フラメンコ

Friday, November 21, 2008

ペリーコのアンソロジー

久々に晩酌で痛飲というくらい呑んでいる。
そうなると本当に久々、無性にフラメンコが聴きたくなった。

フラメンコは危うい芸能で、一旦取り込むと体の芯までジワジワと浸食してくる。
私は変わったフラメンコで、歌いも弾きもしないし踊りもしない。
ただ聴くだけのフラメンコ。こういう人は本邦はおろか世界中にも少ないみたいだ。

先般、SNSで御知遇を賜っている「憧れの女性」にフラメンコを紹介する時宜を得た。
まず何より先に、浜田滋郎氏の「フラメンコの歴史」(晶文社)…。
何だってエ、重版切れだとオ!

そして、音源。
イイモノが軒並み絶版になっている。
アルチーボ・デル・カンテ・フラメンコ…、廃盤。
アントロヒア・デル・カンテ・フラメンコ・イ・カンテ・ヒターノ(マイレーナのアンソロジー)…、廃盤。
カンタ・ヘレスもダメ!!
かろうじて、ペリーコのアンソロジーだけが、今も現役だ。
とりあえず1曲目、ハリート入魂の歌唱、ウエルバのファンダンゴから痺れて貰えれば嬉しい。

考えてみれば7-8年前、私がフラメンコに出会った時分、市場はまだ潤沢だったのかな?
あれからまた、フラメンコは変わってしまったのだろうか?

だけどアウレリオ・セジェスの歌声は不滅だし、ディエゴ・デル・ガストールのトーケは永遠だ。
そうでしょう?
そうでなくっちゃ、やりきれないよ。
 
アクースティカに「グラン・クロニカ・デル・カンテ」の最新盤と併せて、買い控えていた何枚かを発注した。
グラン・クロニカは1ヶ月ちょっと遅れたつもりだったが、何と在庫切れ!
次回入荷は未定!?
やりきれなくって、どう返事したらいいかわかんないよ。

しばらくつれなくしていた所為で、フラメンコの方からもそっぽを向かれてしまったらしい。
あ~ア!!

─Ay!!─
 
 

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Friday, October 28, 2005

グラン・クロニカ・デル・カンテ~Vol.6発売に寄せて

グラン・クロニカ・デル・カンテ(カンテの大年代記)のVol.6が届いた。
このシリーズは、1年毎に1枚が発売されている。
いつもお世話になっているアクースティカ様に、今年度発売分については頃合いを見越して、「入荷次第送って下さい」とお願いしていた。
その現物がこうして手元にある訳だが、サイトの更新に先立って入手が叶うとは…。ちょっとビックリしました。とても嬉しいです(^^)

このシリーズでは、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスとマヌエル・バジェーホが全巻通して必ず収録されているほか、マノロ・カラコールやペペ・ピント、あるいはニーニョ・デ・マルチェーナ、ニーニャ・デ・ラ・プエブラといった人々が、いわば「常連」として複数巻にわたり登場する。
そして、各巻の「目玉」とも言うべき、従来復刻の乏しかった歌い手が1~2人。聴き手にとっては、これが新譜毎のこの上無い楽しみなのである。
すなわちVol.3ではイサベリータ・デ・ヘレス、Vol.4ではフェルナンド・エル・エレーロ、Vol.5ではラ・ポンピという具合に。
今回の「目玉」は、遂に登場、偉大なるトマス・パボン、そして復刻盤の極めて乏しい、ニーニョ・デ・メディーナである。

トマス・パボンは、果たしていつ登場するだろうか、と、個人的に待ち構えていたカンタオールだ。
当盤で選ばれているのは、マルティネーテ・イ・デブラとカンテス・デ・トマス・パボン(ソレアー)の2面、1950年の録音から。
まず驚いたのは、解説書で濱田滋郎氏も指摘されている通り、従来の復刻盤より格段に音質が生々しくなっている点だ。トマス・パボンは1920年代末と、1950年との2回にわたって20余面の吹き込みを行っている。私はその大半をCDで聴いているが、後者のセッションは、全般的に生彩に乏しく、この歌い手の歌唱力の衰微を示しているとさえ感じていた。
しかし、この「グラン・クロニカ~」で聴くなり、その印象は完全に覆されたのである。
壮年期の朗々とした息遣いこそ影を潜めているが…この切実な情感は何だろう。どうして、従来の復刻盤では聴き取れなかったのだろう? 
無限に広がり、殆ど抽象的な次元にまで届いている壮年期の歌唱、トマス・パボンというカンタオールの本領はそこにあると考えていた。フラメンコの予備知識を持たない知人から、「これはイスラム教の詠歌?」と問われたのを思い出す。そう、この人のカンテには、知も情も超越した、何処か宗教的なトランスがある。
求道者さながらに厳しく己の芸を磨き、尊び、そして貧しく生きたトマス・パボン。最晩年に属する1950年の吹き込みは、そんな彼自身の血潮を、壮年期よりも一層色濃く匂わせたものだった。

フラメンコの古い音源については、つくづく状態の良い復刻が少ないことを痛感させられる。トマス・パボンも、いずれ然るべき形でトレースされるべきである。

そして、ニーニョ・デ・メディーナ。
この人のカンテには「カテドラ・デル・カンテ」(PRODUCCIONES AR/レーベル消失のため廃盤)に収められた1枚で接して以来、強く心惹かれていた。生年は判然としないが、おおむね1870年代後半から1880年代前半らしい。録音を遺しているカンタオールの中では、比較的古い世代に属している。
前述「カテドラ・デル・カンテ」は、絶望的なまでに復刻状態の悪いシリーズだったが、そうした音質の中からも、この歌い手のただ者ではない気配は伝わってきた。
殊にブレリーアは、1910年前後という録音年代を鑑みれば、信じ難い程モダンな様式を完成している。彼と、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスによって確立されたとさえ言えるペテネーラ、これも実に巧く、新鮮だ。録音時間や技術的な制約の所為で、とかく機械吹き込み時代のカンテは皮相的な歌唱に陥りやすいが、メディーナの音源はどれを取っても堂に入った、高い完成度を示している。
今回「グラン・クロニカ~」にはタランタが2面収録されており、いずれもこの人の優れた資質を充分に伝えて余りある。音質面でも、先述「カテドラ・デル・カンテ」とは比較にならない程優れている点、もはや言うまでもない。
彼は20余面の録音を遺している筈なので、この復刻が呼び水になり、もっと聴かれるようになることを願いたい。

