クラシック音楽

Saturday, December 19, 2009

トラップ一家物語~Trapp Family Story

NHK-BS2で先日まで再放送していた、「ハウス世界名作劇場」の「トラップ一家物語」(1991年本放送)。
私はリアルタイムで終盤を視聴し損なったままだったので、特に物語後半から録画していました。トラップ男爵がマリアさんに求婚するまでの辺りからです。いやあ、良かった。やっぱり名作劇場は素晴らしいっ!

それで、録り溜めていた最終回までの数話を見終えたところなのですが…、いやあ、泣きました。何処で泣いたかと言うと最終回、一家が住み慣れた家を秘密裏に去るシーン。気の好い料理人のローズィおばさんと子ども達の別れのシーン、うううう、ウルウル。そして古馴染みの、頼れるフランツさん。フランツさんは男爵が破産した時のお金のエピソードで既に私はだだ泣きだった訳ですが、このオーストリア脱出と告別の経緯にいたっては、もうたまりません。乗合バスでのトラップ男爵との別れのシーン、ああ、ダメだ、もうキー叩きながら思い出して涙腺が緩んできた。マリアさんが亡命の船上で何とは無しに歌い始める『別れ』(ムシデン)も心に迫ります。国外脱出を援けてくれた顔ぶれと共に、このよき人々に幸多かれと願わずにはいられませんでした。

さて、クリスマスを見据えた盛り上がりも正に酣、1枚のCDについて今回は書きます。

Christmas With the Trapp Family Singers~
「ひいらぎ飾ろう」「きよしこの夜」等のキャロルと、グレゴリオ聖歌、プレトリウス、バッハ、スウェーリンク、ヴィットリア、パレストリーナによるクリスマス・チャント集

The Trapp Family Singers(トラップ一家合唱団)
マリア・アウグスタ・フォン・トラップ
ウェルナー・フォン・トラップ
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
ヘートヴィヒ・フォン・トラップ
アガーテ・フォン・トラップ
ヨハンネス・フォン・トラップ
エレオノーレ・フォン・トラップ

シャーリーン・ピーターソン
ハロルド・ピーターソン

フランツ・ヴァスナー(指揮)

1951-53年、Deutsche-Grammophonによる録音。時期的にはまだモノラル録音ですが、テープ機材に移行してからの収録でもあり、とても良好な音質です。リマスタリングが良いのか、適度な奥行きがあり、非常に聴きやすく感じられます。さすがは Deutsche-Grammophonの録音です。
時期的には、既にゲオルク・フォン・トラップ準男爵の没(1947年)後です。そして、ヨハンネス、エレオノーレの両氏が、トラップ艦長とマリアさんの間に生まれたお子さんです。指揮はこの合唱団結成の立役者、ヴァスナー神父が担っています。

さて、この音源なのですが、純粋な音楽CDとしての鑑賞に充分耐える、極めて優れたものです。むしろ、あまりに高尚な音楽が繰り広げられるので、名作劇場や映画『サウンド・オブ・ミュージック』のうきうきするような感動から手に取ると、却って戸惑いさえするのではないでしょうか?
私の場合が正にそれで、「さあ、届いた、どんな合唱なんだろうワクワク…」とプレーヤーにセットして、一曲目のプレトリウスが始まるや、「…え、え? こんなに素晴らしいんですか、何だかスミマセン…」と、思わず居住まいを正さずにはいられませんでした。
そもそも、プレトリウスやスウェーリンク、パレストリーナといった作曲家の名が並んでいる時点で、これが単に享楽的な意図から製作されたものではないことを察するべきでした。合唱団を指導したヴァスナー神父の高い識見に他ならぬことと思います。歌唱、アンサンブル自体も大変優秀であり、一機縁から歌の世界を生業と為すようになった家族のものとは、到底思われません。ヴァスナー神父はどのようにしてこの家族を導いたのでしょうか、本当にとてつもない人です。そして、キリスト者の信仰の篤さ、祈りの深遠さというものがここには満ち満ちています。

さまざまな形で生じた好奇心を満たしてくれるどころか、より一層の感動を与えてくれることは間違いありません。
賑やかで楽しいクリスマス・アルバムとは趣を異にしますが、「クリスマスって本来こういうものなんだよなあ」というところに立ち返らせてくれる、素晴らしい一枚だと思います。

