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Sunday, April 17, 2005

マヌエル・ガルシア2世生誕200周年

当blog昨今の流れからすれば唐突な話題なのですが、今回はスペインに生まれロンドンに没した声楽家、マヌエル・ガルシア2世(Manuel Garcia II,1805-1906/写真)について少々蘊蓄を…。
garcia00

1805年、マドリードに生まれたこの声楽家は、実に101年に及ぶ驚異的な長命を保ちました。

父のマヌエル・ガルシア(Manuel Garcia,1775-1832)もまた偉大なテノール歌手で、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」のアルマヴィーヴァ伯爵役を創唱した人物です。
また、二人の妹、マリア・マリブラン=ガルシア(Maria Malibran Garcia,1808-1836)と、ポーリーヌ・ヴィアルドー=ガルシア(Pauline Viardot Garcia,1821-1910)も傑出した声楽家でした。
殊に前者は、美貌と美声で知られながらも夭折した伝説的なプリマ・ドンナで、ヴェネツィアのマリブラン劇場にその名を留めています。また、宮沢賢治の短編、「マリブロンと少女」は、彼女の逸話に取材した作品です。
ポーリーヌもまた、その才覚で欧州の芸術サロンを湧かせた人物でした。ショパンやジョルジュ・サンドとの親交、ツルゲーネフとの恋愛エピソードなどで知られます。

ガルシア2世のデビューは1825年、その公演をプロデュースしたのは、劇作家のロレンツォ・ダ=ポンテ(Lorenzo da Ponte,1749 - 1838)でした。
以後、その活動は、声楽教師の職務に比重を増していったようで、門下からは錚々たる逸材が育っています。
イェニー・リンド(Jenny Lind,1820-1887)、マティルデ・マルケージ(Mathilde Marchesi,1821-1913)、ユリウス・シュトックハウゼン(Julius Stockhausen,1826-1906)、サー・チャールズ・サントリー(Sir Charles Santley,1834-1922)などなど…。
また、声帯観察用の喉頭鏡を発明したのも、一説にはガルシア2世だと伝え聞いています。

100年を越える長命を保った人は、著名な音楽家の中でガルシア2世ただ一人と言う訳ではありません。でも、ガルシア2世の場合、繋いでいる時代の隔たり・変遷が顕著なので、非常にインパクトがあります。メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リストと言った人々よりも年長でありながら、20世紀まで存命だったのですからね。
デビュー公演の経緯で接触があったダ=ポンテって、モーツァルトの歌劇、「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」の台本を書いた人ですよ?
もっと掘り下げると、ガルシア2世出生時のスペイン国王はカルロス4世、かのルイ14世の曾孫に当たる人物です。また、時期的にはナポレオンのスペイン戦役と前後しています。

そして、ちょうど今年(2005年)は、ガルシア2世の生誕200年に当たります。でも、没後から数えると、まだ99年しか経っていません!
いやあ、101歳まで生きるって、すごいですね。

個人的に強い関心を寄せているのが、この人は何かしら録音物を遺していないのだろうか、と云う点です。90歳くらいまでは声楽教師として現役だったと伝わりますが、さすがに歌唱自体の吹き込みについては、望み薄と考えるべきでしょう。
でも、エジソン蝋管に「ちょっと歌を一節」とか、「誕生祝いにコメントを一言」とか、そんなのでもいいから、残っていて欲しいと思います。師匠の凄さはきっと門下生にも充分すぎるくらい浸透していた筈ですから、誰か一人くらい、戯れにでもフォノグラフを担いで来たりはしなかったものでしょうか?

この人が録音を遺していれば、間違いなく「録音史上最年長」の音楽家です。それだけでなく、「音声記録を残した著名人」としても、最年長になる可能性があります。

一般に知られている録音史上最年長の音楽家は、デンマークのバス歌手、ペーター・シュラム(Peter Schram,1819-1895)の蝋管録音とされています。しかし、これには捏造説もあって、あまり信用は出来ません。彼の録音とされる、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」からのアカペラ吹き込みは、英国SYMPOSIUMの
Rare & Unique Early Cylinders, 1900-1903

に入っているので、ご関心の向きはお聴きになって下さい。意外と「聴ける」音質です。歌唱自体はイタズラ吹き込みみたいな雰囲気を伴っていますが(^^;

余談ですが、ペーター・シュラムは同国の童話作家、アンデルセンと親交があったようで、彼に宛てられた詩が残っています。
そう言えばアンデルセンも今年生誕200周年ですね。

一方、音声記録については、ヴィクトリア期の桂冠詩人、アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson,1809-1892)を最年長者と見なす意見が一般的です。この音源は未だに聴いた事が無いのですが、ちゃんと現存しているようです。
ほぼ同時期には、やはり同世代の詩人ロバート・ブラウニング(Robert Browning,1812-1889)も吹き込みを行いました。なんでも自作詩の朗読中にトチッて「あ、間違えた」と思わず口に出した箇所までが録音されてしまい、物珍しさに沸く巷間の話題となった旨が伝わっています。こちらも現存するようですが、やはり聴いた事がありません。

そんなこんなでマヌエル・ガルシア2世生誕200周年の今年、何かプライヴェート録音でも発掘されないかな…などと考えている昨今なのです。

今年中に見付からなくても大丈夫、引き続いて来年(2006年)は没後100周年ですから…長寿万歳!
 
