日記・コラム・つぶやき

Sunday, August 16, 2009

5周年と8万HIT御礼

長らく更新をご無沙汰して申し訳ありませんでした。
実はこの夏、ココログのログイン用アカウントが変わった際にゴタゴタしまして、しばらく自分のアカウントが不明になってしまいました。更にその後、2001年来使用してきたPCが壊れ、そのリカバリにも手間取っていました。
そうこうしているうちに、当ブログ「銀璧亭」は8万HITを達成、また、来る25日で開設以来5周年を迎えることとなります。日頃のご厚誼に感謝申し上げます。

さすがに5年も経つと身辺も物事の考え方も随分と隔たってくるものです。あちこちに余分な力が入り妙に気取った文面は、ブログの運営と隔たった日常的なキーワード検索等で不意に出くわして、内心狼狽することもしばしばです。当時の記事に今更手を入れるつもりはありませんが、振り返るには心中容易ならざるものがある過去の荷物です。

まだまだ一層の改善を期しながら、今後も更新に臨みたいと思います。
よろしくお願い致します。
 

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Saturday, April 05, 2008

再開にあたり

この「銀璧亭」、設けた当初の2004年から数えて、今年で足掛け5年目となります。
しかし、御承知の通り1年以上に渡り更新が停止した状態です。
その間、様々な方に不義理を重ねることとなりました。
まずは、深くお詫び申し上げます。

更新停止の理由は幾つかあります。
このブログを通じて、私個人としては非常に銷沈するようなトラブルを生じたことがありました。
公開の形態で私見を含めた情報発信に行き詰まりを感じた結果、活況を見せ始めていたSNSへの移行を深めていった次第です。

それと併行して、私個人の境遇もまた、大きな転換期を迎えました。
まず昨春に結婚、そして転居がありました。
その後夏半ばからは、転職活動に心力を傾注し、年末までかかりきりとなっていたのです。

一連の状況は今春ようやく円満に落ち着き、以前のようにブログを運営するに足る身心の余裕が出来ました。
時ここに到り、必要な状況整理を行いながら、また血を通わせていきたいと期しているところです。

欠礼を続けてしまいました皆様に、改めて深くお詫び申し上げます。
そして、空白期間にも当ブログをお気に掛けてくださった皆様、本当にありがとうございます。

少しずつですが、今の自分がこの場でやりたいことを考えていくつもりです。
 
 

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Wednesday, January 03, 2007

謹賀新年~平成十九年

年も明けて平成十九年です。
昨年の同様の記事から一年を経て、実に様々なことがありました。

菩提寺の住職から「一意専心、結婚相手を探す一年と期すべし」の如く諭されて、平成十八年は始まりました。

とまれ、それから実に色々なことがありました。
取り敢えず心療内科への通院からは、ほぼ離陸しつつあります。
不眠がほとんど完治たのは大変有難いことです。
確かに人生には転機というものがあることを実感しました。

今年はあまり寝ぼけたことは言ってられません。
心境や境遇の変化に連れて、このスペースを通じて発信する内容もまた移ろうかも知れませんが、根気強く更新を継続してゆこうと思います。

そして、音楽好きは相変わらずです。


本年もよろしくお願い申し上げます。

平成十九年 元旦


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Thursday, December 28, 2006

お詫びと近況報告

諸事情ございまして、長らく更新を凍結致しておりました。


この場を通じて、久々に大きく気の塞ぐようなトラブルを体験しました。
既に個人対個人の問題として解決済なので、もはや殊更述べる必要はありません。
ただ、このblogのURLを開くことさえ避けた期間が、かなり長く続きました。
その間、お便りも何通か頂戴していた筈なのですが、折悪しくデータ上のトラブルが重なってしまい、全て取り紛れたままになっております。
数々の欠礼が生じましたことを謹んでお詫び申し上げます。

他方で閉鎖するのも残念に思われ、斯様に形態だけは未練がましく維持し続けております。
最近漸くこのblogのURLを開くことにも抵抗が薄らいできました。
このような状況でもカウンタが増え続けていることに、心苦しさと嬉しさが入り交じる心境です。

今後腰を据えて当blog「銀璧亭」の再稼働に取り組みたいと存じます。
リンク等も更新する予定です。

お詫びと御礼を兼ねて…。

Tando 拝
 
 

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Saturday, April 08, 2006

城持三万石

◆丹道(たんどう)藩◆
 石高    :三万石
 譜代・外様 :外様
 江戸城詰之間:柳間詰
 家格    :城主格

<丹道城>
 別称   :銀璧城
 形態   :平城
 廃城・存城:廃城
 現存遺構 :本丸水堀の一部、本丸石垣の一部(天守台を含む)

Ginnhekijyou00
丹道城三階櫓(天守) 古写真
明治六年、廃城令に伴う破却前の撮影


- 以上、すべて(写真含む)フィクションです -


さても目出度き哉、お陰様をもちまして当「銀璧亭」は、本日30,000アクセスを計上致しました。
みなさま常々のご愛顧の賜物です。

ありがとうございます。


さて、10,000アクセスの時と同じように、カウンタを石高に読み替えれば三万石と相成ります。幕藩時代であれば通例、陣屋構えから城主格へ昇格の分岐点です。

天守閣は言うに及ばず、今やを見ても大方どこの城か見当がついてしまう程、城郭好きのわたくし。
此度かこつけての悪ふざけ、どうか平にご容赦を…。


そして更新は低迷を続ける一方ですが、音盤道楽は相変わらず膏肓に入り込んだ状況です。書くネタは沢山ある筈なので、あとは私自身のやる気次第ですね。

その一方で、そろそろ自動引き落としで定期積立を始めようかと思ってます。
近頃、身辺の寿ラッシュを目の当たりにして、自分がお金を貯められない人間だったってこと、痛感しました(^^;


さて、当「銀璧亭」、お次は知行高十万石を達成して、幕閣中枢に食い込むことを目論んでおります。

今後とも宜しくお願い申し上げます。
 
 

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Sunday, January 01, 2006

謹賀新年~平成十八年

新年乃婆自米尓 豐乃登之
思流須登奈良思 雪能敷禮流波

平成十八年 元旦


新年明けましておめでとうございます。

元旦の天候は今一つ振るわないような予報でしたが、実際は清々しいまでに晴れ渡りました。
「ゆきのふれるは」ではなくとも、2006年は初日から順調に滑り出した感があります。

未明から早速、初詣へと足を運んでおりました。
近いところから順に、伏見稲荷大社、そして北野天満宮です。
いずれもピーク時には、参道が立錐の余地も無い程に賑わうお宮さんですが、未明よりご来光を挟んで8時半から9時頃までは、かなり悠々と参詣することができます。ちょうど二年参りの引き潮と、日中の出足の間に当たる時間帯が狙い目という訳です。

さて、無事に初詣も済ませたことだし、後は安穏と寝て過ごすことに致しましょうか。
年始は明日より早速の勤務となっておりますので…せめて今日一日は正月気分でいたいものです!