以上、個人的な観点から、殊に印象深かったトラックについて言及した次第である。
いつものことではあるが、全く以て期待に違わない完成度で、1年越しで待ち続けたことが充分に報われた。
充実した解説書も然り。複数回登場するアルティスタについても、毎回必ず新たな逸話が紹介されており、その人となりが段々と具体化してゆくのが面白い。

1年1枚のペースで巻を増すこのシリーズ、手元に並べると言い知れぬ感慨が呼び覚まされる。6年、6巻目ともなると、それなりの人生遍歴である。
そうやって過去5年を遡ると、「大殺界」ではないけれども、本当に碌なことが無かった。相次いで肉親を亡くしたり、ご破算になった恋愛の期間をそっくり包括していたり、追い込まれた精神状態のさなか、鬱病を患ったり…。その都度必死で乗り越えてきたことが節目節目で思い出され、改めて心胆を寒からしめる。
CDは多ジャンルに渡って毎年際限無く増え続けているが、本当にこのシリーズとは血と涙を分かち合っているような気がする。
1年1回を待つとは、そういうことなのだろう。
そして、届いたばかりの最新巻に耳傾けながら、この1枚は先々どのような「節目」として振り返るだろうか…ふと、そんなことに思いを馳せてみるのだ。

最後、私事でなしくずしになってしまいましたが、シリーズの更なる発展を祈念して結びと致します。
 
 

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Tuesday, May 10, 2005

ホセ・セペーロ

今回はヘレス出身のカンタオール、ホセ・セペーロ(Jose Cepero,1888-1960)について。
甥のパコ・セペーロ(Paco Cepero,1942-)は、現在も活躍する偉大なフラメンコギター奏者です。

ホセ・セペーロの芸風を最も特徴付けているのは、彼が歌詞を自作したと言う点でしょう。それ故に"Poeta del cante"(カンテの詩人)と呼ばれました。
歌唱自体は、率直で洗練された印象を与えるものです。強烈な個性こそ持ち合わせてはいませんが、カラッとした声の味の良さもあり、聴いていて非常に心地良いカンタオールだと思います。カンテ・アンダルースやファンダンゴにおいて、特に長じた人です。
他方、シギリージャなどは、少々一本調子な向きがあるかも…。

CDはひとまず、Sonifolkの

"JOSE CEPERO-EL POETA DEL CANTE"
(sonifolk 20142/2CD)

を入手すれば充分でしょう。集成盤としての纏まりの良さ。そして、聴き易く、かつ芯のある音質も訴求力高いです。
伴奏はラモン・モントージャ、ミゲル・ボルール、ルイス・マラビージャが受け持っています。

実の所、このCDを殊更に推す最大の理由は、ラモン・モントージャ(Ramon Montoya,1879/80-1949)が奏でる伴奏の素晴らしさにあります。
この偉大なトーケの巨人の、最良の遺産が聴かれると言っても過言では無いでしょう。
確かにモントージャは不世出のトカオールでしたが、彼が本領を発揮しうる共演者には、何処か似通った傾向が見受けられます。
例えば、アントニオ・チャコン、ニーニョ・デ・カブラ、マヌエル・バジェーホ、ニーニョ・デ・マルチェーナ、そして、ホセ・セペーロなど…。ヒターノの血が滾る歌い手より、叙情的で洗練された芸風に与する所が大きいのではないでしょうか?

800面近いその録音を聴き尽くした訳ではないので即断は避けます。しかし、セペーロとの共演でモントージャが鏤めているファルセータの数々は、絶品と形容する他にありません。試みにSonifolk盤のDisc.1、9トラック目のファンダンゴ"Eres un barco sin timon"(櫓の無い舟に…)を聴いてみましょう。
珠玉を綴るような音色、深く澄み渡った余韻。これは正に、オルフェウスの竪琴です。
フラメンコ・ギターの中にあっては一種異様とも言える美観ですが、心に響く音楽である事に違いはありません。名高いソロ録音とは別の形で開花した至芸の数々が、ここに収められています。
 
 

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Saturday, May 07, 2005

ニーニョ・デ・カブラ

だいぶ更新の間が空いてしまいましたが、今後数回「フラメンコ」のカテゴリ拡充に向けて頑張ってみようと思います。年初以来実に5ヶ月ぶりの記事追加です。
本件に際してはとりわけ、nino様のblog"Pena El Gallo"から度重なるご厚誼に与った事に触発されております(^-^)

とは申せ、従来のようにアルティスタの列伝詳述から切り出すのは差し控えようと思うのです。こちらにウェイトを割いてばかりいると、肝心の本旨が思い通りに書けなくなってしまいますから…。

今回はコルドバのカブラ出身のカンタオール、ニーニョ・デ・カブラ(Nino de Cabra,1870-1947)について。
アントニオ・チャコンより1歳若いこのカンタオールは、録音史から見ると最年長の世代に属しています。遺された音源の分量も多く、19世紀末の蝋管に始まって、アクースティック期の平円盤レコード、そして電気吹き込み以後少なくとも1930年頃までは録音を行って、第2次大戦後まで及ぶ長命を保ちました。

CDへの復刻は、複数のレーベルから様々な年代のものが取り上げられていますが、まずお勧めしたいのは国内盤で発売されているグラン・クロニカ・デル・カンテ(GRAN CRONICA DEL CANTE)のVol.3Vol.5です。
どちらも1929年の吹き込みで、ラモン・モントージャが伴奏を受け持っています。

