日記・コラム・つぶやき

Sunday, August 16, 2009

5周年と8万HIT御礼

長らく更新をご無沙汰して申し訳ありませんでした。
実はこの夏、ココログのログイン用アカウントが変わった際にゴタゴタしまして、しばらく自分のアカウントが不明になってしまいました。更にその後、2001年来使用してきたPCが壊れ、そのリカバリにも手間取っていました。
そうこうしているうちに、当ブログ「銀璧亭」は8万HITを達成、また、来る25日で開設以来5周年を迎えることとなります。日頃のご厚誼に感謝申し上げます。

さすがに5年も経つと身辺も物事の考え方も随分と隔たってくるものです。あちこちに余分な力が入り妙に気取った文面は、ブログの運営と隔たった日常的なキーワード検索等で不意に出くわして、内心狼狽することもしばしばです。当時の記事に今更手を入れるつもりはありませんが、振り返るには心中容易ならざるものがある過去の荷物です。

まだまだ一層の改善を期しながら、今後も更新に臨みたいと思います。
よろしくお願い致します。
 

| Comments (0)

Saturday, April 05, 2008

再開にあたり

この「銀璧亭」、設けた当初の2004年から数えて、今年で足掛け5年目となります。
しかし、御承知の通り1年以上に渡り更新が停止した状態です。
その間、様々な方に不義理を重ねることとなりました。
まずは、深くお詫び申し上げます。

更新停止の理由は幾つかあります。
このブログを通じて、私個人としては非常に銷沈するようなトラブルを生じたことがありました。
公開の形態で私見を含めた情報発信に行き詰まりを感じた結果、活況を見せ始めていたSNSへの移行を深めていった次第です。

それと併行して、私個人の境遇もまた、大きな転換期を迎えました。
まず昨春に結婚、そして転居がありました。
その後夏半ばからは、転職活動に心力を傾注し、年末までかかりきりとなっていたのです。

一連の状況は今春ようやく円満に落ち着き、以前のようにブログを運営するに足る身心の余裕が出来ました。
時ここに到り、必要な状況整理を行いながら、また血を通わせていきたいと期しているところです。

欠礼を続けてしまいました皆様に、改めて深くお詫び申し上げます。
そして、空白期間にも当ブログをお気に掛けてくださった皆様、本当にありがとうございます。

少しずつですが、今の自分がこの場でやりたいことを考えていくつもりです。
 
 

| Comments (8)

Wednesday, January 03, 2007

謹賀新年~平成十九年

年も明けて平成十九年です。
昨年の同様の記事から一年を経て、実に様々なことがありました。

菩提寺の住職から「一意専心、結婚相手を探す一年と期すべし」の如く諭されて、平成十八年は始まりました。

とまれ、それから実に色々なことがありました。
取り敢えず心療内科への通院からは、ほぼ離陸しつつあります。
不眠がほとんど完治たのは大変有難いことです。
確かに人生には転機というものがあることを実感しました。

今年はあまり寝ぼけたことは言ってられません。
心境や境遇の変化に連れて、このスペースを通じて発信する内容もまた移ろうかも知れませんが、根気強く更新を継続してゆこうと思います。

そして、音楽好きは相変わらずです。


本年もよろしくお願い申し上げます。

平成十九年 元旦


| Comments (0)

Thursday, December 28, 2006

お詫びと近況報告

諸事情ございまして、長らく更新を凍結致しておりました。


この場を通じて、久々に大きく気の塞ぐようなトラブルを体験しました。
既に個人対個人の問題として解決済なので、もはや殊更述べる必要はありません。
ただ、このblogのURLを開くことさえ避けた期間が、かなり長く続きました。
その間、お便りも何通か頂戴していた筈なのですが、折悪しくデータ上のトラブルが重なってしまい、全て取り紛れたままになっております。
数々の欠礼が生じましたことを謹んでお詫び申し上げます。

