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Monday, August 25, 2014

「銀璧亭」10周年

 2004年の8月25日にこのココログ「銀璧亭」を始めてから、本日をもちまして10周年と相成ります。
 
 十年一昔と申しますが、確かにあまりにも多くのことが変わりました。
 
 久々に力を込めた記事を掲載したいところですが、見合うネタが咄嗟には思い付かないのと現状では記事をまとめる気力が続かないのとで、このまま静かに里程標を据えるにとどめようと思います。

 巷間、mixiやTwitter、Facebookと自己発信のツールが変遷していく中で、nifty「ココログ」はよくぞ旧状との大差もなく維持されているものだと敬服致します。
 そして10年の歳月の間、このココログ「銀璧亭」を通じての様々な御高誼に衷心より感謝申し上げたいと思います。

 本当にありがとうございます。

 開店休業状態が長く続いておりますが、更新の意欲まで尽きてはおりません。
 興が高じた折節に記事掲載を継続していく所存です。
 今後とも宜しくお願い致します。

 感謝とともに Tando

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Saturday, December 29, 2012

2012年NHK大河ドラマ「平清盛」-全話見終えて

 NHK大河ドラマ「平清盛」、最終話の視聴率は9.5%だったそうです。放送を終えての平均視聴率は12%歴代最下位、これは大惨敗だと言わざるを得ません。
 私は年初の記事でこの作品を非常に大きな期待を抱きながら当ブログで大絶賛しました。
 そして全話の視聴を終えた今、その時の感情は完全に冷え切り縮み硬直してしまいました。
 私は「ゴールまで好意的視聴者としての節義は通したい」という気持ちで、作話や考証、表現、演出等々、マイナスの面に対しても随分頑張って堪え呑み込んだつもりです。それだけに非常に残念な結果に甚だ落胆しています。
 
 初回から序盤は本当に良かったと、録画を見返しながらも未だに考えているんですよ、私は。
 良くない兆しは早くも海賊討伐のあたりからあったのですが、それでも保元・平治の乱までは許容範囲だと思っています。ただ、鳥羽院、美福門院、そして崇徳上皇や悪左府といったキーパーソンが繰り広げた高度に知的で陰惨な暗闘は、もっともっとえげつなく描かれるべきでした。キャスティングはそれを成しうる起用ばかりだっただけに尚更口惜しいことです。「保元物語」に詳述された悪左府が凄惨に朽ち果ててゆく姿や、よく知られる崇徳帝の怨霊伝説など、みんな綺麗事に陥った描写で肩透かしそのものです。
 「映像が汚い」と言われた割には人間の本質的な汚さ、生々しさは放送回を追う毎に疎かなものとなっていったのではないでしょうか。

 「壇ノ浦まで描く」という当初の触れ込みは結果的に最悪の形で裏切られてしまったので、中盤から終盤まではあたら字数を連ねるまでもありません。
 ホンマ、海賊出さなかったらもっと掘り下げられたんとちゃいますか?
 「平清盛」は、総じて言えばペース配分を誤り、竜頭蛇尾に終わった作品だと私は考えます。
 また、世に広く知られたこの時代の逸話、―「日本国の大魔縁」や「俊寛足摺」「清盛の医者は裸で脈をとり」等々―は視聴者が期待している場面なんですから、力を入れて描かれるべきでした。これをやらなかったことが大惨敗の重要な一因となった筈です。制作陣による薄っぺらな新挿話なんてフィルアップ程度の扱いで相応なのです。

 それでも、最後まで頑張ったキャスト各位の努力には心からの賛意を贈りたいと思います。
 松山ケンイチさん、あなたは最後までホンマによう頑張らはった、偉い!!

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Sunday, January 22, 2012

名作、絶品、NHK大河ドラマ「平清盛」

タイトルが大仰に過ぎるかも知れませんが、平成二十四(2012)年・NHK大河ドラマ「平清盛」は、現時点でこれぐらい強く賞賛・称揚しておくべきだと個人的に思いました。

何が何でもこの作品を批難して、引きずり降ろさねば気が済まぬ人々には、これまた各自の好悪や利害があるのだと思います。別にそういう方々と自己主張を闘わせるつもりはありません。敵意も害意もありません。
しかし、私が危ぶむのは、時間即応的に流布する、悪印象をもたらす逐次報道が、この作品と「観たほうがよい人」とを遠ざけ、最終的に制作現場自体を揺さぶってしまうことにあります。