殊に素晴らしいのは、Vol.3収録のシギリージャとファンダンゴです。カンテ・アンダルースの達人としてチャコンの衣鉢を継ぎながらも、独自の境地を切り拓いたカブラの真骨頂が聴かれます。
カブラはチャコンとよく似たハイ・トーンの声質の持ち主ですが、幾分鼻に掛かったような癖があります。「んあ~」と聞こえる独特のサリーダは、一聴して彼と判断出来る程。もっとも、却ってそこから「いかにも大家」と言うべき風格が醸し出されているように感じられるのですが。
「グラン・クロニカ」Vol.3に収録されたシギリージャは、底暗い慟哭を湛えたヒターノ流儀とは異質ながらも、非常に感動的な聴き物と言えるでしょう。荘重で叙情味を帯びた歌い回しからは、是も非もなくトラジックな香気が立ち上ります。
これぞ、今日殆ど聴かれなくなったスタイルでは無いでしょうか?
伝統的なカンテ・ヒターノとも、また広義におけるモデルノとも異なる、しかし、カンテ・ホンドの本流から道を違えることもない…。
こうした音源こそが、カフェ・カンタンテの時代、セニョール・シルベリオの時代に対する恰好の偲び草なのだと思われてならないのです。

そして、ラモン・モントージャの伴奏も、彼の芸境の真骨頂が聴かれます。
モントージャは確かヒターノの出自であったと記憶しますが、不思議とチャコンやカブラと言った非ヒターノの歌い手と組んだカンテ・アンダルースや、或いはファンダンゴに対して、抜群の相性を示しているように感じられるのです。
この点については後日折を改めて言及する事として、まずはその素晴らしいファルセータの魔力に酔いしれようではありませんか。
神話世界の竪琴を思わせる深甚な音色は、何処を見渡してもモントージャだけの音楽です。

そして、可能であれば仏MANDARAレーベルの"ARTE FLAMENCO Vol.12-EL CANTE EN CORDOBA"(MAN 4885)もお聴き願いたい所です。
12曲収録されたニーニョ・デ・カブラのトラックは、アクースティック録音と電気録音が混在していますが、すべてラモン・モントージャと組んだ吹き込みです。
サーフェス・ノイズの多い復刻ながら、音質は比較的明瞭なので両者の芸境を堪能するには充分でしょう。電気吹き込みのメディア・グラナイーナやカルタヘネーラ、ベルディアーレスなどはカブラのカンテ、モントージャの伴奏共々、まさしく絶品と言う他ありません。
 
ニーニョ・デ・カブラの復刻CDはPRODUCCIONES ARの"CATEDRA DEL CANTE"シリーズのVOL.24に1枚が割かれていますが、残念ながらこちらは復刻状態に甚だしい遜色があります。勿論、聴いておいて絶対に損は無いのですけれども…。

スペインの総合音楽レーベル、Sonifolkは、この分野の復刻において非常に素晴らしい業績を成しています。
ニーニョ・デ・カブラは、モントージャ以外にもマノロ・デ・バダホスとも10数面の吹き込み(恐らく電気録音)を行っているようなので、是非とも集成を願いたい所です。
ただ、ここ2年来、同レーベルからのフラメンコ旧音源の復刻が滞っている点、非常に気掛かりなのですが…。
奮起を求めます!
 

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Friday, January 07, 2005

ディエゴ・デル・ガストール

今回は久しぶりにフラメンコの話題です。
因みに、この記事中に登場する商品リンクは全て、フラメンコ音楽専門ショップ「アクースティカ」(Acustica)様の在庫ページを参照させて頂いております。

ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)は、当ウェブログのプロフィール欄で、殊に愛着のあるアーティストとして名を挙げていますが、この欄から生まれた記事って未だに少ないですよね。以前にも度々言い訳した事がありますが、思いの丈が強すぎると、なかなか書き始める取っ掛かりが掴めないものです。プロフィール欄では、フェインベルグ、シャフラン、そしてエルモア・ジェイムスがそれに該当します。
一方で、好きは好きだけど、充分な音源が揃い切らないまま好きになってしまった演奏家もあるのです。
マリヤ・ユーディナはその典型とも言うべき人でしょう。廃盤状態の音源を様々な方法で入手して聴く都度、「ああ、素晴らしい」と、深い感銘を受けるものの、未だ此所一番と言った音源を逸しているのです。この人については「時期待ち」と言ったところでしょうか。
以前の記事で「再発祈願」めいた事を書きましたが、嬉しい事にロシアのレーベルVISTA VERAから、数点のリリースが予定されているようです。従って、ユーディナについてはこれらのタイトルが入手出来た時を、記事の「書き時」と見込んでいるところです。

そして、今回記事のディエゴ・デル・ガストールもまた、わたくしにとってそうしたアーティストでした。

フラメンコと言う斯界を通じて、「録音嫌い」を貫いたアーティスト(スペイン語ではアルティスタ)は少なくありません。レコード録音の時代まで活躍を続けながらも、頑なに拒み続けた人は、名の知れている所を思い浮かぶままに挙げても、十指に余ります。特にSP録音の時代は、録音機材のある都市部にアーティストが出向かなければならなかったので、尚更その傾向が強かったようです。

フラメンコ・ギター(トーケ・フラメンコ)に於いて、高い名声を持ちながらも「録音嫌い」を貫いた人と言えば、大きく2人の名が挙げられます。

一人はマノロ・デ・ウエルバ(Manolo El de Huelva,1892-1976)。
ラモン・モントージャ(モントーヤ)に続く世代の、時代を画する名手でありながら、「芸を盗まれるのが嫌で」録音を拒み続けました。ギターを弾く人間は爪を見ればすぐ判るとの事で、それと悟れば絶対に演奏を披露しない、と言う程の徹底ぶりだったとか。
そんな彼ですが、幾つかの伴奏録音が正規音源として残されています。また、愛好家による「隠し録り」をも合わせると、意外と多くの録音でその演奏に触れる事が可能です。その中には、全く遺されていないと思われていたソロ演奏も4曲含まれています。

