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Wednesday, January 11, 2012

伏龍興起,鳳雛羽化.壬辰一月.

今年は何か、陽を向くように世が革まる起点であるように感じられるのです。

以前のように、己が心魂を甚大に傾注した更新に復することはもうあるまいと思いますが、このブログ「銀璧亭」を再び脈動させようと思います。

何か特定の宗教や思想に発心したというわけではありませんからね^^;

しかし、幼き時から年々歳々敬慕の念、弥増しに増す、聖ジャンヌ・ダルクの生誕600年を心よりお祝い致します。

Sainte Jeanne d'Arc, priez pour nous.

そして、「心のともしび」運動のマクドネル神父さまの温かい御心に深く感謝致します。
あなたの御手の温もりは、終生忘れません。

....................................................................................................

Dear the Rev. Fr. Graham McDonnell

Thank you very much for you gave me the other day,
For My Fater in Heaven ,,,,and For Us.

The best of health to you.

With our best regards.

Tando
....................................................................................................

「600年」という期間は、東洋的な価値感覚の中では特別な意義を成します。
十二支と十干の組み合わせ「六十干支」の10周目にあたります。
或いは、これは天体の摂理由来なので、生命あるものにとって特別な事象と捉えるべきなのかも知れません。
そうした大きな流れの中で、人類史上の殊に大いなる救世者、聖ジャンヌ・ダルクとの結び付きを考えると、少なくとも、惨禍の極みにあった昨年からの心機一転を期する、積極的な心持ちになれるように思われませんか?

皆様と、そして我々の、大いなる幸福の開基を衷心より祈ります。

ついで、私事。
久々なので改めて申しますが、かく「銀璧亭」、『ヘキ』は『玉』の『璧』で、『完璧』の『ヘキ』なのでございます。
文字が変換されない場合は「完璧」と打つと、たいていの文字入力ソフトでも対応します。
私自身、今の文字入力ソフトに変える前、―このブログの初期―には、「璧」の変換が余りにも面倒なので、「完璧」から拾い上げて辞書登録して用を為していました^^ゞ

この旨についても申し述べているも(常時右ラインからリンク表示)、ついでにaboutもご高覧賜りましたら幸甚です。
……ここだけは、かつての雰囲気を変えないままにしている部屋です。

そして、バナーを作って下さった「紅子サマ」(※当時)、近年消息をしていません。
申し訳ありません。
お元気ですか?
貴作のバナーは、このブログが存続する限り、「篇額」として掲げ続けさせて頂きます!

それでは、本日はこれにて。
タイトルは、干支と繋げて、とにかく何が何でも「大きなめでたい」意図を込めました(^^)

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Wednesday, June 29, 2011

日本コロムビア100周年記念企画に寄せて。

1910(明治43年)10月に、日蓄こと日本蓄音機商会が設立されて、100年が経過しました。この企業こそが、現在の「日本コロムビア」の祖型であり、また、この時こそが本邦に於ける純国産商業レコード文化の濫觴とも言えるでしょう。

それに伴って、日本コロムビアではこの1年程の間にポツリポツリと、貴重な歴史的音源の数々を体系的にCD復刻して、世に送り出し始めました。
私にとっては、聴きたくても叶わなかった貴重な歴史的音源へのコンタクト実現を予期させる、嬉しい前兆でした。そして、前兆は遂に大輪が咲き乱れる様相となりましたので、このブログでも感謝と応援の意を込めて、ご紹介に貢献出来ればと思い拙文を連ねる次第です。

兎にも角にも、分野、時代、意義、全てが広範なので、ひとまず今回記事では発端として、注目に価するCDのご紹介のみに止めたいと思います。

<1>
コロムビア創立100周年記念 決定盤 流行歌・大傑作選(2CD)
1)明治 大正 昭和初期

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2..鉄道唱歌:納所文子
3.金色夜叉:塩原秩峰
4.船頭小唄:鳥取春陽
5.籠の鳥:歌川八重子
6.君恋し:高井ルビー
7.アラビヤの唄:二村定一,天野喜久代
8.麗人の唄:河原喜久恵
9.酒がのみたい:バートン・クレーン
10.酒は涙か溜息か:藤山一郎
11.影を慕いて:藤山一郎
12.走れ!大地を:中野忠晴
13.サーカスの唄:松平晃
14.並木の雨:ミス・コロムビア
15.小さな喫茶店:中野忠晴
16.夕日は落ちて:松平晃,豆千代
17.花言葉の唄:松平晃,伏見信子
18.博多夜船:音丸
19.山寺の和尚さん:コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ
20.別れのブルース:淡谷のり子

