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Saturday, December 29, 2012

2012年NHK大河ドラマ「平清盛」-全話見終えて

 NHK大河ドラマ「平清盛」、最終話の視聴率は9.5%だったそうです。放送を終えての平均視聴率は12%歴代最下位、これは大惨敗だと言わざるを得ません。
 私は年初の記事でこの作品を非常に大きな期待を抱きながら当ブログで大絶賛しました。
 そして全話の視聴を終えた今、その時の感情は完全に冷え切り縮み硬直してしまいました。
 私は「ゴールまで好意的視聴者としての節義は通したい」という気持ちで、作話や考証、表現、演出等々、マイナスの面に対しても随分頑張って堪え呑み込んだつもりです。それだけに非常に残念な結果に甚だ落胆しています。
 
 初回から序盤は本当に良かったと、録画を見返しながらも未だに考えているんですよ、私は。
 良くない兆しは早くも海賊討伐のあたりからあったのですが、それでも保元・平治の乱までは許容範囲だと思っています。ただ、鳥羽院、美福門院、そして崇徳上皇や悪左府といったキーパーソンが繰り広げた高度に知的で陰惨な暗闘は、もっともっとえげつなく描かれるべきでした。キャスティングはそれを成しうる起用ばかりだっただけに尚更口惜しいことです。「保元物語」に詳述された悪左府が凄惨に朽ち果ててゆく姿や、よく知られる崇徳帝の怨霊伝説など、みんな綺麗事に陥った描写で肩透かしそのものです。
 「映像が汚い」と言われた割には人間の本質的な汚さ、生々しさは放送回を追う毎に疎かなものとなっていったのではないでしょうか。

 「壇ノ浦まで描く」という当初の触れ込みは結果的に最悪の形で裏切られてしまったので、中盤から終盤まではあたら字数を連ねるまでもありません。
 ホンマ、海賊出さなかったらもっと掘り下げられたんとちゃいますか?
 「平清盛」は、総じて言えばペース配分を誤り、竜頭蛇尾に終わった作品だと私は考えます。
 また、世に広く知られたこの時代の逸話、―「日本国の大魔縁」や「俊寛足摺」「清盛の医者は裸で脈をとり」等々―は視聴者が期待している場面なんですから、力を入れて描かれるべきでした。これをやらなかったことが大惨敗の重要な一因となった筈です。制作陣による薄っぺらな新挿話なんてフィルアップ程度の扱いで相応なのです。

 それでも、最後まで頑張ったキャスト各位の努力には心からの賛意を贈りたいと思います。
 松山ケンイチさん、あなたは最後までホンマによう頑張らはった、偉い!!

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Friday, November 30, 2012

ジョルジュ・ドン/没後20年-1992-2012

 モーリス・ベジャールという不世出の創造者且つ強大なカリスマを2007年に喪い、そこからのベジャール・バレエ・ローザンヌの新たな歩みを記録した「ベジャール、そしてバレエはつづく」(原題”EL ESFUERZO Y EL ANIMO”/スペイン/2009)というドキュメンタリー映画を年初に視聴した。

 作中、十余作の演目が紹介される中で、序盤早々に「恋する兵士」の映像が登場する。
 ダンサーは同団体所属の日本人、那須野圭右さん。肉体で重力を完全に制御してしまったかの如く軽やかで、ブレの無い、そして朗らかなパフォーマンス。その技量とセンスに感服しながら、2008年の来日公演の際、実際に目にした時に自分が持った印象を再び手繰り寄せた。
 そして 「恋する兵士」、途中で音楽は全くそのままに、映像だけが別のものに切り変わる。
 
 -ダンサーは、ジョルジュ・ドン。
 
 「アクア・アルタ」からの抜粋同演目で、恐らく1970年代後半に撮影された映像だろう。
 ああ、ああ、ドンだ、と心腑を射抜かれたかのような瞬間的で強烈な感動がこみ上げる。
 10秒、20秒と見入っているうちに様々な想念や感情が切々と交錯し、やがてひとりでに涙が溢れ止まらなくなった。
 違うのだ、「現代」のダンサー達によるパフォーマンスと、過ぎ去りしジョルジュ・ドン。何もかもが、余りにも、こんなにも!!

 ジョルジュ・ドン/Jorge Donn が病没したのは1992年の11月30日。
 今年2012年の11月30日を以って、ジョルジュ・ドンの夭折からちょうど20年が経つ。
 ……20年だ!!

 1991年、まさか最後の来日になるとは想像もせぬまま、私はドンの実演に接する機会を永遠に逸した。その時の演目「ニジンスキー/神の道化」の事を思い出す。
 この中には、ドンが踊ってきた幾つもの演目が含まれていた。「アダージェット」も、そして「恋する兵士」も。
 バレエの事は何も知らなかった当時の私だが、「恋する兵士」は一目惚れてしまった演目だ。
 そして、この演目を構成する心浮き立つ歌曲は何という名の曲なんだろうと、その時から気になってどうしようもなくなってしまった。

 今現在の、これほどまでにWebが拡充、浸透した社会の在り方からは想像もつかぬほど、当時はごく些細な「情報」を尋ね当てる事が難しかった。手段は限定されていたし、情報を持つ者同士を結びつける媒体は原始的かつ大仰だったのだ。
 新聞や雑誌の「教えてください」投書欄なんて、今10代20代の若い人達にとってはすっかり縁遠い事だと思う。
 「◯月□□日放映の××という番組でラストシーンに流れていた英語の歌の曲名をどなたか教えてください。テレビ局に電話したのですがわからないという回答でした」などという情報提供依頼をハガキに書いて投書までして、さて、それが掲載されるかどうか…。掲載されても必要とする回答が誰かからあるのか、得られた回答の通りに然々の音源を探して買い求めて、それが本当に目的の音源なのか。
 手間暇や費やす労力、回答が得られるまでのタイムラグ。空振りであれば、浪費も発生する。
 かつてはこうだったのだ。幾つもの関心事を悔しながらに諦めてきたのだ。
 Webに何もかもが揃っていて容易にアクセスできる今はね、夢のような時代なんですよ、本当に!!
 