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Friday, December 18, 2009

Maestro-X 頌

Maestro_x
今般、数年来逸したまま渇望していたCDを入手することが叶った。
Maestro X(写真)が指揮する、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」である。
これは巨匠2回目の録音であり、晩年の芸境を後世に伝える貴重な記録だ。
元よりアンサンブルを精緻に彫琢することで人後に落ちぬ巨匠、ここでもその手際は万全と言っても良い。巨匠の至芸に馴染んでいると、いつの間にかこれが当前の水準であると錯覚してしまう。些か困ったことである。その辣腕が余りにも冴え過ぎて、特定のレパートリーにおいては余りにも強烈な光輝を付与してしまうものだから、ややもするとそのイメージが一人歩きしてしまう憾みも否定出来ない。私がこの「英雄」を逸していたのも、恥ずかしながらその弊害に因る影響無しとは言えないのである。
果たして漸く入手した「英雄」は、私が渇望とともに抱いていた、遠慮がちで幾分は願望をも伴う期待に対して、応分以上に応えてくれるものだった。
このセッションでの巨匠は、自らの力量が齎す成果に対して、1回目の録音よりも更に入念な艶消しを施しているように感じられた。殊に管セクションが、時に素朴とも言うべき表情を見せたのは予想外のことだ。
眩い色艶は秘められて、代わりに悠揚とした趣が加わった。それでも、僅かながら管楽器に手を加えて音響を補強している点では、やはり19世紀に生まれた巨匠の流儀の、その余勢が尚も示されているのではあるが。
しかし、それにしても、この「英雄」は豪壮そのものであり、また全体としての構成にも配慮が行き届いて隙が無いことには唯々敬服するばかりだ。
新発掘の放送局音源に勿論心躍るものは後を絶たないけれども、存外正規音源の中にもこれだけの名演が然るべき処遇を受けないまま埋もれているのだから油断出来ない。

Maestro-X は独墺のレパートリーに多くの名演を残している。
ステレオでのベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4番、5番などはその代表例として挙げられるだろう。或いは、彼の遺産がこれ限りだったとすれば、却って日本人好みのする高い評価に落着していたかもしれないとの邪推をも禁じ得ないのである。
CD期以降これらの音源は不遇と言うべき状況で、ベートーヴェン、ブラームスともに全集の体裁はおろか、個別にもその全てはCD化されていない。CD化されたものについても、満足のいくリマスターで頒布されてはおらず、現状では尚も彼の真価を広く世に問われていないもどかしさがある。
殊にブラームスは極め付きに近い名演揃いで、これが彼の心技ともに万全以上を記録した最良の遺産ではないかと、聴き得た音源(1,2,4番。3番のみ2009年現在未CD化で未聴)の印象から想像している。これが然るべき形で頒布されたなら、世評の大番狂わせが起きるかもしれないと私は夢想している。
実際、個人的に妄執にも等しく愛着深きブラームスの第4番、ただ一種ならば迷わず彼の録音を選ぶ。私は殆どこれで死ねるとさえ思っているし、これをあらゆる条件で凌駕する音源が今後現れるのならば、それこそ願ったり叶ったりである。

<品番>
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」-BVCC-38111(廃盤)
ブラームス:交響曲第4番-IMG Artists 7243 5 75127 2 5(廃盤)
 

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Sunday, November 15, 2009

ギーゼキングのベートーヴェン「皇帝」(1945年1月ステレオ録音)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73 『皇帝』
ヴァルター・ギーゼキング(Walter Gieseking/1895-1956,ピアノ)
アルトゥール・ローター(Artur Rother/1885-1972,指揮)
ベルリン帝国放送管弦楽団(盤中表記は Grosses Funkorchester)
1945年1月23日録音(STEREO)
米MUSIC&ARTS CD-1145


録音史上において最初期に属する、ステレオ方式で記録された音源。


ステレオ録音の実験としては、1930年代にベル研究所が着手したものや、1940年公開のディズニー映画「ファンタジア」における、特異なマルチトラック収録・再生の試みなどが挙げられる。
しかし、我々が現在オーディオで鑑賞出来る音源の中で、今日的な「ステレオ録音」の概念と一致する音響を実現したものとしては、ナチス政権下のドイツ帝国放送局がマグネトフォンを用いて行った、1944-45年の放送用音源をもって「史上初」と定義して良いのではないかと考える。