他方で閉鎖するのも残念に思われ、斯様に形態だけは未練がましく維持し続けております。
最近漸くこのblogのURLを開くことにも抵抗が薄らいできました。
このような状況でもカウンタが増え続けていることに、心苦しさと嬉しさが入り交じる心境です。

今後腰を据えて当blog「銀璧亭」の再稼働に取り組みたいと存じます。
リンク等も更新する予定です。

お詫びと御礼を兼ねて…。

Tando 拝
 
 

| Comments (2)

Saturday, April 08, 2006

城持三万石

◆丹道(たんどう)藩◆
 石高    :三万石
 譜代・外様 :外様
 江戸城詰之間:柳間詰
 家格    :城主格

<丹道城>
 別称   :銀璧城
 形態   :平城
 廃城・存城:廃城
 現存遺構 :本丸水堀の一部、本丸石垣の一部(天守台を含む)

Ginnhekijyou00
丹道城三階櫓(天守) 古写真
明治六年、廃城令に伴う破却前の撮影


- 以上、すべて(写真含む)フィクションです -


さても目出度き哉、お陰様をもちまして当「銀璧亭」は、本日30,000アクセスを計上致しました。
みなさま常々のご愛顧の賜物です。

ありがとうございます。


さて、10,000アクセスの時と同じように、カウンタを石高に読み替えれば三万石と相成ります。幕藩時代であれば通例、陣屋構えから城主格へ昇格の分岐点です。

天守閣は言うに及ばず、今やを見ても大方どこの城か見当がついてしまう程、城郭好きのわたくし。
此度かこつけての悪ふざけ、どうか平にご容赦を…。


そして更新は低迷を続ける一方ですが、音盤道楽は相変わらず膏肓に入り込んだ状況です。書くネタは沢山ある筈なので、あとは私自身のやる気次第ですね。

その一方で、そろそろ自動引き落としで定期積立を始めようかと思ってます。
近頃、身辺の寿ラッシュを目の当たりにして、自分がお金を貯められない人間だったってこと、痛感しました(^^;


さて、当「銀璧亭」、お次は知行高十万石を達成して、幕閣中枢に食い込むことを目論んでおります。

今後とも宜しくお願い申し上げます。
 
 

| Comments (4)

Sunday, January 01, 2006

謹賀新年~平成十八年

新年乃婆自米尓 豐乃登之
思流須登奈良思 雪能敷禮流波

平成十八年 元旦


新年明けましておめでとうございます。

元旦の天候は今一つ振るわないような予報でしたが、実際は清々しいまでに晴れ渡りました。
「ゆきのふれるは」ではなくとも、2006年は初日から順調に滑り出した感があります。

未明から早速、初詣へと足を運んでおりました。
近いところから順に、伏見稲荷大社、そして北野天満宮です。
いずれもピーク時には、参道が立錐の余地も無い程に賑わうお宮さんですが、未明よりご来光を挟んで8時半から9時頃までは、かなり悠々と参詣することができます。ちょうど二年参りの引き潮と、日中の出足の間に当たる時間帯が狙い目という訳です。

さて、無事に初詣も済ませたことだし、後は安穏と寝て過ごすことに致しましょうか。
年始は明日より早速の勤務となっておりますので…せめて今日一日は正月気分でいたいものです!

そう考えていた矢先に、職場から電話がかかってきました。


本年もよろしくお願い致します。
 
 

| Comments (4)

Saturday, December 31, 2005

今年一年を振り返って~2005年大晦日

2005年もいよいよ暮れゆこうとしている。

ちょうど一年前の同月同日にまとめた記事を読み返すと、その日の記憶がかなり鮮明に思い出される。つい2ヶ月程前の出来事と比べても、経過した時間はさして変わりはないかのようである。