・DISC-2:
1.愛国の花:渡辺はま子
2.旅の夜風:霧島昇,ミス・コロムビア
3.悲しき子守唄:ミス・コロムビア
4.シナの夜:渡辺はま子
5.一杯のコーヒーから:霧島昇,ミス・コロムビア
6.古き花園:二葉あき子
7.何日君再来:渡辺はま子
8.誰か故郷を想わざる:霧島昇
9.なつかしの歌声:藤山一郎,二葉あき子
10.お島千太郎旅唄:伊藤久男,二葉あき子
11.湖畔の宿:高峰三枝子
12.小雨の丘:小夜福子
13.蘇州夜曲:霧島昇,渡辺はま子
14.熱砂の誓い(建設の歌):伊藤久男
15.紅い睡蓮:李香蘭
16.めんこい子馬:二葉あき子ほか
17.崑崙越えて:藤山一郎
18.南の花嫁さん:高峰三枝子
19.お使いは自転車に乗って:轟夕起子
20.お山の杉の子:安西愛子ほか

◎私の一言感想:
伝説の演歌師、鳥取春陽(1900-1932)が歌う「船頭小唄」を積年聴きたかったのです!
大正10(1921)年、オリエントレコードへの、この吹込みで、「船頭小唄」を!
日本歌謡曲史を画するこの名曲が作られた、その年に録音されたレコードです。
私はこの1トラックの為に、このCDを買ったと言っても誇張にはなりません。


<2>
コロムビア創立100周年記念企画 伝説を聴く(2CD)

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2.ゴンドラの唄:松井須磨子
3.のんきな父さん(のんき節):石田一松
4.かやの木山の:藤原義江
5.ある晴れた日に-歌劇「蝶々夫人」より(日本語歌唱):三浦環
6.恋はやさしい野辺の花よ:田谷力三
7.沓掛時次郎(脚本解説):大河内伝次郎
8.沓掛小唄:川崎豊,曽我直子
9.映画劇「金色夜叉」:林長二郎,田中絹代
10.金色夜叉(貫一の唄):藤山一郎
11.松竹映画「十九の春」歌と映画劇:
・・・静田錦波(ナレーター)
・・・伏見信子,竹内良一,高峰秀子(出演)
・・・ミス・コロムビア=松原操(*歌は3番のみ収録)
12.愛の紅椿:霧島昇,田中絹代
13.七里ケ浜:高田稔
14.小雨の丘:小夜福子
15.すみれの花咲く頃:宝塚少女歌劇月組生徒,天津乙女,門田芦子
16.カマラードの唄(友達はよいもの):水の江滝子
17.十五夜の娘:川島芳子
18.郷愁の舞姫:崔承喜
19.何日君再来:白光
20.興亜三人娘:李香蘭,白光,奥山彩子
21.思い出せないことばかり:鶴田浩二
22.旅はそよ風:大谷友右衛門,八千草薫

・DISC-2:

1.花のいのちは:岡本敦郎,岸恵子
2.君は遙かな:佐田啓二,織井茂子
3.伊豆の佐太郎:高田浩吉
4.やくざ若衆:中村錦之助
5.湖水物語:山本富士子
6.山の男の唄:三船敏郎
7.海女の慕情:前田通子
8.青い山脈:宝田明
9.絵草紙若衆:勝新太郎
10.赤いカンナの花咲けば:松島トモ子,小畑やすし
11.船頭小唄:森繁久彌
12.洒落男:榎本健一
13.ちょいといけます:榎本健一,古川緑波
14.歌くらべ荒神山:川田晴久,永田とよ子
15.アジャパー天国:泉友子,伴淳三郎
16.僕が女房を貰ったら:五月みどり,フランキー堺
17.彼奴ばかりがなぜもてる:渥美清
18.かっぽれ:吉原〆治
19.大石山鹿護送:桃中軒雲右衛門
20.大高源吾:二代目 吉田奈良丸
21.阿波の鳴門:豊竹呂昇

◎私の一言感想:
稀少音源の怒涛の如きラインナップに目眩がしそうです。
太字にしたトラックは、個人的な思い入れと関心から。
今、日本で発売されているCDの中で、最も内容が濃いタイトルかも知れませんね。
松井須磨子の「ゴンドラの唄」を遂に聴くことが出来た!!
「流行歌大傑作選」共に、別日を期して一文書きます。


<3>
日本の歴史的演説(CD3枚・紙箱仕様)

・DISC-1「政治家・大正時代編」:

