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Friday, February 20, 2015

ジブリ映画「風立ちぬ」と竹製の茶漉し

 本日、日テレ系列で21:00~ジブリ映画「風立ちぬ」がTV初放映となります。
 
 この映画は公開時に身内皆々うち連れて劇場まで観に行きました。
 
 思い返せば、家族で最初に観に行ったジブリ映画は1989年の「魔女の宅急便」でした。その頃僕は小学生で、亡くなった親父もまだまだ元気で、今やシネコンだけになってしまった京都新京極には幾つもの映画館があり、新作がかかる都度に手描き看板が架け替えられていました。
 宮崎監督が「長編引退作」と公開前に宣言した作品とだけあって、僕自身にとっての時間の変遷と交錯させながら感慨深く劇場まで足を運んだ次第です。

 この作品を総合的にどう評価するかは難しいところです。
 
 僕は荒井由実の「ひこうき雲」が流れるトレーラーを観ながら、全く手前勝手に感動的な内容を妄想たくましくしていたものです。
 戦間期の飛行機技術の飛躍的な発展の道程に対する、宮崎監督のフリーク的なこだわりの描写から、氏の普段の言行にも明白な反戦主義とが撚り合わされて、ニッポンの飛行機乗り達と飛行機技師達に捧げられる挽歌となろうことを期待していました。
 そんな映画の結びに荒井由実の「ひこうき雲」……、だとすればこれはもう涕泣不可避です。

 洗いたてのタオルチーフを携えて劇場に足を運んだ僕が、実際に「風立ちぬ」を最後まで鑑賞してそれを使ったか如何については書くだけ野暮な話であります。
 しんみりとさせられるシーンは幾つもあったんですが、我が国の戦間・戦中という、未だ脈打ち続ける血管、痛覚を伴う神経とで繋がった時代を舞台としている割に、感情の高揚というものが不思議なくらいありませんでした。
 ただ、緻密に作り込まれた、既に消尽して久しい「木造の生活」の描写の緻密さと血の通ったリアリティには瞠目させられました。そういう舞台の中で、専業声優じゃない演者各位が当てた淡々とした台詞に感覚を委ねていると、小津安二郎の映画と重なるものがあります。
 かかる趣旨の作品を荒井由実の「ひこうき雲」で締めくくっても、期待ほどの効果は上がらないのは当然なのかもしれません。
 まあはっきり言ってこの映画で一番泣かされたのは劇場公開前のトレーラーでした。

 良い所も勿論沢山ありました。
 先にも触れかけましたが、「戦前~戦中の日本」をあれだけ活き活きと、かつ職人的に描けるアニメーション作家はもう幾らもいないでしょう。そして言わずもがな宮崎駿監督は実績も技量も筆頭格でありましょう。その手際を堪能出来たのは得難い収穫でした。
 
 そして話は今回の本旨に移るのですが、堀越二郎が駄菓子屋で「シベリア」(カステラ生地に漉餡or羊羹を挟んだもの)を買って帰った後、自室で紅茶を淹れながら同僚の本庄季郎技師に「シベリアか。妙なもんを食うなぁ」と言われるシーンがあります。
 ここで僕の目を釘付けにしたのが、堀越が使っている茶漉し。
 これが、竹製なんですよね。
 ああ、昔は、金網茶漉しが普及する前は、茶漉しも竹製だったんだなあと、煎茶飲みの僕は一入感動したものでした。こういうプロップの質の高さはジブリアニメの真骨頂ですよね。

 煎茶は金気を嫌うとはよく言われますから、竹の茶漉しで淹れたら味が良くなるのではないか、と思いは巡ります。ただ、これは今でも製造されているのだろうか?

 そう思いながらインターネットで検索したところ、いともたやすくアマゾンに在庫がありました。いささか拍子抜けです。


 (注:リンク先商品は中国製とのことです)

 ただ、案外値が張るのと、これに送料を含めると価格増々で買い倦んだまま歳月を経てしまいました。
 
 ところが、先般偶々、大阪難波の日本工芸館に古陶磁展を観に行った際、館内の「民芸普及部」(日本の手工芸品の購買部門)を覗くと、この茶漉しが売られているではありませんか!
 価格もアマゾンのほぼ半値です。喜んで買い求めました。購買担当の方曰く、これは大分別府の竹細工なのだが、作り手が高齢で体調が余り芳しくなく産量が限られていて、いつ来ても買えるというものではない、とのことです。
 別府の名産竹細工はもう20年以上前から安価な中国産・東南アジア産に席巻されつつあると聞き及んでいましたが、今でも日本人の作り手が仕事を続けているのであれば嬉しい限りです。

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 さて、使い心地です。比較的目が荒いので、茶葉は濾し取りますが澱の通りは多いように感じます。しかし、金属製の茶漉しよりも風味が豊かでまろやかだと感じました。もう何服飲んだとも知れない煎茶ですから、錯覚ではないと思います。
 難しいのは手入れでしょうね。一度使うとすっかり湿気ってしまいますから、この乾燥を怠ると臭気で悲惨なことになりそうです。伝統工芸品を使うことは、愛着と背中合わせで手間暇とも付き合うことです。

 とりとめもなく書き連ねましたが、本日「風立ちぬ」もし御覧の折には、是非「シベリア」と「竹製の茶漉し」のシーンにも目を留めて頂ければ、と思います。

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Saturday, December 29, 2012

2012年NHK大河ドラマ「平清盛」-全話見終えて

 NHK大河ドラマ「平清盛」、最終話の視聴率は9.5%だったそうです。放送を終えての平均視聴率は12%歴代最下位、これは大惨敗だと言わざるを得ません。
 私は年初の記事でこの作品を非常に大きな期待を抱きながら当ブログで大絶賛しました。
 そして全話の視聴を終えた今、その時の感情は完全に冷え切り縮み硬直してしまいました。
 私は「ゴールまで好意的視聴者としての節義は通したい」という気持ちで、作話や考証、表現、演出等々、マイナスの面に対しても随分頑張って堪え呑み込んだつもりです。それだけに非常に残念な結果に甚だ落胆しています。
 
 初回から序盤は本当に良かったと、録画を見返しながらも未だに考えているんですよ、私は。
 良くない兆しは早くも海賊討伐のあたりからあったのですが、それでも保元・平治の乱までは許容範囲だと思っています。ただ、鳥羽院、美福門院、そして崇徳上皇や悪左府といったキーパーソンが繰り広げた高度に知的で陰惨な暗闘は、もっともっとえげつなく描かれるべきでした。キャスティングはそれを成しうる起用ばかりだっただけに尚更口惜しいことです。「保元物語」に詳述された悪左府が凄惨に朽ち果ててゆく姿や、よく知られる崇徳帝の怨霊伝説など、みんな綺麗事に陥った描写で肩透かしそのものです。
 「映像が汚い」と言われた割には人間の本質的な汚さ、生々しさは放送回を追う毎に疎かなものとなっていったのではないでしょうか。

 「壇ノ浦まで描く」という当初の触れ込みは結果的に最悪の形で裏切られてしまったので、中盤から終盤まではあたら字数を連ねるまでもありません。
 ホンマ、海賊出さなかったらもっと掘り下げられたんとちゃいますか?
 「平清盛」は、総じて言えばペース配分を誤り、竜頭蛇尾に終わった作品だと私は考えます。
 また、世に広く知られたこの時代の逸話、―「日本国の大魔縁」や「俊寛足摺」「清盛の医者は裸で脈をとり」等々―は視聴者が期待している場面なんですから、力を入れて描かれるべきでした。これをやらなかったことが大惨敗の重要な一因となった筈です。制作陣による薄っぺらな新挿話なんてフィルアップ程度の扱いで相応なのです。

 それでも、最後まで頑張ったキャスト各位の努力には心からの賛意を贈りたいと思います。
 松山ケンイチさん、あなたは最後までホンマによう頑張らはった、偉い!!

