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Wednesday, March 23, 2005

やっぱりあった!ラミンの戦後録音「マタイ」

HMVのクラシックホームページで、本日の更新分をチェックしていると、驚くべき(あくまで個人的に、かもしれませんが)トピックに逢着しました。

初出! ラミンの『マタイ』[1952年3月17日]

ギュンター・ラミン(or ラミーン/Gunther Ramin,1898-1956)は、ドイツのカールスルーエに生まれた指揮者/鍵盤楽器奏者。
1918年、バッハゆかりのライプツィヒ聖トーマス教会のオルガニストに就任し、1940年から没年まで前任者シュトラウベの後を受けて、バッハ以後12代目のトーマス・カントルを務めました。
また、彼の門下からはヘルムート・ヴァルヒャ、カール・リヒター、ハンス・マルティン・シュナイト、ペーター・シュライアーと云った人々が育っています。

彼の録音は戦前から断続的に行われていましたが、わけても多くを占めるのが戦後の放送用録音でしょう。ドイツのBerlin Classicsから発売されている、CD12枚組のバッハ作品BOX(32912 BC)は、彼の業績を通観する為にうってつけのセットです。
ヨハネ受難曲(2CD)+カンタータ集(9CD)+ラミンによるバッハのオルガン作品演奏(特典盤1CD)と云う内訳になっています。このセットはごく最近に再発売されたようで、わたくしが購入した同内容の旧セットよりも3000円ばかりお安くなっています…くう。

また、国内ではARCHVレーベルへの正規録音、「6つのモテット集」が現役盤です。

他方、ラミンによる「マタイ受難曲」は、1941年のSP録音のみが知られるばかりでした。
しかし、音楽之友社刊の「名演奏家辞典」(1982年初版)では、あたかも戦後録音の「マタイ」が存在するとも受け取れる旨の記述があるのです。わたくしとしてはSP音源よりも、戦後のテープ音源が残されているのならば、そちらを聴きたいところ…。

ある日、思い余ってラ・ヴォーチェ京都の店主様にお訊きしたのですが、「そんなものはありませんねえ。」とのご回答を頂いた次第(^^;
更に付け加えて、「たまにお訊ねになる方がありますが、世の中に出ているラミンの『マタイ』は、戦前のSP録音だけです。」とも。

「たまにお訊ねになる方」を重視したいところですね、この場合。
ああ、多分その方も「名演奏家辞典」をご覧になったんだろうな、と得心がゆきました。
恐らく同書の記述は、日本国内でのラミンの「マタイ」初発売が、戦後のLP期に移行してからであった旨を示唆しているのだろう、ひとまずそう結論付けて、この一件は落着と致しました。

しかし、何となく未練がましい心持ちがしないでもありません。
ラミンの事だから、戦後にも「マタイ」を演奏したに違い無い。ライプツィヒの放送局に沢山の録音が残された中で、殊更に同曲が外されたとも考え難い…。
そんなモヤモヤを抱えつつ5年以上の時を過ごし、現在に至っております。

そして、此度のArchipelによるCD化。
上述の如き経緯からすれば「やっぱりあった!」と快哉を叫びたくなります。

ただ、ここまで文面を連ねた後で申すのもなんですが、ラミンの音源は、現在の愛好家からはあまり支持されないのではないか、と思われるのです。
ラミンの演奏様式は、生前にあっては「即物的」と評価されていました。主観的・主情的な解釈を排し、あるがままの純粋なバッハ像を具現化する、そう云う指揮者と見なされていたようです。
しかし、その弟子カール・リヒターの解釈ですら「前時代的」と評されつつある昨今、更に遡ってラミンに至っては、どうなってしまうのでしょうか。

実際ラミンの演奏は、シンパシーを抱いている者の視点からも、客観的に捉えれば異様な雰囲気を醸しています。
拍節感や強弱表現、あるいはテンポ操作に於いて、ラミンはストイックに切り詰められた様式を貫いているのですが、一方で、全般にテンポは遅く、取り回しにも何処か「もったり」とした趣が感じられるのです。
それにも増して気になるのは、殊に児童合唱に対して過剰な胸声を要求している点です。皮相的に総括すれば、「やたらと苦しげに叫ぶ、重々しい演奏」とでも言うべきでしょうか。これはメンゲルベルクの如き「ロマンティック」な解釈、あるいはオリジナル楽器による同時代回帰的演奏共々に、完全に隔たっています。

…と、これだけ連ねておけば、嗜好的に受け付けない方を惑わせる事は無いでしょう。

それでも、わたくしはラミンの演奏が好きです。
今や彼の録音群は、音楽史的な様式観からすれば、半月状の「バッハ・ボウ」によるヴァイオリン作品演奏同様、徒花の如き過去の遺物なのかもしれません。
それでもわたくしはラミンの演奏を聴くと、昂奮と感動が入り交じったような、不思議な心持ちになります。先に若干否定的なニュアンスで連ねた特質は、他方で類い希にスピリチュアルな響きを生成しているのも事実なのです。

もう10年近く前に、Berlin Classicsから2枚組でCD化された「ヨハネ受難曲」を初めて聴いた時には、非常に感動したものです。さすがに「モテット集」などは、今以て受け付けない時がありますが…。

ともあれ此度初発売の運びとなった「マタイ受難曲」、遠からぬ発売日が楽しみでなりません。
一点要石が抜けたように感じていた未聴音源、カンタータ第4番「キリストは死の縄目につながれたり」がセットされているのも、無上の喜びです。
 
 

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Comments

こんにちは。
ラミンは1950年代にマタイをスタジオで再録音しています。しかし録音中に亡くなってしまい抜粋だけが残されました。エテルナレーベルからその録音のLPが出ています。シュトライヒ、ライプチヒ・ゲヴァントハウス・オーケストラらとの演奏です。
1952年の全曲CDとは別物です。

P.S.
今そのLPがヤフオクに出てるようです。

Posted by: マシュー | Sunday, July 16, 2006 at 01:54 PM

マシューさま

初めまして!
ご教示を賜りまして、誠にありがとうございます。

まさかそんな経緯があったとは、想像もしませんでした。抜粋とは言え再録音が遺されたことを喜ぶべきか、未完に終わったことを口惜しく思うべきか…。
中々複雑な心境です。

ラミンは享年60にも届かずして亡くなっていますが、未完の録音が存在するというあたり、かなり急な逝去だったのでしょうか。

せめてあと10年なりと長命して、あの独特のspiritualな響きをステレオ録音してくれていれば…と惜しまれてなりません。
一体どういう音像になったものでしょうか。

Posted by: Tando | Wednesday, July 19, 2006 at 09:26 PM

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