そう考えていた矢先に、職場から電話がかかってきました。


本年もよろしくお願い致します。
 
 

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Saturday, December 31, 2005

今年一年を振り返って~2005年大晦日

2005年もいよいよ暮れゆこうとしている。

ちょうど一年前の同月同日にまとめた記事を読み返すと、その日の記憶がかなり鮮明に思い出される。つい2ヶ月程前の出来事と比べても、経過した時間はさして変わりはないかのようである。

それでも今年は長い一年だった。そして、遡ること数年間の低迷を思えば、実り多い一年だったと思う。
出会いと別れは繰り返すものだが、今年は出会いの方が際立って多かった。これは何よりも境遇の変化が大きく関係している。沢山の新しい出会い、そして歳月を隔てての再会。その積み重ねが2005年という一区切りに対して、大いに厚みを持たせている。

実生活は言うまでもなく、このblogを通じて賜った数々の御厚恩、御知遇の数々に、衷心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。


さて、年末ジャンボ宝くじの当選番号も本日発表された。
私は50枚、\15,000の購入で、キャッシュバックが\11,500。差し引き\3,500の損だが、これでも上々なのだろう。周囲からはおめでとうと言われた。\3,500で師走の多忙に張り合いを持たせることができたのだから、安い出費と言ってよいか。

夢は自分で掴むもの、突然降って湧くものでなし。
毎週金曜日毎に私を一喜一憂させてきたジョナサン・ケイナーも、

今、あなたは人生の次の段階に移りつつあります。次の段階に移ったら、これまで蓄えてきた知恵や経験を元にして賢い選択をすることが可能です。2006年、あなたの最大の夢を実現すべく行動を起こしてください。

…と、言っている。
いつまでも鬱々と過ごすのではなく、そろそろ奮起しようではないか。

さて、2005年の更新は、これにて終了。
今年度に購入したベスト盤は、候補が多すぎて結局絞りきれなかった。完全に供給過剰の状態である。来年は購入音源の選択についても、ただ機会損失ばかりを意識するのではなく、引き締めてゆきたいと思う。
そして、言及の機会を逸した音源については、来年に持ち越しと言うことで。


どうぞ皆様、よいお年を…。
今年も一年間、ありがとうございました。

加牟波理入道 郭公。
 
 

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Sunday, August 28, 2005

どうにか1年経ちました

ぼんやりしているうちに、この「銀璧亭」も1周年を迎えました。
昨年の8月25日以来です。

最初の数ヶ月は何かに取り憑かれたかのように、連日連夜エントリー追加に明け暮れていたもの。しかし、現状は斯くの如し、我ながら不甲斐なさを感じます(^^;

…まあ、開設後程なく、実に青臭い悩みが鬱々と滲み始めるので、今となっては余り読み返したくない内容も多いのですが(笑)

このエントリーで開設以来160件目、160/365ですから、平均すると大体週2回の更新ペースとなります。
ただ、これは駆け出しの時分の熱心な更新ペースが米櫃になっているので、今後どんどん落ち込むことが目に見えている数字です。

それでも、相も変わらず音楽は好き放題聴いているし、読書もするし、悩みの種も尽きることがありません。
たとえペースが落ち込もうと、更新は継続するつもりです。

ご来訪賜りました皆様、常々のご厚誼誠にありがとうございます。
時々大ポカをやらかすこともあるわたくしですが、今後とも宜しくお願い致します。


               2005.8.28        Tando
 
 

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Saturday, March 19, 2005

一万石立藩にて候

お陰様をもちまして当blogは本日、10000アクセスを記録致しました。
此所に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

幕藩体制期に於ける「大名」の概念は「表高一万石以上」ですから、アクセス数を石高と読み替えれば当blogも晴れて立藩と相成る訳です。

著名な一万石大名と言えば、どのようなお家が連想されるでしょうか…?
このような石高の場合、多くは大大名の分家や飛地領立藩だったりするのですが、その一方で個性豊かな単立大名も少なからず見受けられます。

大和柳生藩主・柳生家は有名ですね。柳生但馬守宗矩が一万石で大名に取り立てられ、そのまま転封も無く明治維新まで柳生藩にて存続しました。北条早雲の家系、後北條氏も氏康の五男、氏規の家系が河内狭山藩主として同様に転封も無く、明治維新まで存続。
また、老中田沼意次で知られる田沼家も、意次失脚後の消息はあまり語られませんが、数回の転封を重ねつ、一万石の藩主として明治維新まで存続しています。

こうした大名は悉くが「陣屋」と言われる屋敷を政庁として領地に構えています。幕藩体制下では、三万石以上が「城主」扱いで、それに満たない石高の大名は通例築城を行わず、陣屋を本拠としたのです。

大名陣屋は城郭に比べると建造物の現存数が極めて少なく、往時の体裁を偲ばせる史跡は極めて稀です。最近になって漸く、観光資源として復元整備に着手する自治体も現れ始めましたが、時代が平成に移ってなお、現存する建造物が虚しく取り壊されたケースも見受けられます。一目でそれと判る「城」に比べると、どうしても軽視されてしまうのでじょうか。残念な事です。

ただ、表高一万石でも「城主」であると云うケースも僅かながら存在します。
美濃苗木藩主・遠山家の場合がそれで、天然の岩山の上に石垣を設けて築城された苗木城は非常に立派で大規模な城郭です。一万石でこれほどの城郭を維持するとなると、藩財政は圧迫され通しだったのでは無いでしょうか。


それはそれとして、ちょうど一万石の大名家の財政状況を偲ばせる、手頃かつ優れた書籍があるのでご紹介致します。

◆伊予小松藩会所日記(増川 宏一/集英社新書)

伊予小松藩主・一柳家の政務記録である「会所日記」を元に編まれたこの書籍は、あまり光の当てられない小藩経営の実態が鮮やかに活写されており、興味深いです。

街道沿いに商店が数軒並んでいる所が藩内では「街」と呼ばれる。そんなささやかな規模ながら、やはり機能的には全て独立独歩の施政が執り行われていた、箱庭的な世界観。
そして、その中で随所に伺われる人間模様の有様は、殊更に専門的な関心を持たずとも、非常に面白く読まれるのでは無いでしょうか。個人的にオススメの一冊です。

それにしても、一柳(ひとつやなぎ)って格好良い姓だなあ…なんて思ったりするのですが。

さてさて、つらつらと駄文を連ねて参りましたが、次なる野望は三万石、城主格への昇格です。
あまり気負うとしんどくなる…と云う経緯はこれまでの道程でしばしば経験したので、マイペースに目指して行きたいと思っています。

今後とも宜しくお願い致します。


2005.3.19

一万アクセスを記念して
感謝と共に                     Tando
 
 

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Friday, March 18, 2005

立藩前夜

自分以外にとって何と言うことも無いトピックなんですが、カウンタのアクセス数が間もなく一万件に到達しそうです。
昨年の8月末にこのblogを開始して以来、足掛け8ヶ月で遂に達成。
本当に感慨深いです。

ご来訪を賜った皆様の、数々のご厚誼に感謝申し上げます。
ありがとうございました。

前々から折に触れて申して参りましたが、わたくしはカウンタのアクセス件数を幕藩体制時代の「石高」に読み替えたがる癖があるんです。
日頃お付き合いのあるWebサイトでも、いわゆる「キリ番号」が発生する都度に、

「おお、x万石だ…おめでとうございます。」

などと胸中で呟いている有様(^^;
所によっては、奉祝メッセージで直接書く事もあります。

…と言うか、普及して欲しいんですよね、「アクセス件数=石高」。
Webリングを主宰する程の気概はありませんが、アクセス数表示の体裁を、

当藩唯今の石高:<xxxxxx>石にて候

なんて形にしたカウンタがあればいいな、などと思ったりして。

アクセス一万件すなわち一万石、これにて漸く当blogは晴れて立藩と相成ります。
だからと言って何をするでもありませんが、城郭史跡マニアの属性を有するわたくしにとっては、またとない発奮材料です。

そうだ、一万件を越えたら、ちょっとの間だけblog名を「亭」から「藩」に変えてみようかな(笑)
 
 

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Thursday, March 10, 2005

もう大丈夫です!

