わたくしがクラシック音楽の魅力に開眼したきっかけは、幼時に聴いた一枚のレコードでした。亡父が所有していた中の一枚、ヤッシャ・ハイフェッツが演奏するサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」が、それです。これは圧倒的な名演で、その後レビンやパールマンの録音も聴きましたが、ハイフェッツの印象を上回る演奏には未だ出逢っていません。
やがて小学校も高学年になると、大分と漢字も読めるようになったものですから、LP盤記載の解説文にも関心を向けるようになりました。当然の如く「ツィゴイネルワイゼン」についても、多大な関心を抱きながら楽曲解説を読んだ次第。そこで目に留まったのが、次のような記述、
「…サラサーテ自身も優れたヴァイオリニストでした。ビクターの古いカタログには、サラサーテが録音した『ツィゴイネルワイゼン』のレコードが掲載されて…」
云々、といった内容です。
子供心にこの事実は大きな衝撃を与えました。そして、「作曲した本人が演奏した録音が残っているなら、それが一番いい演奏に違いない」という結論に到達するまで、さほど時間はかかりませんでした。
程無く中学校に上がり、わたくしも漸く月々の小遣いというものを貰うようになります。父親のレコード頼みだったクラシック音楽への関心を、自らのものとする機会の到来というわけです。出だしは情報も少なく、可愛らしくも(?)「とりあえずカラヤン」という買い方をしていたのですが、通学路の書店で面陳してあった一冊の書物が、わたくしを一息に魔の道へと引き込んだのです。
その「運命の一冊」こそ、音楽之友社刊の「クラシックCDカタログ」でした。実に1000ページ以上にも及ぶこのカタログは、「レコード芸術」掲載の盤評を基に編集されており、盤評要約と「特選盤・推薦盤」、更に音質採点までが1枚1枚に附記されているのです。
その後、レコード各社からの抗議(よくよく考えてみれば、カタログに盤評が載っているというのは不公平に思われますよね)でも受けたのか、1990年代前半にはこのカタログの刊行もストップしてしまいました。
ともあれ、このカタログは未だに重宝しています。今や大半が廃盤ですが、データブックとしての参照性の高さは抜きん出たものです。
昨今のネットオークションで高嶺の花となっている、ムラヴィンスキー指揮のショスタコーヴィチ/交響曲第8番(1982年ライヴ/PHILIPS)などを目にすると、さすがに当時の不見識を呪いたくもなりますが(^^;
話を本題に戻しましょう。
そのカタログ巻末の演奏家別索引(50音順)で、わたくしが真っ先に調べ上げたのは、思い付く限りの作曲家名でした。当時でもさすがにモーツァルトやベートーヴェン自身の録音が残されているとは思わなかったので、少なくとも20世紀まで存命していた人が対象です。
残念ながらサラサーテの自作自演はCDになっていなかったものの、リヒャルト・シュトラウスが見つかりました。シベリウスも、ストラヴィンスキーもありました。当時、器楽演奏には殆ど関心が無かった(サラサーテは例外)ので、リストアップするのは指揮による自作自演が中心です。
その結果、まず目星を付けたのが、ラヴェル指揮/ラムルー管弦楽団による「ボレロ」と、プロコフィエフ指揮/モスクワ交響楽団による「ロメオとジュリエット」第2組曲とがカップリングされたCD(PHILIPS)。
近辺で在庫している店舗が無いので、品番メモを携えて駅前のCD店へ発注に行きました。1週間ほど経って、遂に現物が入荷、ラヴェル自身が指揮する「ボレロ」、期待が高まります!