個人的なことを申します。

この作品は絶品です。
今、既にして傑作、大傑作です。

コンセプトをハッキリと決め、それに対して凝らし尽くせる限りの趣向が丹念に施されています。

これは、まさにマルチメディア作品としての素晴らしい「工芸品」或いは「芸術」です。

感覚を研ぎ澄まして視聴すれば、その注力分だけ、見返りがある作品です。

私は、主だった配役が明かされるに連れて、制作の意気込みが只事では無いと思いました。

これはもう、全編保存だと思いました。

そうして長尺を採った第1話を、じっくり視聴したのですが…。

鑑賞するために、映画1本分の心的・精神的エネルギーが要りました。
私はこの作品を、毎週放送ペースに合わせて視聴する自信がありません。
録画しておいて、自分の時宜を合わせて観るのが最適だと思いました。

また個人的なことを申します。
我が家の家系図なんてものは、市街地の95%を焼尽・消尽せしめた鹿児島空襲(鹿児島は米軍の爆弾捨場だったのです)でとうに失せました。
しかし、我が氏姓名乗りと地縁と家伝・口碑と過去帳が、「尊卑分脈/諸家大系図」の世界へと、かなり具体的な形で繋いでくれます。
私の中で「源平藤橘」のうち「源平藤」までは確実に混成しています。かと言って我が家が如何程の家門であるかと訊かれれば、実にみすぼらしい評価を受けることでしょう。「微禄小身」と世に言いますが、幕藩期以降は「微禄」さえも怪しいです。でも、私はそれで構いません。兎にも角にも、この国の長く深い歴史と、自分のアイデンティティとを繋ぎ、苦しい時悲しい時に、自己を励まし善導してくれるからであります。

そういう精神土壌を持つ者が、この「平清盛」第1回を視聴しました。

冒頭、3分でもう涙が出てきました。
「男が易々と泣くな」と亡父が私を育てたので、そうそう涙もろい方では無いと思うのですが…。
そして、尺中、何度も感極まって落涙致しました。

この作品は、男泣かせであります。
些事をあげつらうと、コンセプトそのものに対する評価を誤ってしまう、そういう作品だと私は思います。

そして、たかだか100年や200年で定義されてしまった「身分の貴賎」というスケールでは捉え切れない世界の話です。
私の、或いは、貴方様の、100親等や300親等に当たる人が、この作品には必ず「等身大」で登場している筈です。作中において、予想外に高い身分に在るかも知れないし、或いは、血と糞が滲む土の上に死に物狂いでしがみついているかも知れません。

気の塞ぐような世情にあって、元気を無くしている貴方様、私も同じであります。
この作品には、恐らく、何処かに貴方様の「ご先祖様」、そうでなくとも、その方の伯父さんとか従兄弟とかは登場している可能性があります。その人が作中でカッコ良くても悪くても、いいじゃありませんか。その人達と連なる人たちが頑張り続けたから、今の我々は今生、存在するのです。

「平清盛」を観て、人間としての誇りと自信を取り戻しましょう。

コメント欄は有効にしておきますが、土足で喧嘩を売りに来るような方は願い下げです。「貴方の主張」を発表する場は、このブログが見えている以上、極めて容易に獲得できる筈です。そちらでなさって下さい。間借りに来ないで下さい。尻馬にも乗らないで下さい。
また、私自身、意見の異なる方を貶し、己が主張の相対価値を高めようとする企ても、今後に渡って一切持ちません。
久々に、苦手とする「トラックバック」も有効にしますが、制作現場とコンセプトを少しでも応援出来れば、という一心に拠る行動です。作品を褒める為だけに利用して下さい。文面引用とリンクも同様です。作品を貶したり、或いは誉めそやす体裁で良からぬ利得を企てようとする方は、一切関わらないで下さい。
スパム等は、通報できる限りの処に通報致します。

どうぞよろしく。

素晴らしいNHK大河ドラマ「平清盛」の公式サイト。
NHK大河ドラマ「平清盛」

本日、第3話放映日ですが……、録画しますけど、まだ観ません^^;
じっくり腰据えて、丁寧に観たいので。

でも、私的に並々ならぬ思い入れ有る、源三位入道の初登場だけは、リアルタイムで間に合いたいなー。
どうも、この配役には凄まじいサプライズが秘されている予感がするんですよ。
確か、配役発表、まだですよね。
昭和47(1972)年の、あの名作大河ドラマ「新・平家物語」から、ダイレクトにとてつもない御方が配役されそうな予感さえします。
この文脈が当たっていれば……、もう「あの方」か「あの方」でしょうね(笑)

源三位入道、源三位頼政、源頼政。

公卿の時代から武家の時代、平家の時代から源氏の時代へ、それを象徴する巨大なキーパーソンですから。

まあ、この予感は勿論、外れてもいいんです(笑)

しかしまあ、「義経」で、亡き丹波哲郎氏が演じられた源頼政、カッコ良かったなあー。
あれはもう、私の中で永久不滅の絵姿ですわ。

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Wednesday, January 11, 2012

伏龍興起,鳳雛羽化.壬辰一月.

