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Monday, April 10, 2006

オスカー・フリート指揮の「幻想交響曲」

◆ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14
 オスカー・フリート指揮/モスクワ放送交響楽団

 1937年・モスクワでの光学フィルムによる録音


これは、前々から言及を期していた音源。
最近になってM&Aから、興味深い音源がCD化されたようなので、かこつけて文面を連ねる。

オスカー・フリート(Oscar Fried,1871-1941)は、マニアックな存在のようでいて、知名度や寄せられる関心の度合いは、相当高い指揮者だと思う。

フリートは、マーラーの交響曲第2番「復活」や、ブルックナーの交響曲第7番を、機械録音末期に世界初吹き込みしたこと、そして1928年にベートーヴェンの交響曲第9番を電気録音で初吹き込み(但し、1926年にヴァインガルトナーが英語版で全曲吹き込みを行っているという情報あり)したことから、管弦楽レコード黎明期における、大作録音のパイオニア的存在と見なされていた。

ベルリンのユダヤ人商人の家庭に生まれたフリートは、ホルン奏者として音楽活動を開始した。後にフンパーディンクに作曲を師事、時の大指揮者、ヘルマン・レヴィの薫陶も受けている。やがてマーラーの知遇を得た彼は、殊にその作品解釈において相当綿密なレクチャーを受けたらしい。
機械吹き込みの限界に挑んだとも言える「復活」の録音が、作曲者直伝の演奏解釈として珍重されてきたのも、然るべき事である。
それに限らず、彼の師であるフンパーディンクは、ベートーヴェンやシューベルトと直接親交のあった、フランツ=パウル・ラハナー(Franz Paul Lachner,1803-1890)に師事した他、ヴァーグナーからも深い信頼を得ていた、「生ける19世紀音楽史」とも言うべき人である。
作曲家自身から直々に伝承された解釈とまではいかずとも、取り上げる作品毎に何かしら同時代的な雰囲気を、フリートの演奏は伝えているのではないか。近年Naxosから容易に手に入るようになった、ベートーヴェンの「第九」あたりを聴いていると、古風なブルーノ・キッテル合唱団の歌唱共々、そんな気がしてくるのだ。

さて、本題に戻ろう。
フリートの指揮ぶりと言えば、おしなべて速めのイン・テンポで、デュナーミクも比較的抑制されているように感じられる。あらえびすがこの人の「第九」を「イージィな」と評したのも、聴感をさらった限りでは的外れとも思われない。
ベルリン・フィルとの「シェエラザード」や「死の舞踏」も、古き佳きオーケストラの音色が、まず何よりの美質として立ち上る。

そんな、「古雅」とも言える指揮者フリートのイメージを完全に覆すのが、ソヴィエトへの亡命後、1937年に光学フィルムへ録音された「幻想交響曲」(DANTE-LYS280としてCD化/現在廃盤)だ。

何と形容して良いのか、私はこの録音に勝る「幻想交響曲」を知らない。
拙劣な光学録音による、ささくれた音質の所為もあるだろう。
しかし…それにしても、斯様に恐怖が支配する演奏を、他に求め得るだろうか?
荒くれた重々しい金管の咆吼、従来のフリートからは想像も出来ないような強引なアゴーギク、縦割りの極端なデュナーミク。
圧巻は第5楽章「怒りの日」で聴かれる、あの鐘の音だ。
恐らくは、相当大きな鋳鐘にピアノを被せてあるのだろう。さながら地獄の底で打ち鳴らされているようだ。やがて場景は、阿鼻叫喚のサバトへと続く。

ナチスによる一党支配後、ユダヤ人フリートが亡命先として選んだのは、米国でも英国でも、スイスでもなく、ソヴィエトだった。多分、ロシア革命後に、レーニン直々の招聘を受けて歓待されたことも影響しているのだろう。
だが、彼が亡命した頃には、時代が変わっていた。
スターリンによる独裁下にあって、(一部例外はあったにせよ)ユダヤ系ドイツ人である彼への待遇は、知れていたのではないか。
もう廃盤になってしまったようだけれど、Preiserから発売されていた彼によるチャイコフスキー録音集(『悲愴』『くるみ割り人形』組曲ほか/PREISER 90326)のジャケットに使われていた写真を見ると、そんな気がする。
鼻眼鏡をかけ、細巻き葉巻(?)を手にした伊達男風の写真が多い、そんな壮年期のイメージとはかけ離れた、憔悴しきった痛ましい姿だ。

最近まで知らなかったのだが、この人は独ソ開戦(1941年6月22日)直後、モスクワにて7月5日、ドイツ軍の爆撃下で死亡したらしい。(情報ソース)

先述DANTE-LYS盤の解説書では、その死を"mysterious death"と形容している。

何処かしら不穏で陰惨なイメージが伴う晩節と、モスクワで収録された「幻想交響曲」の凄演とを重ね合わせると、言い知れぬ底寒さを覚え、私は戦慄を禁じ得ないのである。


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