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Friday, November 30, 2012

ジョルジュ・ドン/没後20年-1992-2012

 モーリス・ベジャールという不世出の創造者且つ強大なカリスマを2007年に喪い、そこからのベジャール・バレエ・ローザンヌの新たな歩みを記録した「ベジャール、そしてバレエはつづく」(原題”EL ESFUERZO Y EL ANIMO”/スペイン/2009)というドキュメンタリー映画を年初に視聴した。

 作中、十余作の演目が紹介される中で、序盤早々に「恋する兵士」の映像が登場する。
 ダンサーは同団体所属の日本人、那須野圭右さん。肉体で重力を完全に制御してしまったかの如く軽やかで、ブレの無い、そして朗らかなパフォーマンス。その技量とセンスに感服しながら、2008年の来日公演の際、実際に目にした時に自分が持った印象を再び手繰り寄せた。
 そして 「恋する兵士」、途中で音楽は全くそのままに、映像だけが別のものに切り変わる。
 
 -ダンサーは、ジョルジュ・ドン。
 
 「アクア・アルタ」からの抜粋同演目で、恐らく1970年代後半に撮影された映像だろう。
 ああ、ああ、ドンだ、と心腑を射抜かれたかのような瞬間的で強烈な感動がこみ上げる。
 10秒、20秒と見入っているうちに様々な想念や感情が切々と交錯し、やがてひとりでに涙が溢れ止まらなくなった。
 違うのだ、「現代」のダンサー達によるパフォーマンスと、過ぎ去りしジョルジュ・ドン。何もかもが、余りにも、こんなにも!!

 ジョルジュ・ドン/Jorge Donn が病没したのは1992年の11月30日。
 今年2012年の11月30日を以って、ジョルジュ・ドンの夭折からちょうど20年が経つ。
 ……20年だ!!

 1991年、まさか最後の来日になるとは想像もせぬまま、私はドンの実演に接する機会を永遠に逸した。その時の演目「ニジンスキー/神の道化」の事を思い出す。
 この中には、ドンが踊ってきた幾つもの演目が含まれていた。「アダージェット」も、そして「恋する兵士」も。
 バレエの事は何も知らなかった当時の私だが、「恋する兵士」は一目惚れてしまった演目だ。
 そして、この演目を構成する心浮き立つ歌曲は何という名の曲なんだろうと、その時から気になってどうしようもなくなってしまった。

 今現在の、これほどまでにWebが拡充、浸透した社会の在り方からは想像もつかぬほど、当時はごく些細な「情報」を尋ね当てる事が難しかった。手段は限定されていたし、情報を持つ者同士を結びつける媒体は原始的かつ大仰だったのだ。
 新聞や雑誌の「教えてください」投書欄なんて、今10代20代の若い人達にとってはすっかり縁遠い事だと思う。
 「◯月□□日放映の××という番組でラストシーンに流れていた英語の歌の曲名をどなたか教えてください。テレビ局に電話したのですがわからないという回答でした」などという情報提供依頼をハガキに書いて投書までして、さて、それが掲載されるかどうか…。掲載されても必要とする回答が誰かからあるのか、得られた回答の通りに然々の音源を探して買い求めて、それが本当に目的の音源なのか。
 手間暇や費やす労力、回答が得られるまでのタイムラグ。空振りであれば、浪費も発生する。
 かつてはこうだったのだ。幾つもの関心事を悔しながらに諦めてきたのだ。
 Webに何もかもが揃っていて容易にアクセスできる今はね、夢のような時代なんですよ、本当に!!
 

 私は「恋する兵士」という曲名がわからなくて、もっと言えば演目の特定さえ長らくままならないまま、3枚もカンツォーネのオムニバスCDを「空振り」購入した。3枚目の浪費でいい加減厭になって、ベジャールの演目と同じ音源を手に入れる事は無理なんだと、それで割り切って過ごしてきた。
 ところが、先述の通りに映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」を観て、今度はもうどうしても我慢できなくなってしまった。執念深く、あれやこれやとWebでキーワード検索、試行錯誤する……。

 その、解答から先に書く。
 
 ベジャールの「恋する兵士」で用いられる音源は、カンツォーネ、正確にはナポリターナ(ナポリ民謡)の
”O Surdato 'Nnamurato”という歌だ。
 歌っているのは、マッシモ・ラニエリ(Massimo Ranieri/1951-)、サンレモ音楽祭華やかなりし頃の大スターだ。
 そして、音源が収録されているCDは、このアルバムである。

 私も自分で購入して確かめているので、ベジャールの「恋する兵士」に用いられている音源と寸分違わぬ事を請け合う。
 ラニエリの歌唱、バックオーケストラ。そしてこれも重要、ライヴ収録に伴うオーディエンスの歓声、手拍子、喝采、紛れもなくこのCDの11トラック目”O Surdato 'Nnamurato”のものだ。
 取り寄せて届いた現物を宅内のオーディオにセットした時の張り詰めた気持ち、そして、20年希求して已まなかった音楽がスピーカーから流れてきた時の感激よ!!

 
 映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」で、映像がジョルジュ・ドンに切り替わった時、私は何故滂沱の涙を流したのか。
 
 ドンのパフォーマンスは、近年・現在の第一線の人々とは異質な何かを具えている。
 ドンの身のこなしは決して軽くはないとも思われる。体躯のコントロールについてもピタリ、カチリと「決まる」ようなものではない。言ってみれば、荒削りだ。
 早くから強く志してベジャールと道を同じくし、大成した頃にはすっかり「ベジャール・バレエのための」ダンサーとなっていたドン。
 
 舞踊芸術のフィジカルな要素は、スポーツ競技のように日進月歩の進化過程を現在も続けている。例えば30年前にシルヴィ・ギエムが世界を驚愕させた稀有なる身体能力は、今や世界的な第一線の「標準」として定まった感がある。
 ベジャール・バレエのダンサーにおいても、ジョルジュ・ドンが現役だった時代と較べると、同様の進化を遂げていると言えそうだ。
 だが、ドンはフィジカルな部分での不足を、表現力で補ってなお余りある、そういうスタイルの不思議なダンサーだった。そして、ベジャールの作品と相互に分かち難い形で存在が成り立っていた。
 
