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Friday, January 21, 2005

スクリャービン/練習曲op.8の全曲盤(2)

さて前回記事に引き続き、スクリャービンの作品「12の練習曲(エチュード) 作品8」の全曲盤について、手許の音源から書き連ねてゆきたいと思います。
因みにこの曲集は、全曲通しで演奏すると30余分になります。演奏によって差は生じますが、大体32-33分前後と言った所です。op.11の前奏曲集が全曲で35分前後なので、カップリングには丁度良いかもしれませんね。

それでは、続く音盤の紹介に進みましょう。

◆VICTOR MERZHANOV/SCRIABIN/RACHMANINOV(露VISTA VERA/VVCD-97105)

毎年秋に催される「秋吉台音楽ゼミナール」に講師として度々来日しているピアニスト、ヴィクトル・メルジャーノフ(or メルジャノフ/Victor Merzhanov,1919-)は、「ロシア・ピアニズム」の系譜中、存命する最長老の一人です。詳しい経歴は前出秋吉台音楽ゼミナールの「メルジャーノフ物語」と銘打ったコンテンツに紹介されていますが、便宜上このスペースでも略歴を記述したいと思います。

1919年、ロシアのタンボフに生まれる。1936年から41年までの期間、モスクワ音楽院にてサムイル・フェインベルグとアレクサンドル・ゲディケ(作曲家/オルガニスト,Alexander Gedike,1877-1957)に師事。1941年に同音楽院を金メダルで卒業するものの、直後に兵役に徴用され、終戦まで演奏活動の休止を余儀無くされた。
終戦後、再びモスクワ音楽院に大学院生として復学し、1946年の全ソ連コンクールではスヴャトスラフ・リヒテルと同列の1位を獲得。1949年のショパン国際ピアノ・コンクールには10位で入賞した。その後は演奏活動と併行して、モスクワ音楽院やワルシャワ音楽院での教職に従事。数多くの弟子を育成した。また、ロシア・ラフマニノフ協会とラフマニノフ国際ピアノコンクールの創設に携わり、要職を務めている。

手許の資料を総合すると、ざっとこのような略歴になります。秋吉台音楽ゼミナールをはじめ、日本国内の複数のマスタークラスやコンクールにも招聘されており、特に教育面では今なお旺盛な活動を続けているとの事。日本人の門弟も少なくないようです。
演奏面での活動近況は把握していませんが、手許には1998年に録音された、チャイコフスキーの「四季」(VISTA VERA/VVCD-00027)があるので、80歳前後までは演奏・録音共に継続していたと云う事になります。もし国内でコンサートが催されるようならば、多少の距離は厭わずに聴きに行きたいと思っているのですが…。

わたくしがメルジャーノフについてこれだけ詳述するのは、ひとえにその演奏を愛聴しているからです。ニコライ・アノーソフ(ロジェストヴェンスキーの実父,Nikolai Anosov,1900-1962)と協演した、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(1959年録音)然り、残響過剰の音質ながらも、ショパンの「24の前奏曲」(1975年録音)然り。
わけてもこのスクリャービンの練習曲集(1969年録音)は、聴き知る限りでは彼の最高傑作に属する音源だと思います。旧ソ連時代にも高い評価を得ていたそうですが、わたくし自身、同曲集の基準的な演奏として捉えている次第です。

ショパンやスクリャービンを聴いていて、個人的に一番嫌だと感じるのは、中高音域が金属的かつ低質量に響く演奏です。タッチ自体は演奏者の個性に帰属するもの、千差万別を楽しみたいと思うのですが、音色に「芯」が通っていなくては、鑑賞自体に苦痛を感じてしまいます…。
言うまでもなく、メルジャーノフの録音はその条件をクリアしています。ただ、自らのテンペラメントを直接音楽に注ぎ込むような、ソフロニツキーやスタニスラフ・ネイガウスとは、対極的な様式に属するスクリャービンです。
メルジャーノフの様式は理知的で、叙情性に満ちています。各曲を単独で聴いた時の印象はソフロニツキーやスタニスラフ・ネイガウス、或いはホロヴィッツ程強いものでは無いかも知れません。しかし、各個の調性で作曲された12の作品群、と云う全体像から捉えると、メルジャーノフの解釈は非常によく纏まっていると感じられるのです。
前三者が各曲一つ一つの閃きを重んじた「ミクロ的」な演奏であるとすれば、メルジャーノフの全曲盤は須く「マクロ的」であると云うことになります。
それでいて各曲の印象が決して薄まってはいないのが、メルジャーノフ盤の素晴らしい所です。
例えば第12番/嬰ニ短調、直截な迫力は前出三者に分があるものの、メルジャーノフの演奏も決して魅力では劣っていません。同曲が併せ持っている叙情的な側面を存分に表現しつつ、内に向けた情熱にも溢れています。

そして、彼の演奏を聴いていると、スクリャービン自身がヴェルテ・ミニョンの自動ピアノに遺した自作自演がオーヴァーラップするのです。この音源は前回記事のRUS 788032にも収録されていますが、わたくしは敢えて"ALEXANDER SCRIABIN:Composer as Pianist"(米国Pierian/Pierian 0018)をお勧めしたいところです。
モノラル収録の前者音源は、確かに魅力的な「雰囲気」を伴っているのですが、一方で細かなタッチやテンポ再現にはどうしても難を感じてしまう。最近発売されたPierianのCDはいかにも「自動ピアノ」と言った印象を拭い切れないものの、スクリャービン自身の意図は、こちらに於いてより正確に再現されているものと信じます。

スクリャービンの自作自演と、メルジャーノフの演奏に共通する要素が認められるのならば、両者を結び付ける存在は間違いなくサムイル・フェインベルグでしょう。
スクリャービンからはその演奏を高く評価され、同時代に於ける貴重な理解者であったフェインベルグ。彼に師事したメルジャーノフが、何らかの「衣鉢」を継承していたとしても、それはごく自然な事です。スクリャービン以来の系譜に直接連なるこのピアニストが、現在なお健在であることを思うと、極めて感慨深いものがあります。

それにしても、日本からメルジャーノフの音源に対するアプローチが、非常に不便なのは困った事です。わたくし自身、未聴の音源は少なくありません。ベートーヴェンの「月光」や、スクリャービンのソナタ第5番の録音もVISTA VERAには存在すると聞きますが…。

我が国とも浅からぬ縁を持つ偉大なピアニストなのですから、まだまだご健在の間に、広く音源が聴かれる便宜を求めたいと思います。
そう願いつつ、今回の記事を連ねた次第です。

結局今回もメルジャーノフ盤1点のみへの言及で、3000字を越えてしまいました。
手許の残る1枚については、更に次回へと繰り越したいと思います。
分量的には多分、もっと落ち着く筈です(^^;
 
 

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