« 帰還報告 | Main | 阪神・淡路大震災10年に寄せて。 »

Friday, January 07, 2005

ディエゴ・デル・ガストール

今回は久しぶりにフラメンコの話題です。
因みに、この記事中に登場する商品リンクは全て、フラメンコ音楽専門ショップ「アクースティカ」(Acustica)様の在庫ページを参照させて頂いております。

ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)は、当ウェブログのプロフィール欄で、殊に愛着のあるアーティストとして名を挙げていますが、この欄から生まれた記事って未だに少ないですよね。以前にも度々言い訳した事がありますが、思いの丈が強すぎると、なかなか書き始める取っ掛かりが掴めないものです。プロフィール欄では、フェインベルグ、シャフラン、そしてエルモア・ジェイムスがそれに該当します。
一方で、好きは好きだけど、充分な音源が揃い切らないまま好きになってしまった演奏家もあるのです。
マリヤ・ユーディナはその典型とも言うべき人でしょう。廃盤状態の音源を様々な方法で入手して聴く都度、「ああ、素晴らしい」と、深い感銘を受けるものの、未だ此所一番と言った音源を逸しているのです。この人については「時期待ち」と言ったところでしょうか。
以前の記事で「再発祈願」めいた事を書きましたが、嬉しい事にロシアのレーベルVISTA VERAから、数点のリリースが予定されているようです。従って、ユーディナについてはこれらのタイトルが入手出来た時を、記事の「書き時」と見込んでいるところです。

そして、今回記事のディエゴ・デル・ガストールもまた、わたくしにとってそうしたアーティストでした。

フラメンコと言う斯界を通じて、「録音嫌い」を貫いたアーティスト(スペイン語ではアルティスタ)は少なくありません。レコード録音の時代まで活躍を続けながらも、頑なに拒み続けた人は、名の知れている所を思い浮かぶままに挙げても、十指に余ります。特にSP録音の時代は、録音機材のある都市部にアーティストが出向かなければならなかったので、尚更その傾向が強かったようです。

フラメンコ・ギター(トーケ・フラメンコ)に於いて、高い名声を持ちながらも「録音嫌い」を貫いた人と言えば、大きく2人の名が挙げられます。

一人はマノロ・デ・ウエルバ(Manolo El de Huelva,1892-1976)。
ラモン・モントージャ(モントーヤ)に続く世代の、時代を画する名手でありながら、「芸を盗まれるのが嫌で」録音を拒み続けました。ギターを弾く人間は爪を見ればすぐ判るとの事で、それと悟れば絶対に演奏を披露しない、と言う程の徹底ぶりだったとか。
そんな彼ですが、幾つかの伴奏録音が正規音源として残されています。また、愛好家による「隠し録り」をも合わせると、意外と多くの録音でその演奏に触れる事が可能です。その中には、全く遺されていないと思われていたソロ演奏も4曲含まれています。

そしてディエゴ・デル・ガストール、本名ディエゴ・フローレス・アマーヤこそ、わたくしにとってはまさに「幻のトカオール」であり続けました。
ある時期までは、把握している音源数が前述のマノロ・デ・ウエルバよりも少なかったのですから、その程度が知れようと言うものです。
遡ればパコ・ルセーナ(Paco Lucena/Nino de Lucena,1859-1898)に連なる古い流儀の継承者で、殆ど終生に渡って故郷のモロンでキャリアを重ねた彼は、長い間スターダムとは程遠い位置に在りました。実際にどの位「録音嫌い」だったのかは判りませんが、積極的で無かったと云う事だけは間違いないでしょう。SP期の録音が見当たらないのは、先述したように「出向」を行わなかった所為かも知れません。

そんな彼の演奏を窺い知る事の出来るCDは、Ariola/EURODISC/BMGの4枚組CD「カンテ・フラメンコの半世紀」(Medio siglo de cante flamenco)収録の、ホセレーロ・デ・モロン(Joselero de Moron,1910-1985)を伴奏した2曲が僅かに正規録音、その他には隠し録りの伴奏音源が数点存在するだけでした。
その他に遺された正規音源は、マノリート・エル・デ・マリア(Manolito el de Maria,1904-1965)を伴奏した数点の録音と、RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源の存在を把握していたに過ぎません。
前者はこよなく良いセッションと聞きますが、未CD化の為聴く便宜を得ないままです。
そして後者は、昨年に本家のRTVEレーベルから一部がCD化されました。"Nuestro Flamenco"(ヌエストロ・フラメンコ)と題されたCDの内、Vol.2にペラーテ・デ・ウトレーラ(Perrate de Utrera,1915-1992)を伴奏したものが4トラックと、ディエゴ自身によるソロ録音が4トラック収録されています。ここに至って漸くわたくしは、ディエゴ・デル・ガストールと云うトカオール(フラメンコ・ギター奏者)の「真の姿」に接し得たように感じました。