1.「憲政ニ於ケル輿論ノ勢力」より:大隈重信
2.「非立憲の解散・当路者の曲解」より:島田三郎
3.「正しき選挙の道」より:尾崎行雄
4.「政治の倫理化」より:後藤新平
5.「強く正しく明るき日本の建設」より:永井柳太郎
6.「経済道徳合一説」より:渋沢栄一
7.「国民ニ告グ」より:田中義一
8.「新内閣の責務」より:犬養穀

・DISC-2「政治家・昭和 戦前編」:

1.「国民に愬う」より:浜口雄幸
2.「財政経済について」より:高橋是清
3.「危ない哉!国民経済」より:井上準之助
4.「総選挙ニ際シテ国民ニツグ」より:町田忠治
5.「理由無き解散」より:小泉又次郎
6.「犬養内閣の使命」より:鳩山一郎
7.「総選挙と東方会」より:中野正剛
8.「日本精神に目覚めよ」より:松岡洋右
9.「国民の協力を望みて〈消費と節約〉」より:賀屋興宣
10.「重大時局に直面して」より:近衛文麿

・DISC-3「軍人編」:

1.「乃木将軍の肉声と其思ひ出」より:
・・・小笠原長生による解説,乃木希典の断片的音声録音(自己紹介一言)
2.「聯合艦隊解散式に於ける訓示」より:東郷平八郎
3.「日本海海戦に於ける東郷大将の信仰」より:小笠原長生
4.「東郷元帥」より:古田中博
5.「弥マコトの道に還れ」より:秦真次
6.「非常時は続く」より:荒木貞夫
7.「国民諸君ニ告グ」より:林銑十郎
8.「政府の所信」より:米内光政
9.「宣戦の大詔棒読」より:東条英機
10.「提督の最後」より:平出英夫

※各タイトル分売(内容は完全に同一,セットとは外箱の有無のみの違い)
もあります。

政治家-大正時代編

政治家-昭和時代編

軍人編

※注:各人の経歴解説はありますが、テキストは一切付随していません。

◎私の一言感想:
出るべきCDがやっと出ました。本当に、やっとです。
やはり、別日を期して一文書きます。

>>>>>◇◇◇◇<<<<<<

・・・それでは、本日はひとまずご紹介のみ。
思いの丈が大き過ぎるだけに、力が要りそうです・・・。

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Friday, February 13, 2009

よみがえる自作朗読の世界II


 

1. 北原 白秋 「詩朗読」 (水上・月夜の風)
2. 野口 米次郎 「詩朗読」(詩の金堂)
3. 北原 白秋 「短歌朗読」 (春・夏・秋・冬)
4. 佐佐木 信綱 「短歌朗読」(南京にて 他)
5. 前田 夕暮 「短歌朗読」 (箱根に遊ぶ 他)
6. 尾上 柴舟 「短歌朗読」 (夕暮の空に富士あり 他)
7. 太田 水穂 「短歌朗読」 (みんなみの海のはてより 他)
8. 窪田 空穂 「短歌朗読」 (上総大原の海辺にて 他)
9. 土岐 善麿 「短歌朗読」 (近詠)
10. 高浜 虚子 俳句の話(一) (「俳句とは何か」~「花鳥諷詠」)
11. 高浜 虚子 俳句の話(二) (「深は新なり 古壷新酒」~「特異な詩」)
12. 西條 八十 <西條 八十 歌謡詩集(第1集)(第2集)>より
(「はじめ詩」~「汽車の窓にて」~「おわりの詩」)
(西條 八十(朗読)/古関 裕而(ハモンド・オルガン)
13. 坪内 逍遙 「沙翁劇朗読」 (ベニスの商人)

ぼんやりしているうちに、こんなCDが去年出ていたことを知る。
妻への稟議も省いて、大慌てて購入。
いやあ、こういう企画は本当に素晴らしい。
野口米次郎の詩朗読も良かったし、高浜虚子の俳句講話も感動的だった。

畏怖すべき芸達者の坪内逍遥は、今回発売分の収録時間は短め(2分弱)でちょっと欲求不満。
この際、全録音を聴きたいぞ!(まだあります)
しかし、役者だなあ。こういう大先生の講義を聴けた人々は幸せだったろうなあ。

そして、古関裕而のハモンド・オルガン伴奏付き、西條八十の詩朗読!
これは必聴の稀少音源ですぞ!
不滅の名曲、「王将」ですよ、「青い山脈」ですよ?!
(本当に好きな歌です!!)