しかしながら、聴き慣れぬ戦前SPの復刻に接した結果は、火を見るよりも明らかです。
「なんやこれ…」以外の感想が出る筈もなく、戦前映画のサウンドトラックのような音質を前に、ただ呆然とするほかありませんでした。
ラヴェルの指揮ぶりが、これまた実に無愛想で、あの小気味良いスネア・ドラムなど、殆ど聴き取ることが出来ません。この演奏の真価に気付いたのは、ずっと後になってからの事です。
しかし、そこで懲りていれば良かったものを、ラヴェルの自作自演を以て、古い録音に対する免疫を身に付けてしまったのです。カタログの中にめぼしい自作自演を見出しては、発注する、という事を繰り返す日々が続きました。
そんなわたくしに、更なる転機が到来します。
この時も父親が一緒だったと思うのですが、まだ河原町通の大黒町にあった頃の、十字屋の三条店を訪れたのです。2階のクラシック専門フロアに上がると、見たこともないようなCDがずらりと並んでいるではありませんか。
これぞまさしく、「輸入盤」なる概念との邂逅でした。しかも、そこで真っ先に目にしたタイトルが、実にマズかった。国内では発売されておらず、その存在すら知らなかった、ホルスト指揮の「惑星」を復刻したCDが、それです。
これを機にわたくしは、「輸入盤ならもっと凄い音源が手に入る」という事実を知ってしまったのです。
魔の道は、更に奥へ奥へと続きます…。
手探りを続けているうちに、録音を遺している作曲家と、そうでない作曲家との年代的な区分が朧気ながら判り始めてきました。関心の方向性が定まると、それに見合った情報が自然と集まるものです。
わたくしに大きな指針を与えたのは、レオンカヴァルロ自身のピアノ伴奏が目当てで購入した、エンリコ・カルーソーの最初期録音集でした。
EMIのGRシリーズから発売されていたそのCDの解説書には、カルーソーが1902年に初録音を行った際の経緯が詳細に述べられていました。わけても目を惹いたのは、
「録音当時、蓄音機はまだ『音の出るオモチャ』程度の認識に止まっていた。1902年に録音された、カルーソーによる10面の録音が大ヒットしたことで、レコードは漸く音楽の鑑賞媒体としての地位を確立したのである…」
といった旨の記述です。わたくしの中に「1902年」という年号が、録音の有無を左右する重大な分岐点として深く刻印されました。
知識は更に細分化されてゆきます。
父がマーラーを殊の外愛好していた事から、わたくし自身の関心もまた、比較的早い時機にこの作曲家へと向けられることとなりました。
新潮文庫刊の「カラー版作曲家の生涯/マーラー」を買ってきて、本がクタクタになるまで読み返したのも、今となっては懐かしい思い出です。
このシリーズは単に作曲家の伝記のみに止まらず、当時の音楽界に於ける群像をも描き出した、非常に優れたものでした。豊富な図版に見入りつつ、わたくしはマーラーの波乱に満ちた生涯に惹き付けられていったのです。
不思議な事に、わたくしの関心の対象となったのは、マーラーの作品そのものではなく、指揮者としてのマーラーの姿でした。ビューローやブラームスを感歎させたというその演奏は、一体如何なるものだったのか。
マーラーが指揮した録音の有無に対する、新たな探求が始まりました。手始めに、先述のCDカタログの中から、手当たり次第に古い管弦楽の録音を探したものの、どれだけ遡ってもせいぜい1920年代止まりです。マーラーが没したのは1911年、これでは録音どころではありません。
そんなわたくしが探り当てた(…てしまった?)CDが、ベルリン・フィル第2代常任指揮者、偉大なるアルトゥール・ニキシュ(1855-1922)が1913年に録音した、ベートーヴェンの「運命」だったのです。1913年という録音年は、他の様々な歴史的録音に比べると抜きんでて古く、兎にも角にも買って聴いてみよう、という結論に至りました。
初めてこの録音を聴いた時の衝撃と言ったら、ラヴェルの自作自演など比較になりません。埃まみれさながらの頼り無い音質に、ただ愕然とするほかありませんでした。
なぜこの録音はこんなに音質が悪いのか、いくら古いとは言っても、1926年録音のホルストの「惑星」は、もっと聴ける音質だった(この録音を既に『聴ける音質』と位置付けている中学生なんて…)じゃないか。
その疑問に対する答えは、故・岡俊雄氏による解説文中にありました。すなわち、レコード録音史は1925年のマイクロフォン実用化以前と、以後とで大きく分かれる、ということ、そして、マイクロフォンの実用化以前には、アクースティック録音(機械録音)という、メガホンと振動板を用いた原始的なカラクリでレコード録音が行われていたということ。更にショッキングだったのは、このニキシュによる1913年の録音こそが、有名指揮者とオーケストラによる初の本格的なレコードであった、という事実です。これでは、マーラーの録音など遺されていよう筈もありません。
1902年に続いて、1913年という年号が深く深く記銘されました。
メープルソン・シリンダーに録音された、フェリックス・モットル(1856-1911)のライヴ(1904年)や、フランスのパテ社が縦振動レコードに録音した、エドゥアール・コロンヌ(1838-1910)の演奏(1906年)の存在を知ったのは、青春の花も嵐も踏み越えた、その更に後の事でございます。
