アニメ・コミック

Saturday, December 19, 2009

トラップ一家物語~Trapp Family Story

NHK-BS2で先日まで再放送していた、「ハウス世界名作劇場」の「トラップ一家物語」(1991年本放送)。
私はリアルタイムで終盤を視聴し損なったままだったので、特に物語後半から録画していました。トラップ男爵がマリアさんに求婚するまでの辺りからです。いやあ、良かった。やっぱり名作劇場は素晴らしいっ!

それで、録り溜めていた最終回までの数話を見終えたところなのですが…、いやあ、泣きました。何処で泣いたかと言うと最終回、一家が住み慣れた家を秘密裏に去るシーン。気の好い料理人のローズィおばさんと子ども達の別れのシーン、うううう、ウルウル。そして古馴染みの、頼れるフランツさん。フランツさんは男爵が破産した時のお金のエピソードで既に私はだだ泣きだった訳ですが、このオーストリア脱出と告別の経緯にいたっては、もうたまりません。乗合バスでのトラップ男爵との別れのシーン、ああ、ダメだ、もうキー叩きながら思い出して涙腺が緩んできた。マリアさんが亡命の船上で何とは無しに歌い始める『別れ』(ムシデン)も心に迫ります。国外脱出を援けてくれた顔ぶれと共に、このよき人々に幸多かれと願わずにはいられませんでした。

さて、クリスマスを見据えた盛り上がりも正に酣、1枚のCDについて今回は書きます。

Christmas With the Trapp Family Singers~
「ひいらぎ飾ろう」「きよしこの夜」等のキャロルと、グレゴリオ聖歌、プレトリウス、バッハ、スウェーリンク、ヴィットリア、パレストリーナによるクリスマス・チャント集

The Trapp Family Singers(トラップ一家合唱団)
マリア・アウグスタ・フォン・トラップ
ウェルナー・フォン・トラップ
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
ヘートヴィヒ・フォン・トラップ
アガーテ・フォン・トラップ
ヨハンネス・フォン・トラップ
エレオノーレ・フォン・トラップ

シャーリーン・ピーターソン
ハロルド・ピーターソン

フランツ・ヴァスナー(指揮)

1951-53年、Deutsche-Grammophonによる録音。時期的にはまだモノラル録音ですが、テープ機材に移行してからの収録でもあり、とても良好な音質です。リマスタリングが良いのか、適度な奥行きがあり、非常に聴きやすく感じられます。さすがは Deutsche-Grammophonの録音です。
時期的には、既にゲオルク・フォン・トラップ準男爵の没(1947年)後です。そして、ヨハンネス、エレオノーレの両氏が、トラップ艦長とマリアさんの間に生まれたお子さんです。指揮はこの合唱団結成の立役者、ヴァスナー神父が担っています。

さて、この音源なのですが、純粋な音楽CDとしての鑑賞に充分耐える、極めて優れたものです。むしろ、あまりに高尚な音楽が繰り広げられるので、名作劇場や映画『サウンド・オブ・ミュージック』のうきうきするような感動から手に取ると、却って戸惑いさえするのではないでしょうか?
私の場合が正にそれで、「さあ、届いた、どんな合唱なんだろうワクワク…」とプレーヤーにセットして、一曲目のプレトリウスが始まるや、「…え、え? こんなに素晴らしいんですか、何だかスミマセン…」と、思わず居住まいを正さずにはいられませんでした。
そもそも、プレトリウスやスウェーリンク、パレストリーナといった作曲家の名が並んでいる時点で、これが単に享楽的な意図から製作されたものではないことを察するべきでした。合唱団を指導したヴァスナー神父の高い識見に他ならぬことと思います。歌唱、アンサンブル自体も大変優秀であり、一機縁から歌の世界を生業と為すようになった家族のものとは、到底思われません。ヴァスナー神父はどのようにしてこの家族を導いたのでしょうか、本当にとてつもない人です。そして、キリスト者の信仰の篤さ、祈りの深遠さというものがここには満ち満ちています。

さまざまな形で生じた好奇心を満たしてくれるどころか、より一層の感動を与えてくれることは間違いありません。
賑やかで楽しいクリスマス・アルバムとは趣を異にしますが、「クリスマスって本来こういうものなんだよなあ」というところに立ち返らせてくれる、素晴らしい一枚だと思います。

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Tuesday, November 29, 2005

追悼・山下毅雄

作曲家・山下毅雄氏が、さる平成17年11月21日に亡くなったという。
生老病死は人の定めであるが、誠に哀惜の念に堪えない。

私自身は、その全盛期と時を同じくしていない若輩者である。しかし、この偉大な才人が刻んだ轍は、確かに新たな時代を導いたものと信じて疑わない。

今はルパン三世 THE 1st SERIES ANTHOLOGY - MUSIC by TAKEO YAMASHITAを聴いて涙することにしよう。
山下御大自身による各曲目解説と併せて、正に極上の逸品。