ところが、あやかしの詩「トミノの地獄」や、山本タカト装丁の「女妖記」等々、多彩な姿を見せて頂いたお陰で、最近個人的にどんどん深みへと引き込まれてしまった八十センセ…。
ここでは何と「栄冠は君に輝く」「六甲おろし」の古関裕而センセの、ノスタルジックかつ威風堂々としたハモンド・オルガンを伴奏に、名状しがたき独特の世界を見せて下さいました。

このシリーズ、まだまだ続かないかなあ。
あ、最初の500枚プレス限定だったCDには入っていた佐藤春夫は今回も収録無しですね。
あの飾らない訥々とした語り口は何とも言えない味わいがあるのですが。

それと、今年は太宰治生誕百年なので、ラジオ音源とか出てきたら嬉しいなあと思います。

ちなみに既発音源については過去エントリ坪内逍遙の熱演に脱帽に記しております。
もしよろしければご参照下さい。
 

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Tuesday, December 20, 2005

「パリ・ロンドン放浪記」~ジョージ・オーウェル

この半月程の間で、じりじりと心身を消耗したようである。
原因は仕事以外にありようもない。またも厄介な「病気」が頭をもたげつつある現況に、手を焼いている。
家に帰っても、食事と入浴以外には一切何もする気にならない。他に何か挙げるなら、新しく届いたCDがあれば、一通り聴いてみる。それくらいのものだ。しかし、本当はその封を切ることさえも億劫である。
そんな状況下でこのblogも、随分と長い間放り出したままになってしまった。
レスピーギの自作自演も、フェインベルグの新譜も、既に手元へ届いているし、一通り聴き終えもした。
実に、素晴らしかった。
更に、他にも色々と感銘を受けたCDがあるのだけれど、それらの感想を文章へと置き換える作業が、どうしても出来なかったのです。

入眠の前に呟く言葉は決まっている。「ああ、しんど」か、「もうあかん」か、「はよ仕事やめよ」の、いずれか一つ。そうやって寝付いて、起きて…また2時間の道程を経て出社する。
それでも、自発的に仕事を辞めよう筈は無いのである。傘も、行く当ても持たないのに、豪雨の中へと飛び出すなんて真っ平御免なのである。

弱音と愚痴との湿り気は、冬の寒さの所為で一向に乾く気配がない。


連日、通勤時間の片手間に読んでいるのが、ジョージ・オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」(岩波文庫/小野寺 健 訳)。再読であるが、時を得たものか、滅法面白く感じられる。
文中一人称の筆者は、寄る辺なき身上という訳ではない。記述される貧乏生活も、やむなき仕儀というより、社会的経験を目当てに、進んで飛び込んでいった感がある。道楽とまではいかなくとも、どこか悠揚とした雰囲気が支配的なのも、その所為だろう。

貧乏譚が面白いとすれば、それは何故か。
そこに人間の智慧としぶとさが凝縮されているからだろう。特にこの作品には、「死ぬか生きるか」といった切迫感が希薄なので、食いつないで行くこと自体が、ゲーム的な感覚さえも伴っている。
海千山千の登場人物達の姿も、実に魅力的だ。ただ、彼らは筆者とは異なって、いつ行き倒れになるとも知れない境遇なのである。たまさか筆者によって書き留められ、永の寓居を得た彼らの、本当の死に様は知りようもない。


この作品を通じて、つまるところ私は、自分に何を納得させようとしているのか?
畢竟、食いつなぐ術があるというのは、兎にも角にもそれだけで有難い、ということに他ならない。
必要最低限以上の食事にありつけて、なお享楽的な目的に費やすだけの収入がある。
更に求めるものがあるのならば、相応の努力を払わねばならない。
結局私のフラストレーションも、紐解いて整理してみれば大したことはないではないか。

以上、今日一日、体調不良で欠勤して、医者に行って、半日を寝て過ごした「成果」である。

「パリ・ロンドン放浪記」、特に私と年齢的にも近くて、かつ毎日の仕事に倦んでいる方であれば、一読をお勧め致します。無いものばかりが気になって、どん詰まりに陥った時、大事な持ち物の方へと目を向けてくれる一冊です。

 
 

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Thursday, October 13, 2005

坪内逍遙の熱演に脱帽

◆よみがえる自作朗読の世界~北原白秋、与謝野晶子、堀口大學ほか~(日本コロムビア/COCP-33360)