ともあれ、ヴァイオリニストとしてワーグナーやリストの指揮を経験し、指揮者となってからはブルックナーやブラームス、チャイコフスキーから絶大な信頼を寄せられたというニキシュ、その録音に接した事 は、わたくしにとって大きな転機となりました。わたくしがクラシック音楽を聴く上で、未だに大きな指標となっている、「作曲家が認めた演奏家の録音」への探求が、ここに始まるのです。
その後の長い期間、わたくしは楽曲を選ぶよりも先に、可能な限り古い世代に属する演奏家の録音を買い求めるようになりました。
さあ、今回のタイトルに掲げた「ムチャクチャな盤遍歴」を一挙公開です。
生まれて初めて「全曲」に接した録音が、いわゆる「歴史的録音」だった有名楽曲を思い付くままにリストアップ致しました。嘘偽り、事実改変等は一切ございません。
( )内は録音年を表しています。
◎J.S.バッハ
「トッカータとフーガ」ニ短調 ─ アルベルト・シュヴァイツァー(1936)
◎モーツァルト
交響曲第40番/同41番 ─ リヒャルト・シュトラウス指揮/ベルリン国立歌劇場o(1928/1926)
◎ベートーヴェン
交響曲第3番「英雄」 ─ フェリックス・ワインガルトナー指揮/ウィーンpo(1936)
交響曲第5番「運命」 ─ アルトゥール・ニキシュ指揮/ベルリンpo(1913)
交響曲第6番「田園」 ─ フランツ・シャルク指揮/ウィーンpo(1928)
ピアノ・ソナタ第14番「月光」 ─ イグナツ=ヤン・パデレフスキ(1937)
◎ウェーバー
歌劇「魔弾の射手」/「オベロン」序曲 ─ ニキシュ指揮/ロンドンso(1914)
◎シューベルト
交響曲第8番「未完成」 ─ ブルーノ・ワルター指揮/ウィーンpo(1936)
交響曲第9番「グレイト」 ─ レオ・ブレッヒ指揮/ベルリン国立歌劇場o(1928)
◎ショパン
ピアノ・ソナタ第2番「葬送」 ─ セルゲイ・ラフマニノフ(1930)
夜想曲第2番 op9-2 ─ ヴラディミル・ド=パッハマン(1915)
前奏曲第15番「雨だれ」 ─ ド=パッハマン(1923)
ポロネーズ第6番「英雄」 ─ パデレフスキ(1937)
練習曲第3番「別れの曲」 ─ パデレフスキ(1928)
◎シューマン
交響曲第2番/第4番 ─ ハンス・プフィッツナー指揮/ベルリン国立歌劇場o
謝肉祭 ─ レオポルド・ゴドフスキ(1929)
◎リスト
「パガニーニによる大練習曲」第3曲「ラ・カンパネッラ」─ パデレフスキ(1912)
◎ブラームス
交響曲第1番-第4番 ─ ワインガルトナー指揮/ロンドンso/ロンドンpo(1938,1940)
◎サン=サーンス
交響詩「死の舞踏」 ─ オスカー・フリート指揮/ベルリンpo(1928)
◎チャイコフスキー
交響曲第6番「悲愴」 ─ メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウo
◎マーラー
交響曲第2番「復活」 ─ フリート指揮/ベルリン国立歌劇場oほか(1924)
◎リヒャルト・シュトラウス
交響詩「英雄の生涯」/「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
─ リヒャルト・シュトラウス指揮/ベルリン国立歌劇場o/バイエルン国立o(1926,1940)
◎ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第3番
─ ラフマニノフ(ピアノ)/オーマンディ指揮/フィラデルフィアo(1941)
◎ラヴェル
ボレロ ─ モーリス・ラヴェル指揮/コンセール・ラムルーo(1930?)
◎プロコフィエフ
「ロメオとジュリエット」第2組曲
─ セルゲイ・プロコフィエフ指揮/モスクワso(1938)
反抗期の真っ直中、一頃確かに意地になっていたと思います。
今でこそナクソス・ヒストリカルで1000円も出せば手に入る音源も少なくありませんが、当時はPearlやKoch、Preiserのような歴史的録音専門のレーベルを片っ端から当たって、苦労の末にこうした音源を聴いていたものです。
輸入盤ばかり買っていた割に、英語の成績はさっぱりでした…(^^;
それにしてもこのラインナップ、さながらクラシック音楽の「大正野郎」ここにあり、といった感じですね。
所有している音源が古い録音ばかりと言うことで、ちょうど多感な時期だった事から、それなりに苦い経験もありました。
特にショパンとリストはなあ…女の子から「貸して」って頼まれたことが、何度もあるんですよ…。
勿論お貸ししましたよ、ド=パッハマンも、パデレフスキも!
結果はまあ、ご想像にお任せ致します…(*ノ-;*)
紆余曲折を重ねた盤遍歴も、現在ではそれなりに落ち着く処へ落ち着いております。
様々なご依頼にも、ちゃんとお応え出来る…筈です。
…ちょっとあやしいかな。
ちなみに、全ての出発点となったサラサーテの自作自演「ツィゴイネルワイゼン」は、その後英OPALからの復刻盤にて聴く事が叶いました。
現在は
"The Great Violinists-Recordings from 1900-1913"(TESTAMENT SBT2.1323)
に、より聴きやすい音質で復刻されています。
サラサーテとヨアヒムは残された全ての録音を収録、その他にもバルツェヴィチやグリゴローヴィツと言った珍しいヴァイオリニストの音源を聴く事が出来ます。
このCDは以前の記事、フランツ・フォン・ヴェチェイ(ヴェッチー)でもご紹介致しました。
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