この半月程の間、最低速のギアに入ったまま運転を続けて参りました。殊に、この一週間がヤマで、我ながらかつて無い程の不安感と無気力感と共に生活しておりました。
それにはそれなりの理由が身辺にあったのです。

正確に言えば年初以来ずっと懸案となっていた事柄なのですが、苦心の甲斐あって漸く、無事に一切を乗り越えることが出来ました。
これで本当にもう大丈夫です!

折しも季節は春、日を追う毎に気候も過ごし易くなってゆく事でしょう。前向きに物事を考える為に、これ程相応しい季節も無いように思います。
人生に苦労はつきものですが、一つ解決実績を自分の中に設けることが出来たので、今後生きてゆく上でも大きな拠り所となりそうです。

人生、何とかなります。


道にたゝ 身をハ捨むと 思ひとれ
かならす天の たすけあるへし

(島津日新斎忠良『いろは歌四十七首』より)


従来浮き沈みの激しいエントリーを度重ねた事で、皆様には何かとご心配をお掛けしたのでは無いでしょうか。しかし、諸々の軛から解き放たれた今後は、安定した内容をお届け出来るものと存じます。

今後とも、拙blogを何卒宜しくお願い申し上げます。


2005.3.10              Tando
 
 

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Thursday, February 10, 2005

あれもこれも…。

昨年末から現在に至るまでの一ヶ月半程の間は、個人的には探索音源の入手ラッシュでした。しかしながら、併行して身辺が色々と多忙を極めていたものですから、blog運営にはなかなか思い通りにフィードバック出来ていなかったりします。
さすがにこれだけ累積してくると当座の処理能力を上回ってしまい、何所からも手が付けられなくなってしまいそうです…。

そんな訳で、今後のエントリーの見通しをこの場で整理する事にしました。
我ながら感心しないやり方ですが、ここで一旦書いてしまえば「公約済み」として、真面目に取り組むのではないかと、そんな効果を見込んでいる次第です。


◆サムイル・フェインベルグ
先延ばし先延ばしになっていますが、この偉大なピアニストについて、手元の音源を中心に連ねてゆく予定です。所蔵盤の列記に端を発して、
1)初期録音・ライヴ音源ほか
2)ライセンス発売音源(BMGメロディア盤・メルダック盤)
3)バッハ(平均律クラヴィーア曲集全曲を中心に)
との、3回構成を見込んでいます。

◆アルヴィド・ヤンソンス
昨年末の、Altusによる来日公演音源のCD化を機に、都合2回のエントリーをアップしました。同盤附随のディスコグラフィを足掛かりとして、その後未聴音源の入手に弾みが付いたので、今一度この指揮者について書き連ねたいと思っています。

◆ヴィクトル・メルジャーノフ
以前にスクリャービンの練習曲op.8の全曲盤について言及しましたが、その後、長らく希求していた「展覧会の絵」を含む複数の音源が入手出来たので、ヤンソンス同様、今一度「称揚」する機会を設ける予定。
やっぱりメルジャーノフ、大好きです(^-^)

◆オガン・ドゥルヤン
アルメニアの指揮者、オガン・ドゥルヤン(オーガン・ドゥリアン)に関するエントリー。
CD化された音源が僅かにムソルグスキーの「禿山の一夜」と、ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」のみと云う、この「幻の巨匠」に対する思いの丈をつらつらと…。
必死の検索の甲斐あって、謎に包まれた(?)ご尊貌も遂に発見!
…イメージと全然違った…!(笑)

◆SP期のフラメンコ音源
カテゴリを設けておきながら、独立サブジェクトが未だ3件と云うお寒い状況…。
ニーニョ・デ・カブラやホセ・セペーロ、マヌエル・バジェーホあたりから、SP時代のアルティスタ達に言及してゆこうかと考えております。

ざっとこんな感じで考えています。
勿論、順番は前後するでしょうし、気分次第でまた先延ばしになって、違うエントリーが挟まってくる事もあるかと思います。
でも、一応これだけは書いてしまいたい、と思う内容ばかりなんで、本腰を据えて取り組むつもりです。

さあ、ここに書いた以上は、本気で取りかからねば…!(^^;
 
 

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Friday, January 28, 2005

生きてゐるわたくし

ああ、心を血に染めた一週間が漸く終わる…。

今週は本当に過酷でした。
週半ばまでは記事更新してますけど、先週末に纏めて書いたものを三分割しただけですからね。
実際は記事どころではありません。

敢えて詳しくは書きませんが、人間手を抜いたら相応のツケが回ってくるもので…。
診察の度に医師から処方されながらも、ずっとダブつき気味だったコンスタン錠を一気に消費しました。1日平均5回服用して、無理矢理気力を繋ぐ毎日。
でも、どうにか乗り越えました。人生、なんとかなるものですわ。
でも、もう薬頼みはやめたい。不眠だけはどうしようもないけれど…。

夜明けと一日の始まりを恐れて就寝する日々も、とりあえず一段落。まだやらなきゃいけない事は沢山あるけど、見通しが立ちました。
ああ、オレは今生きてるぞ、って感触がありますね。
達成感とはちょっと違う、でも、ずっしりした手応えを。


そうこうしている毎日でしたが、PCは度々立ち上げてました。
でもってHMVのサイトを見てたら、サムイル・フェインベルグの平均律クラヴィーア曲集(全曲)と、マリヤ・ユーディナのVISTA VERA盤4タイトルがアナウンスされているではありませんか!

フェインベルグの平均律、4枚組で3000円台を割るってのは、凄いですね。
わたくしが初めて聴いた時は、DANTEのLP起こしを7000円位払って購入しましたよ!?

とまれ、この目出度き「普及版」の登場を歓迎致します。
フェインベルグの記事は、いよいよ「書き時」到来ですね。若干の未聴音源はありますが、近日中に取りかかりたいと思います。

あの絶世の名盤、フェインベルグの平均律が少しでも多くの方々に聴かれる事を願いつつ…。
 
 

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Wednesday, January 19, 2005

ありがとうgoogle窓、バナー、100本目。

今回は、ちょっと私信めいた所から話が始まります。

まず、プロフィール画像を変更しました。
昨年以来お馴染み頂いた(?)「たらこキユーピー」の画像から、当「銀璧亭」の名をあしらったバナーになっています。

これは、以前よりご厚誼に与っている畏友、紅子サマから頂戴したものです。
デザイン系の深いご造詣をお持ちになっている御方で、これまでにも時宜に応じてオリジナルの素敵なグリーティングをお送り頂いておりました。いつも当ウェブログをご覧下さっている(…と言うか、こちらから『見てネ★』と一方的にお伝えしたようなものです)だけでも嬉しい事なのですが…。
この上、お忙しい中に専用バナーまで頂戴してしまって(ノ-;)
常々、往信の端々にキラリと光るセンスを窺わせる紅子サマ。私自身、触発される機会が非常に多いのです。
頂戴したバナーも実にCool!!
いや、ほんと、わたくしが急拵えしたシロモノとは比べ物になりません。「餅は餅屋に聞け」ですねえ…しみじみ。
大喜びしながら、早速看板として使わせて頂いた次第です。
むふふ♪
紅子サマ、ありがとうございました。