「だがっき」と「おと」の庵のサンタパパ様から、トラックバックと文中リンクを頂戴したことで、初めてリリースを知り得てはや1ヶ月。
ようやっと購入した次第である。

このCDは、以前の拙blogのエントリー「落花の雪」─ふたたび、美しい日本語中で紹介した「晶子/朔太郎/春夫/白秋 他 自作朗読の世界」(日本コロムビア/COCF-15290)に、坪内逍遙の自訳朗読「ハムレット生死疑問独白の場」を追加して、仕様を改めたもの。
佐藤春夫の自作詩朗読と、北原白秋の短歌朗詠12首の計3トラックが新ヴァージョンでは省略されているので、どちらを持つべきかは悩ましい所だ。或いは、旧ヴァージョンCDを持つ人間の心証に配慮した措置なのだろうか。
とまれ、私の手元には両者共に揃う仕儀と相成った。

私個人の買い方としては、坪内逍遙ただ一人が目当てとなった恰好だが、これがすこぶるつきの熱演で、思わず聴き惚れてしまった。
ハムレットとオフェーリア、二人の掛け合いが逍遙一人によって演じられるのだが、兎にも角にも、実に巧いのである。
以前に僅かばかり聴き得たのは、丁度オフェーリアの声色の部分だったのだが、これがいけなかった。昔気質の文士が講談調に、お涙頂戴の愁嘆場を演じているかの如き印象を持ったものの、大変な誤解であった。聴き入りながらただただ不見識に恥じ入るばかり。

パフォーマンスとしての質を問うならば、逍遙の朗読は他の文人達とは別次元の高みにある。
抑揚、語気、間の取り方。
悉くが、完全に玄人のそれだ。更に玄人は玄人でも、限られた者しか持ち得ない風格を纏っている。
逍遙は安政年間の生まれだが、その語り口の鮮やかさにも驚く。現代演劇の礎は、既にここで完成されていると言って差し支えない。
種板の保存状態が余程良かったものか、息遣いをも具に伝える、生々しい音質が、驚きに一層の拍車をかける。

何よりも逍遙は声が良い。
正しく、語り、聴かせるための、深い、声である。
敢えて似た声質を挙げるなら、声優の大塚周夫に近い。
実にシブい声だ。

こうして文面を連ねながらも、繰り返し繰り返し聴いているのだが…つくづく、巧いなあ。
極めてマルチな文化人たる実像が偲ばれる、またと無いよすがと言えるだろう。
早稲田大学が演劇博物館を建て、偉業を顕彰したのも、さもありなん。

全く以て、恐れ入りました。
 
 

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Sunday, February 06, 2005

「落花の雪」─ふたたび、美しい日本語

落花の雪に踏迷う、片野の春の桜がり、
紅葉の錦衣て帰、嵐の山の秋の暮、
一夜を明す程だにも、旅寝となれば懶に、
恩愛の契り浅からぬ、我故郷の妻子をば、
行方も知ず思置、年久も住馴し、
九重の帝都をば、今を限と顧て、
思はぬ旅に出玉ふ、心ノ中ぞ哀なる。

(太平記第二巻『俊基朝臣再び関東下向の事』)


以前に「美しい日本語─『名訳詩集』」と題したエントリーをアップロード致しましたが、今回はその続編です。

「落花の雪」は「太平記」巻中で、囚われの身となった日野俊基が、京から鎌倉に護送される行程を描写した段です。
巧みな語彙と七五調とが相まって、古来より名文、名調子として愛誦されました。

わたくしの手元にある「晶子/朔太郎/春夫/白秋 他 自作朗読の世界」(日本コロムビア/COCF-15290)と云うCDには、土岐善麿(とき・ぜんまろ,1885/明治18年-1980/昭和55年,歌人、国文学者、批評家)が朗読する同段が収録されています。

実はこのCD、タイトルからもお察し頂けるかと存じますが、戦前に活躍した詩人、歌人、俳人たちによる自作朗読音源を収録したものなのです。
昭和12-13年に録音されたと言う全19トラックに名を連ねているのは、まさに錚々たる文人です。
参考までに登場順に列挙すると─与謝野晶子、萩原朔太郎、河井酔茗、室生犀星、川路柳虹、佐藤春夫、斎藤茂吉、釈迢空(折口信夫)、西條八十、堀口大学、高浜虚子、土岐善麿、北原白秋─。
なんだかクラクラしてきます。読書人必携、と言いたくなってしまいますが、在庫している店舗は思いの外少なく、収録内容には不相応なくらい知名度も低いのです。
殊に「音源交歓」的な機会へ携行すると、いつも非常に歓迎されます。