「銭形の目玉ギョロリ 追う追う……逃げる逃げる……空もいいなあ……」 (TWO-BEAT ROCK-“LUPIN3 PART2”)

「義理と人情のルパンズプロジェクト。五右衛門、いい事教える。」 (A TOUCH OF JAPANESE TONE)

「不二子ヤーイ! ルパン飛んでやがる。オロロロ…歩いてんのか。ゆけゆけ丘を越えて。」 (SHUFFLE ROCK-LUPIN WALKIN’)

「気分はトロピカル。サンバってェ酒ねェのか!」 (MEDIUM SAMBA)

「ピンチだルパン! ルパン風ピンチって?……アレレ……ワルサーが吠える、バイクが叫ぶ。フヒャー!」 (AFRO“LUPIN’68”)


一見エキセントリックと言うか、可笑しいようだけれども─その後シリーズを重ねるルパン三世、既にここにあり、なのである。創作の経緯への言及も、実に熱くて生々しい「クリエイターの言葉」となっていて見逃せない。

もう一つの推薦CDはこちら。
ルパン三世´71ME TRACKS

行方不明となっているマスター音源を、MEテープからの切り貼りによって「復元」した、誠に頭の下がる大労作。限界ギリギリまでSEを排除した構成となっている点、企画制作の高島幹雄氏の熱意が感じられて、美しい。

さあ、もういいだろう。
「旧ルパン」のマスター音源よ、再び世に還るのだ!!
 
 

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Friday, December 31, 2004

今年を振り返って

8月末に開始したこの「銀璧亭」、ご来訪下さる皆様のお陰をもちまして、ウェブログとしての体裁を保ちつつ、年越しを迎える事が出来ました。
このスペースを通じて、様々な御縁に与ったのは無上の喜びです。このウェブログをブックマーク頂き、常々ご来訪下さっている方、拙い記事に嬉しいコメントを下さった方、相互リンクを御寛容下さった方…。
皆様に、心の底から感謝致します。
本当にありがとうございました。

さて、ウェブログで迎える初の大晦日と言う事で、もう1本だけ本年の総括的な記事を書いてみます。備忘録…と言うよりは、思い付くままに連ねるだけですが(^^;

<今年印象に残ったCD>

◆バッハ:平均律クラヴィーア組曲/リヒテル(p,1973年インスブルック・ライヴ)
版権のグレー・ゾーンを擦り抜けて(?)、中国限定で再発された(中国POLOARTS/CL4B-86080-2)「幻の名演」。日本への正規輸入ルートが存在しなかったこのCD、中国にお住まいの畏友、2号機様のご厚意で入手が叶いました。深沈たる名演奏です。
◆Nuestro Flamenco 2(ヌエストロ・フラメンコ/Vol.2)
RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源のCD化第2弾。録音嫌いの伝説的トカオール(フラメンコ・ギタリスト)、ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)によるソロ演奏を初めて聴いた。僅か20分程の音源、でも、かつてないインパクト。これまで積み重ねてきた価値観が根底から覆った!
◆マリヤ・ユーディナのスクリャービン
正規発売の音源ではありません。Webを通じての御縁から何かとご厚誼に与っている、さるお方にお譲り頂きました。事の性質上詳しく書けないのが残念ですが、聴く者を魔境に引き込むような恐るべき演奏。正規発売を望みます。ご厚意への尽きない感謝と共に挙げる次第です。

<今年印象に残ったかわいいもの>

◆キユーピー
たぶん来年末にも挙がると思うな(笑)
今年も色々楽しませてくれました。「3分劇場」然り、「たらこキユーピー」然り。
でも、今の印象を支配しているのは、「3分クッキング」お正月メニュー特集。画面後方の木製テレビ枠(?)の中で凧揚げしているキユーピーちゃん…かわいい!
◆野生パンダの赤ちゃん
NHKの特集番組「岩合光昭、野生のパンダを撮る!」より。
ご覧になった方も多いでしょうか…?
問題は最初のアプローチの場面。崖の下を見下ろすと、茂みの狭間、朽ち葉の上に、白いマクラないしモチ状の「フカフカした物体」が小さく見えます。まさかと思ったら、それがパンダの赤ちゃん…思わず顔が緩んでしまいました(*^^*)

<今年よく効いた薬>

◆吸出し青膏(たこの吸出し)
今年のMVP薬品(なにそれ)は、何と言っても「たこの吸い出し」
言わば古典的常備薬ですが、時代は変わっても病気の本質は変わりません。現代人にもちゃんと効く妙薬、むしろ今、ニーズは高まっているのでは…?
発売元の町田製薬さま、僭越ながら宣伝攻勢を強化しては如何かと存じます。