それと、かねてからの念願が叶って、漸く当ウェブログにも「google検索窓」を取り付ける事に成功しました。
方々で公開されているHTML文を参考にして、自分なりにパッチワークしたソースを作成してはいたのですが、いざ載せてみると全然稼働してくれません。
そんな折に、その道のエキスパートとも言える畏友、valkyrja氏から、ココログを始められた(>>最後の聖戦)、との連絡を頂戴し、これ幸いとココログ対応のgoogle検索窓についてお訊きした次第です。
その結果は、同氏のウェブログ内の記事>>Google検索の貼り付け方として公開されております。

その経緯を承けつつ、わたくしがパッチワークしたHTML文の「添削」もお願いしてみました。すると即日、返信を頂き、見事に稼働する状態に修正して下さったのです。
つまるところ、複数のソースをパッチワークした点がモロに欠陥として現れてしまっていたようです。

以下、当「銀璧亭」にて使用しているgoogle窓のHTML文を掲載致します。
何を今更、と云う感も伴いますが、少しでもどなたかのお役に立てば幸甚です。

<form method="GET" action="http://www.google.co.jp/search">
<input type=text name=q size=20 maxlength=120 value=""><br>
<input type=hidden name=hl value="ja">
<input type=hidden name=ie value=UTF-8>
<input type=hidden name=domains value="ginnhekitei.cocolog-nifty.com">
<input type=radio name=sitesearch value=""> WWW を検索

<input type=radio name=sitesearch value="ginnhekitei.cocolog-nifty.com" checked>「銀璧亭」を検索<br>
<input type=submit name=btnG value="検索">
</form>

●文字表示の便宜上<>は全角で掲載しております。お手数ですが、ご使用の際には全て半角に置換なさって下さい。
斜字体で表記してある部分は、全て当ウェブログに対応した箇所です。ご利用頂く便宜に応じて、アドレス並びにテキストを変更して下さいね。
●<input type=text name=q size=20 maxlength=120 value="">の、”size=20 maxlength=120”は検索窓のサイズ設定です。わたくしは試行錯誤してこのサイズに決定した次第ですが、お好みに応じて変更なさっては如何でしょうか。
●ココログでの一般的な表示方法については、前出のvalkyrja氏の記事をご参照頂けばよろしいかと存じます。当ウェブログでの設置に際しても、それに準拠しております。


このHTML文のネックは文字コードだと思います。わたくしは該当する部分
<input type=hidden name=ie value=UTF-8>
を他所の仕様から引っ張っていたので、当初は"Shift_JIS"で設定していました。その結果、検索結果は全て文字化け、と云う状態に…。ココログの文字エンコードは"UTF-8"なので、そうなってしまったんですね。
もしココログ以外ののウェブログから当記事を検索して来られた際には、ご使用のウェブログの文字コードをご確認なさる事をお勧め致します。


そんなこんなで漸く動き始めたgoogle検索窓、いざ試してみると楽しくてしょうがない(笑)
手前のウェブログからあれこれと検索して遊んでしまいました。

以前に「記事が100件を越えたら、参照性を高めるために『まとめサイト』を作る」と云った旨申し上げましたが、それもこれもgoogle窓の設置が不首尾であるが故の立案です。
丁度100回を越えた所でvalkyrja氏の手厚いサポートを頂き、本来の目的は達成されたので、ひとまずは現状で良しと致します。
ビバ友情、ありがとうございました♪

8月末の開始以来、漸く記事も100件を越えました。
ここまで継続出来たのも、様々な方のご厚誼あっての事です。
そして、今後を見据えた此度の節目に合わせるかのようにコンテンツの拡充が叶ったのも、やはりひとえにご厚誼あっての事。

皆様、本当にありがとうございました。
今後とも「銀璧亭」を宜しくお願い致します(^-^)
 
 

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Monday, January 17, 2005

阪神・淡路大震災10年に寄せて。

兵庫県一帯、大阪府を中心に甚大な被害をもたらした、阪神・淡路大震災から間もなく10年が経とうとしています。
その時、わたくしの居住圏が記録した震度は5強です。確かに未体験の大きな揺れではありましたが、身辺に殆ど被害はありませんでした。

「えらい大きな地震が来たな…」
その日は未明まで部屋の片付けに取りかかっていた為、まだ充分に眠っていなかったのです。揺れが収まったのを確かめるや、わたくしは再び眠りに就きました。
その同時刻に、未曾有の惨禍が発生し、更に拡大していようとは想像だにしません。

数時間を経て起床、家族が観ているテレビの報道を、一瞥。先刻の大きな揺れが、ほんの数十㎞向こうの阪神地域で、大災害の様相を呈していました。
第一報の時点で、神戸周辺の状況は殆ど報道されていなかったと記憶しています。より東寄りの芦屋、伊丹、西宮など、そして大阪府内で大きな被害を受けた地域と…。
無論、それだけでも、ただ事では無いと理解するには充分でした。
高架ごと倒壊した阪急電鉄伊丹駅の惨状は、その時点で殊に強く印象に残りました。
そして、地震発生当初の神戸は報道を発信するどころでは無く、各地の被害状況も全体像として繋がらなかったのです。

学校から帰ると、神戸市を中心とした尋常ならざる被害の実像が、より仔細に報道されています。時を追う毎に増え続ける犠牲者の数…。

当時芦屋には、わたくしの母方の伯父が住んでいました。
…大丈夫だろうか? 漠とした不安が次第に現実味を帯びた懸念となって、家族の間で話題に上ります。

数日を経て、近在の身内で集まった上で、芦屋まで伯父を見舞う事になりました。
わたくしの父と、母方の伯母、わたくしと弟の4人で、迂回運行する阪急電鉄を乗り継いで、芦屋へ。
その時点で阪急電鉄は、辛うじて西宮北口まで運行していました。其所から先は徒歩です。

列車が西へ西へと進むに連れて、次第に目にする光景が変化しました。まず、剥落した屋根が目につき始め、其所此所で青いビニールシートが被せられています。やがて、古い木造家屋が倒壊した姿が、そしてモルタル造りの住宅が、鉄筋コンクリートのビルが、傾き、倒壊した姿が…。

西宮北口の駅舎に到着した時点で、其所は完全に被災地の様相でした。
上下水道を初め、ライフラインの大半が途絶えています。水が流せず、ひどい状態のトイレ…。

駅前にも倒壊した建築物が、幾棟も見受けられます。

其所から約8km、芦屋へと歩き始めました。
大きくひび割れた道路、全てのマンホールが数十㎝に渡って浮き出しています。そこに腹を擦りながら通過してゆく、手書き文字で「災害支援」(私用でも方便的に使われていたこの表示は、やがて規制・自制されるようになります)と貼り付けた自動車。
リュックサックを背負った人々が、列を成して埃の舞う中を西へ西へと歩いて行きます。
沿道の倒壊家屋も一層目立ち始めました。
「住まっていた人々は大丈夫だったのだろうか…。」
そう案じずにはいられませんが、かと言ってそれ以上の事を察することは出来ません。無事を知らせる、或いは安否を気遣うマジック書きの張り紙。
伯父と家族はどうしているだろうか、まだ何も判りません。

3時間近く歩き続けて、漸く伯父のマンションに到着しました。建物全体が傾斜しながらも、どうにか形状は保たれています。
家族共々、幸い無事だった伯父は我々の突然の来訪に驚きながらも、地震発生時の状況、その後の生活を語り始めました。寝所の家具が向き合って倒れた狭間に取り残され、辛うじて事無きを得たこと、浴槽に残していた水で、どうにか生活用水を繋いでいる事…。