ここに復刻されたギーゼキングの独奏による協奏曲は、単なる実験記録としての意義にはとどまらない、驚くべき高いクオリティを示している。
元よりドイツで当時採用されていたマグネトフォン(テープ録音の原型)機器による録音は、録音の起源以来行われてきたレコード盤面へのダイレクト・カッティング方式とは異次元の明瞭な音質記録を実現していた。それに加えて、ここでは既に極めて高度な立体音響が成されている。
明瞭な音質と、ほぼ安定した定位、録音年代を伏せて聴いたなら、これが第二次大戦中、1945年の録音であると言い当てることは出来ないだろう。



個人的に、この音源と自ら出会う機会が今になったことを、遅過ぎたのか機が熟したのかよく分からずにいる。CD初出は今を遡ること15年以上も前だし、文献で読み知ったのも同じくらいの時期だ。しかし、何やら如何物食いめいた物々しさを感じたまま、ずっと接する機会も設けず時を過ごしてきた。
それが先般、偶々掲出のHMVサイトで「在庫あり」の状態となっていることが目に留まり、何となく興趣が昂じて発注した次第。MUSIC&ARTSというレーベルは供給が不安定で、一回あたりの生産ロットが払底したら、次はいつ入荷するか分からない。それもこの音源を長く逸してきた要因の一つだ。
手に入るうちに聴いておくのも悪くはないか、という程度の軽い気持ちで初対面と相成った訳である。


結果としては、あまりの素晴らしさに愕然とするばかりだった。間違いなく、一期に必ず出会っておくべき音源だった。
素晴らしい音質、そして、感動的な演奏!


音質については、先に触れた通り。異常とさえ言える質の高い記録だ。却ってあたら言葉を連ねないことを以って他に、その物凄まじさを強調する術は無いと感じる。実際に聴いて驚くのが、誰にとっても最上の喜びだろう。


そして、この演奏はどうだろうか。
従来個人的に、ギーゼキングというピアニストに対して関心を持たずにいたことを大いに悔いることとなった。
このピアニストは、現代的で万能な奏者としての側面ばかりが無闇と強調され過ぎなのではないか。こうして年代不相応の音質で接する演奏は、紛れも無く古き佳き時代の、極めて丹念な手工芸の姿を呈している。入魂の輝かしい音色が、豪壮な作品の楽想を否応なく昂ぶらせる。特筆すべきはアルトゥール・ローターの指揮による管弦楽で、単なる添え物どころの話ではない。行き届いた采配と、重厚でいてしなやかな音響、そして終始漲る緊張感は、何やら尋常ならざるものを感じさせる。


そうだ、この演奏は総じて尋常事ではない。時折混入する奇怪な重低音は、国防軍の高射砲なのだと言う。ドイツにとっては、時既に敗色明らかな大戦末期なのである。この録音の僅か3ヶ月後には、凄惨なベルリン市街戦の火蓋が切られるのだ。
言うなれば、これは破滅の瀬戸際に行われた記録だ。そして、人間は絶望的な危機に瀕してなお、かくも美しくあろうとするのだということを、接する者に思い知らせずにはいない。


私としては、とうに厭いてもはや進んで聴くこともなかった「皇帝」という作品だが、唯この音源一つを以って、かけがえの無い存在となった。
このような音楽は、求めてもそう多くあるものではない。
 
 

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Saturday, August 29, 2009

24のプレリュードとフーガ/ニコラーエワ(1962年第1回録音)

ショスタコーヴィチ:24のプレリュード(前奏曲)とフーガ
タチアナ・ニコラーエワ(Tatiana Nikolayeva/1924-1993,ピアノ)
1962年録音(STEREO)
Venezia CDVE04363

長らく入手困難になっていた音源だが、先般Veneziaが焼き直してくれた。CDとしての発売はかれこれ15年以上前、まだJVCがMELODIYA音源を扱っていた頃に一度あった限りの筈だ。
私はその時分にはこの作品に開眼するどころではなかったので、今回Veneziaからの廉価発売をもってようやく耳にすることが叶ったという次第である。

