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Friday, February 17, 2006

「指揮者」エドワード・エルガー

先日Naxosから発売された"Elgar conducts Elgar"(8.111022)を聴いた。英国の作曲家エドワード・エルガー(Edward Elgar,1857-1934)の自作自演集である。

エルガーは1920年に愛妻を失った。以後、作品の発表頻度は明らかに落ち込んでいる。その一方で、自作品の録音活動は精力的に継続された。1914年の初吹き込み以来、死の前年の1933年まで、実に20年間にも及ぶ期間、膨大な量の録音が行われた。中には、機械録音が一度行われた後、マイクロフォン期に移行してから再録音された作品も相当数含まれている。
レコード産業と音楽史とが歩みを共にし始めて、はや100年が経った。しかし、これほど体系的で充実した自作自演録音を行った作曲家は、未だ希有である。まして片面3~4分の78回転SPの時代ともなれば、その手数と労力を想像するだに気が遠くなりそうだ。エルガー自身や、それを取り巻くスタッフの熱意が偲ばれる。

エルガーは専業の指揮者ではなかったけれども、その技量は、単なる自作発表のみに事足りる水準を上回っていた。
1911年、ロンドン交響楽団の創設以来、主席指揮者を務めてきたハンス・リヒターが退いた。これはかなり急な退任劇だったようで、後任のポストは一時的に空位になってしまう。人選に窮した楽団では、後任者を得るまでの期間限定を条件に、時の大作曲家であるエルガーを、主席指揮者として迎えることとなった。
やがて1912年にアルトゥール・ニキシュにその座を譲るまでの約1年間、エルガーは「専業」の指揮者として活動した。自作演奏ばかりでシーズンを繋ぐ訳にもいかなかっただろうから、恐らく何らかの他作品をも加えながらプログラムを構成していたのだろう。
戦国時代に、城主不在の籠城戦を奥方の采配で凌ぎきったという逸話があるが、何かしら共通するものを感じさせる経緯である。

ともあれ、エルガーの自作自演録音プロジェクトが、歴史的記録以上の価値を有することは、その演奏解釈の中に明白だ。
1857年生まれのエルガーは、「録音を遺した指揮者」という時系列から捉えると、最古参とも言うべき世代に属している。この人よりも年長では、ヘンシェル(1850年生)、ダンディ(1851年生)、メサジェ(1853年生)、そしてニキシュ(1855年生)、カヤヌス(1856年生)といった人々による録音が著名だ。しかし、カヤヌスを除けば、遺された録音点数も限られた分量にとどまっている。
電気録音期まで活動を存え、かつ、まとまった分量の録音を遺した長老指揮者として、エルガーの存在はカヤヌスと双璧と言って差し支えない。また、記録された演奏水準の高さにおいても、同様である。

録音から窺い知れるエルガーの指揮ぶりは、作曲家が自身の演奏解釈を積極的に公開していた時代の、いわば最後の姿だ。この人より後、1860年代から1870年代生まれの作曲家を分岐点として、作品発表に関わる専業演奏家の存在意義は格段に大きくなる。
随所に聴かれる恣意的な緩急強弱のコントロールは、演奏というプロセスにおいて、更なる作品の再創造が行われていた事実を示している。しかも、(少なくとも録音に聴かれる範囲での)同世代の指揮者にありがちな、気紛れで成り行き任せのものではなく、終始一貫した様式を構築している点が素晴らしい。
アンサンブルの精度についても、この時代では最上級の水準だろう。現代のオーケストラの如き精密さは望むべくもないが、無造作な散漫さとは一線を画した統率力は、充分評価に値する。
恐らくエルガーは、専業の指揮者としても優れた活動を行い得た音楽家であろう。先述、ロンドン響での指揮活動を1年間で切り上げたのも、技量・適性的な問題ではなく、ひとえにエルガー自身の意欲に基づいた決定なのだと思われてならない。

冒頭で触れたNaxosのCDは、いずれも電気録音開始以降の音源からの復刻。
序曲「コケイン」と、「エニグマ」変奏曲、そして行進曲「威風堂々」の第1番~第5番が収録されている。いずれも著名な作品ばかり、比較対象の音源にも事欠かないから、「指揮者エルガー」の個性に接する手頃な素材の登場である。
また、ボーナス・トラックとして「偶発的ステレオによる『コケイン序曲』のサイド3」という珍音源が収録されている点も興味深い。これは、同一セッションで2箇所にマイクロフォンを設置しての、「別録り」が残されていた2盤面を同時再生することで、ステレオ的な空間位相の再現を試みた音源である。聴感上はリバーブが過剰なDUTTONあたりの復刻に通ずる人工臭が顕著だが、なるほど、確かに立体的な音響が再現されている。一聴の価値ありと言えるだろう。
斯様な不思議な音源が残されたのも、HMVのスタッフ達が、このプロジェクトに対して一方ならぬ熱意を注いでいたが故のことであろう。事実、電気録音以降のエルガーの音源は、同時代における最上の録音水準を示している。
これらの音源を「古い録音だから無条件で減点」と評価してしまうのでは、あまりに勿体ないことだ。たとえ記録する技術が古拙であっても、確かに指揮者の、楽団の実在感はありありと記録されているのである。