再度の訪問を約束して、我々は伯父の住居を後にしました。

また同じ道程を、今度は日没後に辿り始めます。
すると、どうしたものかステーションワゴンに乗る男性が声をかけてきました。暗い不案内な道は大変だろうから、最寄りの運行駅まで送って下さると申し出てくれたのです。
思い返せば既に、往路・復路、至る所に人と人との支え合いが在りました。大きな損害を被りながらも、残った中から提供出来るものを提供し合う事、ちょっとした不便でも、普段以上に声を掛け合う事…。

被災後の神戸を最初に訪れたのは、その年の夏の事です。
未だ完全には撤去されていない瓦礫の山、傾斜、半壊した住宅。随所で途切れ、補修されている阪神高速…。
歩いていると、汗が滲む肌に埃が黒くべったりと付着しました。復興作業はそんな中で、途切れることなく続けられます。


あれから10年、その間にわたくしが神戸との間を往来したスパンは、かなりの間隔があります。
訪れる都度に、発生直後に目にした沿道の風景は復興を遂げてゆきました。
現在、震災の爪痕を直接留めている箇所は、もう殆ど残されてはいないのでしょう。それが、復興と云うものです。
しかし、西へ西へと進むに連れて、風景の中から減ってゆくものがあります。それは、市街の陰翳を形成する古い建造物です。
替わって建てられた新しい建造物には、今も元の方が住まってらっしゃるのでしょうか…?
そんな事をいつも考えます。

街が今の姿に至るまでに乗り越えてきたもの、そのプロセスは、被災による惨状程に詳しくは知りません。
何かを失う事も無く、そして復興に対して何ら貢献していないわたくしは、被災状況をある程度は見知りながらも、ただの傍観者に過ぎません。

しかし、だからこそ、この身に置き換えて考えたいのです。
災害で多くのものを失い、それを取り戻すために積み重ねられてきた、一人一人のこの10年と云うものを…。


芦屋の伯父はその後数年を経て急逝しました。やはり震災後は激務が続いたようです。

風呂の水は、今も入れ替えの直前まで残すようにしています。
 
 
 

6433人の尊い生命に、衷心から哀悼の意を捧げつつ。

2005年1月17日
 
 

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Tuesday, January 04, 2005

帰還報告

昨晩遅くにMidnight Sugar様の御宅から帰還した次第です。厚かましくも2日続けて夕食まで御馳走になってしまいました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げたいと存じます。
ありがとうございました。

新年早々にお邪魔してしまいましたが、お陰様で賑やかで楽しい時間を過ごす事が出来ました。
色々とお酒を飲んだ後、その流れで夜遅くまで麻雀、と云う流れに…(^^;
わたくし麻雀は全く心得が無かったのですが、一からレクチャー頂いて、結局2周目オーラスまで参加してしまいました。
考えてみれば麻雀は重要な社交遊戯ですからね。覚えて置くに越した事は無いでしょう。面子が揃わないと実戦経験は積めませんが、ここは一つ、ゲームソフト等で鍛えてみようかと思ったりして…。


久しぶりに直接お会いする便宜を得て、漸くお伝え出来た事もありました。
御作の感想もそうですが、Midnight Sugar様のサイトについても、ちらほらと…。

氏のサイトは以前に移転なさっていて、その際に複数のコンテンツがUnder constructの状態となりました。
中でも再アップロードが望まれるのが、ジャズ関連のコンテンツです。
Midnight Sugar様はニューヨークに滞在されていた時期に、アート・ブレイキーファラオ・サンダースと云った人々と面識をお持ちだったとの由。関連するエピソードや、その頃のハーレムの雰囲気を伝えるコラムが掲載された、素敵な内容でした。

かれこれ1年近く閲覧が出来ない状態が続いているので、この機会に強くリクエストさせて頂きました。期待してお待ち申し上げたいと思います(^-^)

それと、お伺いする度に何か音源を携えてゆくのですが、今回はアルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」にしました。
Midnight Sugar様とは、以前にギドン・クレーメルの「ピアソラへのオマージュ」をきっかけに音楽談義が深まった事、そしてキース・ジャレットによるショスタコーヴィチ/「24のプレリュードとフーガ」がお気に召した事とを踏まえたチョイスです。

前掲「タブラ・ラサ」の1トラック目「フラトレス」は、クレーメルとジャレットの共演。これをお勧めせずして何を…と云った感じかもしれませんね。

特にキース・ジャレットは、もとは氏を通じてその魅力に開眼したアーティスト。ショスタコーヴィチは謂わば「フィードバック」を言う訳です。
こう云う事があるから趣味を通じての交流は楽しいもの、つくづくそれを実感します。
 
 

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Saturday, January 01, 2005

あけましておめでとうございます

皆様、あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

本日は未明より初詣に行って参りました。参詣したのは伏見稲荷大社です。
全国屈指の混み合うお宮様なので、それを避けるためには午前7時あたりまでがボーダーラインになるでしょうか。それ以降は段々と人が増え始め、10時にもなるとニュースなどでも報じられるような盛況に。

そんなこんなで、友人とは午前4時半の待ち合わせと致しました。本殿への参詣を済ませた後、千本鳥居を抜けて山上の四つ辻を目指します。
天候は雨模様から、やがて段々とみぞれ混じりになりました。道が狭い上、絶えず鳥居に囲われているものですから、傘同士ですれ違うのがなかなか大変。また、濡れた石畳の所為で足下も覚束無い状態です。

体力の減衰も実感しました。
大学に上がりたての時分には、ひょいひょいと登ったものですが…四つ辻に着く頃には息が上がってしまい、帰途の下り道では膝がガクガク震えます。
完全に運動不足のようです…今年の目標が早くも増えてしまいました(^^;

それと、朝方に帰宅してから自覚したのですが、年末の2日間、まる48時間中7時間程度しか睡眠を取っていませんでした。先だってのハードディスク換装やらで体内時計が大きくズレており、そのまま大晦日のスケジュールに突入した為こうなったようです。

そんなわけで、朝から夕方まで熟睡してました。正月番組のチェックもろくろくしないまま、はや元旦も過ぎようとしています。
一年の計は元旦に在り…なのになあ。

ともあれ、正月休みの間に今年の見通しをゆっくり考えようと思います。
今月は半ば辺りから、修羅場のようなスケジュールになる予定なので…(-_- ;

明日・明後日は当ウェブログからもリンクさせて頂いているMidnight Sugar様の御宅に伺う予定です(^^)/
また、色々とお話ししたいと思っています。


それでは皆様、楽しいお正月をお過ごし下さい。
 
 

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Friday, December 31, 2004

今年を振り返って

8月末に開始したこの「銀璧亭」、ご来訪下さる皆様のお陰をもちまして、ウェブログとしての体裁を保ちつつ、年越しを迎える事が出来ました。
このスペースを通じて、様々な御縁に与ったのは無上の喜びです。このウェブログをブックマーク頂き、常々ご来訪下さっている方、拙い記事に嬉しいコメントを下さった方、相互リンクを御寛容下さった方…。
皆様に、心の底から感謝致します。
本当にありがとうございました。

さて、ウェブログで迎える初の大晦日と言う事で、もう1本だけ本年の総括的な記事を書いてみます。備忘録…と言うよりは、思い付くままに連ねるだけですが(^^;