 私は「恋する兵士」という曲名がわからなくて、もっと言えば演目の特定さえ長らくままならないまま、3枚もカンツォーネのオムニバスCDを「空振り」購入した。3枚目の浪費でいい加減厭になって、ベジャールの演目と同じ音源を手に入れる事は無理なんだと、それで割り切って過ごしてきた。
 ところが、先述の通りに映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」を観て、今度はもうどうしても我慢できなくなってしまった。執念深く、あれやこれやとWebでキーワード検索、試行錯誤する……。

 その、解答から先に書く。
 
 ベジャールの「恋する兵士」で用いられる音源は、カンツォーネ、正確にはナポリターナ(ナポリ民謡)の
”O Surdato 'Nnamurato”という歌だ。
 歌っているのは、マッシモ・ラニエリ(Massimo Ranieri/1951-)、サンレモ音楽祭華やかなりし頃の大スターだ。
 そして、音源が収録されているCDは、このアルバムである。

 私も自分で購入して確かめているので、ベジャールの「恋する兵士」に用いられている音源と寸分違わぬ事を請け合う。
 ラニエリの歌唱、バックオーケストラ。そしてこれも重要、ライヴ収録に伴うオーディエンスの歓声、手拍子、喝采、紛れもなくこのCDの11トラック目”O Surdato 'Nnamurato”のものだ。
 取り寄せて届いた現物を宅内のオーディオにセットした時の張り詰めた気持ち、そして、20年希求して已まなかった音楽がスピーカーから流れてきた時の感激よ!!

 
 映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」で、映像がジョルジュ・ドンに切り替わった時、私は何故滂沱の涙を流したのか。
 
 ドンのパフォーマンスは、近年・現在の第一線の人々とは異質な何かを具えている。
 ドンの身のこなしは決して軽くはないとも思われる。体躯のコントロールについてもピタリ、カチリと「決まる」ようなものではない。言ってみれば、荒削りだ。
 早くから強く志してベジャールと道を同じくし、大成した頃にはすっかり「ベジャール・バレエのための」ダンサーとなっていたドン。
 
 舞踊芸術のフィジカルな要素は、スポーツ競技のように日進月歩の進化過程を現在も続けている。例えば30年前にシルヴィ・ギエムが世界を驚愕させた稀有なる身体能力は、今や世界的な第一線の「標準」として定まった感がある。
 ベジャール・バレエのダンサーにおいても、ジョルジュ・ドンが現役だった時代と較べると、同様の進化を遂げていると言えそうだ。
 だが、ドンはフィジカルな部分での不足を、表現力で補ってなお余りある、そういうスタイルの不思議なダンサーだった。そして、ベジャールの作品と相互に分かち難い形で存在が成り立っていた。
 
 ベジャールの演目を云々する時、私のように何かとジョルジュ・ドンの存在を懐かしんでいると、いかにも懐古的な拘りを捨てきれていない人間だと見られてしまうのかもしれない。
 だが、確かにドンだけが持っていた特別な素質はあったのだ。
 ダンサーとしての技術的な優劣というスケールでは計る事が出来ない、純粋なパフォーマーとして放たれる強烈な「力」があったのだ。
 筋肉と血流と汗と呼吸と、そして運動に直結した顔の表情と、生理的感触を剥き出しにして踊るジョルジュ・ドンの姿は、どこまでも人間的だった。喜怒哀楽、理性、狂気、人間生来の観念をダイレクトに伝えるものだった。
 ジョルジュ・ドンの「ボレロ」が私の中で決して退色しないのも、「恋する兵士」で胸の中を激しく掻き毟られるような気持ちになるのも、このような理由に因るものなのだと、没後20年を経て認識を新たにしている。

 私にとっては積年の宿願とも言うべき「恋する兵士」の使用音源が今年手に入ったのは、20年の間、追慕の気持ちを決して翳らせる事のなかった私に、ドンが彼岸からちょっとした嬉しい便宜を図ってくれたような気もするのだ。

 そして、継承と新たな創造という極めて困難な命題を担うジル・ロマンと、彼が率いるベジャール・バレエ・ローザンヌの前途を私自身も応援したいし、期待を持ち続けたいと思う。

―2012年11月30日、ジョルジュ・ドンの没後20年を偲びこの一文を記す。



 ジョルジュ・ドン、没後20年の節目である今年、彼の夭折を心から痛惜する記事をお書きになっている御方がいらっしゃいました。私の拙い記事へとリンクまでして下さっています。
 ありがとうございます。想いを同じくする者として、敬意とともにこちらからもリンクさせて頂きます。
ジョルジュ・ドン没後20年が過ぎて・・・(14時46分発~パンドラの函を開けて)



こちらは私が2004年に記した記事です。「ボレロ」を中心にドンの事を書き連ねています。
ジョルジュ・ドン十三回忌に寄せて

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Saturday, September 15, 2012

タラソフ「前進せよ、今がその時だ」-遂に諦めがついた!

最近になって、Webを通じて、とあるロシア人の御方とご交流頂くようになりました。
先様が日本語と日本文化に対して深い造詣をお持ちなので、そのお陰様で、私の拙劣な語学力でもコミュニケーションが成り立っています。本当に得難くありがたいことです。
それで、私にしては大分と頑張って、以前よりもキリル文字に慣れてきました。

このような経緯から、ごく私的な領域での嬉しい副産物があったので、ここに記します。


きっと、日本に3人か5人ぐらいはこのエントリーを喜んで下さる方が有る筈だ(笑)

2009年に「ロシア革命アニメーション 1924-1979」というオムニバス形式のアニメーション映画が配給されました。
2部構成に分割して、ソヴィエト時代のプロパガンダアニメーション作品を紹介したものです。

ロシア・アヴァンギャルド大好きな私としては、そういうものを大いに期待して当時映画館に足を運んだのですが、さすがにロドチェンコやステンベルク兄弟みたいなド直球にクールな作品はありませんでした。
特に中盤、冷戦期の資本主義陣営に対するネガティヴ・キャンペーン作品群は退屈だったり鬱々とさせられたりで、楽しい鑑賞ではありませんでした。

しかし、それでもトータルで「やっぱり観て良かった!」と思わせてくれたのは、おおよそ我々の社会状況からは生まれにくい強烈な作品が幾つも含まれていたからに他なりません。
「ジガ・ヴェルトフがアニメ撮ってたんだー」なんていう歴史的な感動があったり、はたまた「惑星間革命」の構成にロシア・アヴァンギャルドが生んだ空前のSF映画「アエリータ」(1924)を連想させられたり。

純然たるプロパガンダ作品としては「電化を進めよ」(1972年制作/イワン・アクセンチュク監督/Иван Семёнович Аксенчук/1918-1999)が最高でした。
映像も音楽も発想も、もうビキビキです(笑)

しかし、この上映を鑑賞なさった方の過半数は、恐らくAプロ・Bプロ共に掉尾を飾った、ウラジーミル・タラソフ(Владимир Ильич Тарасов/1939-)による「射撃場」(1979)と「前進せよ、今がその時だ」(1977)の2作品を強く印象に残していらっしゃるのではないでしょうか?
私にとっては特に後者、「前進せよ、」が強烈でした。
非 常 に っ . ょ ぃ.. 中毒 性 が あ  り ます. 。

マヤコフスキーのテクストを元にした映像作品で、ディテールをつぶさに読み解こうとしてもしょうがないんじゃないかなーこれは。或いは、その時代、その国に生きた若者でないとダメなのかもしれない。
映像としてももうバリバリのキタキタ(゚∀゚)なんですが、冒頭、ブンブン振れるモンケーンと共に鳴るソヴィエト・ロックがタマランのです。

この予告編の冒頭部分でお確かめ下さい……。

Youtube 竹書房アカウント
ロシア革命アニメーション 1924-1979予告編

どうです、ヤミツキになりませんか?


