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Saturday, March 26, 2005

サムイル・サモスードの「ローエングリン」

うーん、「色物買い」のつもりだったんですが…非常に感動してしまいました。発注していたCDが本日到着したので、先程まで聴いていた所なのです。

◆ワーグナー:歌劇「ローエングリン」全曲(WALHALL WLCD0037)

サムイル・サモスード(cond)
モスクワ放送交響楽団・合唱団

イワン・コズロフスキー(ten/ローエングリン)
エリザベータ・シュムスカヤ(sop/エルザ)
エウゲニア・スモレンスカヤ(ms/オルトルート)
ゲンナジー・トロイツキー(ハインリヒ1世)
イリヤ・ボグダノフ(bar/テルラムント伯)

ほか

歌劇の聴き手として、わたくしは決して真摯とは言えない事を自覚しています。全曲盤を所有している作品は限られており、また、通しで集中して聴く機会も少ないです。
選び方も、歌手よりは指揮者を見る、と言った具合…。
その弊害で、<ナイショ1><ナイショ2>のような超有名作品は無いのに、リムスキー=コルサコフの歌劇は、「モーツァルトとサリエリ」「不死身のカスチェイ」「皇帝の花嫁」「ヴェーラ・シェロガ」「五月の夜」「サドコ」等々、ガサッと揃ってます。

此度の「ローエングリン」についても、目当ては専ら指揮のサモスードにありました。
サムイル・アブラモーヴィチ・サモスード(or サミュエル・サムスード/Samuil Abramovich Samosud,1884-1964)は、ソヴィエト政権下に残留した指揮者の中でもとりわけ長いキャリアを保ち、ゴロワノフやガウクと言った人々から更に遡った世代に属する重鎮です。
トビリシに生まれた彼は、最初にチェロ奏者として演奏活動を始めました。その後30代から指揮者に転向し、以下のような歌劇場で主要なポストを務めています。。

1917年-1919年:マリインスキー歌劇場(レニングラード)
1918年-1936年:マールイ劇場(モスクワ)
1937年-1943年:ボリショイ歌劇場(モスクワ)
1953年-1957年:スタニスラフスキー劇場(モスクワ)

サモスードはモスクワ・フィル、モスクワ放送交響楽団(現・モスクワ放送チャイコフスキー交響楽団)の創設に携わる一方、1926年から1936年までレニングラード音楽院で指揮法のクラスを持ち、多くの指揮者コンクールでも主要審査員務めました。
また、プロコフィエフの交響曲第7番や、歌劇「戦争と平和」、カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」(演奏会版)、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」、歌劇「鼻」、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」など、数多くの記念碑的な初演指揮を果たしています。

それだけの指揮者であるにも関わらず、サモスードの音源復刻はCD期以後、今一つ振るいません。仮に発売されていても、殆どが歌劇の全曲盤か協奏曲の伴奏録音です。
チャイコフスキーの「スペードの女王」「チャロディカ」(魔女)、リムスキー=コルサコフの「モーツァルトとサリエリ」「不死身のカスチェイ」あたりは、比較的入手が易しい音源だと思われます。他に歌劇では、ヴェルディの「リゴレット」、プッチーニの「ラ・ボエーム」が入手可能です。グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」なども録音していますが、こちらの復刻CDは縁薄く、未聴のままとなっています。なお、これら外国歌劇はいずれもロシア語版による演奏です。
また、協奏曲の伴奏で有名な音源は、何と言っても作曲者自身のピアノ・ソロによる、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番でしょう。メチャメチャに疾駆するソロとの掛け合いが、またとない聴きものです。
他にもオイストラフと共演したチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をはじめ、コーガンやロストロポーヴィチとの録音が幾つかCDになっているようです。

一方、単独のコンサート指揮者としてのサモスードを偲ばせるCDは、非常に稀です。
知る限り、Dante-Arlecchinoによる
"The Art of Samuil Samosud vol.1"(ARL135/廃盤)
しか把握していません。こちらにはプロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」と、交響曲第7番が収録されています。本旨とは外れるので軽い言及に止めておきますが、殊に交響曲は凝縮された分厚い響きで歌う名演です。
サモスードは何かにつけて検索する固有名詞となっているので、今やフル・ネームのスペルがそらで打ち込めてしまいます。まあ、ガウク同様に殆どローマ字読み・綴りなので、そんなに難しくは無いんですけどね(笑)