今年は何か、陽を向くように世が革まる起点であるように感じられるのです。

以前のように、己が心魂を甚大に傾注した更新に復することはもうあるまいと思いますが、このブログ「銀璧亭」を再び脈動させようと思います。

何か特定の宗教や思想に発心したというわけではありませんからね^^;

しかし、幼き時から年々歳々敬慕の念、弥増しに増す、聖ジャンヌ・ダルクの生誕600年を心よりお祝い致します。

Sainte Jeanne d'Arc, priez pour nous.

そして、「心のともしび」運動のマクドネル神父さまの温かい御心に深く感謝致します。
あなたの御手の温もりは、終生忘れません。

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Dear the Rev. Fr. Graham McDonnell

Thank you very much for you gave me the other day,
For My Fater in Heaven ,,,,and For Us.

The best of health to you.

With our best regards.

Tando
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「600年」という期間は、東洋的な価値感覚の中では特別な意義を成します。
十二支と十干の組み合わせ「六十干支」の10周目にあたります。
或いは、これは天体の摂理由来なので、生命あるものにとって特別な事象と捉えるべきなのかも知れません。
そうした大きな流れの中で、人類史上の殊に大いなる救世者、聖ジャンヌ・ダルクとの結び付きを考えると、少なくとも、惨禍の極みにあった昨年からの心機一転を期する、積極的な心持ちになれるように思われませんか?

皆様と、そして我々の、大いなる幸福の開基を衷心より祈ります。

ついで、私事。
久々なので改めて申しますが、かく「銀璧亭」、『ヘキ』は『玉』の『璧』で、『完璧』の『ヘキ』なのでございます。
文字が変換されない場合は「完璧」と打つと、たいていの文字入力ソフトでも対応します。
私自身、今の文字入力ソフトに変える前、―このブログの初期―には、「璧」の変換が余りにも面倒なので、「完璧」から拾い上げて辞書登録して用を為していました^^ゞ

この旨についても申し述べているも(常時右ラインからリンク表示)、ついでにaboutもご高覧賜りましたら幸甚です。
……ここだけは、かつての雰囲気を変えないままにしている部屋です。

そして、バナーを作って下さった「紅子サマ」(※当時)、近年消息をしていません。
申し訳ありません。
お元気ですか?
貴作のバナーは、このブログが存続する限り、「篇額」として掲げ続けさせて頂きます!

それでは、本日はこれにて。
タイトルは、干支と繋げて、とにかく何が何でも「大きなめでたい」意図を込めました(^^)

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Sunday, August 16, 2009

5周年と8万HIT御礼

長らく更新をご無沙汰して申し訳ありませんでした。
実はこの夏、ココログのログイン用アカウントが変わった際にゴタゴタしまして、しばらく自分のアカウントが不明になってしまいました。更にその後、2001年来使用してきたPCが壊れ、そのリカバリにも手間取っていました。
そうこうしているうちに、当ブログ「銀璧亭」は8万HITを達成、また、来る25日で開設以来5周年を迎えることとなります。日頃のご厚誼に感謝申し上げます。

さすがに5年も経つと身辺も物事の考え方も随分と隔たってくるものです。あちこちに余分な力が入り妙に気取った文面は、ブログの運営と隔たった日常的なキーワード検索等で不意に出くわして、内心狼狽することもしばしばです。当時の記事に今更手を入れるつもりはありませんが、振り返るには心中容易ならざるものがある過去の荷物です。

まだまだ一層の改善を期しながら、今後も更新に臨みたいと思います。
よろしくお願い致します。
 

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Saturday, April 05, 2008

再開にあたり

この「銀璧亭」、設けた当初の2004年から数えて、今年で足掛け5年目となります。
しかし、御承知の通り1年以上に渡り更新が停止した状態です。
その間、様々な方に不義理を重ねることとなりました。
まずは、深くお詫び申し上げます。

更新停止の理由は幾つかあります。
このブログを通じて、私個人としては非常に銷沈するようなトラブルを生じたことがありました。
公開の形態で私見を含めた情報発信に行き詰まりを感じた結果、活況を見せ始めていたSNSへの移行を深めていった次第です。

それと併行して、私個人の境遇もまた、大きな転換期を迎えました。
まず昨春に結婚、そして転居がありました。
その後夏半ばからは、転職活動に心力を傾注し、年末までかかりきりとなっていたのです。

一連の状況は今春ようやく円満に落ち着き、以前のようにブログを運営するに足る身心の余裕が出来ました。
時ここに到り、必要な状況整理を行いながら、また血を通わせていきたいと期しているところです。

欠礼を続けてしまいました皆様に、改めて深くお詫び申し上げます。
そして、空白期間にも当ブログをお気に掛けてくださった皆様、本当にありがとうございます。

少しずつですが、今の自分がこの場でやりたいことを考えていくつもりです。
 
 