<今年凄いと思った言い訳>

◆「客観的に事実なんだろうと思う」(橋本龍太郎元総理/一億円ヤミ献金疑惑への釈明コメント)
「記憶にございません」に続く、政界発の「名言い訳」がまた生まれました。いや、皮肉でも何でもなく、こんな繰り言が出てくる発想力・自己保身センスは凄いと思いますよ。
アニメ「機動戦士Zガンダム」に、パプテマス・シロッコと云う、舌を噛みそうな名前の悪漢が登場します。戦争の重大局面での日和見を上官に咎められた際、彼はこう切り返しました。

「心苦しく思っております。ジュピトリス(彼の指揮艦)が好きに動いてくれませんでした。

うーん、これも絶妙な言い回し。
「好きに動いてくれませんでした」を「アニメ発」の「名言い訳」として加える事で、「記憶にございません」ともども、人生に役立つ3大言い訳として長く銘じたいと思います。

<今年悲しかった事>

マンションに居着いていた猫が、11月に交通事故死しました。人なつっこいけど、何処か分限を心得た所があって、そこが好きでした。
大分時間が経ってから知りましたが、本当に悲しかった。まだ悲しい。
付かず離れず、の間柄だったけど、感情移入していたんだな…と実感します。

<今年嬉しかった事>

色々あります…。結構今年は多難な一年でした。
でも、父と祖母とが相次いで逝去し、母が交通事故に遭った一昨年を思えば、大抵の苦難は乗り越えられるように思ってますし、今年もまたそうしてきたつもりです。

日頃の交友でかけて頂く様々なご厚意。
探していたCDを、出先の中古屋で思いがけず発見した瞬間。
聴きたかった音源が翌月CDになる…と聞けば、その時までは絶対に生きていようと思います。
そんな事を積み重ねながら、自分の人生は絶えず進み続けます。ボートを漕ぐように、過ぎたものしか確かめる事は出来ないけれど、前へ、前へと。


2004年も残り少ないですが、どうにか乗り切って参りました。
来る年がどうか、一層実り多き一年となりますように。


そうそう、大晦日と言う事で今日限りのネタを一つ。
日本のトイレには古来より「加牟波理入道」(カンバリニュウドウ)と云う神様がおわします。大晦日の晩にトイレで一人(普通は一人で入りますよね?!)、「カンバリニュウドウ、ホトトギス」と声に出して言うと、翌一年はトイレで妖怪を見ないで済むそうです。

これで人里離れた民宿も、サイコ・ホラーの話題作も恐るるに足りませんね!
お試しあれ。

それでは皆様、よき新年を…。
 
 

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Thursday, November 11, 2004

NIGHTMARE HOTEL

今年の6月に出版されたコミック「悪夢交渉人」(高橋葉介/朝日ソノラマ)を、最近になって借りました(遠からず買うつもりですが…)。

戦前期を舞台に取る事が多い同氏の作品には、実在の風景が度々登場します。それも、この場面は何処此処である、と明示するのではなく、どちらかと言うと記号的な用いられ方が多いのです。
様々な作品を追っていると、共有された風景によって、緩やかな世界観が存在している事に気付かされます。
岸田劉生の「道路と土手と塀」(切通之写生)などは、夢幻紳士=夢幻魔実也と並ぶ、隠れたレギュラーと言っても良さそう。上掲の単行本中にもしっかり登場しています。
その他にも、この場面設定なら此処、との位置付けが確立された実在風景が複数存在します。たとえば大学の場面では、早稲田大学の大隈講堂、といった風に…。

上掲単行本の題名作、1話目を読んでいると、早速大隈講堂が登場です。
話に引き込まれるままページを繰ると、鮮やかに見覚えのある風景が続け様に登場しており、視線が釘付けになりました。
主人公が悪夢の中で訪れたという「何処か廃墟みたいな所」として用いられていたのは、以前に当ウェブログで円窓の写真を掲載した、「神戸市内の某ホテル」だったのです。
昭和初期に創業したそのホテル、数多存在する廃墟の中でも屈指の魅力を放つ物件として、廃墟愛好家の訪問が絶えません。レトロな雰囲気を残したまま朽ちてゆくその有様は、考えてみれば高橋葉介氏の作品にぴったりです。

かつて訪れた風景が、作中で印象深く用いられている─。
既視感以上の感覚を自らの中に認めるや、思わず身震いしてしまった…という次第です。

作中の風景と、わたくしが撮影した写真とを並べてみました。

nightmare01.JPG

nightmare03.JPG
nightmare04.JPG
この写真だけは若干アングルがずれていますね。
作中では正面の部屋に認められる木製の仕切板が、わたくしの写真では片方が脱落しています。