この作品の被献呈者であるニコラーエワの第2回録音(1987)と第3回録音(1990)については、既に聴き知っていた。いずれも非の打ち所の無い演奏記録として世評は固まっているところではあるけれども、個人的には受け入れ難い演奏だと感じていた。
この上なく端整を極めた演奏ではあるものの、私の好みから申せば、あまりにもソリッドなのである。言うなれば意匠図案を眺めているような気分で、情緒に乏しいのである。
情緒などというものに何故拘泥するのかと言えば、結局は私の個人的な体験と嗜好に帰する問題でしかない。私が初めて触れたこの作品の演奏が、他ならぬショスタコーヴィチ自身による抜粋演奏だったからである。
これは1958年、健康問題からショスタコーヴィチの演奏技能に重大な翳りが見えていた時期の録音だ。それにも係わらず、あらん限りの気力を込めて打ち立てられたこの演奏は、対峙するものの心を動かさずにはおかない。殊に終曲第24番に横溢する巨大な精神と意思は、演奏技能という「手段」に収まりきらない概念が確かに実在することを知らしめるのである。
このような演奏によってもたらされる感興を、それ以後の世代による全曲録音に対しても求め続けるのは、なかなか辛いものがある。だが、私は求めずにはいられなかった。そうして、長らく満たされぬ心持ちでいた。何種類も全曲盤を買い集め、幾ばくかでもショスタコーヴィチ自身による演奏に通ずる雰囲気を参酌しながら、ひとまずは間に合わせていた。

そして、長らく入手が叶わなかったニコラーエワの初録音、この音源には何となく、自分が求めているものが宿っていそうな気がしていた。根拠は無いが、ショスタコーヴィチ自身が健在であるうちに製作された、恐らく唯一の全曲録音であるという意義付けは、やはり特別であるように思われたのである。
求め続けてこの度ようやく聴き得たこの音源は、果たして大変に素晴らしかった。
ソヴィエトにおける最初期に属するステレオ録音なので、音質は甚だ痩せていてすぐれない。だが、それさえも時代の刻印として取り込んでしまったかのようなニコラーエワの演奏は、代替するものをほとんど認めさせない程の説得力を有している。総じて力強く、終始弛まぬ推進力は、当時もはや自力で弾くことも覚束なくなりつつあった作曲家自身の志を、そのままに受け継いでいるかのようではないか!
ここに及びようやく、私は思い描いていた演奏像によって完成された全曲盤に出会うことが叶った。

ショスタコーヴィチの「24のプレリュードとフーガ」は、20世紀に創造されたピアノ作品の中でも抜きん出て優れた作品だ。世に広く普及している一部の交響曲のイメージをそのままに、ショスタコーヴィチという作曲家に対して辟易している方があれば、まずはこの作品からのアプローチをお勧めしたいと常々私は考えている。
これは決して晦渋ではなく、日頃親しむに何ら不足の無い作品だ。ショスタコーヴィチという作曲家が自らの才知と技法の精髄を以って編み上げた、美しき音楽の時祷書である。
 

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Friday, April 17, 2009

ドゥシーク,ヴィルトゥオーゾの誕生

ボヘミア出身のピアニスト・作曲家、ヤン・ラディスラフ・ドゥシーク(ドゥセック、ドゥシェックとも/Johann Ladislaus Dussek/1760-1812)の伝記については、ウィキペディアに詳しいので、そちらをご参照されたい。
エカチェリーナ2世やマリー・アントワネットを魅了し、不倫の果てに友人クルンプホルツを入水自殺へ追いやった美貌の音楽家。そして破産と生活の荒廃、極端な肥満による演奏続行の断念。
まさに疾風怒濤を地で行く、劇的で燃え尽きるような生涯を送った人だ。
ピアニストとしては英国の楽器職人ジョン・ブロードウッドに特注した大音量のフォルテピアノを駆使し、同時代にとって圧倒的に斬新なレパートリーを自ら切り開いていった。
その素晴らしい才覚の片鱗を窺わせるCDが、今回ご紹介するセットだ。

ドゥシーク:ピアノ・ソナタ集/アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)

