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April 2009

Friday, April 17, 2009

ドゥシーク,ヴィルトゥオーゾの誕生

ボヘミア出身のピアニスト・作曲家、ヤン・ラディスラフ・ドゥシーク(ドゥセック、ドゥシェックとも/Johann Ladislaus Dussek/1760-1812)の伝記については、ウィキペディアに詳しいので、そちらをご参照されたい。
エカチェリーナ2世やマリー・アントワネットを魅了し、不倫の果てに友人クルンプホルツを入水自殺へ追いやった美貌の音楽家。そして破産と生活の荒廃、極端な肥満による演奏続行の断念。
まさに疾風怒濤を地で行く、劇的で燃え尽きるような生涯を送った人だ。
ピアニストとしては英国の楽器職人ジョン・ブロードウッドに特注した大音量のフォルテピアノを駆使し、同時代にとって圧倒的に斬新なレパートリーを自ら切り開いていった。
その素晴らしい才覚の片鱗を窺わせるCDが、今回ご紹介するセットだ。

ドゥシーク:ピアノ・ソナタ集/アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)

C.P.E.バッハ(J.S.バッハの次男)による直接・間接の影響がドゥシークには見られるということだが、なるほど、確かにフォルテピアノの音域を前提とした先鋭的な作風は相通ずるものを感じさせる。モーツァルトとほぼ同世代人でありながら、モーツァルトがその短命故に為し得なかった作風にドゥシークは到達しているように思われる。このセットに聴かれる1790年代のソナタには、ベートーヴェンの画期的なピアノソナタ第12番「葬送」を先取したとも言うべき激情がある。
そして更に作風を深化させたソナタ「哀歌」「パリへの帰還」の圧倒的な迫力はどうだろう。仮にこれらの作品がモダンピアノのレパートリーとして取り上げられたなら、目隠しでは作曲家の世代も作曲年代も言い当てられなくなってしまうのではないだろうか。
ここで1805年製ブロードウッド・ハンマーフリューゲルを駆使するシュタイアーの才覚は、まったく瞠目すべきものだ。楽器のスペックを限界まで引き出すように没入しきった演奏は、ドゥシークが同時代においてどれほど時代の先へと進んでいたかを如実に思い知らせる。鮮烈な技巧がもたらす音響は、既に19世紀中盤に向けて開花してゆくヴィルトゥオーゾの黄金時代を胚胎したものだ。
このドゥシークこそが、まさしくピアノにおけるヴィルトゥオーゾの嚆矢なのではないだろうか。それと同時にドゥシークは孤高の境地に入ったまま完結してしまった音楽家であるように思われてならない。
古典派にも、初期ロマン派にも属さないドゥシークの音楽。ピリオド演奏という枠にとらわれず、より多くを聴きたいものだと願う。

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Wednesday, April 08, 2009

マーラー/大地の歌/ワルター指揮(1936年ライヴ)

何かと落ち込み激しい時には、いつの間にかマーラーを聴いている。
ここ数日はワルター/ウィーン・フィルによる1936年ライヴ録音の「大地の歌」(テノール:チャールズ・クルマン/ソプラノ:ケルステン・トルボルク)。

「大地の歌」という作品は、まるで苦い古酒のようだ。
最古の全曲盤である同録音は、その酒がまだ蔵から出されたばかりの頃の芳香を伝えていると思う。
ウィーン・フィルのコンサートマスターは、当時まだアルノルト・ロゼー(マーラーの妹婿)が勤めている。
不揃いな所もあるが、今のオーケストラからは失われた前々世紀の匂いがする。そこに我を張らないワルターの指揮が、却ってスコアに込められたメルヒェンとミステリウムを顕わにしている。

声楽のクルマン、トルボルクもともに理知的で、陰影豊かな優れた歌唱を聴かせている。
前者は英国人の起用だ。初演のテノール、ウィリアム・ミラーとメゾ・ソプラノ、サラ・チャールズ・カーヒアも英国人であったことが、何か関係しているのかも知れない。

特別な意味を持って成されたであろう、マーラー没後半年を経た1911年11月の初演もまた、こうした雰囲気だったのではないだろうか。
総じてこういう雰囲気のマーラーを、「大地の歌」を聴かせようと試みる人々はもう居ないであろうから、私にはとても尊く感じられる。永遠に聴くことの叶わないマーラー自身の指揮解釈を想像しながら、この音源に耳傾けよう。
古い録音から演奏のディテールを見事に拾い上げた、オーパス蔵の復刻にも喝采を送りたい。

ちなみに、「大地の歌」初演者サラ・チャールズ・カーヒアの歌うマーラーは僅かではあるが録音がある。
ゼルマー・マイロヴィッツ指揮、ベルリン国立歌劇場管弦楽団との協演による「私はこの世から忘れられ」(リュッケルトの詩による5つの歌曲より)と、交響曲第2番「復活」第4楽章「原光」抜粋の両面一枚がそれである。
既に60歳の歌い手は音程に不安定な所があるものの、幽冥の世界を思わせる歌唱は一聴して忘れ難い。「告別」などもさぞかし素晴らしかったことだろうと推察される。
Naxosの復刻CD、オスカー・フリート指揮「復活」(1924年アクースティック録音)の余白に収録されているので、ご参考までに。

 

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