それでも今年は長い一年だった。そして、遡ること数年間の低迷を思えば、実り多い一年だったと思う。
出会いと別れは繰り返すものだが、今年は出会いの方が際立って多かった。これは何よりも境遇の変化が大きく関係している。沢山の新しい出会い、そして歳月を隔てての再会。その積み重ねが2005年という一区切りに対して、大いに厚みを持たせている。

実生活は言うまでもなく、このblogを通じて賜った数々の御厚恩、御知遇の数々に、衷心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。


さて、年末ジャンボ宝くじの当選番号も本日発表された。
私は50枚、\15,000の購入で、キャッシュバックが\11,500。差し引き\3,500の損だが、これでも上々なのだろう。周囲からはおめでとうと言われた。\3,500で師走の多忙に張り合いを持たせることができたのだから、安い出費と言ってよいか。

夢は自分で掴むもの、突然降って湧くものでなし。
毎週金曜日毎に私を一喜一憂させてきたジョナサン・ケイナーも、

今、あなたは人生の次の段階に移りつつあります。次の段階に移ったら、これまで蓄えてきた知恵や経験を元にして賢い選択をすることが可能です。2006年、あなたの最大の夢を実現すべく行動を起こしてください。

…と、言っている。
いつまでも鬱々と過ごすのではなく、そろそろ奮起しようではないか。

さて、2005年の更新は、これにて終了。
今年度に購入したベスト盤は、候補が多すぎて結局絞りきれなかった。完全に供給過剰の状態である。来年は購入音源の選択についても、ただ機会損失ばかりを意識するのではなく、引き締めてゆきたいと思う。
そして、言及の機会を逸した音源については、来年に持ち越しと言うことで。


どうぞ皆様、よいお年を…。
今年も一年間、ありがとうございました。

加牟波理入道 郭公。
 
 

| Comments (0)

Sunday, August 28, 2005

どうにか1年経ちました

ぼんやりしているうちに、この「銀璧亭」も1周年を迎えました。
昨年の8月25日以来です。

最初の数ヶ月は何かに取り憑かれたかのように、連日連夜エントリー追加に明け暮れていたもの。しかし、現状は斯くの如し、我ながら不甲斐なさを感じます(^^;

…まあ、開設後程なく、実に青臭い悩みが鬱々と滲み始めるので、今となっては余り読み返したくない内容も多いのですが(笑)

このエントリーで開設以来160件目、160/365ですから、平均すると大体週2回の更新ペースとなります。
ただ、これは駆け出しの時分の熱心な更新ペースが米櫃になっているので、今後どんどん落ち込むことが目に見えている数字です。

それでも、相も変わらず音楽は好き放題聴いているし、読書もするし、悩みの種も尽きることがありません。
たとえペースが落ち込もうと、更新は継続するつもりです。

ご来訪賜りました皆様、常々のご厚誼誠にありがとうございます。
時々大ポカをやらかすこともあるわたくしですが、今後とも宜しくお願い致します。


               2005.8.28        Tando
 
 

| Comments (10)

Saturday, March 19, 2005

一万石立藩にて候

お陰様をもちまして当blogは本日、10000アクセスを記録致しました。
此所に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

幕藩体制期に於ける「大名」の概念は「表高一万石以上」ですから、アクセス数を石高と読み替えれば当blogも晴れて立藩と相成る訳です。

著名な一万石大名と言えば、どのようなお家が連想されるでしょうか…?
このような石高の場合、多くは大大名の分家や飛地領立藩だったりするのですが、その一方で個性豊かな単立大名も少なからず見受けられます。

大和柳生藩主・柳生家は有名ですね。柳生但馬守宗矩が一万石で大名に取り立てられ、そのまま転封も無く明治維新まで柳生藩にて存続しました。北条早雲の家系、後北條氏も氏康の五男、氏規の家系が河内狭山藩主として同様に転封も無く、明治維新まで存続。
また、老中田沼意次で知られる田沼家も、意次失脚後の消息はあまり語られませんが、数回の転封を重ねつ、一万石の藩主として明治維新まで存続しています。