<今年印象に残ったCD>

◆バッハ:平均律クラヴィーア組曲/リヒテル(p,1973年インスブルック・ライヴ)
版権のグレー・ゾーンを擦り抜けて(?)、中国限定で再発された(中国POLOARTS/CL4B-86080-2)「幻の名演」。日本への正規輸入ルートが存在しなかったこのCD、中国にお住まいの畏友、2号機様のご厚意で入手が叶いました。深沈たる名演奏です。
◆Nuestro Flamenco 2(ヌエストロ・フラメンコ/Vol.2)
RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源のCD化第2弾。録音嫌いの伝説的トカオール(フラメンコ・ギタリスト)、ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)によるソロ演奏を初めて聴いた。僅か20分程の音源、でも、かつてないインパクト。これまで積み重ねてきた価値観が根底から覆った!
◆マリヤ・ユーディナのスクリャービン
正規発売の音源ではありません。Webを通じての御縁から何かとご厚誼に与っている、さるお方にお譲り頂きました。事の性質上詳しく書けないのが残念ですが、聴く者を魔境に引き込むような恐るべき演奏。正規発売を望みます。ご厚意への尽きない感謝と共に挙げる次第です。

<今年印象に残ったかわいいもの>

◆キユーピー
たぶん来年末にも挙がると思うな(笑)
今年も色々楽しませてくれました。「3分劇場」然り、「たらこキユーピー」然り。
でも、今の印象を支配しているのは、「3分クッキング」お正月メニュー特集。画面後方の木製テレビ枠(?)の中で凧揚げしているキユーピーちゃん…かわいい!
◆野生パンダの赤ちゃん
NHKの特集番組「岩合光昭、野生のパンダを撮る!」より。
ご覧になった方も多いでしょうか…?
問題は最初のアプローチの場面。崖の下を見下ろすと、茂みの狭間、朽ち葉の上に、白いマクラないしモチ状の「フカフカした物体」が小さく見えます。まさかと思ったら、それがパンダの赤ちゃん…思わず顔が緩んでしまいました(*^^*)

<今年よく効いた薬>

◆吸出し青膏(たこの吸出し)
今年のMVP薬品(なにそれ)は、何と言っても「たこの吸い出し」
言わば古典的常備薬ですが、時代は変わっても病気の本質は変わりません。現代人にもちゃんと効く妙薬、むしろ今、ニーズは高まっているのでは…?
発売元の町田製薬さま、僭越ながら宣伝攻勢を強化しては如何かと存じます。

<今年凄いと思った言い訳>

◆「客観的に事実なんだろうと思う」(橋本龍太郎元総理/一億円ヤミ献金疑惑への釈明コメント)
「記憶にございません」に続く、政界発の「名言い訳」がまた生まれました。いや、皮肉でも何でもなく、こんな繰り言が出てくる発想力・自己保身センスは凄いと思いますよ。
アニメ「機動戦士Zガンダム」に、パプテマス・シロッコと云う、舌を噛みそうな名前の悪漢が登場します。戦争の重大局面での日和見を上官に咎められた際、彼はこう切り返しました。

「心苦しく思っております。ジュピトリス(彼の指揮艦)が好きに動いてくれませんでした。

うーん、これも絶妙な言い回し。
「好きに動いてくれませんでした」を「アニメ発」の「名言い訳」として加える事で、「記憶にございません」ともども、人生に役立つ3大言い訳として長く銘じたいと思います。

<今年悲しかった事>

マンションに居着いていた猫が、11月に交通事故死しました。人なつっこいけど、何処か分限を心得た所があって、そこが好きでした。
大分時間が経ってから知りましたが、本当に悲しかった。まだ悲しい。
付かず離れず、の間柄だったけど、感情移入していたんだな…と実感します。

<今年嬉しかった事>

色々あります…。結構今年は多難な一年でした。
でも、父と祖母とが相次いで逝去し、母が交通事故に遭った一昨年を思えば、大抵の苦難は乗り越えられるように思ってますし、今年もまたそうしてきたつもりです。

日頃の交友でかけて頂く様々なご厚意。
探していたCDを、出先の中古屋で思いがけず発見した瞬間。
聴きたかった音源が翌月CDになる…と聞けば、その時までは絶対に生きていようと思います。
そんな事を積み重ねながら、自分の人生は絶えず進み続けます。ボートを漕ぐように、過ぎたものしか確かめる事は出来ないけれど、前へ、前へと。


2004年も残り少ないですが、どうにか乗り切って参りました。
来る年がどうか、一層実り多き一年となりますように。


そうそう、大晦日と言う事で今日限りのネタを一つ。
日本のトイレには古来より「加牟波理入道」(カンバリニュウドウ)と云う神様がおわします。大晦日の晩にトイレで一人(普通は一人で入りますよね?!)、「カンバリニュウドウ、ホトトギス」と声に出して言うと、翌一年はトイレで妖怪を見ないで済むそうです。

これで人里離れた民宿も、サイコ・ホラーの話題作も恐るるに足りませんね!
お試しあれ。

それでは皆様、よき新年を…。
 
 

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Thursday, December 30, 2004

ハードディスク換装

年末の余暇を利用して、デスクトップのハードディスクを換装しました。
出荷仕様のものは半年程の間で急激にガタが来て、最近ではかなり激しい異音を発する状態…。ここらで対策を打たないと、取り返しの付かない状態になる可能性があります。
過日のメールログ消失も、頻発するエラーの一端でした。

しかしながら、実際に筐体を開いてハードディスクを換装するのは骨が折れる作業です。更にその後のOSの再インストールも、時間がかかるもの…。
今回は友人の助力を仰ぎながら…と言うよりも、殆ど全ての工程を任せきりにしてしまいました。漸く状態が復しつつあるのも、偏に手厚いサポートあってのこと。
貴重な余暇を割いてくれた厚意に、ただただ感謝するばかりです。

ありがとう!


この機会に、出荷時のWindows MEともおさらば出来ました。
購入以来3年、近年稀な「ハズレ」エディションに付き合わされたものだ、とつくづく思います…ほんと。
これで今後はシステムリソースの捻出に心を砕く必要が無くなるかと思うと、せいせいしました。

ともあれ、このデスクトップも今暫くの使用に耐えそうです。


そんなこんなのゴタゴタの中、連日の更新を完全に放置してしまいました。
感想を書きたいCDが何点か届いていたのですが、残念ながら年内は見送る事に…。
新年を迎えた後、ゆっくり書いていこうかと考えています。

それと、更新出来ずにいる間にカウンタが3000を越えました。
年内に到達するかは微妙だと思っていたのですが、これも連日ご訪問下さった皆様のお陰です。
「一万石立藩」(実際に何かすると言う訳じゃありませんが…)を目指して頑張りますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
 
 
 

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Sunday, November 28, 2004

サントリー山崎蒸留所を訪ねる

昨日、今日と出掛けて参りました。
順番が前後しますが、まずは今日の話から…。

今日は友人と連れだって、サントリーの山崎蒸留所を訪れました。
事前予約制の工場見学ツアー(無料)が約50分。その後、ウイスキー館のゲストホールで、サントリーの自信作「山崎 12年」と「響 17年」とをテイスティング。ちょっとしたおつまみまで付いて、やはり無料です。
このツアー、それこそ何年越しかで訪れているので、正直言うと見学行程はあらかた覚えてしまっているのですが…その割に、アンケートでは毎回「2回目」って記入する辺りが、我ながら実に卑しい…(^^;

