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Saturday, December 11, 2004

モットルの録音とワーグナー演奏よもやま(完結編)

付帯的な説明は前々回前回で完了した(つもり)なので、今回はいよいよモットルによる1904年の録音「皇帝行進曲」に言及してゆきたいと思います。

そもそも、本格的なオーケストラ録音など行われていなかった筈の同時期に、何故モットルの録音が記録されていたのか。
モットルの録音のソースは、世に「メープルソン・シリンダー」と呼ばれる、膨大な量の私家録音です。
これはニューヨークのメトロポリタン歌劇場の職員であった、ライオネル・メープルソン(Lionel Mapleson,1865-1937)と云う人物の手になるもので、1900年から1904年までの録音が存在します。彼は録音・再生の機能を兼備したエジソン式蝋管蓄音機を所有していました。そこで、職務上の特権を利用して、舞台中央のプロンプター・ボックスや舞台天井の簀の子から、当時の大スター達のパフォーマンスを「隠し録り」したのです。人聞きの悪い形容を用いてしまいましたが、彼のお陰で極めて貴重な音源が数多く遺されました。

特筆すべきは、商業用の録音を一切行わなかったアーティストが、複数含まれている事です。
中でも殊に識者の間で関心が高いのは、ポーランド出身の偉大なテノール、ジャン・ド=レシュケ(Jean de Reszke,1850-1925)の録音でしょう。美声と格調高い演技力を誇ったド=レシュケの人気は絶大で、かのシャーロック・ホームズも「バスカヴィル家の犬」の中で、彼の舞台を聴きに行く旨を話題にしています。その商業用録音にまつわる「伝説」は幾つか存在しますが、彼の歌唱を聴き得る音源はメープルソン・シリンダーしか現存が確認されていないようです。

その他には、ミラノ出身の名テノール、「トスカ」のカヴァラドッシ役の創唱者(!)、エミリオ・デ=マルキ(Emilio de Marchi,1861-1917)、「トスカ」の題名役や「パルジファル」のクンドリー役をニューヨーク初演した、クロアチア出身のソプラノ、ミルカ・テルニナ(Milka Ternina,1863-1941)などの音源が注目されます。

また、当然ながらメトロポリタン劇場の管弦楽団による演奏・伴奏も同時に収録されました。年代的には異例とも言える、モットルがフル・オーケストラを指揮した録音は、こうした経緯から遺されたのです。
モットルの他にも、トスカニーニ以前の最も優れたイタリア・オペラ指揮者の一人、ルイジ・マンチネッリ(Luigi Mancinelli,1848-1921)による録音は、やはりメープルソン・シリンダーにのみ遺されているようです。

ただ、このメープルソン・シリンダー、歴史的な価値はこの上無く高いものの、残念ながらコンディションが極めて悪いのです。その大きな要因として、経年による劣化と、「隠し録り」に起因する録音対象の遠さが挙げられるでしょう。
前者は轟々たるスクラッチ・ノイズとして、我々によるアプローチを妨げます。
後者は更に致命的な悪条件と言えるかも知れません。本来の集音能力が貧弱である上に、過剰なアンビエンスが存在するので、歌手の声域さえも判別が容易ではありません。
こうした条件下での録音なのですから、オーケストラの音質も推して知るべし、演奏曲目が判れば御の字です。
また、当時の蝋管は2分録音が主流であったため、録音のタイミングは「聴き所」のみに絞られています。 短いものでは30秒、例外的に2分を越える場合には、蝋管を継ぐ為の中断が入ってしまうのです。

そんなメープルソン・シリンダー、最近になって一部がCD化されました。
例によって、歴史的な稀覯音源復刻の王道を突き進むレーベル、英国SYMPOSIUMによる1枚です。
"Mapleson Cylinders 1901-1903 "