そして昨年末には、更に「願ったり叶ったり」とも言うべきCDが発売されました。
モロン市役所制作の限定頒布LP盤"EVOCACIONES"の限定CD化、"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"、なんと収録された10トラック全てが、ディエゴのソロ演奏です!
このCDを手に入れるに至って、漸くこの偉大なトカオールに関する記事の「書き時」を得たと判断した次第。以下、演奏について書いてゆきたいと思います。


フラメンコという音楽は、絶えず動き姿を変える「生き物」のような側面があります。接した時の感興次第で、印象がまるっきり変わってしまう事も少なくありません。
一つの取っ掛かりを得た瞬間に、霧が晴れたように全てを見渡せる事もあります。わたくしにとって、ディエゴ・デル・ガストールの場合は、まさしくその両方が該当します。
ホセレーロとの共演や、隠し録りの伴奏に聴かれる彼の演奏は、確かに特異な個性を感じさせるものでした。しかし、歌伴奏と云う条件下にあって、彼独自の様式を把握するには未だ到らないもどかしさを感じたのも事実です。
カンテはフラメンコの生命、と言われます。昔気質のトカオールにとって、ソロ演奏などはあくまでも余技、本領は歌伴奏にあったのです。恐らくディエゴもそうした信念の下で演奏活動を行っていたに違いありません。
しかし、ソロ演奏を聴く事が叶うのなら、やはりどうしても触れてみたいもの。ギターと弾き手が1対1となった状態で、如何なる境地が生まれるものか…。

昨年末の締めくくりに少しだけ書いた"Nuestro Flamenco 2"で、ディエゴのソロを初めて聴いた時の衝撃と言ったらありませんでした。知る限りの如何なる演奏にも当てはまらないような、強烈な個性が至る所に発揮されているのです。

例えば、シギリージャ。息の長いフレーズの中に底知れぬ慟哭を歌う、カンテ・ホンドの極致とも言える曲種です。
あくまで拙見ですが、この曲調を撥弦楽器のソロに置き換えるという作業は、何か相克する要素の解決無くしては成立し得ないと思われるのです。バイレ(踊り)に於いても、相応しい振付が行われるようになったのは比較的最近の事と聞きます。
それが為か、ソロ演奏に聴かれるシギリージャと云うものを聴いて、わたくし自身充足を感じる事は稀でした。

ところが、ディエゴの演奏はどうでしょう!
歌うように弾く素晴らしいトカオール、彼もまたその一人である事は疑いようもありません。だが、それだけでは無い何かが、この人の演奏にはあるのです。胸中の奥底まで掻きむしられるような「トーケのシギリージャ」を聴いたのは、後にも先にも初めてでした。

ディエゴのトーケは、他と一体何処が異なると言うのでしょうか?

先述"Nuestro Flamenco 2"の最後に聴かれるブレリアからは、その個性を違った側面から見て取ることが出来ます。
シギリージャとは対照的に、リズミカルで激しい曲調のブレリア。ディエゴは無闇と盛り上げるようなことはせず、聴き手をじりじりと自らのグルーヴに引き込むような演奏を繰り広げています。その中に盛り込まれた山あり、谷ありのフレーズ、ただ追いつ、感じつしている僅かな時間に、聴き手は知らず知らず熱中させられてしまうのです。スタジオにオーディエンスを入れての収録ですが、その反応は楽想と実に良く呼応しています。

半音階的な楽想を多用している点も、ディエゴの個性を際立たせています。フラメンコには何処か東洋の香りが残っていると言いますが、ディエゴのトーケを聴くと、それを肌身で実感する瞬間があるのです。殊に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"に収録されたトラック、「サンブラ」(ZAMBRA)に至っては、中東のウードと見紛うよう。名もジャンルも伏せて聴かされたのならば、フラメンコと判断するのを躊躇う程です。
奏法に於いても彼は、トリッキーとも言える「弾き崩し」を頻繁に行います。それがまた、聴かせ所を実に良く心得ていて、たまらない魅力なのです。