廃墟には強く心惹かれるものの、積極的に訪ねたいとは考えないようになりました。
殊に昨今は…。

廃墟に対して愛着を持ち続けると云う事は、わたくしにとって障害が多すぎるように感じられます。朽ちるに任せるべきと知りつつも、絶ち難い様々な思いを律する事は出来そうにありません。
それならば、これ以上は知らずにいた方が、まだ気持ちが楽であると思うのです。
ただでさえ、時を重ねた美しい建築物の数々が、有為に失われ続けているのですから。
 
本題とは外れた方向に話を進めてしまいました…反省です(-_- ;

写真はモノクロにした方が、高橋葉介氏のタッチとの親和性が生まれるようにも思ったのですが…。
加工して並べてみたところ、余りにも怖ろしかったので止めました。
実在廃墟の生々しさと、高橋氏の妖気芬々たるタッチと、相互に作用して恐怖感が倍増です。

よろしければ、保存してお試しになってみて下さい…。
特に上段2枚は怖いですよ。 
 

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Monday, November 08, 2004

ムチャクチャな盤遍歴

わたくしがクラシック音楽の魅力に開眼したきっかけは、幼時に聴いた一枚のレコードでした。亡父が所有していた中の一枚、ヤッシャ・ハイフェッツが演奏するサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」が、それです。これは圧倒的な名演で、その後レビンやパールマンの録音も聴きましたが、ハイフェッツの印象を上回る演奏には未だ出逢っていません。

やがて小学校も高学年になると、大分と漢字も読めるようになったものですから、LP盤記載の解説文にも関心を向けるようになりました。当然の如く「ツィゴイネルワイゼン」についても、多大な関心を抱きながら楽曲解説を読んだ次第。そこで目に留まったのが、次のような記述、
「…サラサーテ自身も優れたヴァイオリニストでした。ビクターの古いカタログには、サラサーテが録音した『ツィゴイネルワイゼン』のレコードが掲載されて…」
云々、といった内容です。
子供心にこの事実は大きな衝撃を与えました。そして、「作曲した本人が演奏した録音が残っているなら、それが一番いい演奏に違いない」という結論に到達するまで、さほど時間はかかりませんでした。

程無く中学校に上がり、わたくしも漸く月々の小遣いというものを貰うようになります。父親のレコード頼みだったクラシック音楽への関心を、自らのものとする機会の到来というわけです。出だしは情報も少なく、可愛らしくも(?)「とりあえずカラヤン」という買い方をしていたのですが、通学路の書店で面陳してあった一冊の書物が、わたくしを一息に魔の道へと引き込んだのです。
その「運命の一冊」こそ、音楽之友社刊の「クラシックCDカタログ」でした。実に1000ページ以上にも及ぶこのカタログは、「レコード芸術」掲載の盤評を基に編集されており、盤評要約と「特選盤・推薦盤」、更に音質採点までが1枚1枚に附記されているのです。
その後、レコード各社からの抗議(よくよく考えてみれば、カタログに盤評が載っているというのは不公平に思われますよね)でも受けたのか、1990年代前半にはこのカタログの刊行もストップしてしまいました。
ともあれ、このカタログは未だに重宝しています。今や大半が廃盤ですが、データブックとしての参照性の高さは抜きん出たものです。
昨今のネットオークションで高嶺の花となっている、ムラヴィンスキー指揮のショスタコーヴィチ/交響曲第8番(1982年ライヴ/PHILIPS)などを目にすると、さすがに当時の不見識を呪いたくもなりますが(^^;

話を本題に戻しましょう。
そのカタログ巻末の演奏家別索引(50音順)で、わたくしが真っ先に調べ上げたのは、思い付く限りの作曲家名でした。当時でもさすがにモーツァルトやベートーヴェン自身の録音が残されているとは思わなかったので、少なくとも20世紀まで存命していた人が対象です。
残念ながらサラサーテの自作自演はCDになっていなかったものの、リヒャルト・シュトラウスが見つかりました。シベリウスも、ストラヴィンスキーもありました。当時、器楽演奏には殆ど関心が無かった(サラサーテは例外)ので、リストアップするのは指揮による自作自演が中心です。
その結果、まず目星を付けたのが、ラヴェル指揮/ラムルー管弦楽団による「ボレロ」と、プロコフィエフ指揮/モスクワ交響楽団による「ロメオとジュリエット」第2組曲とがカップリングされたCD(PHILIPS)。
近辺で在庫している店舗が無いので、品番メモを携えて駅前のCD店へ発注に行きました。1週間ほど経って、遂に現物が入荷、ラヴェル自身が指揮する「ボレロ」、期待が高まります!