そうは言っても、今回はちょっと目新しい箇所がありました。
先頃募集が始まった、オーナーズ・カスクの専用区画が、貯蔵庫の中に設けられていたのです。

このシステム、まずはオーナーズカスク見学とテイスティングを申し込み(1万円)、納得ゆくまで吟味を重ねます。その上で気に入った原酒を樽ごと買い切ってしまうのです。
1樽当たりの価格も最低が50万円、最高では3000万円と云うのですから…うむむ。
幾らウイスキーが保存性に優れた酒であるとは言っても、恐らく投機性は皆無に近いと思われます。個人購入の対象としては、まさしく究極の贅沢ですね。わたくしには到底真似出来そうにありませんね、ハイ。
複数人で「ウイスキー講」を結成するのも良い方法かもしれません。ただ、どの樽を選ぶか、意思統一が大変そう…。
そんな事を考えている間にも専用貯蔵庫では、成約したオーナー氏が鏡板にご自分のサインを入れておられました。ああー、この身の裡にルサンチマンを認めずにはいられない瞬間だわ。

ちなみに樽ごと買い切りとは言っても、全て瓶詰めの上で届けられる、との事。空樽は取り扱いが危険な上、乾燥すると分解する危険性があるため、譲渡頂けないのだそうです。残念ですね。
ただ、鏡板を壁掛けにあしらって、記念贈呈して貰えるのだとか。

さて、蒸留所を訪れる大きな楽しみの一つに、テイスティングカウンターでの有料試飲があります。
サントリー銘柄のウイスキーは勿論、シングル・モルトを中心に、各国の様々な銘柄をテイスティング出来るのです。
あ、国内の競合各社の銘柄は置いてません。

…なんだか今日は、心なしか筆致がねじくれているような…。

ともあれ、一瓶買えば随分な値のする銘酒を数百円単位で試す事が出来るのですから、自分好みの銘柄探しにはうってつけの場と言えるでしょう。わたくしの好みもまた、此所に足を運ぶ事で固まったようなものです。

また、此所でしか味わえないものもあります。
例えば、樽で熟成する前の「ニューポット」、更には、樽出しそのままの原酒など…。
今回の収穫は、山崎蒸留所製の原酒「山崎スモーキー」。定番の銘柄「山崎」を構成するブレンドの一翼、殊にスモーキー・フレーバーが強いものです。
全般にサントリーのウイスキーは、ピート香やスモーキー・テイストを前に出さないブレンドがデフォルトであると見受けます。その辺り、わたくしの全く個人的な嗜好から、少々物足りなく感じていたのですが…。
この「山崎スモーキー」には心底唸ってしまいました。見事に造り込まれた味わいです。
蒸留所限定販売でも良いので、是非にと販売を希望致します。

そんなこんなで、仲間と随分杯を重ねてしまいました。

そう言えばこの蒸留所、「山崎」となっていますが、実際の所在地は京都府乙訓郡大山崎町ではなく、大阪府三島郡島本町です。

京都府と大阪府の丁度境目、本当に薄皮一枚で大阪府。

納得いかねえ~。


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Sunday, November 21, 2004

トナカイキユーピー

やられた。やられました。

チェックを怠っている間に、こんなキャンペーンが…。

キユーピーホームページ クリスマスキャンペーン

トップページのバナーでは「サンタキユーピーなど」と書かれていたものですから、いざ開いてみるまでは全然認識出来ませんでした。

サンタキユーピーは数年来、同社の年末キャンペーンのレギュラー的景品となっています。NTV系列の3分クッキングでスタジオ内に登場している、同社オリジナルのキユーピー人形(30cm)をベースに、サンタクロースのコスチュームを着せたものです。
景品として目にする機会の方が多いですが、年末のセール期間には個数限定で通販も行われています。
しかし、「トナカイキユーピー」は全くの新顔。赤いお鼻はどうやってくっついてるんでしょうね?
それにしても、フードなんか装着してしまうと、まるっきり赤ちゃんそのものではありませんか。これは似合い過ぎです。

これから約1ヶ月、世の中は日増しにクリスマスの色に染まってゆくんだなあ。

…と思いきや、最近の更新がもう一つあります。
2キユピ達が、春夏秋冬、季節毎に食べ物の話題を交わす、愛らしく微笑ましいフラッシュコンテンツです。

キユーピー3分劇場 秋号


かたやクリスマス、こちらは秋編です。偏食が話題になっている辺り、今までに比べて微妙にヘヴィですよ!
男の子キユーピーの健やかならん事を、願わずにはいられません。
ちなみにこのフラッシュに登場しているキユーピーは21cmサイズ、「3分クッキング」のオープニングに登場しているものと同じです。「たらこキユーピー」も、これをベースにしてあります。

こちらは年間通じて頒布されています。

キユーピーアヲハタネットショップ
キユーピー人形(21cm)


今回記事は、普段と比べてごにょごにょしたトピックなので、早朝にこっそり更新です(^^;
「たらこキユーピー」トピック の、続編と云う事で…。
 
日頃は秘めたるシンパシーの、ささやかな発現でございます、ハイ。 
 
 

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Wednesday, November 10, 2004

メール消失

(;-;)

(;-;)(;-;)

(;-;)(;-;)(;-;)


メールのデータが全部飛んでしまいました(;-;)

バックアップからある程度はリストア出来たので、最悪の事態は辛くも免れましたが…。
最後にバックアップ処理を行ったのが、およそ半年前。つまり、以後半年分のデータは完全に消し飛んだという事になります。
あの手この手の復旧作業が、暫くの間続きそうです。
中にはその旨を手紙でお知らせしないといけないケースもあるので、道は遠く険しい…。

こうした経緯から、突然メールボックスが半年前の状態になってしまいました。眺めていると、懐かしくもあり寂しくもある、複雑な心持ちです。
大晦日に「ゆく年くる年」などを観ていると、「1年とは、なんと短いんだろう」と感じるものですが、この場合は逆に、半年という時間の長さを実感します。この間にも様々な変化が身辺にありました。
年中行事で捉える時の流れと、日々の生活の積み重ねとは、やはり別物ですね。そう思うと、少し安心します。
1日1日の時の刻みが深ければ深い程、人の一生もまた、長く有意義なものとなるのでしょう。与えられた時間は限られていても、その密度を高める努力は、いつだって出来る筈です。
当たり前の事に思われますが、思いがけない事故から、その大切さを強く実感しました。
昨今の自分の生活を、見直してみる良い機会なのかもしれません。


それはそれとして、メールボックスのバックアップって、いつでも出来る割に、なかなか取りかからないものですね。殊ににわたくしは不精者なので、最悪の場合1年くらいは遡る覚悟でいましたが…。

皆様にも、この記事をご覧になった機会に、バックアップを実行されることを強くお薦め致します。

我が身の失敗が、せめてどなたかのお役に立てば…(*ノ-;*)
 
 

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Tuesday, November 02, 2004

1000アクセス御礼

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昨日、当ウェブログのカウント数が1000件を越えました。
これも常々ご来訪頂いている皆様のお陰です。厚く御礼申し上げたく存じます。
ありがとうございました。

実のところ1000カウント目は、いわゆる「自爆」というやつで、わたくし自身のアクセスによって計上されてしまいました(^^;
記念と言うことで保存しましたので、ここに掲げることと致します。

武士の禄高で1000石ともなると、旗本の末席に類別されますね。そう考えるとなかなか感慨深いものがあります。
次は1万石での立藩(?)を目指し鋭意邁進致しますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します(^-^)

現在使っているカウンタは同一アクセスポイントからの連続リロードを計上しないので、かなり正確な数字が出ていると思います。
実はそれより前、9月にたった1日だけ導入したカウンタがあるのですが、リロードする都度に認識されてしまうため、その日だけで実に100カウントを記録…。
…となると、今もそのカウンタを使っていたなら、既に1万アクセスを達成している可能性もありますね。そうなると、晴れて立藩です。
でも、それでは水増しに水増しを重ねた高直しという感じで、藩財政はさだめし悲惨なことでしょう…トホホ。

本日は無理なスケジュールで動いたこともあって、かなり疲労しております…。
でも、明日は祝日だ!