みょんみょんみょんみょん♪
みょんみょんみょんみょん♪♪
みょんみょんみょんみょん......♪
.......................♪
ぎょわーん☆☆☆♪♪♪


フピリョード!♪
スタラナ!♪
スクォリェーーーーエ♪
マヤッ!♪


こうなると是が非でもCDを手に入れ、自宅のオーディオでこの曲を鳴らしたくなる、或いはカーステレオで運転中のBGMとして流したくなる……、ような、気がしませんか?(笑)
私はそうだッ!!

この一連の「ロシア革命アニメーション」は、日本より先に英語圏で配給された様子なのです。
直接リンクはしませんが、英語字幕を付したヴァージョンが、この「前進せよ」についてもYoutube他、各種動画投稿サイトにアップロードされており、視聴可能です。
そして、そのエンドロールで、この映画のテーマソングのパフォーマーとして"The Tin Soldiers"というクレジットを見出すことが出来ます。

"The Tin Soldiers"、つまり「ブリキの兵隊」。
さて、これをロシア語に訳して拾うと……、

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ
また、エンドロールには、"А.Горин"という人名が、この曲を作曲した人名としてクレジットされています。

さあ、この2つの鍵を使って、ネチネチと検索検索!!

アッ――――――(゚∀゚)タ――――――!!!!!!!!!!!!

<注意:リンク先を開くと大き目の音量で音楽が流れます>

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ

バリバリ現役のロック・グループでした。皆さんお元気そうで何より(^^)
このグループ、結成が1968年ということで、既に40年以上も活動しているんですね。
オフィシャルサイトも見つかったところでディスコグラフィを見るのですが、この「前進せよ、」(1976年制作)のテーマソングは
………………………………無い………………………………、
…………………全く見当たらない………………………………。

ロシア、或いはソヴィエト限定で発売された形跡だけでも探せないだろうかと、更に色々検索すると、興味深いページを発見しました。

Вперед, время! (Владимир Тарасов)

ロシア版のYoutubeみたいな動画投稿サイトだと思います。
これに付いたロシアのユーザーさん達のコメントが、この「前進せよ、」が、当のロシア本国では現在どのような状況に置かれているのかを断片的に教えてくれます。


ユーザーさんА:
どうもありがとう!(英語の)厄介な字幕無しで、このアニメの動画を探していました!

 ……ふむふむ、ひょっとすると一連の「ロシア革命アニメーション」作品群、海外から逆輸入的にロシア本国でもリバイバルしたのかな?


ユーザーさんБ:
長い間、この曲を探しているのだけれど……

 ……どうやらロシア本国でも見付からないのか、この曲。


ユーザーさんГ:
仲間よ、私もアンドレイ・ゴリンによる「前進せよ、今がその時だ」の曲を探しています。彼らのウェブサイト上で誰かがそれについて質問していました。でも、返事がありません……。

 ……直接訊いた勇者がいたのかーッ!!


それで、返事が無いということは、どう捉えるべきなのか。
つまり、ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИのメンバーにとって「前進せよ、今がその時だ」は、既に過去そのものなのだという事なのでしょう。

記事タイトルに付したように、ロシア本国の人が訊ね探して、それでダメだと言うならもう、この「前進せよ、今がその時だ」のテーマ曲を、まして日本国在住の日本人がCDで手に入れようなどという儚い望みは諦めるしかありません。
突き詰めるところまで突き詰めて、スッキリ、サッパリしました。

前掲、ロシアのネットユーザーの反応の中には、ソヴィエト共産主義、ボリシェヴィズムに対する露骨な誹謗も含まれていました。
既に覆った体制、制度、思想、社会が生み出した、かかる作品群の振り返りは、とりわけ当事者にとって容易い事では無いと思います。それがダイレクトに、プロパガンダ的性質を伴って制作されたのならば、尚更でしょう。

しかしながら、ヴラディーミル・タラソフの2作品は、露骨なまでの思想統制的な作品群とは決定的に性質が異なると私は感じます。明らかにタラソフは、当時の体制、状況下で許容される目一杯の先取的な作品を創造しています。それが、ある視聴者を今日なお強く惹き付ける要素となっているのでは無いでしょうか。
ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИによるテーマ曲についても全く同様だと思います。

CDで手に入らないならば、ただいつまでも口ずさむのみ!
強烈に刻みつけられた映像を思い浮かべながら。

Вперед!
Страна!
Скорей  моя!!



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Sunday, January 22, 2012

名作、絶品、NHK大河ドラマ「平清盛」

タイトルが大仰に過ぎるかも知れませんが、平成二十四(2012)年・NHK大河ドラマ「平清盛」は、現時点でこれぐらい強く賞賛・称揚しておくべきだと個人的に思いました。

何が何でもこの作品を批難して、引きずり降ろさねば気が済まぬ人々には、これまた各自の好悪や利害があるのだと思います。別にそういう方々と自己主張を闘わせるつもりはありません。敵意も害意もありません。
しかし、私が危ぶむのは、時間即応的に流布する、悪印象をもたらす逐次報道が、この作品と「観たほうがよい人」とを遠ざけ、最終的に制作現場自体を揺さぶってしまうことにあります。

個人的なことを申します。

この作品は絶品です。
今、既にして傑作、大傑作です。

コンセプトをハッキリと決め、それに対して凝らし尽くせる限りの趣向が丹念に施されています。

これは、まさにマルチメディア作品としての素晴らしい「工芸品」或いは「芸術」です。

感覚を研ぎ澄まして視聴すれば、その注力分だけ、見返りがある作品です。

私は、主だった配役が明かされるに連れて、制作の意気込みが只事では無いと思いました。

これはもう、全編保存だと思いました。

そうして長尺を採った第1話を、じっくり視聴したのですが…。

鑑賞するために、映画1本分の心的・精神的エネルギーが要りました。
私はこの作品を、毎週放送ペースに合わせて視聴する自信がありません。
録画しておいて、自分の時宜を合わせて観るのが最適だと思いました。