しかしながら、聴き慣れぬ戦前SPの復刻に接した結果は、火を見るよりも明らかです。
なんやこれ…」以外の感想が出る筈もなく、戦前映画のサウンドトラックのような音質を前に、ただ呆然とするほかありませんでした。
ラヴェルの指揮ぶりが、これまた実に無愛想で、あの小気味良いスネア・ドラムなど、殆ど聴き取ることが出来ません。この演奏の真価に気付いたのは、ずっと後になってからの事です。
しかし、そこで懲りていれば良かったものを、ラヴェルの自作自演を以て、古い録音に対する免疫を身に付けてしまったのです。カタログの中にめぼしい自作自演を見出しては、発注する、という事を繰り返す日々が続きました。

そんなわたくしに、更なる転機が到来します。
この時も父親が一緒だったと思うのですが、まだ河原町通の大黒町にあった頃の、十字屋の三条店を訪れたのです。2階のクラシック専門フロアに上がると、見たこともないようなCDがずらりと並んでいるではありませんか。
これぞまさしく、「輸入盤」なる概念との邂逅でした。しかも、そこで真っ先に目にしたタイトルが、実にマズかった。国内では発売されておらず、その存在すら知らなかった、ホルスト指揮の「惑星」を復刻したCDが、それです。
これを機にわたくしは、「輸入盤ならもっと凄い音源が手に入る」という事実を知ってしまったのです。
魔の道は、更に奥へ奥へと続きます…。

手探りを続けているうちに、録音を遺している作曲家と、そうでない作曲家との年代的な区分が朧気ながら判り始めてきました。関心の方向性が定まると、それに見合った情報が自然と集まるものです。
わたくしに大きな指針を与えたのは、レオンカヴァルロ自身のピアノ伴奏が目当てで購入した、エンリコ・カルーソーの最初期録音集でした。
EMIのGRシリーズから発売されていたそのCDの解説書には、カルーソーが1902年に初録音を行った際の経緯が詳細に述べられていました。わけても目を惹いたのは、
「録音当時、蓄音機はまだ『音の出るオモチャ』程度の認識に止まっていた。1902年に録音された、カルーソーによる10面の録音が大ヒットしたことで、レコードは漸く音楽の鑑賞媒体としての地位を確立したのである…」
といった旨の記述です。わたくしの中に「1902年」という年号が、録音の有無を左右する重大な分岐点として深く刻印されました。

知識は更に細分化されてゆきます。
父がマーラーを殊の外愛好していた事から、わたくし自身の関心もまた、比較的早い時機にこの作曲家へと向けられることとなりました。
新潮文庫刊の「カラー版作曲家の生涯/マーラー」を買ってきて、本がクタクタになるまで読み返したのも、今となっては懐かしい思い出です。
このシリーズは単に作曲家の伝記のみに止まらず、当時の音楽界に於ける群像をも描き出した、非常に優れたものでした。豊富な図版に見入りつつ、わたくしはマーラーの波乱に満ちた生涯に惹き付けられていったのです。
不思議な事に、わたくしの関心の対象となったのは、マーラーの作品そのものではなく、指揮者としてのマーラーの姿でした。ビューローやブラームスを感歎させたというその演奏は、一体如何なるものだったのか。
マーラーが指揮した録音の有無に対する、新たな探求が始まりました。手始めに、先述のCDカタログの中から、手当たり次第に古い管弦楽の録音を探したものの、どれだけ遡ってもせいぜい1920年代止まりです。マーラーが没したのは1911年、これでは録音どころではありません。

そんなわたくしが探り当てた(…てしまった?)CDが、ベルリン・フィル第2代常任指揮者、偉大なるアルトゥール・ニキシュ(1855-1922)が1913年に録音した、ベートーヴェンの「運命」だったのです。1913年という録音年は、他の様々な歴史的録音に比べると抜きんでて古く、兎にも角にも買って聴いてみよう、という結論に至りました。
初めてこの録音を聴いた時の衝撃と言ったら、ラヴェルの自作自演など比較になりません。埃まみれさながらの頼り無い音質に、ただ愕然とするほかありませんでした。
なぜこの録音はこんなに音質が悪いのか、いくら古いとは言っても、1926年録音のホルストの「惑星」は、もっと聴ける音質だった(この録音を既に『聴ける音質』と位置付けている中学生なんて…)じゃないか。
その疑問に対する答えは、故・岡俊雄氏による解説文中にありました。すなわち、レコード録音史は1925年のマイクロフォン実用化以前と、以後とで大きく分かれる、ということ、そして、マイクロフォンの実用化以前には、アクースティック録音(機械録音)という、メガホンと振動板を用いた原始的なカラクリでレコード録音が行われていたということ。更にショッキングだったのは、このニキシュによる1913年の録音こそが、有名指揮者とオーケストラによる初の本格的なレコードであった、という事実です。これでは、マーラーの録音など遺されていよう筈もありません。
1902年に続いて、1913年という年号が深く深く記銘されました。
メープルソン・シリンダーに録音された、フェリックス・モットル(1856-1911)のライヴ(1904年)や、フランスのパテ社が縦振動レコードに録音した、エドゥアール・コロンヌ(1838-1910)の演奏(1906年)の存在を知ったのは、青春の花も嵐も踏み越えた、その更に後の事でございます。

