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Monday, January 16, 2006

伊佐焼酎

所用あって、一昨日から昨日にかけて、鹿児島まで足を運んでいた。一泊二日の圧縮スケジュールだ。
行き先は鹿児島県大口市、父祖の郷里、我が本籍の地である。

大口を含む伊佐地方一帯は、全国でも名高い焼酎どころだ。
郡山八幡神社(大口市・国指定重要文化財)の棟札には、

「其時座主ハ大キナこすてをちやりて一度も焼酎を不被下候 何共めいわくな事哉」
─(神社の)座主がたいへんなケチで、(改修工事の間)焼酎を一度も振る舞ってくれなかった。何とまあ迷惑なことだ。

といった旨の、大工による愚痴書きが遺されている。そして、永禄二年(1559年)八月十一日と記されたこの落書きこそ、「焼酎」の用語が確認される現存最古の史料なのだそうだ。大口が「焼酎発祥の地」を以て任ずる由縁である。

さて、伊佐産の焼酎銘柄の中でも群を抜いて人気を集めているのが、「元祖プレミア焼酎」とも言われる「伊佐美」(甲斐商店)だ。昔ながらの瓶と木桶で仕込む同銘柄は、元々の出荷数が少なく、以前から入手が難しかった。
現地の酒販店では、蔵出しの後なら大抵扱いがあるけれども、他銘柄との抱き合わせ販売が当たり前。以前は「他銘柄2本+伊佐美1本」が「相場」だった。しかし昨今の焼酎ブームの中では、それもどうなっているのやら…。
今回の訪問は折悪しく週末と重なっていたため、大方の酒販店は休業日。実情を確かめることすら叶わなかった。遠来の客人と思しき人が、土産物店で「伊佐美はありますか」と訊いているのを小耳に挟んだが、例年正月には出荷があるのが、今年はどういう訳かそれが無い、次の入荷は2月頃になるという話だった。
ちなみに醸造元の甲斐商店は、旧大口駅前の商店街に店舗を構えている。
元来、売り惜しみをするような店ではないので、折良く在庫があれば割愛して貰うことも出来た。ただ、これは往時でさえ僥倖と言えるケースである。今回訪問では甲斐商店も休業日だったので、現況はどうなのかわからない。直売価格は2000円もしなかったと思う。それが都市部では5000円を下ることは無いのだから、「何共めいわくな事哉」。

そんな経緯で、今回訪問では「伊佐美」探しは断念。
身辺へのお土産には、「伊佐三大銘柄酎」のうち、「伊佐美」以外の2種、「伊佐錦」(大口酒造協業組合)と、「伊佐大泉」(いさだいせん/大山酒造/菱刈町)を購入した。

「伊佐錦」、わけても黒麹仕込みの「黒伊佐錦」は、全国的にも定評のある銘柄。黒麹特有の、甘口で濃厚な味わいは、芋焼酎の本領と言ってよいだろう。供給が安定していて、流通範囲も広いので、芋焼酎と言えば、まず最初に手に取って頂きたいと思う。

一方の「伊佐大泉」は、流通の範囲が割合限られていて、地元を離れると入手が少し難しくなる。それでも、今のところ「伊佐美」のような極端なプレミアムを附されてはいないのが救いだ。
この銘柄は、とりわけ地元一帯での評価が高い。「伊佐錦」の、もったりとした野趣に比して、「伊佐大泉」には洗練された趣がある。それでいて、芳醇で底深い味わい。毎日呑むには、こちらの方が適しているだろう。一度知ると虜になる名酒だ。
郷土愛から言えば「伊佐錦」に左袒するべきであるが、私は専ら「伊佐大泉」に惚れ込んでいる。

「伊佐美」のテイスティングも此処で報告したい所だが、酒を嗜むようになって爾来、「伊佐美」を口にする機会を得ていない。先述の事情もあって、今回の入手も叶わなかった。
本当は、一升瓶で3本、秘蔵しているものがあるのだけれど、故あって開封出来ない。
これは遡ること平成十三年の五月、亡父と最後に大口を訪れた折に求めたもので、開け渋っているうちに、とうとう「開けられない酒」になってしまったのである。
これを呑むのは、私の人生の何か大きな節目を期することにする。


一泊二日に圧縮した旅程だったが、その中身は随分と充実していた。2日間の滞在が、4日5日はあったような心持ちがする。

亡父昵懇の御仁から猪肉に鹿肉の饗応に与ったのも、山里ならではの愉しみだ。寝言で「もう食べられない!」と言ってしまいそうなくらい、旨いものばかりを沢山食べさせて貰った。
人の少ない所は、得てして食材が良い。天然・地産の食材ばかりで、地域の人口を充足することが出来るのだから。
運転絡みで焼酎抜きだったのは、返す返すも惜しまれる。猪肉に伊佐焼酎とくれば、最高だろう。
次はもっとゆっくりとした日程を組もう。

久々に父祖の墓参と菩提寺への挨拶も果たしてきた。

菩提寺では、住職と副住職との二人がかりで、「早く結婚しなさい」と懇々と諭されてしまった。

住職:「何でも先送り先送りにしていると、結局好機を逃してしまう。平成十八年の目標は『結婚』これ一つに絞り込むぐらいの気持ちでかかりなさい。」
副住職:「先輩が『結婚相手は自分の生活圏の半径500m以内にいる』と言っていたけれども、実際私もその通りでした。」

与太話のようでいて、随所に仏教思想の因縁めいた裏打ちがあるものだから、浸透性が強い。じわじわと効いてくる。
さてさて、どうしたものだろう。

薩摩藩時代の一向宗禁制300年を経て、御一新後の徹底的な廃仏毀釈、その直後、明治9年の宗門解禁によって、鹿児島県下では真宗門徒が爆発的に増加した。檀家数500軒、700軒の真宗寺院も珍しくない。
鹿児島県下の真宗寺院は、どこもお布施収入の個別申告額が余りに少なく、税務局が疑念を抱いて検めに入ったという笑い話も残る、そんな土地柄である。


ともあれ、件の「伊佐美」の封を開けるような祝宴を設ける心当たりは、今のところ無い。
平成十八年の抱負は、どうしたものだろうか?
先述の御住職曰く、
「この際『結婚』と部屋に大書しておきなさい」
とのことなのだけれども…。 
 

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