 ベジャールの演目を云々する時、私のように何かとジョルジュ・ドンの存在を懐かしんでいると、いかにも懐古的な拘りを捨てきれていない人間だと見られてしまうのかもしれない。
 だが、確かにドンだけが持っていた特別な素質はあったのだ。
 ダンサーとしての技術的な優劣というスケールでは計る事が出来ない、純粋なパフォーマーとして放たれる強烈な「力」があったのだ。
 筋肉と血流と汗と呼吸と、そして運動に直結した顔の表情と、生理的感触を剥き出しにして踊るジョルジュ・ドンの姿は、どこまでも人間的だった。喜怒哀楽、理性、狂気、人間生来の観念をダイレクトに伝えるものだった。
 ジョルジュ・ドンの「ボレロ」が私の中で決して退色しないのも、「恋する兵士」で胸の中を激しく掻き毟られるような気持ちになるのも、このような理由に因るものなのだと、没後20年を経て認識を新たにしている。

 私にとっては積年の宿願とも言うべき「恋する兵士」の使用音源が今年手に入ったのは、20年の間、追慕の気持ちを決して翳らせる事のなかった私に、ドンが彼岸からちょっとした嬉しい便宜を図ってくれたような気もするのだ。

 そして、継承と新たな創造という極めて困難な命題を担うジル・ロマンと、彼が率いるベジャール・バレエ・ローザンヌの前途を私自身も応援したいし、期待を持ち続けたいと思う。

―2012年11月30日、ジョルジュ・ドンの没後20年を偲びこの一文を記す。



 ジョルジュ・ドン、没後20年の節目である今年、彼の夭折を心から痛惜する記事をお書きになっている御方がいらっしゃいました。私の拙い記事へとリンクまでして下さっています。
 ありがとうございます。想いを同じくする者として、敬意とともにこちらからもリンクさせて頂きます。
ジョルジュ・ドン没後20年が過ぎて・・・(14時46分発~パンドラの函を開けて)



こちらは私が2004年に記した記事です。「ボレロ」を中心にドンの事を書き連ねています。
ジョルジュ・ドン十三回忌に寄せて

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Saturday, September 15, 2012

タラソフ「前進せよ、今がその時だ」-遂に諦めがついた!

最近になって、Webを通じて、とあるロシア人の御方とご交流頂くようになりました。
先様が日本語と日本文化に対して深い造詣をお持ちなので、そのお陰様で、私の拙劣な語学力でもコミュニケーションが成り立っています。本当に得難くありがたいことです。
それで、私にしては大分と頑張って、以前よりもキリル文字に慣れてきました。

このような経緯から、ごく私的な領域での嬉しい副産物があったので、ここに記します。


きっと、日本に3人か5人ぐらいはこのエントリーを喜んで下さる方が有る筈だ(笑)

2009年に「ロシア革命アニメーション 1924-1979」というオムニバス形式のアニメーション映画が配給されました。
2部構成に分割して、ソヴィエト時代のプロパガンダアニメーション作品を紹介したものです。

ロシア・アヴァンギャルド大好きな私としては、そういうものを大いに期待して当時映画館に足を運んだのですが、さすがにロドチェンコやステンベルク兄弟みたいなド直球にクールな作品はありませんでした。
特に中盤、冷戦期の資本主義陣営に対するネガティヴ・キャンペーン作品群は退屈だったり鬱々とさせられたりで、楽しい鑑賞ではありませんでした。

しかし、それでもトータルで「やっぱり観て良かった!」と思わせてくれたのは、おおよそ我々の社会状況からは生まれにくい強烈な作品が幾つも含まれていたからに他なりません。
「ジガ・ヴェルトフがアニメ撮ってたんだー」なんていう歴史的な感動があったり、はたまた「惑星間革命」の構成にロシア・アヴァンギャルドが生んだ空前のSF映画「アエリータ」(1924)を連想させられたり。

純然たるプロパガンダ作品としては「電化を進めよ」(1972年制作/イワン・アクセンチュク監督/Иван Семёнович Аксенчук/1918-1999)が最高でした。
映像も音楽も発想も、もうビキビキです(笑)

しかし、この上映を鑑賞なさった方の過半数は、恐らくAプロ・Bプロ共に掉尾を飾った、ウラジーミル・タラソフ(Владимир Ильич Тарасов/1939-)による「射撃場」(1979)と「前進せよ、今がその時だ」(1977)の2作品を強く印象に残していらっしゃるのではないでしょうか?
私にとっては特に後者、「前進せよ、」が強烈でした。
非 常 に っ . ょ ぃ.. 中毒 性 が あ  り ます. 。

マヤコフスキーのテクストを元にした映像作品で、ディテールをつぶさに読み解こうとしてもしょうがないんじゃないかなーこれは。或いは、その時代、その国に生きた若者でないとダメなのかもしれない。
映像としてももうバリバリのキタキタ(゚∀゚)なんですが、冒頭、ブンブン振れるモンケーンと共に鳴るソヴィエト・ロックがタマランのです。

この予告編の冒頭部分でお確かめ下さい……。

Youtube 竹書房アカウント
ロシア革命アニメーション 1924-1979予告編

どうです、ヤミツキになりませんか?


みょんみょんみょんみょん♪
みょんみょんみょんみょん♪♪
みょんみょんみょんみょん......♪
.......................♪
ぎょわーん☆☆☆♪♪♪


フピリョード!♪
スタラナ!♪
スクォリェーーーーエ♪
マヤッ!♪


こうなると是が非でもCDを手に入れ、自宅のオーディオでこの曲を鳴らしたくなる、或いはカーステレオで運転中のBGMとして流したくなる……、ような、気がしませんか?(笑)
私はそうだッ!!

この一連の「ロシア革命アニメーション」は、日本より先に英語圏で配給された様子なのです。
直接リンクはしませんが、英語字幕を付したヴァージョンが、この「前進せよ」についてもYoutube他、各種動画投稿サイトにアップロードされており、視聴可能です。
そして、そのエンドロールで、この映画のテーマソングのパフォーマーとして"The Tin Soldiers"というクレジットを見出すことが出来ます。

"The Tin Soldiers"、つまり「ブリキの兵隊」。
さて、これをロシア語に訳して拾うと……、

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ
また、エンドロールには、"А.Горин"という人名が、この曲を作曲した人名としてクレジットされています。

さあ、この2つの鍵を使って、ネチネチと検索検索!!

アッ――――――(゚∀゚)タ――――――!!!!!!!!!!!!

<注意:リンク先を開くと大き目の音量で音楽が流れます>

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ

バリバリ現役のロック・グループでした。皆さんお元気そうで何より(^^)
このグループ、結成が1968年ということで、既に40年以上も活動しているんですね。
オフィシャルサイトも見つかったところでディスコグラフィを見るのですが、この「前進せよ、」(1976年制作)のテーマソングは
………………………………無い………………………………、
…………………全く見当たらない………………………………。

ロシア、或いはソヴィエト限定で発売された形跡だけでも探せないだろうかと、更に色々検索すると、興味深いページを発見しました。

Вперед, время! (Владимир Тарасов)

ロシア版のYoutubeみたいな動画投稿サイトだと思います。
これに付いたロシアのユーザーさん達のコメントが、この「前進せよ、」が、当のロシア本国では現在どのような状況に置かれているのかを断片的に教えてくれます。


ユーザーさんА:
どうもありがとう!(英語の)厄介な字幕無しで、このアニメの動画を探していました!

