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Tuesday, December 02, 2008

ロシア・ピアニズムに寄せて

ある時期からロシアのピアニスト達に対する感想を挙げるのは避けてきた。

ピアノに触れない人間がピアノを語るのは、何だかコンプレックスを抱えたまま取り組むみたいで、いやだな、と思い始めたのがきっかけだった。

ニコライ・ペトロフの誤った訃報を軽率にも載せたのは未だに心の刺棘になっている。
(これは釈明があって、某外資系CD店のポップに『先年亡くなったペトロフ』と確かにあったのだ。声楽家のイヴァン・ペトロフ,1920–2003 -と勘違いしたものらしい)

ベルマンで揉めたのも嫌だったな。
怒るのは本当に体に悪い。やめよう。

フェインベルグで、とある不義理をしたのをずっと引きずっていた。先日縁あって某SNSにて、その方と再び繋がりを持てた。本当に嬉しいことで、心の淀みがスッと澄んだ。
やっと最近、フェインベルグと再対面しているところだ。

ソフロニツキーのスクリャービンが、ある趣向の人々からは全く評価の対象となっていない現状には辟易する。
畢竟、スクリャービンは「自らもピアノを弾く人」に対して特別大きな存在意義を有する、マニアックな作曲家ということなのかなあ…。

スタニスラフ・ネイガウスの音源を集中的に聴いたのは、身心に重く堪えた。
ソフロニツキーどころではない、この真っ黒な闇を抱いたピアニストを、私は未だ語る術を持たない。

そうこう鬱々しているうちに、状況も随分変わってしまった。

ボシュニアコーヴィチが亡くなった。
アクセリロードが亡くなった。
カステリスキーも亡くなった。
シュタルクマンも亡くなった。
そして、スルタノフも亡くなった。


1919年生まれのメルジャーノフは、今やロシア・ピアニズムの活仏(違う宗教に擬えて申し訳ない)だ。
1923年生まれのルドルフ・ケレルも健在のように見受けられる。
1931年生まれのバシキーロフ、1936年生まれのイーゴリ・ジューコフとヴィクトル・ブーニン、1938年生まれのイグナツェワ、1942年生まれのナセトキンは、頼もしくも古き佳きロシアン・スクールの法灯を静かに受け継いでいる。

そして、リュビモフ、コロリオフ、ソコロフ、フェルツマンらが、次なるロシア・ピアニズムの重鎮の座に相応しかるべき活動を続けている。

そろそろ何か書きたいという気持ちになってきたところだ。
静かにお見守り頂ければ幸甚です。
 

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Comments

こんにちは、夏目です。
ロシアピアニズムに対して、そんな思いがあったとは知りませんでした。

私はある時期から、ロシアピアニズム(ソビエトピアニズム?)に現代ピアニズムの源流を聴く様な気がして、あまり聴かなくなってしまいました。
ソフロニツキーやネイガウスあたりは、本当に面白いですね。

私の勝手な感想ですが、ピアノを触れる人の方が、ピアノを触れない人よりも、いつも音楽の本質を理解しているとは思っていません。むしろ演奏家の方が様々な考えにとらわれてしまいがちになり、本質的な価値を客観視出来ない場合も多いように感じます。

Tandoさんの感じたままのブログ記事、楽しみにしております。

Posted by: 夏目 | Saturday, December 20, 2008 at 10:03 AM

>夏目さん

>ロシアピアニズム(ソビエトピアニズム?)
>に現代ピアニズムの源流を

とてもよくわかります。
あえて誰とは名を口にしませんが、私も声を大にして「好き」とは言えないロシア発祥のピアニストが何人かあります(^^;
そしてある世代から先はオリンピック強化選手と同じものを感じさせる人が少なくありません。

>感じたままのブログ記事

ほんとうに憑き物が落ちるようなお言葉で、胸が熱くなりました。
嬉しいです。
ありがとうございます!
 

Posted by: Tando | Wednesday, December 31, 2008 at 04:34 PM

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