ともあれ、ヴァイオリニストとしてワーグナーやリストの指揮を経験し、指揮者となってからはブルックナーやブラームス、チャイコフスキーから絶大な信頼を寄せられたというニキシュ、その録音に接した事 は、わたくしにとって大きな転機となりました。わたくしがクラシック音楽を聴く上で、未だに大きな指標となっている、「作曲家が認めた演奏家の録音」への探求が、ここに始まるのです。
その後の長い期間、わたくしは楽曲を選ぶよりも先に、可能な限り古い世代に属する演奏家の録音を買い求めるようになりました。

さあ、今回のタイトルに掲げた「ムチャクチャな盤遍歴」を一挙公開です。
生まれて初めて「全曲」に接した録音が、いわゆる「歴史的録音」だった有名楽曲を思い付くままにリストアップ致しました。嘘偽り、事実改変等は一切ございません。
( )内は録音年を表しています。

◎J.S.バッハ
「トッカータとフーガ」ニ短調 ─ アルベルト・シュヴァイツァー(1936)

◎モーツァルト
交響曲第40番/同41番 ─ リヒャルト・シュトラウス指揮/ベルリン国立歌劇場o(1928/1926)

◎ベートーヴェン
交響曲第3番「英雄」 ─ フェリックス・ワインガルトナー指揮/ウィーンpo(1936)
交響曲第5番「運命」 ─ アルトゥール・ニキシュ指揮/ベルリンpo(1913)
交響曲第6番「田園」 ─ フランツ・シャルク指揮/ウィーンpo(1928)
ピアノ・ソナタ第14番「月光」 ─ イグナツ=ヤン・パデレフスキ(1937)

◎ウェーバー
歌劇「魔弾の射手」/「オベロン」序曲 ─ ニキシュ指揮/ロンドンso(1914)

◎シューベルト
交響曲第8番「未完成」 ─ ブルーノ・ワルター指揮/ウィーンpo(1936)
交響曲第9番「グレイト」 ─ レオ・ブレッヒ指揮/ベルリン国立歌劇場o(1928)

◎ショパン
ピアノ・ソナタ第2番「葬送」 ─ セルゲイ・ラフマニノフ(1930)
夜想曲第2番 op9-2 ─ ヴラディミル・ド=パッハマン(1915)
前奏曲第15番「雨だれ」 ─ ド=パッハマン(1923)
ポロネーズ第6番「英雄」 ─ パデレフスキ(1937)
練習曲第3番「別れの曲」 ─ パデレフスキ(1928)

◎シューマン
交響曲第2番/第4番 ─ ハンス・プフィッツナー指揮/ベルリン国立歌劇場o
謝肉祭 ─ レオポルド・ゴドフスキ(1929)

◎リスト
「パガニーニによる大練習曲」第3曲「ラ・カンパネッラ」─ パデレフスキ(1912)

◎ブラームス
交響曲第1番-第4番 ─ ワインガルトナー指揮/ロンドンso/ロンドンpo(1938,1940)

◎サン=サーンス
交響詩「死の舞踏」 ─ オスカー・フリート指揮/ベルリンpo(1928)

◎チャイコフスキー
交響曲第6番「悲愴」 ─ メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウo

◎マーラー
交響曲第2番「復活」 ─ フリート指揮/ベルリン国立歌劇場oほか(1924)

◎リヒャルト・シュトラウス
交響詩「英雄の生涯」/「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
 ─ リヒャルト・シュトラウス指揮/ベルリン国立歌劇場o/バイエルン国立o(1926,1940)

◎ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第3番
 ─ ラフマニノフ(ピアノ)/オーマンディ指揮/フィラデルフィアo(1941)

◎ラヴェル
ボレロ ─ モーリス・ラヴェル指揮/コンセール・ラムルーo(1930?)

◎プロコフィエフ
「ロメオとジュリエット」第2組曲
 ─ セルゲイ・プロコフィエフ指揮/モスクワso(1938)


反抗期の真っ直中、一頃確かに意地になっていたと思います。
今でこそナクソス・ヒストリカルで1000円も出せば手に入る音源も少なくありませんが、当時はPearlやKoch、Preiserのような歴史的録音専門のレーベルを片っ端から当たって、苦労の末にこうした音源を聴いていたものです。
輸入盤ばかり買っていた割に、英語の成績はさっぱりでした…(^^;

それにしてもこのラインナップ、さながらクラシック音楽の「大正野郎」ここにあり、といった感じですね。

所有している音源が古い録音ばかりと言うことで、ちょうど多感な時期だった事から、それなりに苦い経験もありました。
特にショパンとリストはなあ…女の子から「貸して」って頼まれたことが、何度もあるんですよ…。
勿論お貸ししましたよ、ド=パッハマンも、パデレフスキも!