 ……ふむふむ、ひょっとすると一連の「ロシア革命アニメーション」作品群、海外から逆輸入的にロシア本国でもリバイバルしたのかな?


ユーザーさんБ:
長い間、この曲を探しているのだけれど……

 ……どうやらロシア本国でも見付からないのか、この曲。


ユーザーさんГ:
仲間よ、私もアンドレイ・ゴリンによる「前進せよ、今がその時だ」の曲を探しています。彼らのウェブサイト上で誰かがそれについて質問していました。でも、返事がありません……。

 ……直接訊いた勇者がいたのかーッ!!


それで、返事が無いということは、どう捉えるべきなのか。
つまり、ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИのメンバーにとって「前進せよ、今がその時だ」は、既に過去そのものなのだという事なのでしょう。

記事タイトルに付したように、ロシア本国の人が訊ね探して、それでダメだと言うならもう、この「前進せよ、今がその時だ」のテーマ曲を、まして日本国在住の日本人がCDで手に入れようなどという儚い望みは諦めるしかありません。
突き詰めるところまで突き詰めて、スッキリ、サッパリしました。

前掲、ロシアのネットユーザーの反応の中には、ソヴィエト共産主義、ボリシェヴィズムに対する露骨な誹謗も含まれていました。
既に覆った体制、制度、思想、社会が生み出した、かかる作品群の振り返りは、とりわけ当事者にとって容易い事では無いと思います。それがダイレクトに、プロパガンダ的性質を伴って制作されたのならば、尚更でしょう。

しかしながら、ヴラディーミル・タラソフの2作品は、露骨なまでの思想統制的な作品群とは決定的に性質が異なると私は感じます。明らかにタラソフは、当時の体制、状況下で許容される目一杯の先取的な作品を創造しています。それが、ある視聴者を今日なお強く惹き付ける要素となっているのでは無いでしょうか。
ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИによるテーマ曲についても全く同様だと思います。

CDで手に入らないならば、ただいつまでも口ずさむのみ!
強烈に刻みつけられた映像を思い浮かべながら。

Вперед!
Страна!
Скорей  моя!!



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Sunday, January 22, 2012

名作、絶品、NHK大河ドラマ「平清盛」

タイトルが大仰に過ぎるかも知れませんが、平成二十四(2012)年・NHK大河ドラマ「平清盛」は、現時点でこれぐらい強く賞賛・称揚しておくべきだと個人的に思いました。

何が何でもこの作品を批難して、引きずり降ろさねば気が済まぬ人々には、これまた各自の好悪や利害があるのだと思います。別にそういう方々と自己主張を闘わせるつもりはありません。敵意も害意もありません。
しかし、私が危ぶむのは、時間即応的に流布する、悪印象をもたらす逐次報道が、この作品と「観たほうがよい人」とを遠ざけ、最終的に制作現場自体を揺さぶってしまうことにあります。

個人的なことを申します。

この作品は絶品です。
今、既にして傑作、大傑作です。

コンセプトをハッキリと決め、それに対して凝らし尽くせる限りの趣向が丹念に施されています。

これは、まさにマルチメディア作品としての素晴らしい「工芸品」或いは「芸術」です。

感覚を研ぎ澄まして視聴すれば、その注力分だけ、見返りがある作品です。

私は、主だった配役が明かされるに連れて、制作の意気込みが只事では無いと思いました。

これはもう、全編保存だと思いました。

そうして長尺を採った第1話を、じっくり視聴したのですが…。

鑑賞するために、映画1本分の心的・精神的エネルギーが要りました。
私はこの作品を、毎週放送ペースに合わせて視聴する自信がありません。
録画しておいて、自分の時宜を合わせて観るのが最適だと思いました。

また個人的なことを申します。
我が家の家系図なんてものは、市街地の95%を焼尽・消尽せしめた鹿児島空襲(鹿児島は米軍の爆弾捨場だったのです)でとうに失せました。
しかし、我が氏姓名乗りと地縁と家伝・口碑と過去帳が、「尊卑分脈/諸家大系図」の世界へと、かなり具体的な形で繋いでくれます。
私の中で「源平藤橘」のうち「源平藤」までは確実に混成しています。かと言って我が家が如何程の家門であるかと訊かれれば、実にみすぼらしい評価を受けることでしょう。「微禄小身」と世に言いますが、幕藩期以降は「微禄」さえも怪しいです。でも、私はそれで構いません。兎にも角にも、この国の長く深い歴史と、自分のアイデンティティとを繋ぎ、苦しい時悲しい時に、自己を励まし善導してくれるからであります。

そういう精神土壌を持つ者が、この「平清盛」第1回を視聴しました。

冒頭、3分でもう涙が出てきました。
「男が易々と泣くな」と亡父が私を育てたので、そうそう涙もろい方では無いと思うのですが…。
そして、尺中、何度も感極まって落涙致しました。

この作品は、男泣かせであります。
些事をあげつらうと、コンセプトそのものに対する評価を誤ってしまう、そういう作品だと私は思います。

そして、たかだか100年や200年で定義されてしまった「身分の貴賎」というスケールでは捉え切れない世界の話です。
私の、或いは、貴方様の、100親等や300親等に当たる人が、この作品には必ず「等身大」で登場している筈です。作中において、予想外に高い身分に在るかも知れないし、或いは、血と糞が滲む土の上に死に物狂いでしがみついているかも知れません。

気の塞ぐような世情にあって、元気を無くしている貴方様、私も同じであります。
この作品には、恐らく、何処かに貴方様の「ご先祖様」、そうでなくとも、その方の伯父さんとか従兄弟とかは登場している可能性があります。その人が作中でカッコ良くても悪くても、いいじゃありませんか。その人達と連なる人たちが頑張り続けたから、今の我々は今生、存在するのです。

「平清盛」を観て、人間としての誇りと自信を取り戻しましょう。

コメント欄は有効にしておきますが、土足で喧嘩を売りに来るような方は願い下げです。「貴方の主張」を発表する場は、このブログが見えている以上、極めて容易に獲得できる筈です。そちらでなさって下さい。間借りに来ないで下さい。尻馬にも乗らないで下さい。
また、私自身、意見の異なる方を貶し、己が主張の相対価値を高めようとする企ても、今後に渡って一切持ちません。
久々に、苦手とする「トラックバック」も有効にしますが、制作現場とコンセプトを少しでも応援出来れば、という一心に拠る行動です。作品を褒める為だけに利用して下さい。文面引用とリンクも同様です。作品を貶したり、或いは誉めそやす体裁で良からぬ利得を企てようとする方は、一切関わらないで下さい。
スパム等は、通報できる限りの処に通報致します。

