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Friday, October 28, 2005

グラン・クロニカ・デル・カンテ~Vol.6発売に寄せて

グラン・クロニカ・デル・カンテ(カンテの大年代記)のVol.6が届いた。
このシリーズは、1年毎に1枚が発売されている。
いつもお世話になっているアクースティカ様に、今年度発売分については頃合いを見越して、「入荷次第送って下さい」とお願いしていた。
その現物がこうして手元にある訳だが、サイトの更新に先立って入手が叶うとは…。ちょっとビックリしました。とても嬉しいです(^^)

このシリーズでは、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスとマヌエル・バジェーホが全巻通して必ず収録されているほか、マノロ・カラコールやペペ・ピント、あるいはニーニョ・デ・マルチェーナ、ニーニャ・デ・ラ・プエブラといった人々が、いわば「常連」として複数巻にわたり登場する。
そして、各巻の「目玉」とも言うべき、従来復刻の乏しかった歌い手が1~2人。聴き手にとっては、これが新譜毎のこの上無い楽しみなのである。
すなわちVol.3ではイサベリータ・デ・ヘレス、Vol.4ではフェルナンド・エル・エレーロ、Vol.5ではラ・ポンピという具合に。
今回の「目玉」は、遂に登場、偉大なるトマス・パボン、そして復刻盤の極めて乏しい、ニーニョ・デ・メディーナである。

トマス・パボンは、果たしていつ登場するだろうか、と、個人的に待ち構えていたカンタオールだ。
当盤で選ばれているのは、マルティネーテ・イ・デブラとカンテス・デ・トマス・パボン(ソレアー)の2面、1950年の録音から。
まず驚いたのは、解説書で濱田滋郎氏も指摘されている通り、従来の復刻盤より格段に音質が生々しくなっている点だ。トマス・パボンは1920年代末と、1950年との2回にわたって20余面の吹き込みを行っている。私はその大半をCDで聴いているが、後者のセッションは、全般的に生彩に乏しく、この歌い手の歌唱力の衰微を示しているとさえ感じていた。
しかし、この「グラン・クロニカ~」で聴くなり、その印象は完全に覆されたのである。
壮年期の朗々とした息遣いこそ影を潜めているが…この切実な情感は何だろう。どうして、従来の復刻盤では聴き取れなかったのだろう? 
無限に広がり、殆ど抽象的な次元にまで届いている壮年期の歌唱、トマス・パボンというカンタオールの本領はそこにあると考えていた。フラメンコの予備知識を持たない知人から、「これはイスラム教の詠歌?」と問われたのを思い出す。そう、この人のカンテには、知も情も超越した、何処か宗教的なトランスがある。
求道者さながらに厳しく己の芸を磨き、尊び、そして貧しく生きたトマス・パボン。最晩年に属する1950年の吹き込みは、そんな彼自身の血潮を、壮年期よりも一層色濃く匂わせたものだった。

フラメンコの古い音源については、つくづく状態の良い復刻が少ないことを痛感させられる。トマス・パボンも、いずれ然るべき形でトレースされるべきである。

そして、ニーニョ・デ・メディーナ。
この人のカンテには「カテドラ・デル・カンテ」(PRODUCCIONES AR/レーベル消失のため廃盤)に収められた1枚で接して以来、強く心惹かれていた。生年は判然としないが、おおむね1870年代後半から1880年代前半らしい。録音を遺しているカンタオールの中では、比較的古い世代に属している。
前述「カテドラ・デル・カンテ」は、絶望的なまでに復刻状態の悪いシリーズだったが、そうした音質の中からも、この歌い手のただ者ではない気配は伝わってきた。
殊にブレリーアは、1910年前後という録音年代を鑑みれば、信じ難い程モダンな様式を完成している。彼と、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスによって確立されたとさえ言えるペテネーラ、これも実に巧く、新鮮だ。録音時間や技術的な制約の所為で、とかく機械吹き込み時代のカンテは皮相的な歌唱に陥りやすいが、メディーナの音源はどれを取っても堂に入った、高い完成度を示している。
今回「グラン・クロニカ~」にはタランタが2面収録されており、いずれもこの人の優れた資質を充分に伝えて余りある。音質面でも、先述「カテドラ・デル・カンテ」とは比較にならない程優れている点、もはや言うまでもない。
彼は20余面の録音を遺している筈なので、この復刻が呼び水になり、もっと聴かれるようになることを願いたい。

以上、個人的な観点から、殊に印象深かったトラックについて言及した次第である。
いつものことではあるが、全く以て期待に違わない完成度で、1年越しで待ち続けたことが充分に報われた。
充実した解説書も然り。複数回登場するアルティスタについても、毎回必ず新たな逸話が紹介されており、その人となりが段々と具体化してゆくのが面白い。

1年1枚のペースで巻を増すこのシリーズ、手元に並べると言い知れぬ感慨が呼び覚まされる。6年、6巻目ともなると、それなりの人生遍歴である。
そうやって過去5年を遡ると、「大殺界」ではないけれども、本当に碌なことが無かった。相次いで肉親を亡くしたり、ご破算になった恋愛の期間をそっくり包括していたり、追い込まれた精神状態のさなか、鬱病を患ったり…。その都度必死で乗り越えてきたことが節目節目で思い出され、改めて心胆を寒からしめる。
CDは多ジャンルに渡って毎年際限無く増え続けているが、本当にこのシリーズとは血と涙を分かち合っているような気がする。
1年1回を待つとは、そういうことなのだろう。
そして、届いたばかりの最新巻に耳傾けながら、この1枚は先々どのような「節目」として振り返るだろうか…ふと、そんなことに思いを馳せてみるのだ。

最後、私事でなしくずしになってしまいましたが、シリーズの更なる発展を祈念して結びと致します。
 
 

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Comments

おはようございます。
Tandoさんは本当にフラメンコにも深い造詣をお持ちなんですね。私自身も下手ながらギターを弾いている関係もあって、少なからずフラメンコにも興味をもっているんですが、なかなかつっこんで聴く機会がありませんでした。大好きな作家である逢坂剛さんの小説を読むたびに、「よし聴いてみよう」と思いながら、それっきりでした。
また、是非アドバイスしてくださいね。

Posted by: romani | Saturday, October 29, 2005 at 10:57 AM

>romaniさま

>逢坂剛さんの小説

これは「カディスの赤い星」でしょうか。
逢坂さんはこの作品を世に出したいがために、他作品で新人賞を獲って、作家の道への足場を固めたとか…。
物凄い気概だと思います。

>また、是非アドバイスしてくださいね。

なんだかとても僭越に思われて気が引けます(^^;
勿論、お役に立てることがありましたら何でもお申し付け下さい。
そう言えば、私のプロフィール欄で挙げているアウレリオ・デ・カディスは、逢坂さんも強い思い入れをお持ちのようです。
この人のカンテは本当に、最高ですよ~。

Posted by: Tando | Monday, October 31, 2005 at 12:06 AM

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