C.P.E.バッハ(J.S.バッハの次男)による直接・間接の影響がドゥシークには見られるということだが、なるほど、確かにフォルテピアノの音域を前提とした先鋭的な作風は相通ずるものを感じさせる。モーツァルトとほぼ同世代人でありながら、モーツァルトがその短命故に為し得なかった作風にドゥシークは到達しているように思われる。このセットに聴かれる1790年代のソナタには、ベートーヴェンの画期的なピアノソナタ第12番「葬送」を先取したとも言うべき激情がある。
そして更に作風を深化させたソナタ「哀歌」「パリへの帰還」の圧倒的な迫力はどうだろう。仮にこれらの作品がモダンピアノのレパートリーとして取り上げられたなら、目隠しでは作曲家の世代も作曲年代も言い当てられなくなってしまうのではないだろうか。
ここで1805年製ブロードウッド・ハンマーフリューゲルを駆使するシュタイアーの才覚は、まったく瞠目すべきものだ。楽器のスペックを限界まで引き出すように没入しきった演奏は、ドゥシークが同時代においてどれほど時代の先へと進んでいたかを如実に思い知らせる。鮮烈な技巧がもたらす音響は、既に19世紀中盤に向けて開花してゆくヴィルトゥオーゾの黄金時代を胚胎したものだ。
このドゥシークこそが、まさしくピアノにおけるヴィルトゥオーゾの嚆矢なのではないだろうか。それと同時にドゥシークは孤高の境地に入ったまま完結してしまった音楽家であるように思われてならない。
古典派にも、初期ロマン派にも属さないドゥシークの音楽。ピリオド演奏という枠にとらわれず、より多くを聴きたいものだと願う。

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Wednesday, April 08, 2009

マーラー/大地の歌/ワルター指揮(1936年ライヴ)

何かと落ち込み激しい時には、いつの間にかマーラーを聴いている。
ここ数日はワルター/ウィーン・フィルによる1936年ライヴ録音の「大地の歌」(テノール:チャールズ・クルマン/ソプラノ:ケルステン・トルボルク)。

「大地の歌」という作品は、まるで苦い古酒のようだ。
最古の全曲盤である同録音は、その酒がまだ蔵から出されたばかりの頃の芳香を伝えていると思う。
ウィーン・フィルのコンサートマスターは、当時まだアルノルト・ロゼー(マーラーの妹婿)が勤めている。
不揃いな所もあるが、今のオーケストラからは失われた前々世紀の匂いがする。そこに我を張らないワルターの指揮が、却ってスコアに込められたメルヒェンとミステリウムを顕わにしている。

声楽のクルマン、トルボルクもともに理知的で、陰影豊かな優れた歌唱を聴かせている。
前者は英国人の起用だ。初演のテノール、ウィリアム・ミラーとメゾ・ソプラノ、サラ・チャールズ・カーヒアも英国人であったことが、何か関係しているのかも知れない。

特別な意味を持って成されたであろう、マーラー没後半年を経た1911年11月の初演もまた、こうした雰囲気だったのではないだろうか。
総じてこういう雰囲気のマーラーを、「大地の歌」を聴かせようと試みる人々はもう居ないであろうから、私にはとても尊く感じられる。永遠に聴くことの叶わないマーラー自身の指揮解釈を想像しながら、この音源に耳傾けよう。
古い録音から演奏のディテールを見事に拾い上げた、オーパス蔵の復刻にも喝采を送りたい。

ちなみに、「大地の歌」初演者サラ・チャールズ・カーヒアの歌うマーラーは僅かではあるが録音がある。
ゼルマー・マイロヴィッツ指揮、ベルリン国立歌劇場管弦楽団との協演による「私はこの世から忘れられ」(リュッケルトの詩による5つの歌曲より)と、交響曲第2番「復活」第4楽章「原光」抜粋の両面一枚がそれである。
既に60歳の歌い手は音程に不安定な所があるものの、幽冥の世界を思わせる歌唱は一聴して忘れ難い。「告別」などもさぞかし素晴らしかったことだろうと推察される。
Naxosの復刻CD、オスカー・フリート指揮「復活」(1924年アクースティック録音)の余白に収録されているので、ご参考までに。

 