どうぞよろしく。

素晴らしいNHK大河ドラマ「平清盛」の公式サイト。
NHK大河ドラマ「平清盛」

本日、第3話放映日ですが……、録画しますけど、まだ観ません^^;
じっくり腰据えて、丁寧に観たいので。

でも、私的に並々ならぬ思い入れ有る、源三位入道の初登場だけは、リアルタイムで間に合いたいなー。
どうも、この配役には凄まじいサプライズが秘されている予感がするんですよ。
確か、配役発表、まだですよね。
昭和47(1972)年の、あの名作大河ドラマ「新・平家物語」から、ダイレクトにとてつもない御方が配役されそうな予感さえします。
この文脈が当たっていれば……、もう「あの方」か「あの方」でしょうね(笑)

源三位入道、源三位頼政、源頼政。

公卿の時代から武家の時代、平家の時代から源氏の時代へ、それを象徴する巨大なキーパーソンですから。

まあ、この予感は勿論、外れてもいいんです(笑)

しかしまあ、「義経」で、亡き丹波哲郎氏が演じられた源頼政、カッコ良かったなあー。
あれはもう、私の中で永久不滅の絵姿ですわ。

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Wednesday, January 11, 2012

伏龍興起,鳳雛羽化.壬辰一月.

今年は何か、陽を向くように世が革まる起点であるように感じられるのです。

以前のように、己が心魂を甚大に傾注した更新に復することはもうあるまいと思いますが、このブログ「銀璧亭」を再び脈動させようと思います。

何か特定の宗教や思想に発心したというわけではありませんからね^^;

しかし、幼き時から年々歳々敬慕の念、弥増しに増す、聖ジャンヌ・ダルクの生誕600年を心よりお祝い致します。

Sainte Jeanne d'Arc, priez pour nous.

そして、「心のともしび」運動のマクドネル神父さまの温かい御心に深く感謝致します。
あなたの御手の温もりは、終生忘れません。

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Dear the Rev. Fr. Graham McDonnell

Thank you very much for you gave me the other day,
For My Fater in Heaven ,,,,and For Us.

The best of health to you.

With our best regards.

Tando
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「600年」という期間は、東洋的な価値感覚の中では特別な意義を成します。
十二支と十干の組み合わせ「六十干支」の10周目にあたります。
或いは、これは天体の摂理由来なので、生命あるものにとって特別な事象と捉えるべきなのかも知れません。
そうした大きな流れの中で、人類史上の殊に大いなる救世者、聖ジャンヌ・ダルクとの結び付きを考えると、少なくとも、惨禍の極みにあった昨年からの心機一転を期する、積極的な心持ちになれるように思われませんか?

皆様と、そして我々の、大いなる幸福の開基を衷心より祈ります。

ついで、私事。
久々なので改めて申しますが、かく「銀璧亭」、『ヘキ』は『玉』の『璧』で、『完璧』の『ヘキ』なのでございます。
文字が変換されない場合は「完璧」と打つと、たいていの文字入力ソフトでも対応します。
私自身、今の文字入力ソフトに変える前、―このブログの初期―には、「璧」の変換が余りにも面倒なので、「完璧」から拾い上げて辞書登録して用を為していました^^ゞ

この旨についても申し述べているも(常時右ラインからリンク表示)、ついでにaboutもご高覧賜りましたら幸甚です。
……ここだけは、かつての雰囲気を変えないままにしている部屋です。

そして、バナーを作って下さった「紅子サマ」(※当時)、近年消息をしていません。
申し訳ありません。
お元気ですか?
貴作のバナーは、このブログが存続する限り、「篇額」として掲げ続けさせて頂きます!

それでは、本日はこれにて。
タイトルは、干支と繋げて、とにかく何が何でも「大きなめでたい」意図を込めました(^^)

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Wednesday, June 29, 2011

日本コロムビア100周年記念企画に寄せて。

1910(明治43年)10月に、日蓄こと日本蓄音機商会が設立されて、100年が経過しました。この企業こそが、現在の「日本コロムビア」の祖型であり、また、この時こそが本邦に於ける純国産商業レコード文化の濫觴とも言えるでしょう。

それに伴って、日本コロムビアではこの1年程の間にポツリポツリと、貴重な歴史的音源の数々を体系的にCD復刻して、世に送り出し始めました。
私にとっては、聴きたくても叶わなかった貴重な歴史的音源へのコンタクト実現を予期させる、嬉しい前兆でした。そして、前兆は遂に大輪が咲き乱れる様相となりましたので、このブログでも感謝と応援の意を込めて、ご紹介に貢献出来ればと思い拙文を連ねる次第です。

兎にも角にも、分野、時代、意義、全てが広範なので、ひとまず今回記事では発端として、注目に価するCDのご紹介のみに止めたいと思います。

<1>
コロムビア創立100周年記念 決定盤 流行歌・大傑作選(2CD)
1)明治 大正 昭和初期

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2..鉄道唱歌:納所文子
3.金色夜叉:塩原秩峰
4.船頭小唄:鳥取春陽
5.籠の鳥:歌川八重子
6.君恋し:高井ルビー
7.アラビヤの唄:二村定一,天野喜久代
8.麗人の唄:河原喜久恵
9.酒がのみたい:バートン・クレーン
10.酒は涙か溜息か:藤山一郎
11.影を慕いて:藤山一郎
12.走れ!大地を:中野忠晴
13.サーカスの唄:松平晃
14.並木の雨:ミス・コロムビア
15.小さな喫茶店:中野忠晴
16.夕日は落ちて:松平晃,豆千代
17.花言葉の唄:松平晃,伏見信子
18.博多夜船:音丸
19.山寺の和尚さん:コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ
20.別れのブルース:淡谷のり子

・DISC-2:
1.愛国の花:渡辺はま子
2.旅の夜風:霧島昇,ミス・コロムビア
3.悲しき子守唄:ミス・コロムビア
4.シナの夜:渡辺はま子
5.一杯のコーヒーから:霧島昇,ミス・コロムビア
6.古き花園:二葉あき子
7.何日君再来:渡辺はま子
8.誰か故郷を想わざる:霧島昇
9.なつかしの歌声:藤山一郎,二葉あき子
10.お島千太郎旅唄:伊藤久男,二葉あき子
11.湖畔の宿:高峰三枝子
12.小雨の丘:小夜福子
13.蘇州夜曲:霧島昇,渡辺はま子
14.熱砂の誓い(建設の歌):伊藤久男
15.紅い睡蓮:李香蘭
16.めんこい子馬:二葉あき子ほか
17.崑崙越えて:藤山一郎
18.南の花嫁さん:高峰三枝子
19.お使いは自転車に乗って:轟夕起子
20.お山の杉の子:安西愛子ほか

◎私の一言感想:
伝説の演歌師、鳥取春陽(1900-1932)が歌う「船頭小唄」を積年聴きたかったのです!
大正10(1921)年、オリエントレコードへの、この吹込みで、「船頭小唄」を!
日本歌謡曲史を画するこの名曲が作られた、その年に録音されたレコードです。
私はこの1トラックの為に、このCDを買ったと言っても誇張にはなりません。


