビュッシー、ラヴェル、グラナドス、スクリャービンの自作自演集と、アメリカの女性ピアニスト、ファニー・ブルームフィールド=ザイスラー(1863-1927)の演奏集が発売されました。

このシリーズの特長は、非常に丹念な再生を行っている事に尽きると思います。
自動ピアノと云う演奏記録装置はとかく複雑で、テンポ設定やデュナーミクの再現等、調整如何で再生状態が大幅に変化します。この辺り、記録メディアとしての信憑性が疑問視される所以となっているのです。
その点でPierianレーベルでの復刻作業は、相当慎重な検証を行っている様子が見受けられます。たとえばグラナドスの自作自演集では、レコード録音とペーパー・ロール記録が共に存在する、スカルラッティのソナタを同時収録して比較を試みています。これを聴く限りでは、一定の信頼を置いても良いのではないでしょうか。

録音に際しては普通の住宅の一室を使用しているらしく、近接気味で拡がりに乏しい音場は好みが分かれるかもしれません。しかし、テンポとデュナーミク、ペダリング、そしてピアノ自体の同時代性(1923年製フォイリッヒ・ピアノを使用)等、これだけの条件を満たした自動演奏ピアノ音源は、他に類を見ないと思います。

実際、このカレーニョのCDについても約半数の音源は既知のものでしたが、演奏に対する印象を完全に一新した次第です。
従来の復刻で度々聴かれた不安定なアゴーギクが、この復刻では微細なタッチ・コントロールやデュナーミク、安定した再生テンポのお陰で、納得の行く演奏解釈として聴かれるように改善されている点、特記するべきであると思います。
殊に彼女のショパンを、パデレフスキによる「繊細さを欠いている」と言った否定的な演奏評の証左としてわたくしは聴いていましたが、それさえも認識を改めることとなりました。
バラード第1番、そして夜想曲の第13番は、ショパンの作品の中でも殊更にわたくしが愛好する作品です。カレーニョによる演奏は、どちらも過去の別の再生音源で既知であったものの、その時点では何か入り込めない居心地の悪さを感じていました。根拠の感じられない緩急が、楽想の高潮にブレーキをかけてしまう、また、ディテールへの対処も皮相的ですらあります。
しかし、同一の音源もPierian盤では細かなタッチが再現され、彼女がショパンの優れた解釈者であったと云う事実を窺い知ることが出来ました。既知の復刻音源が全くのデタラメであったかの如く、彼女の左手は雄弁に主旋律とのコントラストを体現しているのです。

更に大きく、既知の復刻音源との印象が異なったのが、「ワルトシュタイン」でした。
以前に第1楽章のみをアンティークのアップライト装置で再生したCDがありましたが、Pierian盤とでは実に1分以上の時間差が生じています。速いのは前者の方で、殊に冒頭の連符は機関砲のように異常なテンポ設定で再生されていました。これでは解釈を云々する以前の問題です。Pierian盤では解決されていますが、実際に前者の再生コンディションそのままのインプレッションが、「レコード芸術」誌に載った事もあるのです。そう思うと、自動ピアノは本当にアバウトな演奏記録媒体ですよね。

そうした問題点と付き合わせると、Pierianの"The Caswell Collection"からは、制作者の真摯な極めてスタンスが感じられます。末永く続編のリリースが行われる事を願ってやみません。

例によって今回も論旨のはっきりしない冗長なレビューになりましたが、伝記的な、或いは演奏史や機械技術上の関心、とかく多様なアプローチが可能なCDである事は間違い無いと思います。
何と言っても、
「このピアニスト、リンカーンの前で演奏した事があるんだよ」
ってだけで、もう充分に話題性抜群だと思われませんか…?
 
 

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