アマゾンでは「在庫切れ」と表示されていますが、このレーベルの取り扱いでは、よくある事態です。そのうち再入荷される事でしょう。
このCDの中には先述ド=レシュケによる録音や、マンチネッリ指揮、デ=マルキとイームズ、スコッティによる夢の共演、「トスカ」などが聴かれます。
ただ、例外無く音質は悪いので、もしご購入なさる場合は事前にご覚悟下さいね(^^;
歴史的音源に聴き慣れていても、全編78分、41トラックを聴き通すのはしんどいです。
なお、この中には長らく「ワーグナーによる1880年録音の自作自演」と誤解されてきた、ヘルツ指揮/ノルディカ/シューマン=ハインク/アンテスの共演による「トリスタンとイゾルデ」も収録されています。

此所に挙げた音源は、わたくしが聴き知る限り、メープルソン・シリンダーに記録された最も感動的なパフォーマンスの一つであると思います。
初の商業録音(1904年)から遡る事更に3年、メルバは至難な高音を実に見事に渡っています。そして聴衆による大喝采、まさにオペラ・ハウス黄金期の雰囲気を偲ばせる感動的なドキュメントと言えるでしょう。

さて、この辺りでモットルの録音に話を戻しましょう。
モットルが1904年にメトロポリタン歌劇場で指揮した、ワーグナーの「皇帝行進曲」の録音は、メープルソン・シリンダーの中でも珍しい、独立管弦楽を捉えた音源です。音質のレベルは先程お聴き頂いた通りなので、いかに管弦楽主体の録音バランスと言えども、コンディションはたかが知れています。
恐らくはブラームスによる自作自演録音の如く、「歴史的な同一空間の共有」に最大の意義を見出すべき音源なのだろう…そんなつもりでした。

それでは実際に聴いてみて、どうだったのか。
わたくし個人の感想を申せば、想像を遙かに上回る良好なコンディションだと思います。
録音時間は約3分半、楽曲の後半部分の収録です。途中で蝋管交換による中断を挟み、コーダに至るまでの約1分10秒は途切れる事無く録音されています。
採録音域が中音域に偏重している為、特に高音が混濁気味で判然としません。前半部分の蝋管がそれに該当します。しかし、後半の蝋管に録音されたフィナーレでは、トゥッティが意外な程明瞭である事に驚かされます。シンバルに至るまでの打楽器群が聴き取れる点は、本当に感動的です。
また、これはライヴ演奏の「隠し録り」である為、録音装置に対応したデュナーミクの調節などは当然行われていません。それにも拘わらず、針飛びなどの障害が一切発生していないのは、恐らくエジソン式の縦振動録音だったからでしょう。録音針を横に振動させる平円盤レコードでは、当時このような録音は不可能だった筈です。一般に「蝋管は音質が悪い」と言われますが、それは必ずしも正確では無いのです。

結論として申せば、モットルの録音が遺されたのは幸運であったと思います。
わたくしは、「皇帝行進曲」でモットルが聴かせている、ティンパニの力強いロールに注目したいと思います。これはまさしく、ワーグナー自身の解釈に発祥するクライマックス形成が如何なるものであったか、そこに直結していると思うのです。
また、単純な行進曲とは言え、モットルの拍節感覚は即興的です。それが打楽器群によって付加されるメリハリ感と相まって、極めて活気に満ちた印象を与えます。それはジークフリート・ワーグナーが録音した「タンホイザー」の「大行進曲」や、「忠誠行進曲」にも共通して認められる要素です。

わたくし自身、作曲家自身が理想とした解釈を以て最上とするものではありません。しかし、少しでも近く、そこに迫ってみたい、と云う願望は抑えようが無いのです。
類い希なる指揮者でもあった、リヒャルト・ワーグナー。アントン・ザイドルは、ワーグナーが指揮をすると、常軌を越えた不思議な力が放射されるように感じた、と伝えています。
過去のあらゆる演奏会を1つだけ選んで臨席する事が許されるのなら、わたくしは躊躇わずに選びましょう。1872年5月、バイロイト祝祭劇場の定礎式でワーグナーが指揮した、ベートーヴェンの交響曲第9番の公演を!