また個人的なことを申します。
我が家の家系図なんてものは、市街地の95%を焼尽・消尽せしめた鹿児島空襲(鹿児島は米軍の爆弾捨場だったのです)でとうに失せました。
しかし、我が氏姓名乗りと地縁と家伝・口碑と過去帳が、「尊卑分脈/諸家大系図」の世界へと、かなり具体的な形で繋いでくれます。
私の中で「源平藤橘」のうち「源平藤」までは確実に混成しています。かと言って我が家が如何程の家門であるかと訊かれれば、実にみすぼらしい評価を受けることでしょう。「微禄小身」と世に言いますが、幕藩期以降は「微禄」さえも怪しいです。でも、私はそれで構いません。兎にも角にも、この国の長く深い歴史と、自分のアイデンティティとを繋ぎ、苦しい時悲しい時に、自己を励まし善導してくれるからであります。

そういう精神土壌を持つ者が、この「平清盛」第1回を視聴しました。

冒頭、3分でもう涙が出てきました。
「男が易々と泣くな」と亡父が私を育てたので、そうそう涙もろい方では無いと思うのですが…。
そして、尺中、何度も感極まって落涙致しました。

この作品は、男泣かせであります。
些事をあげつらうと、コンセプトそのものに対する評価を誤ってしまう、そういう作品だと私は思います。

そして、たかだか100年や200年で定義されてしまった「身分の貴賎」というスケールでは捉え切れない世界の話です。
私の、或いは、貴方様の、100親等や300親等に当たる人が、この作品には必ず「等身大」で登場している筈です。作中において、予想外に高い身分に在るかも知れないし、或いは、血と糞が滲む土の上に死に物狂いでしがみついているかも知れません。

気の塞ぐような世情にあって、元気を無くしている貴方様、私も同じであります。
この作品には、恐らく、何処かに貴方様の「ご先祖様」、そうでなくとも、その方の伯父さんとか従兄弟とかは登場している可能性があります。その人が作中でカッコ良くても悪くても、いいじゃありませんか。その人達と連なる人たちが頑張り続けたから、今の我々は今生、存在するのです。

「平清盛」を観て、人間としての誇りと自信を取り戻しましょう。

コメント欄は有効にしておきますが、土足で喧嘩を売りに来るような方は願い下げです。「貴方の主張」を発表する場は、このブログが見えている以上、極めて容易に獲得できる筈です。そちらでなさって下さい。間借りに来ないで下さい。尻馬にも乗らないで下さい。
また、私自身、意見の異なる方を貶し、己が主張の相対価値を高めようとする企ても、今後に渡って一切持ちません。
久々に、苦手とする「トラックバック」も有効にしますが、制作現場とコンセプトを少しでも応援出来れば、という一心に拠る行動です。作品を褒める為だけに利用して下さい。文面引用とリンクも同様です。作品を貶したり、或いは誉めそやす体裁で良からぬ利得を企てようとする方は、一切関わらないで下さい。
スパム等は、通報できる限りの処に通報致します。

どうぞよろしく。

素晴らしいNHK大河ドラマ「平清盛」の公式サイト。
NHK大河ドラマ「平清盛」

本日、第3話放映日ですが……、録画しますけど、まだ観ません^^;
じっくり腰据えて、丁寧に観たいので。

でも、私的に並々ならぬ思い入れ有る、源三位入道の初登場だけは、リアルタイムで間に合いたいなー。
どうも、この配役には凄まじいサプライズが秘されている予感がするんですよ。
確か、配役発表、まだですよね。
昭和47(1972)年の、あの名作大河ドラマ「新・平家物語」から、ダイレクトにとてつもない御方が配役されそうな予感さえします。
この文脈が当たっていれば……、もう「あの方」か「あの方」でしょうね(笑)

源三位入道、源三位頼政、源頼政。

公卿の時代から武家の時代、平家の時代から源氏の時代へ、それを象徴する巨大なキーパーソンですから。

まあ、この予感は勿論、外れてもいいんです(笑)

しかしまあ、「義経」で、亡き丹波哲郎氏が演じられた源頼政、カッコ良かったなあー。
あれはもう、私の中で永久不滅の絵姿ですわ。

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Wednesday, January 11, 2012

伏龍興起,鳳雛羽化.壬辰一月.

今年は何か、陽を向くように世が革まる起点であるように感じられるのです。

以前のように、己が心魂を甚大に傾注した更新に復することはもうあるまいと思いますが、このブログ「銀璧亭」を再び脈動させようと思います。

何か特定の宗教や思想に発心したというわけではありませんからね^^;

しかし、幼き時から年々歳々敬慕の念、弥増しに増す、聖ジャンヌ・ダルクの生誕600年を心よりお祝い致します。

Sainte Jeanne d'Arc, priez pour nous.

そして、「心のともしび」運動のマクドネル神父さまの温かい御心に深く感謝致します。
あなたの御手の温もりは、終生忘れません。

....................................................................................................

Dear the Rev. Fr. Graham McDonnell

Thank you very much for you gave me the other day,
For My Fater in Heaven ,,,,and For Us.

The best of health to you.

With our best regards.

Tando
....................................................................................................

「600年」という期間は、東洋的な価値感覚の中では特別な意義を成します。
十二支と十干の組み合わせ「六十干支」の10周目にあたります。
或いは、これは天体の摂理由来なので、生命あるものにとって特別な事象と捉えるべきなのかも知れません。
そうした大きな流れの中で、人類史上の殊に大いなる救世者、聖ジャンヌ・ダルクとの結び付きを考えると、少なくとも、惨禍の極みにあった昨年からの心機一転を期する、積極的な心持ちになれるように思われませんか?

皆様と、そして我々の、大いなる幸福の開基を衷心より祈ります。

ついで、私事。
久々なので改めて申しますが、かく「銀璧亭」、『ヘキ』は『玉』の『璧』で、『完璧』の『ヘキ』なのでございます。
文字が変換されない場合は「完璧」と打つと、たいていの文字入力ソフトでも対応します。
私自身、今の文字入力ソフトに変える前、―このブログの初期―には、「璧」の変換が余りにも面倒なので、「完璧」から拾い上げて辞書登録して用を為していました^^ゞ

この旨についても申し述べているも(常時右ラインからリンク表示)、ついでにaboutもご高覧賜りましたら幸甚です。
……ここだけは、かつての雰囲気を変えないままにしている部屋です。

そして、バナーを作って下さった「紅子サマ」(※当時)、近年消息をしていません。
申し訳ありません。
お元気ですか?
貴作のバナーは、このブログが存続する限り、「篇額」として掲げ続けさせて頂きます!