結果はまあ、ご想像にお任せ致します…(*ノ-;*)

紆余曲折を重ねた盤遍歴も、現在ではそれなりに落ち着く処へ落ち着いております。
様々なご依頼にも、ちゃんとお応え出来る…筈です。

…ちょっとあやしいかな。
 
ちなみに、全ての出発点となったサラサーテの自作自演「ツィゴイネルワイゼン」は、その後英OPALからの復刻盤にて聴く事が叶いました。
現在は
"The Great Violinists-Recordings from 1900-1913"(TESTAMENT SBT2.1323)
に、より聴きやすい音質で復刻されています。
サラサーテとヨアヒムは残された全ての録音を収録、その他にもバルツェヴィチやグリゴローヴィツと言った珍しいヴァイオリニストの音源を聴く事が出来ます。

このCDは以前の記事、フランツ・フォン・ヴェチェイ(ヴェッチー)でもご紹介致しました。
 
 

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Sunday, October 17, 2004

コルト マルテーズ(Corto Maltese)

先日の記事「隻眼のマッド・バロン」にて触れたフランスのアニメーション映画、「コルト マルテーズ/Corto Maltese」、とうとう購入してしまいました!

maltese.JPG


ろくろく商品説明も得られないまま購入に踏み切ったのですが、ちゃんと日本語吹き替え音声も付属していて、感心することしきり。
でも、どこをどう検索しても、吹き替えキャストの情報には逢着しないので、本体記載のクレジットを抜き出しておきましょう。

コルト・マルテーズ:堀内賢雄
ラスプーチン:菅生隆之
公爵夫人マリーナ・セミノワ:田中敦子
上海リー:山田里奈

どちらかと言うと、洋画吹き替えに近いスタンスでのキャスティングですね。吹き替え版は未だ全編を観ていないのですが、オリジナルに比べると若干印象が異なるようにも感じます。

さて、全体の感想です。

正直なところ、過剰な期待は禁物、という腹づもりで観始めたものの、なかなかの佳作だと思います。始終抽象的なダイアログに振り回される、くらいの覚悟はしていたのですが、しっかりとストーリーに引き込むだけの力は持っている作品です。詰め込みすぎ、という印象もあまりありませんでした。

しかしながら、確かに物足りなさは残ります。
これは、原作コミックの雰囲気に従順な翻案であるが故に生じた問題なのでは無いか、とわたくしは感じました。
最終的に複数のキャラクターの独白を用いて、ストーリーを補足している要素があるのですが、個人的にさほどの不快感は覚えません。
同時に、この場合に於ける、コミックスとアニメーションという二つの形態の齟齬を示している方法だとも言えます。
ラストシーンで語られた物語の結末が、さほど心に残らないのも、恐らくプロットの限界に因るものではありません。登場人物とその命題との結びつきが、切実さを欠いたままに描写されているからです。
コミックスでは可能な補完的受容も、リアルタイム進行のアニメーション作品で成立させることは難しい、ということを痛感した次第です。

でも、わたくしはこの作品に対する好悪を訊かれたならば、迷わず「好きだ」と答えることでしょう。
作品世界を覆う物憂い雰囲気は、決して付け焼き刃では生まれ得ないものです。わたくし個人の嗜好も関係しているとは思いますが、やはり抗い難い魅力を感じてしまいます。
後先が在るともつかない、鉄路の行く末にその身を委ねる公爵夫人、そしてキャラクターデザインを難じたくなるような、上海リーでさえも、作中にあっては美しいのです。

ただ、公爵夫人の退場の仕方、これはわたくしが抱いた最大の不満点と言えます。こんなにも魅力的なキャラクターを、あのように扱ってしまう神経、少なからず疑いたくもなるというものです。
勿体無いこと、この上ないです。わたくし、怒ってます。

…と、ぼやいてしまう程、公爵夫人は印象的かつ魅力的なキャラクターでした。
作中、蓄音機から流れるチャイコフスキーの「花のワルツ」、年代と照合して誰の演奏なのかを妄想するのも、また楽しです。

さて、本件の発端とも言えるウンゲルン男爵、後半にちゃんと登場しました。冷酷さを伺わせる描写はあるものの、その前に登場したセミョーノフがさんざん暴れ回ったこともあり、期待を裏切る(?)まともな描写に止まっています(^^;
それでも、ようやく目の当たりにすることが適ったキャラクタライズは、なかなかに格好良いもので、一応の満足は得ることが出来ました。
それと、僭越ながらも、過日の記事で連ねた男爵の略伝を留め置いて下さると、作品への理解の一助となるかと存じます。そういう描写が、登場するのです。
 
でも、ウンゲルン男爵が伝奇的に描かれる余地は、まだまだ残されていそうですね。 
次なる活躍の舞台(?)を用意するのは、またも欧州圏なのでしょうか、それとも…?
 