何方であれ、必ず1トラックは心惹かれるものが収録されているのではないでしょうか。個人的には北原白秋の自作朗読「邪宗門秘曲」が、たまらない音源です。
まだまだ現役盤扱いのようなので、ご関心の向きは是非にとお勧めする次第であります。

さて、話を「落花の雪」に戻しましょう。
実はわたくし、本編とは離れた形でこの段を知ったので、前後の経緯を殆ど把握出来ていませんでした。ただ、典型的な「日本語の名調子」として著名である旨から、心に留まっていたのです。

今更、と云う感じも致しますが、先頃思い立ち、文中の単語を拾って調べてみました。
「嵐の山」は京都の嵐山で、わたくしの生活圏とも程近く、非常に馴染み深い場所。では、「片野の春の桜がり」の「片野」とは何所なのでしょうか…?
実はこの「片野」、現在では字面が替わり、「かたの」と、同じ読み方のまま「交野」となっています。つまり、これは現在の大阪府交野市を指していたのです。
やはりわたくしの生活圏から程近い…、と申しますか、身辺の某私鉄でそのままアクセスできる地理ではありませんか。
独り、秘やかに驚いている次第なのです。

まだ寒い毎日が続くものの、先頃立春を過ぎ、春への秒読みが始まりました。
花の季節はもう暫く先になりますが、今年は機会を設けて交野の桜を見に行こうかな、などと考えています。
 
 

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Monday, October 11, 2004

隻眼のマッド・バロン

ロマン=ニコラウス・フョードロヴィッチ・フォン=ウンゲルン=シュテルンベルグ男爵(Baron Roman Nikolaus Feodorovitch von Ungern-Sternberg/1885-1921)という、帝政ロシア末期の軍人があります。
これが、混迷を極めたロシア革命史の中にあって、一際異彩を放つ怪人物なのです。
わたくしは、岩波文庫の「トゥバ紀行」(メンヒェン=ヘルフェン/田中克彦訳)によって、初めてウンゲルン男爵の存在を知りました。
本文と注釈中の決して多くはない記述を総合しても、現代史離れした無軌道な生き様が垣間見えて、関心は尽きません。

ウンゲルン男爵は1885年、エストニアに生まれました。自身が語るところによれば、その家系は12世紀にロシアに侵攻したドイツ騎士団に起源を持ち、さらに匈奴の血をも引いているということです。
ロシア革命の混乱期、男爵は当初シベリアで白軍の部隊を指揮していました。しかし、赤軍に追われたことでモンゴルのクーロン(庫倫/現ウランバートル)へと転進します。そこで男爵は、モンゴル在来の中国人を放逐して、反革命の拠点、ひいては自らの帝国を興すことを画策するのです。寄せ集めの部隊1000人(2000人とも)を率いた男爵は勝敗を繰り返しながら、遂にはクーロン攻略に成功しました。モンゴル人は当初、長く続いた中国人支配からの解放者として、男爵を大歓迎したといいます。
しかし男爵の統治は残虐極まりないもので、程なく完全に人心を失うことに。やがて侵攻してきた赤軍との戦いに度重ねて敗れ、1921年、護送先のノヴォシビルスクで銃殺されました。

日本語で男爵の名を目にする機会というのは、専らモンゴル史に関する文献が中心です。「隻眼のマッド・バロン」という異名で呼ばれていたとか、その部隊には100人にものぼる日本人が参加しており、「日の丸大隊」と称していた─など、断片的な情報は見出せても、まとまった伝記に逢着することはありません。
海外サイトで発見した肖像は、エピソードに違わぬ悪相ぶりを呈しています。何やら風格すら漂わせているではありませんか。

ungern.jpg

なお、モンゴルにおける男爵の活動と人となりを諸外国に知らしめたのが、ポーランド出身の探検家、フェルディナンド・オッセンドフスキ(またはオッセンドウスキ/1876-1944/Ferdinand Ossendowski)です。
彼はロシア革命からの亡命の途上、ウンゲルン男爵の知遇を得て、一時期をその帷幕で過ごしています。
オッセンドフスキの記述によると、男爵はオカルトにのめりこんだ半狂人で、殺した人間の生き血を飲んだりしていたとか。西欧では未だにこのイメージが定着しているようで、ルーマニアの「串刺し公」ヴラド・ツェペシュや、ハンガリーの「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリーと並んで、実在人鬼の系譜に加えられることも少なくありません。
しかし、「トゥバ紀行」のメンヒェン・ヘルフェンは同著の中で、それら全てが虚構であることを喝破しています。そもそもオッセンドフスキ自身が、地底王国の存在をレポートするなど、胡散臭さ溢れる人物なのですが…。
ともあれ、ウンゲルン男爵が常軌を逸した残虐性の持ち主であったことは確かなようです。