それでは、本日はこれにて。
タイトルは、干支と繋げて、とにかく何が何でも「大きなめでたい」意図を込めました(^^)

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Wednesday, June 29, 2011

日本コロムビア100周年記念企画に寄せて。

1910(明治43年)10月に、日蓄こと日本蓄音機商会が設立されて、100年が経過しました。この企業こそが、現在の「日本コロムビア」の祖型であり、また、この時こそが本邦に於ける純国産商業レコード文化の濫觴とも言えるでしょう。

それに伴って、日本コロムビアではこの1年程の間にポツリポツリと、貴重な歴史的音源の数々を体系的にCD復刻して、世に送り出し始めました。
私にとっては、聴きたくても叶わなかった貴重な歴史的音源へのコンタクト実現を予期させる、嬉しい前兆でした。そして、前兆は遂に大輪が咲き乱れる様相となりましたので、このブログでも感謝と応援の意を込めて、ご紹介に貢献出来ればと思い拙文を連ねる次第です。

兎にも角にも、分野、時代、意義、全てが広範なので、ひとまず今回記事では発端として、注目に価するCDのご紹介のみに止めたいと思います。

<1>
コロムビア創立100周年記念 決定盤 流行歌・大傑作選(2CD)
1)明治 大正 昭和初期

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2..鉄道唱歌:納所文子
3.金色夜叉:塩原秩峰
4.船頭小唄:鳥取春陽
5.籠の鳥:歌川八重子
6.君恋し:高井ルビー
7.アラビヤの唄:二村定一,天野喜久代
8.麗人の唄:河原喜久恵
9.酒がのみたい:バートン・クレーン
10.酒は涙か溜息か:藤山一郎
11.影を慕いて:藤山一郎
12.走れ!大地を:中野忠晴
13.サーカスの唄:松平晃
14.並木の雨:ミス・コロムビア
15.小さな喫茶店:中野忠晴
16.夕日は落ちて:松平晃,豆千代
17.花言葉の唄:松平晃,伏見信子
18.博多夜船:音丸
19.山寺の和尚さん:コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ
20.別れのブルース:淡谷のり子

・DISC-2:
1.愛国の花:渡辺はま子
2.旅の夜風:霧島昇,ミス・コロムビア
3.悲しき子守唄:ミス・コロムビア
4.シナの夜:渡辺はま子
5.一杯のコーヒーから:霧島昇,ミス・コロムビア
6.古き花園:二葉あき子
7.何日君再来:渡辺はま子
8.誰か故郷を想わざる:霧島昇
9.なつかしの歌声:藤山一郎,二葉あき子
10.お島千太郎旅唄:伊藤久男,二葉あき子
11.湖畔の宿:高峰三枝子
12.小雨の丘:小夜福子
13.蘇州夜曲:霧島昇,渡辺はま子
14.熱砂の誓い(建設の歌):伊藤久男
15.紅い睡蓮:李香蘭
16.めんこい子馬:二葉あき子ほか
17.崑崙越えて:藤山一郎
18.南の花嫁さん:高峰三枝子
19.お使いは自転車に乗って:轟夕起子
20.お山の杉の子:安西愛子ほか

◎私の一言感想:
伝説の演歌師、鳥取春陽(1900-1932)が歌う「船頭小唄」を積年聴きたかったのです!
大正10(1921)年、オリエントレコードへの、この吹込みで、「船頭小唄」を!
日本歌謡曲史を画するこの名曲が作られた、その年に録音されたレコードです。
私はこの1トラックの為に、このCDを買ったと言っても誇張にはなりません。


<2>
コロムビア創立100周年記念企画 伝説を聴く(2CD)

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2.ゴンドラの唄:松井須磨子
3.のんきな父さん(のんき節):石田一松
4.かやの木山の:藤原義江
5.ある晴れた日に-歌劇「蝶々夫人」より(日本語歌唱):三浦環
6.恋はやさしい野辺の花よ:田谷力三
7.沓掛時次郎(脚本解説):大河内伝次郎
8.沓掛小唄:川崎豊,曽我直子
9.映画劇「金色夜叉」:林長二郎,田中絹代
10.金色夜叉(貫一の唄):藤山一郎
11.松竹映画「十九の春」歌と映画劇:
・・・静田錦波(ナレーター)
・・・伏見信子,竹内良一,高峰秀子(出演)
・・・ミス・コロムビア=松原操(*歌は3番のみ収録)
12.愛の紅椿:霧島昇,田中絹代
13.七里ケ浜:高田稔
14.小雨の丘:小夜福子
15.すみれの花咲く頃:宝塚少女歌劇月組生徒,天津乙女,門田芦子
16.カマラードの唄(友達はよいもの):水の江滝子
17.十五夜の娘:川島芳子
18.郷愁の舞姫:崔承喜
19.何日君再来:白光
20.興亜三人娘:李香蘭,白光,奥山彩子
21.思い出せないことばかり:鶴田浩二
22.旅はそよ風:大谷友右衛門,八千草薫

・DISC-2:

1.花のいのちは:岡本敦郎,岸恵子
2.君は遙かな:佐田啓二,織井茂子
3.伊豆の佐太郎:高田浩吉
4.やくざ若衆:中村錦之助
5.湖水物語:山本富士子
6.山の男の唄:三船敏郎
7.海女の慕情:前田通子
8.青い山脈:宝田明
9.絵草紙若衆:勝新太郎
10.赤いカンナの花咲けば:松島トモ子,小畑やすし
11.船頭小唄:森繁久彌
12.洒落男:榎本健一
13.ちょいといけます:榎本健一,古川緑波
14.歌くらべ荒神山:川田晴久,永田とよ子
15.アジャパー天国:泉友子,伴淳三郎
16.僕が女房を貰ったら:五月みどり,フランキー堺
17.彼奴ばかりがなぜもてる:渥美清
18.かっぽれ:吉原〆治
19.大石山鹿護送:桃中軒雲右衛門
20.大高源吾:二代目 吉田奈良丸
21.阿波の鳴門:豊竹呂昇

◎私の一言感想:
稀少音源の怒涛の如きラインナップに目眩がしそうです。
太字にしたトラックは、個人的な思い入れと関心から。
今、日本で発売されているCDの中で、最も内容が濃いタイトルかも知れませんね。
松井須磨子の「ゴンドラの唄」を遂に聴くことが出来た!!
「流行歌大傑作選」共に、別日を期して一文書きます。


<3>
日本の歴史的演説(CD3枚・紙箱仕様)

・DISC-1「政治家・大正時代編」:

1.「憲政ニ於ケル輿論ノ勢力」より:大隈重信
2.「非立憲の解散・当路者の曲解」より:島田三郎
3.「正しき選挙の道」より:尾崎行雄
4.「政治の倫理化」より:後藤新平
5.「強く正しく明るき日本の建設」より:永井柳太郎
6.「経済道徳合一説」より:渋沢栄一
7.「国民ニ告グ」より:田中義一
8.「新内閣の責務」より:犬養穀