そしてディエゴ・デル・ガストール、本名ディエゴ・フローレス・アマーヤこそ、わたくしにとってはまさに「幻のトカオール」であり続けました。
ある時期までは、把握している音源数が前述のマノロ・デ・ウエルバよりも少なかったのですから、その程度が知れようと言うものです。
遡ればパコ・ルセーナ(Paco Lucena/Nino de Lucena,1859-1898)に連なる古い流儀の継承者で、殆ど終生に渡って故郷のモロンでキャリアを重ねた彼は、長い間スターダムとは程遠い位置に在りました。実際にどの位「録音嫌い」だったのかは判りませんが、積極的で無かったと云う事だけは間違いないでしょう。SP期の録音が見当たらないのは、先述したように「出向」を行わなかった所為かも知れません。

そんな彼の演奏を窺い知る事の出来るCDは、Ariola/EURODISC/BMGの4枚組CD「カンテ・フラメンコの半世紀」(Medio siglo de cante flamenco)収録の、ホセレーロ・デ・モロン(Joselero de Moron,1910-1985)を伴奏した2曲が僅かに正規録音、その他には隠し録りの伴奏音源が数点存在するだけでした。
その他に遺された正規音源は、マノリート・エル・デ・マリア(Manolito el de Maria,1904-1965)を伴奏した数点の録音と、RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源の存在を把握していたに過ぎません。
前者はこよなく良いセッションと聞きますが、未CD化の為聴く便宜を得ないままです。
そして後者は、昨年に本家のRTVEレーベルから一部がCD化されました。"Nuestro Flamenco"(ヌエストロ・フラメンコ)と題されたCDの内、Vol.2にペラーテ・デ・ウトレーラ(Perrate de Utrera,1915-1992)を伴奏したものが4トラックと、ディエゴ自身によるソロ録音が4トラック収録されています。ここに至って漸くわたくしは、ディエゴ・デル・ガストールと云うトカオール(フラメンコ・ギター奏者)の「真の姿」に接し得たように感じました。

そして昨年末には、更に「願ったり叶ったり」とも言うべきCDが発売されました。
モロン市役所制作の限定頒布LP盤"EVOCACIONES"の限定CD化、"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"、なんと収録された10トラック全てが、ディエゴのソロ演奏です!
このCDを手に入れるに至って、漸くこの偉大なトカオールに関する記事の「書き時」を得たと判断した次第。以下、演奏について書いてゆきたいと思います。


フラメンコという音楽は、絶えず動き姿を変える「生き物」のような側面があります。接した時の感興次第で、印象がまるっきり変わってしまう事も少なくありません。
一つの取っ掛かりを得た瞬間に、霧が晴れたように全てを見渡せる事もあります。わたくしにとって、ディエゴ・デル・ガストールの場合は、まさしくその両方が該当します。
ホセレーロとの共演や、隠し録りの伴奏に聴かれる彼の演奏は、確かに特異な個性を感じさせるものでした。しかし、歌伴奏と云う条件下にあって、彼独自の様式を把握するには未だ到らないもどかしさを感じたのも事実です。
カンテはフラメンコの生命、と言われます。昔気質のトカオールにとって、ソロ演奏などはあくまでも余技、本領は歌伴奏にあったのです。恐らくディエゴもそうした信念の下で演奏活動を行っていたに違いありません。
しかし、ソロ演奏を聴く事が叶うのなら、やはりどうしても触れてみたいもの。ギターと弾き手が1対1となった状態で、如何なる境地が生まれるものか…。

昨年末の締めくくりに少しだけ書いた"Nuestro Flamenco 2"で、ディエゴのソロを初めて聴いた時の衝撃と言ったらありませんでした。知る限りの如何なる演奏にも当てはまらないような、強烈な個性が至る所に発揮されているのです。

例えば、シギリージャ。息の長いフレーズの中に底知れぬ慟哭を歌う、カンテ・ホンドの極致とも言える曲種です。
あくまで拙見ですが、この曲調を撥弦楽器のソロに置き換えるという作業は、何か相克する要素の解決無くしては成立し得ないと思われるのです。バイレ(踊り)に於いても、相応しい振付が行われるようになったのは比較的最近の事と聞きます。
それが為か、ソロ演奏に聴かれるシギリージャと云うものを聴いて、わたくし自身充足を感じる事は稀でした。

ところが、ディエゴの演奏はどうでしょう!
歌うように弾く素晴らしいトカオール、彼もまたその一人である事は疑いようもありません。だが、それだけでは無い何かが、この人の演奏にはあるのです。胸中の奥底まで掻きむしられるような「トーケのシギリージャ」を聴いたのは、後にも先にも初めてでした。

ディエゴのトーケは、他と一体何処が異なると言うのでしょうか?

先述"Nuestro Flamenco 2"の最後に聴かれるブレリアからは、その個性を違った側面から見て取ることが出来ます。
シギリージャとは対照的に、リズミカルで激しい曲調のブレリア。ディエゴは無闇と盛り上げるようなことはせず、聴き手をじりじりと自らのグルーヴに引き込むような演奏を繰り広げています。その中に盛り込まれた山あり、谷ありのフレーズ、ただ追いつ、感じつしている僅かな時間に、聴き手は知らず知らず熱中させられてしまうのです。スタジオにオーディエンスを入れての収録ですが、その反応は楽想と実に良く呼応しています。

半音階的な楽想を多用している点も、ディエゴの個性を際立たせています。フラメンコには何処か東洋の香りが残っていると言いますが、ディエゴのトーケを聴くと、それを肌身で実感する瞬間があるのです。殊に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"に収録されたトラック、「サンブラ」(ZAMBRA)に至っては、中東のウードと見紛うよう。名もジャンルも伏せて聴かされたのならば、フラメンコと判断するのを躊躇う程です。
奏法に於いても彼は、トリッキーとも言える「弾き崩し」を頻繁に行います。それがまた、聴かせ所を実に良く心得ていて、たまらない魅力なのです。