ともあれ、今回の「ローエングリン」。
「ロシア語版」に恐れをなしていましたが、考えてみれば、上述した歌劇CDに比べるとオーケストラ曲の含有率が高いんですよね。第1幕と第3幕に、それぞれ前奏曲。単独で演奏される機会も多い上、指揮者・オーケストラ共々技量が問われる性質の作品です。
今までは前奏曲を落とした抜粋復刻しか存在しないので避け続けたものの、昨年半ばにドイツのWalhallから全曲盤が廉価でCD化されるに及び、いかもの食いを覚悟の上で購入に踏み切りました。

現物を聴いてまず驚いたのが、その良好な音質です。1949年の録音ながら、歪みは少なく、レンジもかなり広範に渡っています。この後10年は、ソ連に於ける録音クオリティって余り変化して無いかもしれません。少なくともこの年代でこの音質なら、西側のメジャー・レーベルとも充分に渡り合えると思います。

そして演奏も実に素晴らしい。正直言って軽く見ていたものの、冒頭の前奏曲から心奪われてしまいました。
サモスードの音造りは、後進のガウクと共通するような肉厚で引き締まったものですが、より柔軟でロマンティックな志向を示しています。この辺り、ひたすらパワフルで直線的、悪く言えば一本調子な印象を与えるガウクとの大きな違いと言えるでしょう。
第1幕と第3幕の前奏曲では、ロシア・オケ特有のパワーを発揮しながら、細部への気配りにも欠くる所がありません。単独で鑑賞しても非常に優れた演奏だと思います。後年ムラヴィンスキーが録音した同曲が持つ高揚感に、更に19世紀的な「粘り」を加えると、サモスードの演奏に近付くかも知れません。

そして、歌劇全体に渡って、前奏曲の雰囲気が徹頭徹尾貫かれています。
どの部分を切り取っても、芳醇で濃厚。ベテランだけあって、盛り上げる要領を実に巧く心得ています。「ローエングリン」は比較的真面目に聴き比べている歌劇ですが、斯くも19世紀的な全曲演奏はそうそう見当たらないのではないでしょうか?

また、ソリスト達の魅力も出色です。。リリックなコズロフスキーもさることながら、トロイツキーやボグダノフと言った低音陣による重厚で風格溢れる歌唱は、ロシアならではの特長と言えるでしょう。こうなっては、言語などあまり問題になりません。

また、余白には9トラック、ボーナスとしてコズロフスキーのレア音源が収録されています。その中で個人的に関心を惹かれたのが、レフ・シュテインベルグ(Lev Petrovich Steinberg,1870-1945)の伴奏によるローエングリンの「はるかな国へ」(1937年録音)、SP期に没したこの指揮者による、他の録音への更なる期待を募らせるトラックです。

シュテインベルグによる纏まった体裁の録音は、僅かにリムスキー=コルサコフの歌劇「皇帝の花嫁」全曲盤を知るばかりです。ロシア系指揮者の源流を示すが如き、その重厚な演奏は大変貴重な記録だと思われます。たまに単独でも取り上げられる同序曲などは、躍動感に溢れたこの演奏で刷り込まれてしまいました。

ロシア系の指揮者は生年から10年差し引くと、圏外の指揮者と「録音残存率」が対等になるかも知れません。10年引いてサモスードは1874年、シュテインベルグは1860年、グラズノフがニキシュと同じ1855年で、音源のレア度も演奏解釈の雰囲気も、ちょうど釣り合うように思うのですが…どうでしょうか。
逆に寿命は、10年加算して捉えたくなります。
80歳まで生きたサモスード、84歳まで生きたムラヴィンスキーなどは稀なケースで、大半が70代まで存命ならば上々、50代、60代で亡くなった指揮者は枚挙に暇がありません。旧ソ連で指揮者を務めると云うことは、それだけストレスが伴ったのかも知れない…と思うと、複雑な心持ちになります。


それにしても、「ローエングリン」、CD3枚にこれだけの音源を収録して、価格は2000円台。誠にありがたい事です。

因みに、ゴロワノフの復刻盤などと同様に、このCDにも
"BY KIND SUPPORT OF J.KOWALSKY"
とのクレジットが見受けられます。

第一線のカウンターテナーとして活躍しながら、他方で物凄い歴史的音源コレクターとして、マニアックな復刻盤のリリースに携わるコワルスキー。一層の活躍を願わずにはいられない、奇特な人物です。
サモスードの音源、他にお持ちなら、是非CDにして下さい(>人<)
 
 

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