・DISC-2「政治家・昭和 戦前編」:

1.「国民に愬う」より:浜口雄幸
2.「財政経済について」より:高橋是清
3.「危ない哉!国民経済」より:井上準之助
4.「総選挙ニ際シテ国民ニツグ」より:町田忠治
5.「理由無き解散」より:小泉又次郎
6.「犬養内閣の使命」より:鳩山一郎
7.「総選挙と東方会」より:中野正剛
8.「日本精神に目覚めよ」より:松岡洋右
9.「国民の協力を望みて〈消費と節約〉」より:賀屋興宣
10.「重大時局に直面して」より:近衛文麿

・DISC-3「軍人編」:

1.「乃木将軍の肉声と其思ひ出」より:
・・・小笠原長生による解説,乃木希典の断片的音声録音(自己紹介一言)
2.「聯合艦隊解散式に於ける訓示」より:東郷平八郎
3.「日本海海戦に於ける東郷大将の信仰」より:小笠原長生
4.「東郷元帥」より:古田中博
5.「弥マコトの道に還れ」より:秦真次
6.「非常時は続く」より:荒木貞夫
7.「国民諸君ニ告グ」より:林銑十郎
8.「政府の所信」より:米内光政
9.「宣戦の大詔棒読」より:東条英機
10.「提督の最後」より:平出英夫

※各タイトル分売(内容は完全に同一,セットとは外箱の有無のみの違い)
もあります。

政治家-大正時代編

政治家-昭和時代編

軍人編

※注:各人の経歴解説はありますが、テキストは一切付随していません。

◎私の一言感想:
出るべきCDがやっと出ました。本当に、やっとです。
やはり、別日を期して一文書きます。

>>>>>◇◇◇◇<<<<<<

・・・それでは、本日はひとまずご紹介のみ。
思いの丈が大き過ぎるだけに、力が要りそうです・・・。

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Saturday, May 30, 2009

ギリヤーク尼ヶ崎、白川軍八郎

京都文教大学人間学研究所主催の公開シンポジウム、「鬼の踊りから祈りの踊りへ~大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎 40年の軌跡」(2009年5月30日13時~16時・於・五條会館)へと足を運んだ。
大道芸人・舞踊家ギリヤーク尼ヶ崎が、生い立ちから長い芸歴にいたるまでを自ら振り返るという内容。専ら街頭での公演を活動の場とする人だから、こうした形式でのイベント出演はとても貴重な機会だ。
映像の上映、談話の後には「じょんがら一代」「よされ節」念仏じょんがら」の舞踊上演まで行われた。ファンをもって任ずる者にとっては、本当に逸するべからざる貴重な機会だったと思う。
舞台でギリヤーク尼ヶ崎の舞踏を鑑賞する機会は極めて稀なことで、一体どんな内容になるだろうかと期待と不安が入り交じった心持ちだったが、それはご本人も全く同じだったことが公演後の言葉で明らかになった。オーディエンスに対して頻りに「舞台でも大丈夫でしたか」と訊ねる、飾ることのない謙虚さに心打たれる。大丈夫、どころか、街頭では雰囲気に気圧されてなかなか見届けることのできない、細かなニュアンスの豊かさを新発見し、深く感じ入った。演目のクライマックス「念仏じょんがら」で、街頭のように水を被ることができない代わりに、紙吹雪が用いられていた。あのアクションは進行上欠かせない重要なものなので、会場の制約を克服し、なおかつ視覚に訴える形に昇華したアイディアには唸らされた。
肺気腫を患い、ついには昨年末心臓ペースメーカー施術を受けなおあの激動の舞踊を続ける意志力には感動するほかない。身体能力の限界と常に直面しながらの舞踊公演は対峙する者に「痛み」を共有させずにはいられないが、それだけに訴求する力の強さはいや増しに増し続けている。

さて、ギリヤーク尼ヶ崎と聞けば何と言っても「じょんがら」だが、このシンポジウムで面白い話があった。自身の舞踊とじょんがらの「なれそめ」について回想される中で、旅回りの津軽芸能の公演を幼い頃に鑑賞して強い感銘を受けたというエピソードがあった。「ほら、あれが日本一の三味線弾きだよ」と言われ指し示されたその弾き手の素晴らしさが今も根底にあるのだ、と。そして自身が舞踊に用いている津軽三味線は、その弾き手のものなのだ。かつて高橋竹山という名手があったが、と引きつつ、その弾き手は更に古い世代の人で、もっと速く弾く、それが自分の「じょんがら」にはピッタリなのだ、と。
その時は、具体的に誰という名は出されなかった。それが私にはどうしても気になったものだから、公演後、ギリヤークさんに直接訊ねてみた。「その弾き手は、ひょっとしたら白川軍八郎ですか?」と言うと、ギリヤークさんは「そう、よくわかったね!」と嬉しそうに仰った。「もう誰も知らない人だと思っていたから、まさか言い当てられるとは思わなかったよ。自分が子どもの頃に聴いたのがまさに白川軍八郎だった。三橋美智也の先生で、日劇で師弟協演の公演をやって…」云々。今でも青森で公演を行うと、年配の人からは「白川軍八郎だね」と指摘されることがあるという。昔の人はそれと聴いてまだ判るのだ。
私にとっては何と言っても空前絶後の津軽三味線奏者、白川軍八郎。そして、ギリヤーク尼ヶ崎が、かくも深い由緒から白川軍八郎の三味線を長年舞踊に用いてきたのだという事実に接し、この上ない感動を覚える。惹かれ合うべき者同士が自然に結びついた成り行きに相違あるまい。大道で歳月を重ね、荒々しく磨かれ続けたその芸の源流は、想像を遙かに超えて深い。

白川軍八郎については、2004年の当blogエントリー、津軽三味線(1)─白川軍八郎をご覧下さい。
 

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Sunday, March 08, 2009

「懺悔」「タブラ・ラサ」

もっと効率の良い記述方法に注ぐ努力の余地はあるが、順序を優先して書かせて頂きたい。

昨年夏に発売され、私を驚喜させたのがセルゲイ・パラジャーノフの監督作品「火の馬」DVDプレミアムエディション/デジタルリマスター版だった。

「ざくろの色」をはじめ、その後私をパラジャーノフの虜にした端緒がこの作品だったので、良質な形のサプライは本当に嬉しかった。そして、色々と特典映像を附随させた仕様となっている点も、この種の映画を嗜好する者としては有難いことだ。