ディエゴのトーケを一言で表現するならば、それは「乱調の美」だと思います。
カンテに同様のものを見出すならば、マヌエル・トーレ(Manuel Torre,1878-1933)のそれが該当するかもしれません。ただ、マヌエル・トーレの、それも数少ない出来の良いセッションで聴かれる「乱調の美」は、謂わば天性のみを拠り所とするものだと思います。
ディエゴのトーケは何が異なっているかと言えば、彼はひとたびは完璧に磨き上げたスタイルを、再び毀形して新たな美を紡ごうとしている事、それに尽きるのだと感じられてならないのです。
わたくしの場合は、ソロ演奏を聴き得て初めて、先述のホセレーロとの共演の真価も理解出来たような気がしています。

ディエゴ・デル・ガストール、もし彼の演奏をお聴きになるのであれば、ソロも歌伴奏も共に堪能出来る"Nuestro Flamenco 2"をまずお勧め致します。
その後に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"で、更に奥深い所まで味わいたいものですが…このCD、シリアル・ナンバー入りの限定盤とのことですから、余りまんじりともしていられないようです。ちなみにこのCDには、140ページにも渡るディエゴの伝記ブックレットが付属しています。全編スペイン語なので、わたくしは殆ど読み解けていないのですが…(^^;


それと、「マイリスト」に、新しく"SHOP"を設けることに致しました。
記事中で在庫等に触れさせて頂く(今回もそうです)便宜も度々あると思いますので、わたくしが日頃お世話になっている店舗様をリスト化させて頂こうと云う目論見です。
お目に掛けるのも恥ずかしいスペースなのですが、万一アクセス解析などでこちらを発見された折には、何卒御寛容の程お願い申し上げます。
 

2005.5.2

ご厚誼に与っているnono様のblog"Pena El Gallo"で、ディエゴ・デル・ガストールの音源にまつわる仔細な記事を公開なさっています。
私自身はLP音源の知識が皆目無いので、大変勉強になりました。
 

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Friday, December 31, 2004

今年を振り返って

8月末に開始したこの「銀璧亭」、ご来訪下さる皆様のお陰をもちまして、ウェブログとしての体裁を保ちつつ、年越しを迎える事が出来ました。
このスペースを通じて、様々な御縁に与ったのは無上の喜びです。このウェブログをブックマーク頂き、常々ご来訪下さっている方、拙い記事に嬉しいコメントを下さった方、相互リンクを御寛容下さった方…。
皆様に、心の底から感謝致します。
本当にありがとうございました。

さて、ウェブログで迎える初の大晦日と言う事で、もう1本だけ本年の総括的な記事を書いてみます。備忘録…と言うよりは、思い付くままに連ねるだけですが(^^;

<今年印象に残ったCD>

◆バッハ:平均律クラヴィーア組曲/リヒテル(p,1973年インスブルック・ライヴ)
版権のグレー・ゾーンを擦り抜けて(?)、中国限定で再発された(中国POLOARTS/CL4B-86080-2)「幻の名演」。日本への正規輸入ルートが存在しなかったこのCD、中国にお住まいの畏友、2号機様のご厚意で入手が叶いました。深沈たる名演奏です。
◆Nuestro Flamenco 2(ヌエストロ・フラメンコ/Vol.2)
RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源のCD化第2弾。録音嫌いの伝説的トカオール(フラメンコ・ギタリスト)、ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)によるソロ演奏を初めて聴いた。僅か20分程の音源、でも、かつてないインパクト。これまで積み重ねてきた価値観が根底から覆った!
◆マリヤ・ユーディナのスクリャービン
正規発売の音源ではありません。Webを通じての御縁から何かとご厚誼に与っている、さるお方にお譲り頂きました。事の性質上詳しく書けないのが残念ですが、聴く者を魔境に引き込むような恐るべき演奏。正規発売を望みます。ご厚意への尽きない感謝と共に挙げる次第です。

<今年印象に残ったかわいいもの>

◆キユーピー
たぶん来年末にも挙がると思うな(笑)
今年も色々楽しませてくれました。「3分劇場」然り、「たらこキユーピー」然り。
でも、今の印象を支配しているのは、「3分クッキング」お正月メニュー特集。画面後方の木製テレビ枠(?)の中で凧揚げしているキユーピーちゃん…かわいい!
◆野生パンダの赤ちゃん
NHKの特集番組「岩合光昭、野生のパンダを撮る!」より。
ご覧になった方も多いでしょうか…?
問題は最初のアプローチの場面。崖の下を見下ろすと、茂みの狭間、朽ち葉の上に、白いマクラないしモチ状の「フカフカした物体」が小さく見えます。まさかと思ったら、それがパンダの赤ちゃん…思わず顔が緩んでしまいました(*^^*)

<今年よく効いた薬>

◆吸出し青膏(たこの吸出し)
今年のMVP薬品(なにそれ)は、何と言っても「たこの吸い出し」
言わば古典的常備薬ですが、時代は変わっても病気の本質は変わりません。現代人にもちゃんと効く妙薬、むしろ今、ニーズは高まっているのでは…?
発売元の町田製薬さま、僭越ながら宣伝攻勢を強化しては如何かと存じます。

<今年凄いと思った言い訳>

◆「客観的に事実なんだろうと思う」(橋本龍太郎元総理/一億円ヤミ献金疑惑への釈明コメント)
「記憶にございません」に続く、政界発の「名言い訳」がまた生まれました。いや、皮肉でも何でもなく、こんな繰り言が出てくる発想力・自己保身センスは凄いと思いますよ。
アニメ「機動戦士Zガンダム」に、パプテマス・シロッコと云う、舌を噛みそうな名前の悪漢が登場します。戦争の重大局面での日和見を上官に咎められた際、彼はこう切り返しました。

「心苦しく思っております。ジュピトリス(彼の指揮艦)が好きに動いてくれませんでした。

うーん、これも絶妙な言い回し。
「好きに動いてくれませんでした」を「アニメ発」の「名言い訳」として加える事で、「記憶にございません」ともども、人生に役立つ3大言い訳として長く銘じたいと思います。