さて、ウンゲルン男爵、ごく最近になって知ったのですが、フランスのアニメーション映画に登場しているらしいのです。

その作品はコルト マルテーズ(Corto Maltese)
ユーゴ・プラット(Hugo Pratt/1927-1995)原作の大ヒットコミック(フランスではバンド・デシネ-Bande Dessineeと呼ぶ)のアニメーション化で、今年の前半に日本でも配給されたとのこと。寡聞にして知りませんでした。
詳しくは前掲サイトをご覧頂きたいのですが、とにかくこの作品、一度観たくてたまらない! 
舞台設定、登場人物、キャラクターの造形、見れば見る程、個人的なツボを押さえ切った雰囲気を漂わせているのですよ~o(>_<)o

DVDが国内発売されているとのことなので、購入を真剣に検討しているところです。

スタッフに目を移して気付いたのですが、マリー・トランティニャンが声優として出演しているのですね。
この人の最期は、本当に気の毒なものでした。
胸が痛みます。


続編記事>>コルト マルテーズ(Corto Maltese)
 
 

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Thursday, September 16, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その2)

前回に引き続き、ホアン・ブレーバ(1844-1918)の第2回目記事、今回は残されたレコードについてです。

ブレーバの復刻には、まずフランスのMANDARAレーベルがCD1枚を割きました。しかしながら、これは同一音源の重複やドン・アントニオ・チャコン(1869-1929)の古い録音を混同した粗雑な代物。通して聴いて甚だ落胆した記憶は、わたくしの中で未だに生々しいものです。
その後、ブレーバの全録音は、スペインのPRODUCCIONES arによる「カテドラ・デル・カンテ」(CATEDRA DEL CANTE)というシリーズ中に復刻されました。これは正真正銘、残された10面のレコードに基づくものです。
ただ、この復刻についても泣き所があります。シリーズ全体を通して言えることなのですが、トランスファーが雑なのか、ノイズが多く残留している割にカサカサとした音質で非常に聴きづらく、歌い手の存在感がかなり削がれているのです。
それでも目下の所、ブレーバの全音源を収めた復刻盤は他に存在しないので、存在価値は非常に高いと言えるでしょう。

実は、ブレーバの録音を聴くにあたって、全てを差し措いてお勧めしたい復刻があります。
日本国内のEsutudio Cascorroから発売されている、グラン・クロニカ・デル・カンテ(Gran Cronica del Cante)というシリーズに収録されたものが、それです。ここでブレーバの録音は、第2集と第4集に、各2トラックずつ聴くことができます。
詳細情報と購入方法についてはアクースティカ該当ページをご覧下さい。
このシリーズは、全トラックに歌詞と対訳、そしてきわめて浩瀚で含蓄のある解説が付されている点で比類がありません。そして何よりも、聴く者を歌い手の芸境へと導く大きな力が、解説文中には満ち溢れています。

ブレーバのレコードでは、カンテ(歌)・フラメンコには比較的珍しい演奏スタイルが聴かれます。ここで伴奏を担っているのは、伝説的なフラメンコ・ギター奏者ラモン・モントージャ(Ramón Montoya/1879/1880-1949)なのですが、その傍らではブレーバ自身もギターを奏でているのです。
歌のみならずギターも巧みだったというブレーバ、その音色を録音からつぶさに聴き取ることは難しいのですが、1860年代生まれの奏者を聴くことさえ難しいフラメンコ・ギターの録音史にあっては、大変貴重な記録と言えそうです。
達人モントージャもここでは比較的シンプルなスタイルを取っていて、ほとんどコード弾きに近いブレーバのギターとの間に、素朴な調和を現出しています。
ただ、ここで言う「素朴」とは、あくまでも演奏上の効果、という程度の意味であるとお考えになって下さい。

むしろわたくしはブレーバのレコードを聴いていると、常に宿命に煽られ続けているかのような、人を安住させない何かが感じられてなりません。ローカルな舞曲の俤を残した古いマラゲーニャ、ベルディアーレスのみならず、ソレアーの中にも、全ての録音に於いて同様のものを…。

ロルカが"voz de niña"と形容した歌声は、確かに男性歌手の中にあって高い声域に属するものです。そこからは澄み渡った叙情が絶えることなく溢れているのですが、決して甘美さに終始する性質のものではありません。
それはまるで、尽きない水を思わせる歌、小さな泉などではなく、もっと遠く深い処から届く水音。