複数の特典の中で、私が「はて」と首を傾げた映像がある。
それはテンギズ・アブラゼ監督の「懺悔」というグルジア映画のトレーラーで、英語字幕のみが附されている。
時間的には3-5分程だろうか?
過去と現在のソヴィエト地方都市と白日夢のようなイメージが錯綜する、強烈な印象を残すものだった。
しかし、より以上の情報が一切無い。近日DVDが出ると言うことなのか、それとも……?
ともあれ、機会があれば是非観たい映画として、脳裏の一隅に留め置かれた。

・・・・・・

先日、映画魔の妻が入会している京都シネマからの月報を、私が郵便受けから取り出した。
そうすると筆頭に「懺悔」上映情報が掲げられている。何という偶然!
「この映画はいつから上映が始まるの?」すがりつくようにして妻に訊いた。
私がシアターに足を運ぶことを億劫がるので、滅多に映画の話を持ち出さない妻だが、珍しく一声掛けようという心づもりでいてくれたらしい。
美味なるワイン、音楽、バレエ、ピロスマニの国、グルジア。
私が愛着を寄せるその国の映画ということで、空振りを承知で勧めるつもりだったそうだ。
夫婦の絆である。

岩波ホールを発信元として、全国で上映されるスケジュールらしい。
懺悔(1984)|ZAZIE FILMS

ああ、「懺悔」、遂に観ることが叶った。
滅多にシアターに足が向かない私の、その期待に違わない名作だった。

事後の感想として、ソヴィエト時代末期、体制とシンクロニシティを有しながらこの映画を観た人々は、さぞかし感動しただろうなあと思う。
皆が体験しながらも重く口を閉ざしてきた粛清の暗黒時代を、いざ、となってどのように振り返るのか、「懺悔」はそのアプローチの一つとして実に傑出した作品だった。
他方、この作品が時を得て世に出て、多くの観衆の絶大な支持を受けたのは僥倖(実際にその通りなのだ)で、同じように秀逸な企画が恐らく無数に葬られていったであろうことは想像に難くない。

何にせよ「雪どけ」期のソヴィエト社会は、追い掛けてみると面白い。
中世都市とまっすぐ一本に繋がったような生活風景と、最悪の統制社会に喘ぐ灰色の時代と、西欧の最新ヒットチャートから一年遅れくらいのポップカルチャーとが混在している世界。
配給元のサイトで配信されている予告編よりよりは、「火の馬」DVD付属のトレーラーの方が遙かに的確に、キャッチーに作品の美しさを凝縮しているのがもどかしいが……、とにかく多くの方にご覧頂きたい作品だ。

DVD「懺悔」


・・・・・・

そこで、アルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」に話は繋がるのである。

この映画の中盤、とりわけ重く哀しいシーンに、静謐で美しい音楽が寄り添う。
「これはペルトの『タブラ・ラサ』じゃないか」と思いながら観ていたら、沈鐘のようなプリペアド・ピアノの音が入ったので間違いないと確信した。
1984年のソヴィエト映画で、「既に」ペルトの「タブラ・ラサ」が用いられている。驚愕した。
これは一体何処から持ってきた音源なのだろう。
まさかECMの音盤だというのか?
帰宅して音盤を手に取る。
"1984 ECM Records"とクレジットがある。そうだよな、発売時期と前後するよな、と思いながら収録年月日を確認して今一度驚愕した。「タブラ・ラサ」は1977年、ボン/ケルン西ドイツ放送によるライヴ・レコーディングとある。
そうか、1984年の「懺悔」制作時、既にECM盤収録の「タブラ・ラサ」は数年の時を経た音楽だったのだ。
ちなみに、同時期においてアルヴォ・ペルトは日本において未だ知る人ぞ知る音楽家である。
……だとすれば、「タブラ・ラサ」は一体、当初はどういう形態で、どの経済圏に供給されたのか?
思えば、アルフレード・シュニトケがプリペアード・ピアノを弾いているのも妙だ。
この人も自作自演が幾つかあるが、積極的にパフォーマンスを行う作曲家というイメージはない。
それが、他作の演奏に参加するとはどういうことだろう?
ペルトの人徳なのか、それとも、1977年のボンでのライヴは、それだけ歴史的な機会だったのか?
これは、今後の探求課題としよう。

・・・・・・

タブラ・ラサ──この音楽を如何に語ろう?

光 闇
陽光 陰影
水脈 流水 水滴
乳白 青白 純白 空白

至純

静謐

普段から「銀璧亭」にご来訪頂いている方には、私がお勧めするまでもないことは百も承知のこと。
あなた方には、改めて深謝と親愛の念を。

そして、何かの偶然でこの長文を読んで下さった貴方に、私は語りかけたい。
私は、私個人の使命で10枚のCDを世に遺す使命を附されたのならば、この一枚は必ず手に取るだろう。
どうか、少しでも多くの方にペルトを知って欲しい。
どんなジャンルの音楽を聴く人でも構わない。
時代が病んでいる今、このCDに収録されている音響は、静かに貴方に寄り添うだろう。あるいは、やわらかに包み込むことだろう。

とりとめもないようでいながら、日常は連鎖している。

セルゲイ・パラジャーノフ。
テンゲズ・アブラゼ。
アルヴォ・ペルト。

・・・・・・そして・・・・・・?
 

 
 

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Tuesday, January 04, 2005

帰還報告

昨晩遅くにMidnight Sugar様の御宅から帰還した次第です。厚かましくも2日続けて夕食まで御馳走になってしまいました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げたいと存じます。
ありがとうございました。

新年早々にお邪魔してしまいましたが、お陰様で賑やかで楽しい時間を過ごす事が出来ました。
色々とお酒を飲んだ後、その流れで夜遅くまで麻雀、と云う流れに…(^^;
わたくし麻雀は全く心得が無かったのですが、一からレクチャー頂いて、結局2周目オーラスまで参加してしまいました。
考えてみれば麻雀は重要な社交遊戯ですからね。覚えて置くに越した事は無いでしょう。面子が揃わないと実戦経験は積めませんが、ここは一つ、ゲームソフト等で鍛えてみようかと思ったりして…。


久しぶりに直接お会いする便宜を得て、漸くお伝え出来た事もありました。
御作の感想もそうですが、Midnight Sugar様のサイトについても、ちらほらと…。

氏のサイトは以前に移転なさっていて、その際に複数のコンテンツがUnder constructの状態となりました。
中でも再アップロードが望まれるのが、ジャズ関連のコンテンツです。
Midnight Sugar様はニューヨークに滞在されていた時期に、アート・ブレイキーファラオ・サンダースと云った人々と面識をお持ちだったとの由。関連するエピソードや、その頃のハーレムの雰囲気を伝えるコラムが掲載された、素敵な内容でした。