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Wednesday, January 03, 2007

謹賀新年~平成十九年

年も明けて平成十九年です。
昨年の同様の記事から一年を経て、実に様々なことがありました。

菩提寺の住職から「一意専心、結婚相手を探す一年と期すべし」の如く諭されて、平成十八年は始まりました。

とまれ、それから実に色々なことがありました。
取り敢えず心療内科への通院からは、ほぼ離陸しつつあります。
不眠がほとんど完治たのは大変有難いことです。
確かに人生には転機というものがあることを実感しました。

今年はあまり寝ぼけたことは言ってられません。
心境や境遇の変化に連れて、このスペースを通じて発信する内容もまた移ろうかも知れませんが、根気強く更新を継続してゆこうと思います。

そして、音楽好きは相変わらずです。


本年もよろしくお願い申し上げます。

平成十九年 元旦


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Thursday, December 28, 2006

お詫びと近況報告

諸事情ございまして、長らく更新を凍結致しておりました。


この場を通じて、久々に大きく気の塞ぐようなトラブルを体験しました。
既に個人対個人の問題として解決済なので、もはや殊更述べる必要はありません。
ただ、このblogのURLを開くことさえ避けた期間が、かなり長く続きました。
その間、お便りも何通か頂戴していた筈なのですが、折悪しくデータ上のトラブルが重なってしまい、全て取り紛れたままになっております。
数々の欠礼が生じましたことを謹んでお詫び申し上げます。

他方で閉鎖するのも残念に思われ、斯様に形態だけは未練がましく維持し続けております。
最近漸くこのblogのURLを開くことにも抵抗が薄らいできました。
このような状況でもカウンタが増え続けていることに、心苦しさと嬉しさが入り交じる心境です。

今後腰を据えて当blog「銀璧亭」の再稼働に取り組みたいと存じます。
リンク等も更新する予定です。

お詫びと御礼を兼ねて…。

Tando 拝
 
 

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Saturday, April 08, 2006

城持三万石

◆丹道(たんどう)藩◆
 石高    :三万石
 譜代・外様 :外様
 江戸城詰之間:柳間詰
 家格    :城主格

<丹道城>
 別称   :銀璧城
 形態   :平城
 廃城・存城:廃城
 現存遺構 :本丸水堀の一部、本丸石垣の一部(天守台を含む)

Ginnhekijyou00
丹道城三階櫓(天守) 古写真
明治六年、廃城令に伴う破却前の撮影


- 以上、すべて(写真含む)フィクションです -


さても目出度き哉、お陰様をもちまして当「銀璧亭」は、本日30,000アクセスを計上致しました。
みなさま常々のご愛顧の賜物です。

ありがとうございます。


さて、10,000アクセスの時と同じように、カウンタを石高に読み替えれば三万石と相成ります。幕藩時代であれば通例、陣屋構えから城主格へ昇格の分岐点です。

天守閣は言うに及ばず、今やを見ても大方どこの城か見当がついてしまう程、城郭好きのわたくし。
此度かこつけての悪ふざけ、どうか平にご容赦を…。


そして更新は低迷を続ける一方ですが、音盤道楽は相変わらず膏肓に入り込んだ状況です。書くネタは沢山ある筈なので、あとは私自身のやる気次第ですね。

その一方で、そろそろ自動引き落としで定期積立を始めようかと思ってます。
近頃、身辺の寿ラッシュを目の当たりにして、自分がお金を貯められない人間だったってこと、痛感しました(^^;


さて、当「銀璧亭」、お次は知行高十万石を達成して、幕閣中枢に食い込むことを目論んでおります。

今後とも宜しくお願い申し上げます。
 
 

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Sunday, January 01, 2006

謹賀新年~平成十八年

新年乃婆自米尓 豐乃登之
思流須登奈良思 雪能敷禮流波

平成十八年 元旦


新年明けましておめでとうございます。

元旦の天候は今一つ振るわないような予報でしたが、実際は清々しいまでに晴れ渡りました。
「ゆきのふれるは」ではなくとも、2006年は初日から順調に滑り出した感があります。

未明から早速、初詣へと足を運んでおりました。
近いところから順に、伏見稲荷大社、そして北野天満宮です。
いずれもピーク時には、参道が立錐の余地も無い程に賑わうお宮さんですが、未明よりご来光を挟んで8時半から9時頃までは、かなり悠々と参詣することができます。ちょうど二年参りの引き潮と、日中の出足の間に当たる時間帯が狙い目という訳です。

さて、無事に初詣も済ませたことだし、後は安穏と寝て過ごすことに致しましょうか。
年始は明日より早速の勤務となっておりますので…せめて今日一日は正月気分でいたいものです!

そう考えていた矢先に、職場から電話がかかってきました。


本年もよろしくお願い致します。
 
 

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