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Saturday, August 16, 2008

J.S.バッハ/無伴奏Vn/ホイトリング

J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」。
私もまた、この不朽の芸術作品の虜として、数多の音源を聴いてきた。

─録音年代や音質にこだわらず、ただひたすら心の深奥を衝く演奏をお探しならば、
ヨハンナ・マルツィ Johanna Martzyの演奏をお聴きになるのがよいでしょう。

─モダン・ヴァイオリンによるひたすら美麗な音色を求めるならば、フェリックス・アーヨ Felix Ayoによる演奏がお薦めです(現在は『パルティータ』のみが現役盤)。

─バロック・ヴァイオリンによる清楚な「無伴奏」に耳洗われたいのなら、ECMのジョン・ホロウェイ John Holloway盤が透徹した音楽を体現していて、実に素晴らしい。

─巌を穿つように強固な、己が意志に徹する演奏の極致を、私はヴィクトル・ピカイゼンVictor Pikaizenの、CD3枚に跨る演奏に見出した心地がします。

・・・と、特に私の心を捉える演奏を絞り込んで挙げてみた。
本当は、真摯な演奏であれば何でも心打たれてしまうのが、この楽曲の凄さだと思う。
グリュミオーやミルシテイン、クレーメル、それにハイフェッツ、あるいは近年再び光を浴びたラウテンバッヒャー。
好きな演奏というだけで挙げてゆくと、キリが無くなってしまう。

先頃発注していた、ヴェルナー・ホイトリング(ウェルナー・ホイトリンク/Werner Heutling,1921-)による同曲集のCDが手元に届いた。

 ◎第1集(ソナタNr.1,2&パルティータNr.1)

 ◎第2集(パルティータNr.2,3&ソナタNr.3)

HMVの解説によれば、「ホイトリング弦楽四重奏団」の主宰ヴァイオリニスト、そしてハノーファーのオーケストラで長年コンサートマスターや教職を勤め上げてきた人物であるということだ。
録音は1999年から2000年に行われている。78歳という年齢をを前後した時期の演奏だ。

ソリストとしての花道よりは、むしろごく地道で手堅いキャリアを幾星霜と積み重ねてきた人なのだろうと感じた。それと思しき人が、もはやヴァイオリンのソリストとしては限界に近いとも言える高齢に達して、あえてバッハの至高作を録音しようという決断。
何かしら、放たれる意志の煌めきが刹那に見えた心地がして、是非とも聴いてみたいと思ったのだ。
─たとえ運弓が軋んでいようとも、重音が濁っていようとも、、、何かを掴むことはできるだろう。
そのくらいの心づもりで待っていた。

そして、届いたCDをプレイヤーに預けて、ホイトリングの「無伴奏」に聴き入った。
演奏が続く、音楽が進行する、時が流れる…。
私の心は、自分でも驚くぐらい素直な状態で彼の演奏に捉えられていた。
見事な演奏である。
ひたむきに丹精して音楽を辿るような演奏は、従来の数々の老匠と共通するものだ。しかし、ホイトリングはその上で、何かが違っている。そうした演奏が裏腹に併せ持つことの多い、人を辟易させるような余分な「力み」を感じさせないのだ。ギッ、ギッ、と弦を刻みつけるような息苦しさ、あるいは一歩一歩引き摺るようなフレージング。彼の「無伴奏」は、その何れにも当て嵌まらない。
加齢による衰微が無い、と言えば嘘になる。だが、ホイトリングの演奏を聴いていると、不思議と心持ちが晴れてくる。「ワビ・サビ」のような馴染み深い感覚に片付けてしまうのでは惜しい、私達に仄かな憧憬を抱かせるものがここにはある。
長い年月でしがらみを洗い流した軽やかさ、とでも言うべきか…。

また良い音楽と出会った僥倖を喜ぼう。
折々毎に大切に聴いてゆきたい音源である。
 

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