かれこれ1年近く閲覧が出来ない状態が続いているので、この機会に強くリクエストさせて頂きました。期待してお待ち申し上げたいと思います(^-^)

それと、お伺いする度に何か音源を携えてゆくのですが、今回はアルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」にしました。
Midnight Sugar様とは、以前にギドン・クレーメルの「ピアソラへのオマージュ」をきっかけに音楽談義が深まった事、そしてキース・ジャレットによるショスタコーヴィチ/「24のプレリュードとフーガ」がお気に召した事とを踏まえたチョイスです。

前掲「タブラ・ラサ」の1トラック目「フラトレス」は、クレーメルとジャレットの共演。これをお勧めせずして何を…と云った感じかもしれませんね。

特にキース・ジャレットは、もとは氏を通じてその魅力に開眼したアーティスト。ショスタコーヴィチは謂わば「フィードバック」を言う訳です。
こう云う事があるから趣味を通じての交流は楽しいもの、つくづくそれを実感します。
 
 

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Wednesday, December 01, 2004

ジョルジュ・ドン十三回忌に寄せて

1992年11日30日にジョルジュ・ドンが亡くなってから、昨日で丁度12年が経った。我々の流儀で言うならば、十三回忌である。
私がジョルジュ・ドンという舞踊家の存在を初めて認識したのは、中学1年生の時だ。
彼はクロード・ルルーシュの映画「愛と哀しみのボレロ」に、ソ連の舞踊家セルゲイ・イトヴィッチ(モデルはルドルフ・ヌレエフとの事だ)役で出演している。
そのTV放映を観たのだ。
フランス、ロシア、ドイツ、アメリカ─各々の国で数世代に渡って繰り広げられる群像劇。その綾は、年端もいかぬ私にとっては複雑に過ぎた。

けれども私は、録画したビデオを幾度と無く繰り返し、観た。
劇中でジョルジュ・ドンがベジャールの振付で踊るラヴェルの「ボレロ」、それを観たい一心で。
たとえ作品本編の印象が薄れようとも、ジョルジュ・ドン渾身の舞踊が誘った、あのクライマックスだけは終生忘れる事は無いだろう。そう思いながら、何度も観た。

それから程なく、ジョルジュ・ドンは来日した。やはりベジャールの手になる演目「ニジンスキー/神の道化」の公演の為だ。
来日に併せてジョルジュ・ドンは、「美の造化」と題されたNHKの特集番組に出演した。番組では京都でのインタビューに交え、「ボレロ」を含む代表的な演目、そして「神の道化」の全編が放送された。
ルルーシュの映画では、分断、そしてカットが施されていた「ボレロ」。「美の造化」によって、私は漸く全編を観る事が叶ったのだ。映画での印象が如何に素晴らしくはあっても、終始一貫した様態に接すること無くして、その真価は伝わりようもない。
暗黒の中、交錯するスポット・ライトに照らし出される、ジョルジュ・ドンの肉体。
静かに張りつめたモーションの一つ一つを、ただ固唾を呑んで私は見守っていた。
楽曲が、そして舞踊が高潮するに連れて、同種の芸術からはかつて経験した事のない強烈なカタルシスに導かれていった。

「神の道化」の来日公演は、私が住む街でも催された。
私は、それを事前に知っていたのである。
だが、未知の芸術境に対して尻込みしたものか、実際に足を運ぶ事は無かった。
TV放映で「神の道化」を観た時の感想は、今以て名状し難い。ただ言えるのは、これほどスピリチュアルな舞台芸術は、おおよそ存在し得ないのではないか、と云う事だ。もはや、素晴らしいと言うよりも、危うかった。
ジョルジュ・ドンは、ニジンスキーを感じ、演じるがままに、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのではないか。
無類の感動と共に、得体の知れぬ恐ろしさをも感じた。

ジョルジュ・ドンがエイズで逝去したのは、翌年の事だ。辛うじて写真は添えられていたが、その記事スペースたるや申し訳程度のもので、折が悪ければ見落としていたかもしれない。その時点では、病名については伏せられていた筈だ。

だが、突然の逝去も、後に知ったその病名についても、私はごく冷静に受け止めていた。何らの意外性を感じる事もなく、全てが順当に繋がっていったのだ。
先述の「美の造化」でインタビューに答えるジョルジュ・ドン、舞台と違ってノーメイクのその素顔は、驚く程に生気を欠いていた。
既に彼は死病に蝕まれていたのであり、それを私も無意識のうちに感知していたのだと思う。

ともあれ、私はジョルジュ・ドンの舞台に接する、たった1度のチャンスを永遠に逸してしまった。

ジョルジュ・ドンが踊る「ボレロ」、映画では男女のヴォカリーズが附随した演奏を用いているが、これは普段の上演とは異なった音源だ。彼が「ボレロ」の上演に用いていたのは、ジャン・マルティノン指揮/パリ管弦楽団による演奏である。

この演奏は本当に素晴らしい。世に称揚されている「ボレロ」の名盤として、アンドレ・クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団による演奏が在るが、私は絶対的にマルティノンに左袒する。
エスプリに溢れるクリュイタンスの演奏は、言うならば熟したオレンジだ。爽やかな芳香と、甘さ。対するマルティノンの演奏は、レモンである。甘美では無いが、その酸味は心地よい。絞られた時に放つ芳香は、オレンジに倍して爽快だ。
クレッシェンドに伴われ、血と汗の滾りの中でクライマックスを迎えるジョルジュ・ドンのボレロ。マルティノンの演奏は、これ以上無い程に似つかわしい。

私はマルティノンの「ボレロ」を、何らの予備知識も無く手に入れた。だが、繰り返し聴くに連れて、ジョルジュ・ドンの舞台姿が脳裏に浮かび、大いに戸惑った。
先述の如き事実を知り得たのは更に後、全くの偶然を介してである。
マルティノンのボレロはジョルジュ・ドンのボレロとなり、私にとってはかけがえの無い演奏となった。

もはやジョルジュ・ドンの舞台姿を目の当たりにする事は叶わない。しかし、マルティノンの演奏を聴いている時、私は確かにジョルジュ・ドンの舞台姿を追体験しているのである。


後年補記:

その後、ベジャール・バレエ・ローザンヌでの「ボレロ」は使用音源が更改され、現在はシャルル・デュトワ指揮/モントリオール管弦楽団となっています。現行と同じ音源を必要とされる方は、こちらをお買い求め下さい。
 
 
関連記事:
>>ニジンスキーのオーケストラ
>>ジョルジュ・ドン/没後20年-1992-2012

http://ginnhekitei.cocolog-nifty.com/tando/2012/11/201992-2012-487.html

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