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Monday, April 29, 2013

フレデリック・ストック指揮のブラームス・交響曲第3番

ブラームス:交響曲第3番
フレデリック・ストック指揮/シカゴ交響楽団
(1940年11月23日録音/Columbia 11505/9)
※DANTE-LYS112のCD復刻有、現在廃盤。

 フレデリック・ストック(Frederic Stock/1872-1942)という指揮者のことを私は非常に高く買っている。
 シカゴ交響楽団が未だに世界的水準のオーケストラとして通用している基盤は、彼がこの団体を率いた37年間に築かれたものだと言ってもいいだろう。

 ストックは元々、シカゴ交響楽団の創設者、セオドア・トーマス(Theodore Thomas/1835-1905)が楽団員としてドイツからスカウトしたヴァイオリン奏者だった。そのうちにトーマスのアシスタントとして指揮台に立つようになり、才覚を認められるようになる。
 ところがトーマスは1905年に急死してしまう。まだまだこれから、という時期だったようだ。
 楽団は後任に、何としてもネームバリューのある欧州系の指揮者を招聘しようと、フェリックス・モットルやカール・ムック、フェリックス・ワインガルトナーなどに打診をするが不首尾に終わる。
 それでも、誰かが楽団をまとめ続けなければならない。
 その役割を担ったのが、フレデリック・ストックだった。
 そうして、ストックが楽団を切り盛りしているうちに彼の努力は実を結んだ。「ストックのままでやっていこうじゃないか」と。
 叩き上げの下士官が、遂に総司令官に昇り詰めたかのような異例の事態だ。
 ストックの真骨頂は、ここで楽団を沈滞させること無く、超一流のアンサンブルに育て上げた所にある。
 彼こそが、アメリカから生え抜きで生まれた最初の一流指揮者だったのかも知れない。

 私はストックの録音を可能な限りかき集めて重宝しているのだが、そんな中で一際気にかかる音源が、冒頭に掲げたブラームスの交響曲第3番だ。
 この演目とストックとの取り合わせは、演奏史的な意味でもっと重んじられるべきではないかと思っている。

 ストックは、元々はドイツ人である。
 ケルン音楽院でヴァイオリンと作曲とを学んだ。
 1歳年長のメンゲルベルクが同時期に在籍していたという。
 一方、この頃の教壇には、作曲家のフンパーディンクの他、フランツ・ヴュルナー(Franz Wüllner/1832-1902)がいた。メンゲルベルクは、かのアントン・シンドラーの弟子だったヴュルナーの指導を仰いだことで「自分はベートーヴェンの直系弟子」と公言していた由。ストックもまた同じ事実が該当する訳である。
 1887年に卒業した後、ストックは地元ケルンのオーケストラにヴァイオリン奏者として入団した。
 様々な略歴では”Orchestra of the City of Cologne”などとざっくばらんに紹介されがちだが、このオーケストラこそ実はケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団なのである。彼は1895年までこの楽団に在籍する。この期間に彼はブラームスやチャイコフスキーの客演を経験している。
 のみならず、1892年までの音楽監督ヴュルナーと、1892年以降の後任、フリッツ・シュタインバッハ(Fritz Steinbach/1855-1916)の采配を楽団員として経験しているのだ。
 色々とストックにまつわる記録を洗っていて、このシュタインバッハとの接点を探り当てた時、私は思わず戦慄を覚えた。

 フリッツ・シュタインバッハ。
 とうとう録音を遺さなかったこの指揮者は、ブラームスの交響曲を愛聴する後世の者にとっては、殆ど呪縛のような存在だ。
 あのトスカニーニが「1909年にミュンヘンで聴いたシュタインバッハのように」ブラームスの交響曲第3番を未だ指揮することが未だに出来ない、と嘆いたのは1935年に英国BBCへ客演した時の事だという。
 シュタインバッハは一体、如何程見事にブラームスの交響曲を指揮したのだろう!?

 どうも、その解答が、ここで挙げたストック指揮の他ならぬ交響曲第3番の中に秘められているような気がしてならないのである。

 ブラームス自身の指揮も、シュタインバッハの指揮も共に経験したストックなのだ。

 この音源に聴かれるストック晩年の指揮は、楽団の練度共々、殆どパーフェクトに近い。
 例えば彼より丁度10歳年長のウォルター・ダムロッシュが、同じくブラームスの交響曲第2番の録音で呈したような、蕪雑で見通しの悪い演奏とはまるで次元が違う。
 全体像をしっかりと構築した上で、ストックは音楽を実に流麗に進行させていく。この点では、ブラームス自身が高く評価していたというワインガルトナーの同曲録音と共通する情趣がある。だが、両者を比較すると、ストックの演奏の方がなお手際に優れ、かつ音響に重厚さを持たせることに成功しているように聴こえる。そして、ストックの方がより意気軒昂であると感じさせる。
 それでいながら、総じて印象は自然体でしなやかなのだ。
 つまるところ、トスカニーニがモノに出来ないと嘆いたシュタインバッハのやり方とは、音楽の流れの自然さ、しなやかさを損なわないままに、豊かな感情表現を実現させること――、この命題に対するものだったのではないだろうか? 非常に際どいバランスを成り立たせる試みについての核心を捉えた発言だったのではないだろうか?
 私はこのストックの演奏を検分し直して「シュタインバッハの呪縛」からの突破口を遂に見出したような気がする。
 誰の録音が「そうだ」とまでは言い切らないが、シュタインバッハの衣鉢を継いだ名演奏はHi-Fi以降の録音の中にも見出すことが出来るような、そういう手応えをストックの演奏は私にもたらしてくれた。
 
 当時から玄人好みの演目であったろうに、アメリカでよくぞこの録音が実施されたものだと、歴史の巡り合わせに感謝したい。

 繰り返すが、フレデリック・ストックは今なお傾聴に値する指揮者である。


Pay a tribute to the memory of János Starker,
The Great Cellist,
And was a principal cellist of the Chicago Symphony Orchestra.

April 29, 2013

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