ある時期からロシアのピアニスト達に対する感想を挙げるのは避けてきた。
ピアノに触れない人間がピアノを語るのは、何だかコンプレックスを抱えたまま取り組むみたいで、いやだな、と思い始めたのがきっかけだった。
ニコライ・ペトロフの誤った訃報を軽率にも載せたのは未だに心の刺棘になっている。
(これは釈明があって、某外資系CD店のポップに『先年亡くなったペトロフ』と確かにあったのだ。声楽家のイヴァン・ペトロフ,1920–2003 -と勘違いしたものらしい)
ベルマンで揉めたのも嫌だったな。
怒るのは本当に体に悪い。やめよう。
フェインベルグで、とある不義理をしたのをずっと引きずっていた。先日縁あって某SNSにて、その方と再び繋がりを持てた。本当に嬉しいことで、心の淀みがスッと澄んだ。
やっと最近、フェインベルグと再対面しているところだ。
ソフロニツキーのスクリャービンが、ある趣向の人々からは全く評価の対象となっていない現状には辟易する。
畢竟、スクリャービンは「自らもピアノを弾く人」に対して特別大きな存在意義を有する、マニアックな作曲家ということなのかなあ…。
スタニスラフ・ネイガウスの音源を集中的に聴いたのは、身心に重く堪えた。
ソフロニツキーどころではない、この真っ黒な闇を抱いたピアニストを、私は未だ語る術を持たない。
そうこう鬱々しているうちに、状況も随分変わってしまった。
ボシュニアコーヴィチが亡くなった。
アクセリロードが亡くなった。
カステリスキーも亡くなった。
シュタルクマンも亡くなった。
そして、スルタノフも亡くなった。
1919年生まれのメルジャーノフは、今やロシア・ピアニズムの活仏(違う宗教に擬えて申し訳ない)だ。
1923年生まれのルドルフ・ケレルも健在のように見受けられる。
1931年生まれのバシキーロフ、1936年生まれのイーゴリ・ジューコフとヴィクトル・ブーニン、1938年生まれのイグナツェワ、1942年生まれのナセトキンは、頼もしくも古き佳きロシアン・スクールの法灯を静かに受け継いでいる。
そして、リュビモフ、コロリオフ、ソコロフ、フェルツマンらが、次なるロシア・ピアニズムの重鎮の座に相応しかるべき活動を続けている。
そろそろ何か書きたいという気持ちになってきたところだ。
静かにお見守り頂ければ幸甚です。
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