こうした大名は悉くが「陣屋」と言われる屋敷を政庁として領地に構えています。幕藩体制下では、三万石以上が「城主」扱いで、それに満たない石高の大名は通例築城を行わず、陣屋を本拠としたのです。

大名陣屋は城郭に比べると建造物の現存数が極めて少なく、往時の体裁を偲ばせる史跡は極めて稀です。最近になって漸く、観光資源として復元整備に着手する自治体も現れ始めましたが、時代が平成に移ってなお、現存する建造物が虚しく取り壊されたケースも見受けられます。一目でそれと判る「城」に比べると、どうしても軽視されてしまうのでじょうか。残念な事です。

ただ、表高一万石でも「城主」であると云うケースも僅かながら存在します。
美濃苗木藩主・遠山家の場合がそれで、天然の岩山の上に石垣を設けて築城された苗木城は非常に立派で大規模な城郭です。一万石でこれほどの城郭を維持するとなると、藩財政は圧迫され通しだったのでは無いでしょうか。


それはそれとして、ちょうど一万石の大名家の財政状況を偲ばせる、手頃かつ優れた書籍があるのでご紹介致します。

◆伊予小松藩会所日記(増川 宏一/集英社新書)

伊予小松藩主・一柳家の政務記録である「会所日記」を元に編まれたこの書籍は、あまり光の当てられない小藩経営の実態が鮮やかに活写されており、興味深いです。

街道沿いに商店が数軒並んでいる所が藩内では「街」と呼ばれる。そんなささやかな規模ながら、やはり機能的には全て独立独歩の施政が執り行われていた、箱庭的な世界観。
そして、その中で随所に伺われる人間模様の有様は、殊更に専門的な関心を持たずとも、非常に面白く読まれるのでは無いでしょうか。個人的にオススメの一冊です。

それにしても、一柳(ひとつやなぎ)って格好良い姓だなあ…なんて思ったりするのですが。

さてさて、つらつらと駄文を連ねて参りましたが、次なる野望は三万石、城主格への昇格です。
あまり気負うとしんどくなる…と云う経緯はこれまでの道程でしばしば経験したので、マイペースに目指して行きたいと思っています。

今後とも宜しくお願い致します。


2005.3.19

一万アクセスを記念して
感謝と共に                     Tando
 
 

| Comments (2)

Friday, March 18, 2005

立藩前夜

自分以外にとって何と言うことも無いトピックなんですが、カウンタのアクセス数が間もなく一万件に到達しそうです。
昨年の8月末にこのblogを開始して以来、足掛け8ヶ月で遂に達成。
本当に感慨深いです。

ご来訪を賜った皆様の、数々のご厚誼に感謝申し上げます。
ありがとうございました。

前々から折に触れて申して参りましたが、わたくしはカウンタのアクセス件数を幕藩体制時代の「石高」に読み替えたがる癖があるんです。
日頃お付き合いのあるWebサイトでも、いわゆる「キリ番号」が発生する都度に、

「おお、x万石だ…おめでとうございます。」

などと胸中で呟いている有様(^^;
所によっては、奉祝メッセージで直接書く事もあります。

…と言うか、普及して欲しいんですよね、「アクセス件数=石高」。
Webリングを主宰する程の気概はありませんが、アクセス数表示の体裁を、

当藩唯今の石高:<xxxxxx>石にて候

なんて形にしたカウンタがあればいいな、などと思ったりして。

アクセス一万件すなわち一万石、これにて漸く当blogは晴れて立藩と相成ります。
だからと言って何をするでもありませんが、城郭史跡マニアの属性を有するわたくしにとっては、またとない発奮材料です。

そうだ、一万件を越えたら、ちょっとの間だけblog名を「亭」から「藩」に変えてみようかな(笑)
 
 

| Comments (4)