<今年悲しかった事>

マンションに居着いていた猫が、11月に交通事故死しました。人なつっこいけど、何処か分限を心得た所があって、そこが好きでした。
大分時間が経ってから知りましたが、本当に悲しかった。まだ悲しい。
付かず離れず、の間柄だったけど、感情移入していたんだな…と実感します。

<今年嬉しかった事>

色々あります…。結構今年は多難な一年でした。
でも、父と祖母とが相次いで逝去し、母が交通事故に遭った一昨年を思えば、大抵の苦難は乗り越えられるように思ってますし、今年もまたそうしてきたつもりです。

日頃の交友でかけて頂く様々なご厚意。
探していたCDを、出先の中古屋で思いがけず発見した瞬間。
聴きたかった音源が翌月CDになる…と聞けば、その時までは絶対に生きていようと思います。
そんな事を積み重ねながら、自分の人生は絶えず進み続けます。ボートを漕ぐように、過ぎたものしか確かめる事は出来ないけれど、前へ、前へと。


2004年も残り少ないですが、どうにか乗り切って参りました。
来る年がどうか、一層実り多き一年となりますように。


そうそう、大晦日と言う事で今日限りのネタを一つ。
日本のトイレには古来より「加牟波理入道」(カンバリニュウドウ)と云う神様がおわします。大晦日の晩にトイレで一人(普通は一人で入りますよね?!)、「カンバリニュウドウ、ホトトギス」と声に出して言うと、翌一年はトイレで妖怪を見ないで済むそうです。

これで人里離れた民宿も、サイコ・ホラーの話題作も恐るるに足りませんね!
お試しあれ。

それでは皆様、よき新年を…。
 
 

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Sunday, October 31, 2004

アウレリオ・デ・カディス

「フラメンコ」というカテゴリを設けていながら、最後の記事追加から実に1ヶ月以上も経過してしまいました。
かと言ってわたくしが持つ愛着には、何らの変わりも無いのですが…。

音楽に限らず、良いと感じたものの姿を伝える事は難しい。自分が用いうる言葉の、何と心許ないことか、そう思うことばかりです。

記事にしようと思い立ちながらも、度重ねて挫折してきたトピックの多くが、フラメンコにまつわるものです。途中で放擲した記事が、フォルダの中には3つ4つ累積しています。
フラメンコの良さは、殊の外言葉に換え難い性質のものです。
わけても、カンテ(歌)の良さは…。

それでも愛してやまぬフラメンコ、どんなに記事数が少なくとも、当ウェブログ内で、このカテゴリが持つ意味は特別なもの。そして、多くの方がその素晴らしさに触れて下さることを願いつつ、拙きことを承知の上で更新を続けたい思います。

さあ、決意も新たに今回ご紹介するのは、アウレリオ・デ・カディス。
プロフィール欄にもその名を挙げていますが、あらゆる音楽ジャンルを越えてわたくしが敬慕している音楽家の一人です。

通り名をアウレリオ・デ・カディス(Aurelio de Cadiz)、本名の「アウレリオ・セジェス」(Aurelio Selles)とも表記される、この偉大なカンタオールは、1887年の11月3日ないし4日、カディスのサンタ・マリア街に生まれました。若き日には闘牛士を志し、やがてフラメンコの世界に足を踏み入れます。
折しも時代は、伝統的なフラメンコの衰退期に差し掛かっていました。大衆化への適応を拒んだ昔気質のフラメンコは、次第に世間の片隅へと追いやられたのです。
そんな時勢にあって、アウレリオは芸歴の殆どを、故郷カディスで積み重ねます。大舞台を嫌い、ごく少数の熱心な愛好者の為に歌い続けながらも、知る人ぞ知る名カンタオールとしての声望は、時と共に高まってゆきました。
やがて1950年代を迎え、伝統的なフラメンコが復活を遂げます。同時にアウレリオは、その至宝とも言える存在として崇敬を集めるようになりました。
亡くなったのは1974年の9月19日。最晩年は健康を損ない、歌からも遠ざかっていたとのことですが、その死は内外を問わずフラメンコを愛する全ての人から惜しまれました。

もとより興行的な成功は意中に無かったアウレリオ、遺された録音は決して多くありません。1923年と28年とに吹き込まれたSP録音が、合計20余面と、1960年前後にスペインHISPAVOX/EMI-Odesonで吹き込まれたLPが1枚(11曲収録)、そしてほぼ同時期に、カンテ・ホンドの復興に身を捧げ尽くした巨匠、アントニオ・マイレーナの企画で製作されたアンソロジー、"Antologia del Cante Flamenco y Cante Gitano"に収録された5曲、以上が正規録音に於ける総遺産です。
纏まったCDとして聴くことが可能なのは、SP録音の20面を収録したスペインPASARELAレーベルの1枚(PASARELA CDP3/656)、そしてスペインBMGが復刻したマイレーナのアンソロジー盤(BMG TABLAO 74321 878922)の2種類です。
残念なことに肝心の1枚もののLPは、未だ完全な形ではCD化されていません。もっとも、様々なアンソロジーに散らばる形で、同音源中の合計9トラックまではCDで聴くことが可能です。スペインHISPAVOX/EMI-Odesonのアンソロジー、"MAGNA ANTOLOGIA DEL CANTE FLAMENCO"(7991642/CD10枚組)に6曲、そしてEMI-Odeonの"Quejio"(ケヒオ)シリーズの"ARTE Y SALERO-CADIZ"(7243 5 27842 2 6)に、更に3曲が収録されています。
でも、アウレリオ一人を聴くためにこれだけのアンソロジーを買い揃えるのは、いかにも大変なことです(実際は、どれもがカンテの真髄を捉えた稀代のセットなのですが…)。
ともあれ、EMI-Odeonはここ数年で漸く、LP音源のCD化に着手しました。
不朽の名盤「カンタ・ヘレス」に始まって、ベルナルド・エル・デ・ロス・ロビートス、ペリコン・デ・カディス、マノロ・バルガスといった、往年の巨匠のLPは既にCDとなっているのです。
ここまで来ればアウレリオまであと一歩、というところなのですが、その後2年近くの間進展が無く、わたくしは非常にもどかしい思いをしています(-_- ;