モットルの録音は、そんな叶わぬ夢に対する一筋の光明なのです。
ニキシュやムック、シャルクと云った古い世代の指揮者達を録音で聴いたものの、方法論や美意識の差はあれ、彼らはいずれも音楽の「流れ」を重視する指揮者だと思います。
その点で、より顕微的な解釈を見せるモットルの存在は、彼らに比べると異質です。
モットルと同列に語られる事の多い歴史的指揮者、ハンス・リヒターは、状況証拠的な判断から前者のグループに属するものとわたくしは考えています。
そして、モットルは…?

モットルには、せめて1930年まで生きて、マイクロフォン吹き込みのレコード録音を遺して欲しかった…。
1930年でモットルは74歳、必ずしも無理を感じさせない数字が、無念さを募らせます。
 
()追記
先日、いぼたろう様より懇切なご指摘を頂き、同音源はメルバではなく、同時期に活躍したアメリカのソプラノ歌手、スザンヌ・アダムス(Suzanne Adams,1872-1953)によるものである旨、判明致しました。
ご教示を賜りました、いぼたろう様への感謝と共に訂正致す次第です。(2005.02.06)
 
 

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Comments

夢を壊すようで心苦しいのですが、このユグノーは、メルバではないようです。私も、初めてSYMPOSIUMの復刻CDでこの録音を聴いたとき、1904年のG&Tの歌い方とあまりに違うので、ライブはさすがに凄い迫力だと、感心したものです。でも1985年にニューヨーク・パブリック・ライブラリから出た、”The Mapleson Cylinders Complete Edition 1900-1904”の復刻LPでは、この録音はスザンナ・アダムスになっています。経緯はこうです。
「1937年1月にMaplesonからW. Seltsamに貸し出されたときは、このシリンダーには何も書いていなかったが、Seltsamはこの声を聴いて、メルバに違いないと断定した。それでIRCCの復刻SPにはメルバの名前が記された。(そのレコードをもとに復刻したSYMPOSIUMのCDにもメルバだと記されたのでしょう。)
1968年7月、J. Strattonは、Recorded Sound誌の記事で、メルバ説に疑問を呈した。彼はスザンナ・アダムスの1902年3月1日の歌唱が、最も可能性が高いと結論付けた。その後、“Adams Huguenots –Queen Act II(March 1, 1902)”と記されて、線で消された下に、”This is just an Orch. Selection”と書かれたシリンダーの箱が発見された。
Maplesonはしばしば、シリンダーと箱とを混ぜこぜにすることがあったが、アダムスのユグノーのシリンダーと箱とが別れることがなかったら、ユグノー/メルバ説は決して生まれなかったであろう。」
以上は、上記LPの解説記事の拙い抄訳ですが、同じテキストが、http://digilib.nypl.org/dynaweb/millennium/mapleson
で読めますので(違いは写真があるかないかだけです)、誤訳がないかチェックしていただけると幸いです。

Posted by: いぼたろう | Tuesday, February 01, 2005 at 07:15 PM

仔細に渡るご教示を頂き、誠に恐縮です。

Eclipseの復刻盤以来、かれこれ10年来メルバだと信じてきた音源ですが、そのような誤謬があったのですね。歴史的音源を無批判に聴くことのリスクを思い知ります。

誤伝や希望的レッテル付けが根強く信奉される傾向は、常々感じる所です。「ワーグナーの自作自演」や「イェニー・リンドの録音」の如き、年代的には有り得ないような音源も、未だ決定的に否定されないまま巷間には流布している事ですし…。

週末の余暇にでも記事文面を訂正したいと思います。

ありがとうございました。

Posted by: Tando | Tuesday, February 01, 2005 at 08:45 PM

> chobiashitaps

Thank you.

I think Felix Mottl is Wagner's last apostle.

Posted by: Tando | Friday, October 01, 2010 at 08:07 PM

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