皆様もどうか、よき休日をお過ごし下さい。
 
 

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Monday, November 01, 2004

新紙幣発行と肖像

本日からいよいよ新紙幣が流通ということで、受け取る機会が無いものかと構えていたのですが…結局ダメでした(^^;
初日早々と言うわけには、なかなかいかないようです。
銀行の窓口に行けば良かったのでしょうけど、1人あたりの枚数制限まで設定されたというのですから、さすがに気後れを感じます。

それにしても、前回の刷新から既に20年が経過してたんですね。その時のことは子ども心にも印象深く、未だによく記憶しています。

滅多にない事でもありますし、今回は新紙幣の肖像について、云々です(^-^)

新紙幣の肖像が発表されたのは2年前の夏ですが、その折には正直な感想として、あまり違和感を覚えることはありませんでした。
20年前に聖徳太子と伊藤博文が、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石に変わった時程のギャップはありません。
おそらく今回は、文化人から文化人への交代だったからでしょう。
そしてもう一つ、前回の刷新と今回の刷新で肖像となった5人には、全て共通点があります。これも見落とせないところです。

1949年から1952年にかけて発行された、「文化人シリーズ」という切手があります。
これは、明治期以降に活躍した、我が国の文化人を取り上げたシリーズで、合計18種が発行されました。
全種を発行順にざっと列挙すると、以下のようになります。

<8円切手>

野口英世
福沢諭吉
夏目漱石
坪内逍遙
九代目 市川団十郎
新島襄
狩野芳崖
内村鑑三
樋口一葉
森鴎外
正岡子規
菱田春草

<10円切手>

西周
梅謙次郎
木村栄
新渡戸稲造
寺田寅彦
岡倉天心


…といった具合です。紙幣に登場した人物全員が、見事に含まれていますね。前回刷新では意外な抜擢(あくまでも一般的な知名度の問題として)に思われた新渡戸稲造もまた、然りです。
全て金属彫版であしらわれている点でも、紙幣肖像との親和性は高いです。事実、新渡戸稲造を除く4人については、紙幣と同じものが用いられていて、現行紙幣の雛型かと思われる程。

つまるところ、これらの切手に登場した人物が、紙幣肖像に選定される一定の「基準」と考えて良さそうです。今から次の刷新を予想するのも楽しい(?)かもしれません。
この中には、我が母校ゆかりの人物も含まれているのですが…さすがに紙幣への登場は難しそう。わたくし個人としては、寺田寅彦が選ばれたら嬉しいかな。森鴎外は次回登場が濃厚かと思うのですが、どうでしょう…?

関連する形で配信されたニュースを見ていましたが、こんな一文が目に留まりました。

「東京の「台東区立一葉記念館」は月曜休館だが、1日は臨時に開館した。
野口英世の故郷、福島県猪苗代町がある会津地方では、各地で記念行事が盛りだくさん。同郷で同じ名の小学校教諭××英世さん(46)が口ひげに帽子、モーニング姿の野口にふんし、雰囲気を盛り上げた。」

(新札流通始まる、20年ぶり一新:読売新聞)


斜め読みしていたら、

口ひげに帽子、モーニング娘の矢口にふんし、雰囲気を盛り上げた。

…と、見えて、小生大いに驚いたのである。

この場合、矢口真里が口ヒゲ+帽子姿なのではなくて、あくまでも口ヒゲ+帽子姿で「矢口真里にふんして」いる所がポイントと申せましょう。

極めて倒錯的な読み違いであるといえよう。


うーむ、些か疲れているのかもしれません。
文化の日が待ち遠しいでふ(-_-)ゞ
 
 

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Wednesday, October 20, 2004

台風/たらこ

なんだか今年の気象はオカシイですね。
ユーザーカテゴリ一覧にも、「台風」を追加したくなります。

此度の23号は、わたくしの生活圏を直撃という感じでした。今年数多く上陸した台風の中でも、一番ひどかったんじゃないかな…?

風もさることながら、雨量が強烈でした。近所の末端河川も、周辺の住宅を脅かしかねない程に増水しています。

現時点では暴風圏の後ろ側に入ったようで、雨は一段落といった感じです。
ただ、先程までは雲間から星が見えていたのですが、にわかに風が強くなってきました。
窓の合わせ目の隙間から入る風が、カーテンを揺らしています。帰宅がもう少し遅かったら、怖い思いをするところでした。


他愛もない話題ですが、プロフィール画像を変更しました。
キユーピーホームページCM紹介から借りてます。
「キユーピーパスタソース」の新作CM「たらこキユーピー行進篇」です(^-^)

>中にはいたずら心を発揮して、行進しながらナナメを向く個性派もいます。
>目立ちたがり屋さんを探してみてください!

さすが、見る者のツボをよく心得てらっしゃる…。・:*:・( ̄ー ̄)。・:*:・

それにしてもこの「たらこソング」(?)は耳に残るなあ。
メロディラインとアレンジは、微妙にスラヴ系の民謡を思わせるところがあります。


今回は実に投げやりなタイトルと本文でした…反省(^^;
 
続編記事>>トナカイキユーピー
 
 

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Wednesday, September 22, 2004

休日前の休業

一昨日から、雨が降ったりやんだりという天候が続いています。そう思っていると、今日は随分と涼しくなりました。
暑さ寒さも彼岸まで、とは本当によく言ったもので、これから先は秋の気配が色濃くなってゆくのではないかと思います。

さて、明日は秋分の日ですね。休日前の夜ということで、急に予定が入ってしまいました。
これから今回分のテキストを入力しようとしていた矢先だったので、ちょっと困りものです。かと言って代わりに用意出来る内容もありませんし…。

潔く今回は休業とさせて頂きます。

もののついでのようですが、先頃の気になるニュースを一件。


日本一狭いホーム、24日でお別れ
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日本一狭いホームとして鉄道ファンに知られている阪神春日野道駅。両側に新ホームが出来て、このホーム(中央)も24日でお役御免になる。70年前に出来たが、この間無事故だった(21日午後、神戸市中央区)(時事通信社)17時27分更新


同じ関西と言うこともあって、春日野道駅は幾度か通過したことがあります。島式プラットホームにしては異常な狭さで、通りすがりにも気になっていたのですが、まさか日本一とは知りませんでした。
両側を電車が通過したらさぞ恐ろしいだろうな、と思ったものですが、そこはうまくしたもので、同じ時間に上下線が鉢合わせないよう、ダイヤの上で調整してあったとのことです。
それにしても開業以来70年間、無事故とは素晴らしい記録です。却って用心したから、ということみたいですね。

知っていたなら途中下車してみたんだけどな…24日か…。

日頃気にかけていなかった事象でも、こういう取りこぼしは凄く残念です。
 
 

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