さて、この先は、アウレリオのLPが遠からずCD化されることを前提として、そのカンテについて述べたいと思います。

アウレリオの録音歴は、30代後半から40代前半に録音されたSP音源と、晩年の70代に録音されたLP音源とに大きく分かれることになります。最大で40年、これ程の時差があれば、本来ならば何らかのギャップが存在して然るべきだと言えるでしょう。
しかし、アウレリオはそうした要素を殆ど見せない歌い手なのです。殊に歌ともなれば、声質や声量の変化が必然的に伴ってくるものですが、それすらもあまり意識させることはありません。
ラッパ吹き込みの1923年の録音と、ステレオで収録されたLPの録音とを比べて、すぐさま同一人物と判別出来る歌い手が、一体どの位存在するものでしょうか?
実に驚くべきことであると思います。

ラモン・モントージャ(モントーヤ)の伴奏を得て吹き込まれたSP録音、そこに聴かれるアウレリオのカンテは、既に完成の域に達しています。フレーズの継ぎ目の其処此処に底深い闇を紡ぎながらも、どこか粋な節回し、低音に込められたとてつもない気迫。歌の高ぶりの、その極みに発せられる叫びは、声量に全く依存することなく、ただ秘めたる気配の大きさによって聴き手を慄然とさせます。
聴き知る限り、ラモン・モントージャのトーケ(ギター演奏)は、常に音楽全体の在り方を意識して、歌い手と相対する位置に踏み止まろうとする向きがあります。しかし、アウレリオとのセッションでは、その本領を発揮しながらにして、アウレリオの放つ強烈な「磁場」に取り込まれているのです。がさつな復刻で空間成分を削がれた音質が、更にその印象を強めます。後年の録音との間に差違を見出すならば、この妖気芬々たる趣こそが最たるものと言えるでしょう。

LP期に移ってからの音源は、幸いにもステレオ録音です。
伴奏者は、アンソロジー盤がメルチョール・デ・マルチェーナとマヌエル・モラオ、HISPAVOXのLPがアンドレス・エレディアで、いずれを取っても申し分の無い好サポートが聴かれます。
これらのセッションでは、収録時間の制約から解放されたこともあってか、節回しは更に大らかなものとなっています。また、立体的に収録された音場から、アウレリオの歌声の輪郭を明瞭に聴き取ることが出来るようになりました。

その「叫び」が発せられる時、同一の空間を共有する全ての存在が、震えます。雷鳴のような凄みを帯びた声が引き際に残すのは、無尽の闇そのものです。
シギリージャやソレアーの慟哭が、言語を越えて聴き手の戦慄を呼び起こします。

そして、同じ力を持った声が諧謔と喜びを歌う時、何が起こるのでしょうか。

HISPAVOXのLPに収録されたアレグリアス、この1曲を語ろうとすると、もはや自制が利かなくなりそうです。
原則として、人間は一つの声しか発することは出来ません。それなのに、苦悩と歓喜は表裏一体。実に厄介です。
しかし、憂える者には、先へと繋ぐ希望があり、幸う者には、知らずに抱いている不安がある。アウレリオが歌うアレグリアスは、そのいずれとも共にあります。
時に聴く者を凍てつかせるその声は、凍えた心を再び奮起させる力をも併せ持っているのです。

そして、フラメンコの情熱の最たるブレリアス。アウレリオによって歌われると、侠気の粋となります。これぞまさしく、男を惚れさせる、男の姿です。

決して気易くは聴くことが出来ない、アウレリオのカンテ。何故なら、たとえ頭を空っぽにして聴いていても、否応なく心が引き込まれてしまうからです。
心のあちこちで、気付かぬうちに生じていた「鬆」の中を、そのカンテは目一杯響き渡ります。
嘆きも喜びも、一時に味わうようにして時間が流れ、いつしか身中には生きるための力が宿っている…。

かけがえのないHISPAVOXのLPが1日でも早く復刻されることを、わたくしは日々心の片隅で願っています。
 
 
 

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Thursday, September 16, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その2)

前回に引き続き、ホアン・ブレーバ(1844-1918)の第2回目記事、今回は残されたレコードについてです。

ブレーバの復刻には、まずフランスのMANDARAレーベルがCD1枚を割きました。しかしながら、これは同一音源の重複やドン・アントニオ・チャコン(1869-1929)の古い録音を混同した粗雑な代物。通して聴いて甚だ落胆した記憶は、わたくしの中で未だに生々しいものです。
その後、ブレーバの全録音は、スペインのPRODUCCIONES arによる「カテドラ・デル・カンテ」(CATEDRA DEL CANTE)というシリーズ中に復刻されました。これは正真正銘、残された10面のレコードに基づくものです。
ただ、この復刻についても泣き所があります。シリーズ全体を通して言えることなのですが、トランスファーが雑なのか、ノイズが多く残留している割にカサカサとした音質で非常に聴きづらく、歌い手の存在感がかなり削がれているのです。
それでも目下の所、ブレーバの全音源を収めた復刻盤は他に存在しないので、存在価値は非常に高いと言えるでしょう。

実は、ブレーバの録音を聴くにあたって、全てを差し措いてお勧めしたい復刻があります。
日本国内のEsutudio Cascorroから発売されている、グラン・クロニカ・デル・カンテ(Gran Cronica del Cante)というシリーズに収録されたものが、それです。ここでブレーバの録音は、第2集と第4集に、各2トラックずつ聴くことができます。
詳細情報と購入方法についてはアクースティカ該当ページをご覧下さい。
このシリーズは、全トラックに歌詞と対訳、そしてきわめて浩瀚で含蓄のある解説が付されている点で比類がありません。そして何よりも、聴く者を歌い手の芸境へと導く大きな力が、解説文中には満ち溢れています。