<2>
コロムビア創立100周年記念企画 伝説を聴く(2CD)

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2.ゴンドラの唄:松井須磨子
3.のんきな父さん(のんき節):石田一松
4.かやの木山の:藤原義江
5.ある晴れた日に-歌劇「蝶々夫人」より(日本語歌唱):三浦環
6.恋はやさしい野辺の花よ:田谷力三
7.沓掛時次郎(脚本解説):大河内伝次郎
8.沓掛小唄:川崎豊,曽我直子
9.映画劇「金色夜叉」:林長二郎,田中絹代
10.金色夜叉(貫一の唄):藤山一郎
11.松竹映画「十九の春」歌と映画劇:
・・・静田錦波(ナレーター)
・・・伏見信子,竹内良一,高峰秀子(出演)
・・・ミス・コロムビア=松原操(*歌は3番のみ収録)
12.愛の紅椿:霧島昇,田中絹代
13.七里ケ浜:高田稔
14.小雨の丘:小夜福子
15.すみれの花咲く頃:宝塚少女歌劇月組生徒,天津乙女,門田芦子
16.カマラードの唄(友達はよいもの):水の江滝子
17.十五夜の娘:川島芳子
18.郷愁の舞姫:崔承喜
19.何日君再来:白光
20.興亜三人娘:李香蘭,白光,奥山彩子
21.思い出せないことばかり:鶴田浩二
22.旅はそよ風:大谷友右衛門,八千草薫

・DISC-2:

1.花のいのちは:岡本敦郎,岸恵子
2.君は遙かな:佐田啓二,織井茂子
3.伊豆の佐太郎:高田浩吉
4.やくざ若衆:中村錦之助
5.湖水物語:山本富士子
6.山の男の唄:三船敏郎
7.海女の慕情:前田通子
8.青い山脈:宝田明
9.絵草紙若衆:勝新太郎
10.赤いカンナの花咲けば:松島トモ子,小畑やすし
11.船頭小唄:森繁久彌
12.洒落男:榎本健一
13.ちょいといけます:榎本健一,古川緑波
14.歌くらべ荒神山:川田晴久,永田とよ子
15.アジャパー天国:泉友子,伴淳三郎
16.僕が女房を貰ったら:五月みどり,フランキー堺
17.彼奴ばかりがなぜもてる:渥美清
18.かっぽれ:吉原〆治
19.大石山鹿護送:桃中軒雲右衛門
20.大高源吾:二代目 吉田奈良丸
21.阿波の鳴門:豊竹呂昇

◎私の一言感想:
稀少音源の怒涛の如きラインナップに目眩がしそうです。
太字にしたトラックは、個人的な思い入れと関心から。
今、日本で発売されているCDの中で、最も内容が濃いタイトルかも知れませんね。
松井須磨子の「ゴンドラの唄」を遂に聴くことが出来た!!
「流行歌大傑作選」共に、別日を期して一文書きます。


<3>
日本の歴史的演説(CD3枚・紙箱仕様)

・DISC-1「政治家・大正時代編」:

1.「憲政ニ於ケル輿論ノ勢力」より:大隈重信
2.「非立憲の解散・当路者の曲解」より:島田三郎
3.「正しき選挙の道」より:尾崎行雄
4.「政治の倫理化」より:後藤新平
5.「強く正しく明るき日本の建設」より:永井柳太郎
6.「経済道徳合一説」より:渋沢栄一
7.「国民ニ告グ」より:田中義一
8.「新内閣の責務」より:犬養穀

・DISC-2「政治家・昭和 戦前編」:

1.「国民に愬う」より:浜口雄幸
2.「財政経済について」より:高橋是清
3.「危ない哉!国民経済」より:井上準之助
4.「総選挙ニ際シテ国民ニツグ」より:町田忠治
5.「理由無き解散」より:小泉又次郎
6.「犬養内閣の使命」より:鳩山一郎
7.「総選挙と東方会」より:中野正剛
8.「日本精神に目覚めよ」より:松岡洋右
9.「国民の協力を望みて〈消費と節約〉」より:賀屋興宣
10.「重大時局に直面して」より:近衛文麿

・DISC-3「軍人編」:

1.「乃木将軍の肉声と其思ひ出」より:
・・・小笠原長生による解説,乃木希典の断片的音声録音(自己紹介一言)
2.「聯合艦隊解散式に於ける訓示」より:東郷平八郎
3.「日本海海戦に於ける東郷大将の信仰」より:小笠原長生
4.「東郷元帥」より:古田中博
5.「弥マコトの道に還れ」より:秦真次
6.「非常時は続く」より:荒木貞夫
7.「国民諸君ニ告グ」より:林銑十郎
8.「政府の所信」より:米内光政
9.「宣戦の大詔棒読」より:東条英機
10.「提督の最後」より:平出英夫

※各タイトル分売(内容は完全に同一,セットとは外箱の有無のみの違い)
もあります。

政治家-大正時代編

政治家-昭和時代編

軍人編

※注:各人の経歴解説はありますが、テキストは一切付随していません。

◎私の一言感想:
出るべきCDがやっと出ました。本当に、やっとです。
やはり、別日を期して一文書きます。

>>>>>◇◇◇◇<<<<<<

・・・それでは、本日はひとまずご紹介のみ。
思いの丈が大き過ぎるだけに、力が要りそうです・・・。

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Saturday, December 19, 2009

トラップ一家物語~Trapp Family Story

NHK-BS2で先日まで再放送していた、「ハウス世界名作劇場」の「トラップ一家物語」(1991年本放送)。
私はリアルタイムで終盤を視聴し損なったままだったので、特に物語後半から録画していました。トラップ男爵がマリアさんに求婚するまでの辺りからです。いやあ、良かった。やっぱり名作劇場は素晴らしいっ!

それで、録り溜めていた最終回までの数話を見終えたところなのですが…、いやあ、泣きました。何処で泣いたかと言うと最終回、一家が住み慣れた家を秘密裏に去るシーン。気の好い料理人のローズィおばさんと子ども達の別れのシーン、うううう、ウルウル。そして古馴染みの、頼れるフランツさん。フランツさんは男爵が破産した時のお金のエピソードで既に私はだだ泣きだった訳ですが、このオーストリア脱出と告別の経緯にいたっては、もうたまりません。乗合バスでのトラップ男爵との別れのシーン、ああ、ダメだ、もうキー叩きながら思い出して涙腺が緩んできた。マリアさんが亡命の船上で何とは無しに歌い始める『別れ』(ムシデン)も心に迫ります。国外脱出を援けてくれた顔ぶれと共に、このよき人々に幸多かれと願わずにはいられませんでした。

さて、クリスマスを見据えた盛り上がりも正に酣、1枚のCDについて今回は書きます。

Christmas With the Trapp Family Singers~
「ひいらぎ飾ろう」「きよしこの夜」等のキャロルと、グレゴリオ聖歌、プレトリウス、バッハ、スウェーリンク、ヴィットリア、パレストリーナによるクリスマス・チャント集