 

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Comments

こちらでは、はじめまして。

大変面白い話題の御提供ありがとうございます。
随分と古い歌手のことなので、資料に乏しく知識がありませんでした。

久しぶりに私の所蔵している最古の文献「FAMOUS SINGERS」 by Lahee, 1898 を引っ張り出して読み始めました。

残念ながら二世に関する記述はありませんでしたが、マリブランに関して色々と書いてありました。フランス人商人との結婚、歌手としての成功、夫との死別、再婚....
なんと再婚相手がVnのべリオだとは驚きました。

この文献は通俗的なことしか書いてないようですが読んでみると比較的解り易い記述で、再発見といった感じです。

19世紀の歌手に関して御興味があるのでしたらお勧めの文献です。比較的入手が容易で、価格もこなれています。

ところで、ロバート・ブラウニングに関しては「Discography of Historical Records on Cylinders and 78s」に記述があります。自作の暗唱に失敗した吹込で、1888年または1889年初頭に行われたものだそうです。

収集の対象となる類の吹込とは思えませんが、こちらの文献も非常に興味深いものです。一読をお勧めいたします。

なんだか、変なコメントになっちゃいました。スミマセン

Posted by: mr.hmv | Sunday, May 01, 2005 at 10:30 PM

続きです。

アルフレッド・テニスンの吹込ですが、南アのライブラリーに5吋Waxプライベートシリンダーが2本のコピーと共に現存するとのことです。

1898年ロンドンでのエジソンシリンダーへの吹込です。

Posted by: mr.hmv | Sunday, May 01, 2005 at 10:50 PM

みつけました。

http://charon.sfsu.edu/tennyson/lightbrigadewax.html

これで御希望が叶います。

Posted by: mr.hmv | Sunday, May 01, 2005 at 10:53 PM

> mr.hmv さま

丁重なご教示誠にありがとうございます!

テニスン卿の蝋管、感慨深く聴かせて頂きました。

ブラウニングのエピソード共々、もともと私が知ったのは小学生対象のエジソンの伝記でした。
かなりマニアックな専門書でないと紹介していないエピソードがさらりと出てくるあたり、なかなか侮れません。
同書では「ビスマルクも吹き込みを行ったが、初めての装置を前にひどく緊張してしまったのは彼らしからぬ事と、巷間の話題になった」…云々とのエピソードも紹介されていたのですが…。

>マリブラン/ド・ベリオ

ド・ベリオには同姓同名で、ピアニストになった子息がありますね。彼はマリブランの実子なのでしょうか…?
1833年の生まれで、1910年代まで存命であったと記憶しています。
たしかリカルド・ビーニェスはこの人に師事していた筈です。

Posted by: Tando | Monday, May 02, 2005 at 08:19 PM

久しぶりに死蔵していた「British Institute of Recorded Sound : Blletin」を眺めています。

ありました。
"The Tennyson Phonograph Record"
by Sir Charles Tennyson
BIRS No.3 Winter 1956, p2 to p8

ディスコグラフィーに拠ると、23本のSoft Wax Cylindersだそうです。
かなり断片的で、コンディションは悪いようですが、残っているだけでもメッケモン、とか何とか書いてあります。

著者は孫のようです。

Posted by: mr.hmv | Thursday, May 05, 2005 at 08:43 PM

>mr.hmv 様

23本とは驚きました!

せいぜい1~2本くらいのものだろうと思っていました。
これだけまとまった分量の吹き込みともなれば、単なる記念物的な意味合いに止まらず、文学・音声学上の研究資料としても大きな意義が伴ってきますね。

他方、日本での音声吹き込み蝋管の現存状況にも興味があります。我が国でこの分野の体系的な研究は、あまり出ていないのではないでしょうか。
陸奥宗光の「音声レター」が、日本で最初の公人による蝋管吹き込みだとか、九代目團十郎の「勧進帳」全段が関東大震災で行方不明になったままだとか、夏目漱石の再生不能な蝋管が残っているだとか、断片的な情報はちらほらと見受けられるのですが…。

Posted by: Tando | Saturday, May 07, 2005 at 12:11 AM

>我が国でこの分野の体系的な研究は、あまり出ていないのではないでしょうか。

孫引きの典型かもしれませんが、「珍品レコード」は御覧になりましたか?
http://www1.pbc.ne.jp/users/hmv78rpm/page007.html
「邦楽盤回顧録」の項が一般書籍としてはまとまったものだと思います。同項の執筆者山口亀之助師の著作で
「レコード文化発達史」録音文献協会、昭和11年
がありますが、これを参照してみると興味深いと思います。残念ながら私は未だ出会いの機会が無い書籍です。

国立国会図書館にはあるはずです。


>夏目漱石の再生不能な蝋管が残っているだとか、

これはこちら
http://alt.szk.net.it-chiba.ac.jp/research/soseki.pdf

Posted by: mr.hmv | Saturday, May 07, 2005 at 08:14 PM

>mr.hmv様

度重なるご教示誠にありがとうございます。

#「珍品レコード」
残念ながら目にする機会を得ないままです。
国内レコードの稀覯盤にも言及されているとのことで、非常に興味深いですね。

#漱石蝋管
最新テクノロジーをもってしても、やはり再生不能でしたか…残念です(^^;

Posted by: Tando | Sunday, May 08, 2005 at 01:43 AM

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