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Thursday, August 03, 2006

In a Landscape~ジョン・ケージ(1)

10年前の自分に立ち返って、ふと考えてみる。
先々の自分が、ジョン・ケージの音楽に入れ込む…そんなことが起こりうるなんて、予測出来ただろうか、と。

ジョン・ケージ。
ピアノの弦にネジや消しゴムを挟んで、おかしな音を創り出した人。
延々と繰り返されるコイントスの結果や、天体図をピアノ曲にしてしまった人。
そして、一切音を発することのない「4分33秒」を「作曲」した人。

奇矯、奇抜、…とかく取っ付き難い「現代音楽」像を、加速度的に進展させていった作曲家が、ジョン・ケージ。音楽の「美しい伝統」を率先してぶち壊したのは、この人物だ…。
10年前の私が抱いていたのは、概ねこのような先入観である。

そんな私の手元では、ケージ関連のCDが今や40枚に届こうとしている。
シュテッフェン・シュライエルマッハーによる18枚組の「ピアノ作品全集」(DG)があり、「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」のCDは10種類を数える。

こんな事態は、10年前はおろか、ほんの1~2年前でも予測できなかったに違いない。
人生なんて、本当にわからないものだ。

さて、私がごく短い期間でジョン・ケージの音楽にのめり込んでいった軌跡を、向こう何回かに分けて連ねてゆこうと思う。
解ったようなそうでないような、未だに中途半端なままの領域まで話は及びそうだが、それはそれでいいと割り切る。いずれにせよ、理由の無い買い物はしていない筈だ。


まずは、第1回。
私が初めて聴いたケージの作品は、ECMの”Elegies for piano”(エレジー・フォー・ピアノ)というオムニバスに収録されていた、” In a Landscape”(ある風景の中で)だった。
演奏はロシアの俊英ピアニスト、アレクセイ・リュビーモフ(Alexei Lubimov,1944-)。選曲、アルバム・コンセプトは彼によるものだ。
私にとって”Elegies for piano”というアルバムは、ケージという作曲家、そしてリュビーモフというピアニストとの、2つの異なる邂逅を取り持った重要な1枚である。とりわけ後者、ゲンリヒ・ネイガウスに師事した、恐らく最後の世代に属するこのピアニストへの言及は、別日を期する必要があるだろう。そうしなければ、これから書こうとする趣旨から、どんどん乖離してしまうから…。

「ネイガウス最後の弟子」という触れ込みもさることながら、その選曲に惹かれた。
C.P.E.バッハ、グリンカ、ショパン、リスト、ドビュッシー、バルトーク。この組み合わせだけでも、相当奇抜なプログラムである。
更にシルヴェストロフ、マンスリアンという聞き慣れない現代の作曲家が2人。でも、ECMらしい何らかの脈絡はあるのだろう、と考えた。
そして、ジョン・ケージ。不可解な染みが一箇所目に付いて離れない…、彼の名前は私を、そんな心持ちにさせた。

18世紀から20世紀に跨るプログラムを違和感無く、いや、むしろ過去と未来の交錯をも感じさせる有様は、ひとえにピアニストの才覚である。
しかし、それにしても…、この、ケージの作品を如何に受け止めようか?
かくも美しい楽曲の存在自体、全く予想外の驚きだった。
柔和に、静謐に、内省的に繰り返される音形。降り積もる雪や、大河の流れ、移ろう雲の姿…あらゆる自然現象の美しい連鎖を、耳を傾ける者に絶えず想起させる。
その作曲者が、あのジョン・ケージだなんて!
従来の否定的な先入観は、斯様に一瞬にして払拭されてしまった。

以下、ライナーノーツに記された、リュビーモフ自身の言葉である。

「そして20世紀の最も前衛的な作曲家であるジョン・ケージが、最も繊細で詩的な花を披露する。その花は忘却の海へと漂い去る正真正銘の東インドの蓮の花である。」

” In a Landscape”について、これ以上の言葉を連ねる必要はあるまい。

上述アルバム以外では、主に現代音楽分野で活躍するドイツのピアニスト、ヘルベルト・ヘンク(Herbert Henck,1948-)による演奏が秀逸。

John Cage: Early Piano Music/Herbert Henck

リュビーモフの演奏が8分51秒であるのに対して、ヘンクは実に12分48秒もの時間を費やしている。他の演奏家による同曲と比べても、抜きん出て遅いテンポだ。だが、その緻密さにおいて、これに優る演奏は無いかもしれない。
  
  
  

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