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Sunday, March 08, 2009

「懺悔」「タブラ・ラサ」

もっと効率の良い記述方法に注ぐ努力の余地はあるが、順序を優先して書かせて頂きたい。

昨年夏に発売され、私を驚喜させたのがセルゲイ・パラジャーノフの監督作品「火の馬」DVDプレミアムエディション/デジタルリマスター版だった。

「ざくろの色」をはじめ、その後私をパラジャーノフの虜にした端緒がこの作品だったので、良質な形のサプライは本当に嬉しかった。そして、色々と特典映像を附随させた仕様となっている点も、この種の映画を嗜好する者としては有難いことだ。

複数の特典の中で、私が「はて」と首を傾げた映像がある。
それはテンギズ・アブラゼ監督の「懺悔」というグルジア映画のトレーラーで、英語字幕のみが附されている。
時間的には3-5分程だろうか?
過去と現在のソヴィエト地方都市と白日夢のようなイメージが錯綜する、強烈な印象を残すものだった。
しかし、より以上の情報が一切無い。近日DVDが出ると言うことなのか、それとも……?
ともあれ、機会があれば是非観たい映画として、脳裏の一隅に留め置かれた。

・・・・・・

先日、映画魔の妻が入会している京都シネマからの月報を、私が郵便受けから取り出した。
そうすると筆頭に「懺悔」上映情報が掲げられている。何という偶然!
「この映画はいつから上映が始まるの?」すがりつくようにして妻に訊いた。
私がシアターに足を運ぶことを億劫がるので、滅多に映画の話を持ち出さない妻だが、珍しく一声掛けようという心づもりでいてくれたらしい。
美味なるワイン、音楽、バレエ、ピロスマニの国、グルジア。
私が愛着を寄せるその国の映画ということで、空振りを承知で勧めるつもりだったそうだ。
夫婦の絆である。

岩波ホールを発信元として、全国で上映されるスケジュールらしい。
懺悔(1984)|ZAZIE FILMS

ああ、「懺悔」、遂に観ることが叶った。
滅多にシアターに足が向かない私の、その期待に違わない名作だった。

事後の感想として、ソヴィエト時代末期、体制とシンクロニシティを有しながらこの映画を観た人々は、さぞかし感動しただろうなあと思う。
皆が体験しながらも重く口を閉ざしてきた粛清の暗黒時代を、いざ、となってどのように振り返るのか、「懺悔」はそのアプローチの一つとして実に傑出した作品だった。
他方、この作品が時を得て世に出て、多くの観衆の絶大な支持を受けたのは僥倖(実際にその通りなのだ)で、同じように秀逸な企画が恐らく無数に葬られていったであろうことは想像に難くない。

何にせよ「雪どけ」期のソヴィエト社会は、追い掛けてみると面白い。
中世都市とまっすぐ一本に繋がったような生活風景と、最悪の統制社会に喘ぐ灰色の時代と、西欧の最新ヒットチャートから一年遅れくらいのポップカルチャーとが混在している世界。
配給元のサイトで配信されている予告編よりよりは、「火の馬」DVD付属のトレーラーの方が遙かに的確に、キャッチーに作品の美しさを凝縮しているのがもどかしいが……、とにかく多くの方にご覧頂きたい作品だ。

・・・・・・

そこで、アルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」に話は繋がるのである。

この映画の中盤、とりわけ重く哀しいシーンに、静謐で美しい音楽が寄り添う。
「これはペルトの『タブラ・ラサ』じゃないか」と思いながら観ていたら、沈鐘のようなプリペアド・ピアノの音が入ったので間違いないと確信した。
1984年のソヴィエト映画で、「既に」ペルトの「タブラ・ラサ」が用いられている。驚愕した。
これは一体何処から持ってきた音源なのだろう。
まさかECMの音盤だというのか?
帰宅して音盤を手に取る。
"1984 ECM Records"とクレジットがある。そうだよな、発売時期と前後するよな、と思いながら収録年月日を確認して今一度驚愕した。「タブラ・ラサ」は1977年、ボン/ケルン西ドイツ放送によるライヴ・レコーディングとある。
そうか、1984年の「懺悔」制作時、既にECM盤収録の「タブラ・ラサ」は数年の時を経た音楽だったのだ。
ちなみに、同時期においてアルヴォ・ペルトは日本において未だ知る人ぞ知る音楽家である。
……だとすれば、「タブラ・ラサ」は一体、当初はどういう形態で、どの経済圏に供給されたのか?
思えば、アルフレード・シュニトケがプリペアード・ピアノを弾いているのも妙だ。
この人も自作自演が幾つかあるが、積極的にパフォーマンスを行う作曲家というイメージはない。
それが、他作の演奏に参加するとはどういうことだろう?
ペルトの人徳なのか、それとも、1977年のボンでのライヴは、それだけ歴史的な機会だったのか?
これは、今後の探求課題としよう。

・・・・・・

タブラ・ラサ──この音楽を如何に語ろう?