とは言え、NaxosのSP音源復刻には、やはり不満を感じる。
ウォード・マーストンやマーク・オバート=ソーンといった名うてのエンジニアを起用しながら、如何にも粗製濫造と言うべき精彩を欠いた復刻は、彼らにとっても名折れであろう。
たとえば英国Biddulphから復刻された、バッハ作品の管弦楽トランスクリプション音源集(BID 83069/70-2CD)でオバート=ソーンが果たした仕事の素晴らしさは、Naxosにおける同様の仕事とは比較にならないほど優れている。可能な限りノイズを削ぎながら、同時に音盤のポテンシャルを絶妙に引き出している点、見事と言うほか無い。
そして、このCDに収録されたエルガー編曲/指揮による、バッハの「幻想曲とフーガ」BWV.537は必聴の名演だ。後年のストコフスキーさえも陰る、色彩的な編曲に加え、熱烈なエルガーの指揮ぶりのスリリングなことと言ったら…!
まさしく「指揮者エルガー」の面目躍如、19世紀中盤から後半にかけての典型的な指揮者像がここにある。
ご関心の向きには是非とも御一聴をお勧めしたい。
 
 

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Comments

解説を拝読していますと、ラフマニノフが似たようなポジションかと思いました。

一つ言えることは、ピアニストとしてのラフマニノフは超一流だったということです。

ラフマニノフのピアノ演奏を聴いていると、どんよりとした鉛の海の大きなうねりに呑み込まれていく、ちっぽけな自分を感じます。

Posted by: mr.hmv | Saturday, February 18, 2006 at 11:26 PM

mr.hmv さま

>ラフマニノフが似たようなポジションかと

ラフマニノフも、本来はあくまで作曲を音楽活動の中心に据えていた人ですよね。
仮に、演奏活動に本腰を据える機会が無かったとすれば、この天才ピアニストは永遠に埋もれてしまい、ごく身近な人々の間でのみ語り草となっていたのでしょうか…?
ラフマニノフが遺した数々の名演奏を聴くにつけ、考えさせられることです。

>ラフマニノフのピアノ演奏を聴いていると

仰ることが、理解出来るような気がします。
決して華々しくはないのだけれど、ラフマニノフの演奏は深いです。広いです。
そして、この人が自作を指揮した録音にも、形は違えど同じ感想を抱かせる「力」がありますね。

Posted by: Tando | Sunday, February 19, 2006 at 12:20 AM

ピアノを弾く人にラフマニノフのピアノ演奏を聴かせたら、面白いことを言っていました。

■■全ての指が同じ強さで鍵盤を叩ける手だ■■

私は楽器演奏が出来ませんが、なんとなくラフマニノフのピアノが奏でる音がこの言葉で判ったような気がしました。

Posted by: mr.hmv | Sunday, February 19, 2006 at 09:58 PM

初めまして。いつも興味深く、そして楽しく拝見しております。

甚だ蛇足ながら、ヘンシェルとタンディにはそれぞれ電気録音があったかと存じます。ヘンシェルはロイヤル・フィルを指揮したベートーヴェンの交響曲第一番と、伴奏弾き歌いのシューベルトの歌曲。(共に英Columbia) ダンディは自作をパテに録音しています。ヘンシェルの録音は当時、老大家の解釈を示すものとしてたいへん有り難がられたものです。

しかしエルガーが同世代の音楽家の中で質量ともに大きな音楽的遺産を残したことに違いはありませんね。

Posted by: | Monday, February 20, 2006 at 07:28 AM

mr.hmv さま

そう言えば、あらえびすはラフマニノフの演奏に対して非常に冷たいですよね。
ホフマンの、決して多くはない機械録音のレコードを聴いて、正当な評価を下せる人なのに…これは不可解です。
ラフマニノフについては「作曲家流儀の我が儘な演奏」のような趣旨で論じていたかと記憶しますが、同じ視座から言えば、パデレフスキには恩情を傾けすぎている気がします。

>全ての指が同じ強さで鍵盤を叩ける手

楽器のわかる方の言葉の、強い説得力を痛感します。
私などは正直、自分が使う言葉のマンネリ加減にうんざりしているところなので…(^^;

色々と聴いて感じることは尽きませんが、ここで書く力がなかなか追い付きません。

Posted by: Tando | Tuesday, February 21, 2006 at 11:37 PM

眞 さま

初めまして!
常々のご来訪とこの度のコメント誠にありがとうございます。
ご丁重なご教示を賜り恐縮です。
自分の記憶の不確かさを改めて反省致します(^^;

>ヘンシェル

この人は確かモシェレスの指導を受けたことがあるとか、読んだことがあるように思うのですが…。
それが真実だとすれば、ベートーヴェンの孫弟子ということですよね。
器楽奏者でさえ、系譜上、同じ位置に連なる人のベートーヴェン録音は希有なのに、まして指揮者、まして電気録音ともなればその価値は計り知れないと思います。
私にとっては間違いなく、「いつか聴きたい音源」のトップ10に入るものです。

ヘンシェルはブラームスとも大変親しかったとのことで、もう少し高望みして録音に臨んでくれたなら…と惜しまれることしきりです。


それと、御サイトとblogとを大変興味深く拝見致しました。
今後とも繁く閲覧させて頂くことと存じます。
どうぞ宜しくお願い致します。

Posted by: Tando | Tuesday, February 21, 2006 at 11:52 PM

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