ブレーバのレコードでは、カンテ(歌)・フラメンコには比較的珍しい演奏スタイルが聴かれます。ここで伴奏を担っているのは、伝説的なフラメンコ・ギター奏者ラモン・モントージャ(Ramón Montoya/1879/1880-1949)なのですが、その傍らではブレーバ自身もギターを奏でているのです。
歌のみならずギターも巧みだったというブレーバ、その音色を録音からつぶさに聴き取ることは難しいのですが、1860年代生まれの奏者を聴くことさえ難しいフラメンコ・ギターの録音史にあっては、大変貴重な記録と言えそうです。
達人モントージャもここでは比較的シンプルなスタイルを取っていて、ほとんどコード弾きに近いブレーバのギターとの間に、素朴な調和を現出しています。
ただ、ここで言う「素朴」とは、あくまでも演奏上の効果、という程度の意味であるとお考えになって下さい。

むしろわたくしはブレーバのレコードを聴いていると、常に宿命に煽られ続けているかのような、人を安住させない何かが感じられてなりません。ローカルな舞曲の俤を残した古いマラゲーニャ、ベルディアーレスのみならず、ソレアーの中にも、全ての録音に於いて同様のものを…。

ロルカが"voz de niña"と形容した歌声は、確かに男性歌手の中にあって高い声域に属するものです。そこからは澄み渡った叙情が絶えることなく溢れているのですが、決して甘美さに終始する性質のものではありません。
それはまるで、尽きない水を思わせる歌、小さな泉などではなく、もっと遠く深い処から届く水音。

歌声に誘われて巡る想念が、再びロルカの言葉に戻ったとき、わたくしは総身が震えるような感動を覚えます。

嘆き、レモン、涙、海の塩─
─光なき海、しぼられたオレンジ…。

 
 

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Wednesday, September 15, 2004

光なき海─ホアン・ブレーバ(その1)

Juan Breva tenía
ホアン・ブレーバは持っていた
cuerpo de gigante
巨人の体と
y voz de niña.
少女の声と。
Nada como su trino.
たとえようのない、そのさえずり。
Era la misma
それはまさしく、
pena cantando
笑顔のうしろでうたっている
detrás de una sonrisa.
嘆きそのもの。
Evoca los limonares
ねむれる女、マラガの街の、
de Málaga la dormida,
レモンの木々を思わせる、
y hay en su llanto dejos
その涙にあるものは
de sal marina.
海の塩の後味だ。
Como Homero cantó
あのホメロスのように、
ciego. Su voz tenía,
盲目となって、うたった。
algo de mar sin luz
その声は、光なき海、
y naranja exprimida.
しぼられたオレンジのようだった。


<フェデリコ・ガルシア=ロルカ 『カンテ・ホンドの詩』より『ホアン・ブレーバ』>


スペインはグラナダに生まれた詩人、フェデリコ・ガルシア=ロルカ(1898-1936)。
フラメンコに想を得た詩編「カンテ・ホンドの詩」(Poema del cante jondo/1921)は、その創作の前期を代表する作品です。ショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」では、「深き淵より」と「マラゲーニャ」の2篇がテキストとして用いられています。
上掲の詩は作中からの一篇、マラガ出身のカンタオール(フラメンコ歌手)、ホアン・ブレーバ(Juan Breva/1844-1918)に寄せられたものです。

この詩編の中には、シルベリオ・フランコネッティ、ドローレス・"ラ・パラーラ"、アントニア・"ラ・ローラ"、そして、ホアン・ブレーバといった、実在したカンタオール/カンタオーラ(女性のフラメンコ歌手を表す語)の名が登場します。いずれも19世紀に活躍した名人ばかり、詩が生まれた時には既に、その歌の俤は古老の昔語りの中へと収められつつありました。
しかしロルカは、貝殻の奥底に眠る海、その響きを聴くかのようにして、彼らの歌を、姿を甦らせたのです。

わたくしの手許には長谷川四郎による名訳、「ロルカ詩集」(みすず書房)がありますが、「カンテ・ホンドの詩」からの抜粋中、上述の人々を描いた作品は残念ながら一篇も収録されていません。
冒頭に掲げた対訳は、恥ずかしながら、この機会の為にわたくしが手掛けたものです。
拙い作品を皆様のお目にかけることも、原詩の魅力に少しでも近付きたい一心からのこと、どうぞ御斟酌下さいませ…。


数ある中からホアン・ブレーバを殊更に取り上げたのは、同作品中にあって恐らく唯一、レコードを遺している人物だからです。
ブレーバは、1910年に5枚10面のレコードを吹き込みました。フラメンコという音楽ジャンル全体を見渡しても、ブレーバは商業録音を行った最年長者に属するものと思われます。

また、同時代のカンタオールの中にあって、ブレーバはその人気と名声で突出した存在でした。
高い技量を持ちながらも、大衆的な人気に背を向けて自らの道を貫いた人が多く存在する一方で、ブレーバの音楽活動は、より外へ外へとの志向と共にあったようです。
1890年代、豊かな財力と人脈を駆使して、名だたる音楽家や名士のレコードを、当時としては奇跡的な高音質で製作したジャンニ・ベッティーニ。そのカタログの中には、アデリーナ・パッティ、リーナ・カヴァリエリ、ジャン・ド・レシュケといった、オペラ史に燦然と輝く大スターと共に、ホアン・ブレーバの録音が記載されています。
ただ、肝心のレコード(正確には蝋管)そのものは、他の貴重な音源共々、戦災で焼失してしまったようですが…。

そして何よりも、ひとたびならずスペイン王室の御前で歌った、という事実が、当時ブレーバの名声が如何に高いものであったか、ということを端的に示していると言えるでしょう。


さて、今回は当ウェブログを立ち上げて以来初めての、フラメンコ関連の記事となりました。
その嚆矢としてホアン・ブレーバを取り上げたのですが、我がことながら驚く程に思いの丈が横溢していることを実感した次第です。
文面の長さを1回分相応で止めるためにも、レコードの感想は次回記事へと繰り延べることに致します。
どうぞ、よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
 
 

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