The Trapp Family Singers(トラップ一家合唱団)
マリア・アウグスタ・フォン・トラップ
ウェルナー・フォン・トラップ
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
ヘートヴィヒ・フォン・トラップ
アガーテ・フォン・トラップ
ヨハンネス・フォン・トラップ
エレオノーレ・フォン・トラップ

シャーリーン・ピーターソン
ハロルド・ピーターソン

フランツ・ヴァスナー(指揮)

1951-53年、Deutsche-Grammophonによる録音。時期的にはまだモノラル録音ですが、テープ機材に移行してからの収録でもあり、とても良好な音質です。リマスタリングが良いのか、適度な奥行きがあり、非常に聴きやすく感じられます。さすがは Deutsche-Grammophonの録音です。
時期的には、既にゲオルク・フォン・トラップ準男爵の没(1947年)後です。そして、ヨハンネス、エレオノーレの両氏が、トラップ艦長とマリアさんの間に生まれたお子さんです。指揮はこの合唱団結成の立役者、ヴァスナー神父が担っています。

さて、この音源なのですが、純粋な音楽CDとしての鑑賞に充分耐える、極めて優れたものです。むしろ、あまりに高尚な音楽が繰り広げられるので、名作劇場や映画『サウンド・オブ・ミュージック』のうきうきするような感動から手に取ると、却って戸惑いさえするのではないでしょうか?
私の場合が正にそれで、「さあ、届いた、どんな合唱なんだろうワクワク…」とプレーヤーにセットして、一曲目のプレトリウスが始まるや、「…え、え? こんなに素晴らしいんですか、何だかスミマセン…」と、思わず居住まいを正さずにはいられませんでした。
そもそも、プレトリウスやスウェーリンク、パレストリーナといった作曲家の名が並んでいる時点で、これが単に享楽的な意図から製作されたものではないことを察するべきでした。合唱団を指導したヴァスナー神父の高い識見に他ならぬことと思います。歌唱、アンサンブル自体も大変優秀であり、一機縁から歌の世界を生業と為すようになった家族のものとは、到底思われません。ヴァスナー神父はどのようにしてこの家族を導いたのでしょうか、本当にとてつもない人です。そして、キリスト者の信仰の篤さ、祈りの深遠さというものがここには満ち満ちています。

さまざまな形で生じた好奇心を満たしてくれるどころか、より一層の感動を与えてくれることは間違いありません。
賑やかで楽しいクリスマス・アルバムとは趣を異にしますが、「クリスマスって本来こういうものなんだよなあ」というところに立ち返らせてくれる、素晴らしい一枚だと思います。

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Sunday, March 08, 2009

「懺悔」「タブラ・ラサ」

もっと効率の良い記述方法に注ぐ努力の余地はあるが、順序を優先して書かせて頂きたい。

昨年夏に発売され、私を驚喜させたのがセルゲイ・パラジャーノフの監督作品「火の馬」DVDプレミアムエディション/デジタルリマスター版だった。

「ざくろの色」をはじめ、その後私をパラジャーノフの虜にした端緒がこの作品だったので、良質な形のサプライは本当に嬉しかった。そして、色々と特典映像を附随させた仕様となっている点も、この種の映画を嗜好する者としては有難いことだ。

複数の特典の中で、私が「はて」と首を傾げた映像がある。
それはテンギズ・アブラゼ監督の「懺悔」というグルジア映画のトレーラーで、英語字幕のみが附されている。
時間的には3-5分程だろうか?
過去と現在のソヴィエト地方都市と白日夢のようなイメージが錯綜する、強烈な印象を残すものだった。
しかし、より以上の情報が一切無い。近日DVDが出ると言うことなのか、それとも……?
ともあれ、機会があれば是非観たい映画として、脳裏の一隅に留め置かれた。

・・・・・・

先日、映画魔の妻が入会している京都シネマからの月報を、私が郵便受けから取り出した。
そうすると筆頭に「懺悔」上映情報が掲げられている。何という偶然!
「この映画はいつから上映が始まるの?」すがりつくようにして妻に訊いた。
私がシアターに足を運ぶことを億劫がるので、滅多に映画の話を持ち出さない妻だが、珍しく一声掛けようという心づもりでいてくれたらしい。
美味なるワイン、音楽、バレエ、ピロスマニの国、グルジア。
私が愛着を寄せるその国の映画ということで、空振りを承知で勧めるつもりだったそうだ。
夫婦の絆である。

岩波ホールを発信元として、全国で上映されるスケジュールらしい。
懺悔(1984)|ZAZIE FILMS

ああ、「懺悔」、遂に観ることが叶った。
滅多にシアターに足が向かない私の、その期待に違わない名作だった。

事後の感想として、ソヴィエト時代末期、体制とシンクロニシティを有しながらこの映画を観た人々は、さぞかし感動しただろうなあと思う。
皆が体験しながらも重く口を閉ざしてきた粛清の暗黒時代を、いざ、となってどのように振り返るのか、「懺悔」はそのアプローチの一つとして実に傑出した作品だった。
他方、この作品が時を得て世に出て、多くの観衆の絶大な支持を受けたのは僥倖(実際にその通りなのだ)で、同じように秀逸な企画が恐らく無数に葬られていったであろうことは想像に難くない。

何にせよ「雪どけ」期のソヴィエト社会は、追い掛けてみると面白い。
中世都市とまっすぐ一本に繋がったような生活風景と、最悪の統制社会に喘ぐ灰色の時代と、西欧の最新ヒットチャートから一年遅れくらいのポップカルチャーとが混在している世界。
配給元のサイトで配信されている予告編よりよりは、「火の馬」DVD付属のトレーラーの方が遙かに的確に、キャッチーに作品の美しさを凝縮しているのがもどかしいが……、とにかく多くの方にご覧頂きたい作品だ。

DVD「懺悔」


・・・・・・

そこで、アルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」に話は繋がるのである。

この映画の中盤、とりわけ重く哀しいシーンに、静謐で美しい音楽が寄り添う。
「これはペルトの『タブラ・ラサ』じゃないか」と思いながら観ていたら、沈鐘のようなプリペアド・ピアノの音が入ったので間違いないと確信した。
1984年のソヴィエト映画で、「既に」ペルトの「タブラ・ラサ」が用いられている。驚愕した。
これは一体何処から持ってきた音源なのだろう。
まさかECMの音盤だというのか?
帰宅して音盤を手に取る。
"1984 ECM Records"とクレジットがある。そうだよな、発売時期と前後するよな、と思いながら収録年月日を確認して今一度驚愕した。「タブラ・ラサ」は1977年、ボン/ケルン西ドイツ放送によるライヴ・レコーディングとある。
そうか、1984年の「懺悔」制作時、既にECM盤収録の「タブラ・ラサ」は数年の時を経た音楽だったのだ。
ちなみに、同時期においてアルヴォ・ペルトは日本において未だ知る人ぞ知る音楽家である。
……だとすれば、「タブラ・ラサ」は一体、当初はどういう形態で、どの経済圏に供給されたのか?
思えば、アルフレード・シュニトケがプリペアード・ピアノを弾いているのも妙だ。
この人も自作自演が幾つかあるが、積極的にパフォーマンスを行う作曲家というイメージはない。
それが、他作の演奏に参加するとはどういうことだろう?
ペルトの人徳なのか、それとも、1977年のボンでのライヴは、それだけ歴史的な機会だったのか?
これは、今後の探求課題としよう。

・・・・・・

タブラ・ラサ──この音楽を如何に語ろう?