歌声に誘われて巡る想念が、再びロルカの言葉に戻ったとき、わたくしは総身が震えるような感動を覚えます。

嘆き、レモン、涙、海の塩─
─光なき海、しぼられたオレンジ…。

 
 

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Wednesday, September 15, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その1)

Juan Breva tenía
ホアン・ブレーバは持っていた
cuerpo de gigante
巨人の体と
y voz de niña.
少女の声と。
Nada como su trino.
たとえようのない、そのさえずり。
Era la misma
それはまさしく、
pena cantando
笑顔のうしろでうたっている
detrás de una sonrisa.
嘆きそのもの。
Evoca los limonares
ねむれる女、マラガの街の、
de Málaga la dormida,
レモンの木々を思わせる、
y hay en su llanto dejos
その涙にあるものは
de sal marina.
海の塩の後味だ。
Como Homero cantó
あのホメロスのように、
ciego. Su voz tenía,
盲目となって、うたった。
algo de mar sin luz
その声は、光なき海、
y naranja exprimida.
しぼられたオレンジのようだった。


<フェデリコ・ガルシア=ロルカ 『カンテ・ホンドの詩』より『ホアン・ブレーバ』>


スペインはグラナダに生まれた詩人、フェデリコ・ガルシア=ロルカ(1898-1936)。
フラメンコに想を得た詩編「カンテ・ホンドの詩」(Poema del cante jondo/1921)は、その創作の前期を代表する作品です。ショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」では、「深き淵より」と「マラゲーニャ」の2篇がテキストとして用いられています。
上掲の詩は作中からの一篇、マラガ出身のカンタオール(フラメンコ歌手)、ホアン・ブレーバ(Juan Breva/1844-1918)に寄せられたものです。

この詩編の中には、シルベリオ・フランコネッティ、ドローレス・"ラ・パラーラ"、アントニア・"ラ・ローラ"、そして、ホアン・ブレーバといった、実在したカンタオール/カンタオーラ(女性のフラメンコ歌手を表す語)の名が登場します。いずれも19世紀に活躍した名人ばかり、詩が生まれた時には既に、その歌の俤は古老の昔語りの中へと収められつつありました。
しかしロルカは、貝殻の奥底に眠る海、その響きを聴くかのようにして、彼らの歌を、姿を甦らせたのです。

わたくしの手許には長谷川四郎による名訳、「ロルカ詩集」(みすず書房)がありますが、「カンテ・ホンドの詩」からの抜粋中、上述の人々を描いた作品は残念ながら一篇も収録されていません。
冒頭に掲げた対訳は、恥ずかしながら、この機会の為にわたくしが手掛けたものです。
拙い作品を皆様のお目にかけることも、原詩の魅力に少しでも近付きたい一心からのこと、どうぞ御斟酌下さいませ…。


数ある中からホアン・ブレーバを殊更に取り上げたのは、同作品中にあって恐らく唯一、レコードを遺している人物だからです。
ブレーバは、1910年に5枚10面のレコードを吹き込みました。フラメンコという音楽ジャンル全体を見渡しても、ブレーバは商業録音を行った最年長者に属するものと思われます。

また、同時代のカンタオールの中にあって、ブレーバはその人気と名声で突出した存在でした。
高い技量を持ちながらも、大衆的な人気に背を向けて自らの道を貫いた人が多く存在する一方で、ブレーバの音楽活動は、より外へ外へとの志向と共にあったようです。
1890年代、豊かな財力と人脈を駆使して、名だたる音楽家や名士のレコードを、当時としては奇跡的な高音質で製作したジャンニ・ベッティーニ。そのカタログの中には、アデリーナ・パッティ、リーナ・カヴァリエリ、ジャン・ド・レシュケといった、オペラ史に燦然と輝く大スターと共に、ホアン・ブレーバの録音が記載されています。
ただ、肝心のレコード(正確には蝋管)そのものは、他の貴重な音源共々、戦災で焼失してしまったようですが…。

そして何よりも、ひとたびならずスペイン王室の御前で歌った、という事実が、当時ブレーバの名声が如何に高いものであったか、ということを端的に示していると言えるでしょう。


さて、今回は当ウェブログを立ち上げて以来初めての、フラメンコ関連の記事となりました。
その嚆矢としてホアン・ブレーバを取り上げたのですが、我がことながら驚く程に思いの丈が横溢していることを実感した次第です。
文面の長さを1回分相応で止めるためにも、レコードの感想は次回記事へと繰り延べることに致します。
どうぞ、よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
 
 

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