 

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Monday, October 11, 2004

隻眼のマッド・バロン

ロマン=ニコラウス・フョードロヴィッチ・フォン=ウンゲルン=シュテルンベルグ男爵(Baron Roman Nikolaus Feodorovitch von Ungern-Sternberg/1885-1921)という、帝政ロシア末期の軍人があります。
これが、混迷を極めたロシア革命史の中にあって、一際異彩を放つ怪人物なのです。
わたくしは、岩波文庫の「トゥバ紀行」(メンヒェン=ヘルフェン/田中克彦訳)によって、初めてウンゲルン男爵の存在を知りました。
本文と注釈中の決して多くはない記述を総合しても、現代史離れした無軌道な生き様が垣間見えて、関心は尽きません。

ウンゲルン男爵は1885年、エストニアに生まれました。自身が語るところによれば、その家系は12世紀にロシアに侵攻したドイツ騎士団に起源を持ち、さらに匈奴の血をも引いているということです。
ロシア革命の混乱期、男爵は当初シベリアで白軍の部隊を指揮していました。しかし、赤軍に追われたことでモンゴルのクーロン(庫倫/現ウランバートル)へと転進します。そこで男爵は、モンゴル在来の中国人を放逐して、反革命の拠点、ひいては自らの帝国を興すことを画策するのです。寄せ集めの部隊1000人(2000人とも)を率いた男爵は勝敗を繰り返しながら、遂にはクーロン攻略に成功しました。モンゴル人は当初、長く続いた中国人支配からの解放者として、男爵を大歓迎したといいます。
しかし男爵の統治は残虐極まりないもので、程なく完全に人心を失うことに。やがて侵攻してきた赤軍との戦いに度重ねて敗れ、1921年、護送先のノヴォシビルスクで銃殺されました。

日本語で男爵の名を目にする機会というのは、専らモンゴル史に関する文献が中心です。「隻眼のマッド・バロン」という異名で呼ばれていたとか、その部隊には100人にものぼる日本人が参加しており、「日の丸大隊」と称していた─など、断片的な情報は見出せても、まとまった伝記に逢着することはありません。
海外サイトで発見した肖像は、エピソードに違わぬ悪相ぶりを呈しています。何やら風格すら漂わせているではありませんか。

ungern.jpg

なお、モンゴルにおける男爵の活動と人となりを諸外国に知らしめたのが、ポーランド出身の探検家、フェルディナンド・オッセンドフスキ(またはオッセンドウスキ/1876-1944/Ferdinand Ossendowski)です。
彼はロシア革命からの亡命の途上、ウンゲルン男爵の知遇を得て、一時期をその帷幕で過ごしています。
オッセンドフスキの記述によると、男爵はオカルトにのめりこんだ半狂人で、殺した人間の生き血を飲んだりしていたとか。西欧では未だにこのイメージが定着しているようで、ルーマニアの「串刺し公」ヴラド・ツェペシュや、ハンガリーの「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリーと並んで、実在人鬼の系譜に加えられることも少なくありません。
しかし、「トゥバ紀行」のメンヒェン・ヘルフェンは同著の中で、それら全てが虚構であることを喝破しています。そもそもオッセンドフスキ自身が、地底王国の存在をレポートするなど、胡散臭さ溢れる人物なのですが…。
ともあれ、ウンゲルン男爵が常軌を逸した残虐性の持ち主であったことは確かなようです。


さて、ウンゲルン男爵、ごく最近になって知ったのですが、フランスのアニメーション映画に登場しているらしいのです。

その作品はコルト マルテーズ(Corto Maltese)
ユーゴ・プラット(Hugo Pratt/1927-1995)原作の大ヒットコミック(フランスではバンド・デシネ-Bande Dessineeと呼ぶ)のアニメーション化で、今年の前半に日本でも配給されたとのこと。寡聞にして知りませんでした。
詳しくは前掲サイトをご覧頂きたいのですが、とにかくこの作品、一度観たくてたまらない! 
舞台設定、登場人物、キャラクターの造形、見れば見る程、個人的なツボを押さえ切った雰囲気を漂わせているのですよ~o(>_<)o

DVDが国内発売されているとのことなので、購入を真剣に検討しているところです。

スタッフに目を移して気付いたのですが、マリー・トランティニャンが声優として出演しているのですね。
この人の最期は、本当に気の毒なものでした。
胸が痛みます。


続編記事>>コルト マルテーズ(Corto Maltese)
 
 

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