光 闇
陽光 陰影
水脈 流水 水滴
乳白 青白 純白 空白

至純

静謐

普段から「銀璧亭」にご来訪頂いている方には、私がお勧めするまでもないことは百も承知のこと。
あなた方には、改めて深謝と親愛の念を。

そして、何かの偶然でこの長文を読んで下さった貴方に、私は語りかけたい。
私は、私個人の使命で10枚のCDを世に遺す使命を附されたのならば、この一枚は必ず手に取るだろう。
どうか、少しでも多くの方にペルトを知って欲しい。
どんなジャンルの音楽を聴く人でも構わない。
時代が病んでいる今、このCDに収録されている音響は、静かに貴方に寄り添うだろう。あるいは、やわらかに包み込むことだろう。

とりとめもないようでいながら、日常は連鎖している。

セルゲイ・パラジャーノフ。
テンゲズ・アブラゼ。
アルヴォ・ペルト。

・・・・・・そして・・・・・・?
 

 
 

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Friday, December 31, 2004

今年を振り返って

8月末に開始したこの「銀璧亭」、ご来訪下さる皆様のお陰をもちまして、ウェブログとしての体裁を保ちつつ、年越しを迎える事が出来ました。
このスペースを通じて、様々な御縁に与ったのは無上の喜びです。このウェブログをブックマーク頂き、常々ご来訪下さっている方、拙い記事に嬉しいコメントを下さった方、相互リンクを御寛容下さった方…。
皆様に、心の底から感謝致します。
本当にありがとうございました。

さて、ウェブログで迎える初の大晦日と言う事で、もう1本だけ本年の総括的な記事を書いてみます。備忘録…と言うよりは、思い付くままに連ねるだけですが(^^;

<今年印象に残ったCD>

◆バッハ:平均律クラヴィーア組曲/リヒテル(p,1973年インスブルック・ライヴ)
版権のグレー・ゾーンを擦り抜けて(?)、中国限定で再発された(中国POLOARTS/CL4B-86080-2)「幻の名演」。日本への正規輸入ルートが存在しなかったこのCD、中国にお住まいの畏友、2号機様のご厚意で入手が叶いました。深沈たる名演奏です。
◆Nuestro Flamenco 2(ヌエストロ・フラメンコ/Vol.2)
RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源のCD化第2弾。録音嫌いの伝説的トカオール(フラメンコ・ギタリスト)、ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)によるソロ演奏を初めて聴いた。僅か20分程の音源、でも、かつてないインパクト。これまで積み重ねてきた価値観が根底から覆った!
◆マリヤ・ユーディナのスクリャービン
正規発売の音源ではありません。Webを通じての御縁から何かとご厚誼に与っている、さるお方にお譲り頂きました。事の性質上詳しく書けないのが残念ですが、聴く者を魔境に引き込むような恐るべき演奏。正規発売を望みます。ご厚意への尽きない感謝と共に挙げる次第です。

<今年印象に残ったかわいいもの>

◆キユーピー
たぶん来年末にも挙がると思うな(笑)
今年も色々楽しませてくれました。「3分劇場」然り、「たらこキユーピー」然り。
でも、今の印象を支配しているのは、「3分クッキング」お正月メニュー特集。画面後方の木製テレビ枠(?)の中で凧揚げしているキユーピーちゃん…かわいい!
◆野生パンダの赤ちゃん
NHKの特集番組「岩合光昭、野生のパンダを撮る!」より。
ご覧になった方も多いでしょうか…?
問題は最初のアプローチの場面。崖の下を見下ろすと、茂みの狭間、朽ち葉の上に、白いマクラないしモチ状の「フカフカした物体」が小さく見えます。まさかと思ったら、それがパンダの赤ちゃん…思わず顔が緩んでしまいました(*^^*)

<今年よく効いた薬>

◆吸出し青膏(たこの吸出し)
今年のMVP薬品(なにそれ)は、何と言っても「たこの吸い出し」
言わば古典的常備薬ですが、時代は変わっても病気の本質は変わりません。現代人にもちゃんと効く妙薬、むしろ今、ニーズは高まっているのでは…?
発売元の町田製薬さま、僭越ながら宣伝攻勢を強化しては如何かと存じます。

<今年凄いと思った言い訳>

◆「客観的に事実なんだろうと思う」(橋本龍太郎元総理/一億円ヤミ献金疑惑への釈明コメント)
「記憶にございません」に続く、政界発の「名言い訳」がまた生まれました。いや、皮肉でも何でもなく、こんな繰り言が出てくる発想力・自己保身センスは凄いと思いますよ。
アニメ「機動戦士Zガンダム」に、パプテマス・シロッコと云う、舌を噛みそうな名前の悪漢が登場します。戦争の重大局面での日和見を上官に咎められた際、彼はこう切り返しました。

「心苦しく思っております。ジュピトリス(彼の指揮艦)が好きに動いてくれませんでした。

うーん、これも絶妙な言い回し。
「好きに動いてくれませんでした」を「アニメ発」の「名言い訳」として加える事で、「記憶にございません」ともども、人生に役立つ3大言い訳として長く銘じたいと思います。

<今年悲しかった事>

マンションに居着いていた猫が、11月に交通事故死しました。人なつっこいけど、何処か分限を心得た所があって、そこが好きでした。
大分時間が経ってから知りましたが、本当に悲しかった。まだ悲しい。
付かず離れず、の間柄だったけど、感情移入していたんだな…と実感します。

<今年嬉しかった事>

色々あります…。結構今年は多難な一年でした。
でも、父と祖母とが相次いで逝去し、母が交通事故に遭った一昨年を思えば、大抵の苦難は乗り越えられるように思ってますし、今年もまたそうしてきたつもりです。

日頃の交友でかけて頂く様々なご厚意。
探していたCDを、出先の中古屋で思いがけず発見した瞬間。
聴きたかった音源が翌月CDになる…と聞けば、その時までは絶対に生きていようと思います。
そんな事を積み重ねながら、自分の人生は絶えず進み続けます。ボートを漕ぐように、過ぎたものしか確かめる事は出来ないけれど、前へ、前へと。


2004年も残り少ないですが、どうにか乗り切って参りました。
来る年がどうか、一層実り多き一年となりますように。


そうそう、大晦日と言う事で今日限りのネタを一つ。
日本のトイレには古来より「加牟波理入道」(カンバリニュウドウ)と云う神様がおわします。大晦日の晩にトイレで一人(普通は一人で入りますよね?!)、「カンバリニュウドウ、ホトトギス」と声に出して言うと、翌一年はトイレで妖怪を見ないで済むそうです。

これで人里離れた民宿も、サイコ・ホラーの話題作も恐るるに足りませんね!
お試しあれ。

それでは皆様、よき新年を…。
 
 

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