ディエゴのトーケを一言で表現するならば、それは「乱調の美」だと思います。
カンテに同様のものを見出すならば、マヌエル・トーレ(Manuel Torre,1878-1933)のそれが該当するかもしれません。ただ、マヌエル・トーレの、それも数少ない出来の良いセッションで聴かれる「乱調の美」は、謂わば天性のみを拠り所とするものだと思います。
ディエゴのトーケは何が異なっているかと言えば、彼はひとたびは完璧に磨き上げたスタイルを、再び毀形して新たな美を紡ごうとしている事、それに尽きるのだと感じられてならないのです。
わたくしの場合は、ソロ演奏を聴き得て初めて、先述のホセレーロとの共演の真価も理解出来たような気がしています。

ディエゴ・デル・ガストール、もし彼の演奏をお聴きになるのであれば、ソロも歌伴奏も共に堪能出来る"Nuestro Flamenco 2"をまずお勧め致します。
その後に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"で、更に奥深い所まで味わいたいものですが…このCD、シリアル・ナンバー入りの限定盤とのことですから、余りまんじりともしていられないようです。ちなみにこのCDには、140ページにも渡るディエゴの伝記ブックレットが付属しています。全編スペイン語なので、わたくしは殆ど読み解けていないのですが…(^^;


それと、「マイリスト」に、新しく"SHOP"を設けることに致しました。
記事中で在庫等に触れさせて頂く(今回もそうです)便宜も度々あると思いますので、わたくしが日頃お世話になっている店舗様をリスト化させて頂こうと云う目論見です。
お目に掛けるのも恥ずかしいスペースなのですが、万一アクセス解析などでこちらを発見された折には、何卒御寛容の程お願い申し上げます。
 

2005.5.2

ご厚誼に与っているnono様のblog"Pena El Gallo"で、ディエゴ・デル・ガストールの音源にまつわる仔細な記事を公開なさっています。
私自身はLP音源の知識が皆目無いので、大変勉強になりました。
 

|

« 帰還報告 | Main | 阪神・淡路大震災10年に寄せて。 »

Comments

銀壁亭さま、はじめまして
偶然このサイトを拝見して嬉しくなって
投稿させていただきました。
私もつい最近Moronのプログを作りましたが
なにぶん初めてなので思考錯誤いたしております。よろしかったら見てやってください。
色々教えていただければ有難いです。

Posted by: nino | Wednesday, April 20, 2005 at 07:50 AM

>ninoさま

初めまして!
ご来訪とコメント、誠にありがとうございます。
大変嬉しく拝読致しました。

ninoさまのblog、拝見致しました。
私こそ、勉強になることばかりで、早速ブックマークさせて頂きました。これから繁く通わせて頂きたいと思います。

最近はフラメンコ関連の記事が滞っていたので、内心ちょっと恥ずかしく思っていたところです(^^;
機を捉えて、また書き連ねてゆきますので、どうか今後ともよろしくお願い致します!

Posted by: Tando | Wednesday, April 20, 2005 at 09:29 PM

いやびっくりしました。ディエゴ・デル・ガストールのことをこんなにも熱心に語る方がいらっしゃるとは。私が初めて聞いたのは,たぶん1978年頃だと思います。当時,ラジオ番組で世界の民族音楽という番組がありまして,小泉文雄さんが世界中の世に知られていない音楽を紹介する30分の番組でした。そのなかでディエゴ・デル・ガストールの演奏を3曲くらい紹介されたのですがその時にも生前に録音されたわずか数曲の中の私が持っている音源はこれだけですと言って紹介されたのです。驚きでした。その渋い演奏の極地。その中の一曲に「カフェ・デ・チニータス」という名曲がありました。そのときラジオで録音したカセットテープを今も持っています。その前年にマドリッドのタブラオ「カフェ・デ・チニータス」に行ったことがあり、友人のイグナシオからこれが正真正銘のフラメンコだといって見せられて打ちのめされたのですが,その店名はもしかしたらディエゴの名曲からとられたのかもしれませんね。いや,素晴らしい。

Posted by: dadycherry | Monday, January 19, 2009 at 11:38 PM

>dadycherryさま

はじめまして!
ご高覧頂きとても嬉しいです。
私自身は生身のフラメンコとはなかなか縁遠く、見聞きするばかりなのですが、ディエゴのトーケはあらゆるジャンルを超越して、本当に素晴らしい音楽だと思います。この人のソロが幾ばくなりとも後世に遺されたのは幸いとしか言いようがありません!
貴方様のような方との出逢いがあると、開店休業のこのblogも閉めずにいた甲斐があると心底から思います。
ありがとうございました。
 

Posted by: Tando | Tuesday, January 20, 2009 at 12:45 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 帰還報告 | Main | 阪神・淡路大震災10年に寄せて。 »