光 闇
陽光 陰影
水脈 流水 水滴
乳白 青白 純白 空白

至純

静謐

普段から「銀璧亭」にご来訪頂いている方には、私がお勧めするまでもないことは百も承知のこと。
あなた方には、改めて深謝と親愛の念を。

そして、何かの偶然でこの長文を読んで下さった貴方に、私は語りかけたい。
私は、私個人の使命で10枚のCDを世に遺す使命を附されたのならば、この一枚は必ず手に取るだろう。
どうか、少しでも多くの方にペルトを知って欲しい。
どんなジャンルの音楽を聴く人でも構わない。
時代が病んでいる今、このCDに収録されている音響は、静かに貴方に寄り添うだろう。あるいは、やわらかに包み込むことだろう。

とりとめもないようでいながら、日常は連鎖している。

セルゲイ・パラジャーノフ。
テンゲズ・アブラゼ。
アルヴォ・ペルト。

・・・・・・そして・・・・・・?
 

 
 

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Saturday, January 03, 2009

謹賀新年 平成二十一年

みなさん、あけましておめでとうございます。
本年も「銀璧亭」をよろしくお願い致します。

どうにか三箇日のうちにページだけでも送ることが出来ました。
やれやれ…。
 

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Wednesday, December 31, 2008

大晦日

気が付けば大晦日です。
今年から思い切って再び通電させてみた「銀璧亭」ですが、昔ほど気楽に文章を書けない自分があります。
エントリー数はどうにか月1件相当に達しましたが、以前を思えば緩慢ですね。

でも、稼働させれば相応に喜びが伴ってくるということも実感しました。
SNSに引き籠もっていては受けられない爽風が、確かにここには入ってきます。

ひとまずは本年一年の御礼と締めくくりとして、あまり意義はありませんがこのエントリーをあげさせて頂きます。早速あすはあすで「謹賀新年」と記すことになるかと思いますが、ひとまず、です(笑)

皆様、本年も一年ありがとうございました。
どうか、よい新年をお迎えください。

加牟波理入道 郭公
 

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Tuesday, December 02, 2008

ロシア・ピアニズムに寄せて

ある時期からロシアのピアニスト達に対する感想を挙げるのは避けてきた。

ピアノに触れない人間がピアノを語るのは、何だかコンプレックスを抱えたまま取り組むみたいで、いやだな、と思い始めたのがきっかけだった。

ニコライ・ペトロフの誤った訃報を軽率にも載せたのは未だに心の刺棘になっている。
(これは釈明があって、某外資系CD店のポップに『先年亡くなったペトロフ』と確かにあったのだ。声楽家のイヴァン・ペトロフ,1920–2003 -と勘違いしたものらしい)

ベルマンで揉めたのも嫌だったな。
怒るのは本当に体に悪い。やめよう。

フェインベルグで、とある不義理をしたのをずっと引きずっていた。先日縁あって某SNSにて、その方と再び繋がりを持てた。本当に嬉しいことで、心の淀みがスッと澄んだ。
やっと最近、フェインベルグと再対面しているところだ。

ソフロニツキーのスクリャービンが、ある趣向の人々からは全く評価の対象となっていない現状には辟易する。
畢竟、スクリャービンは「自らもピアノを弾く人」に対して特別大きな存在意義を有する、マニアックな作曲家ということなのかなあ…。

スタニスラフ・ネイガウスの音源を集中的に聴いたのは、身心に重く堪えた。
ソフロニツキーどころではない、この真っ黒な闇を抱いたピアニストを、私は未だ語る術を持たない。

そうこう鬱々しているうちに、状況も随分変わってしまった。

ボシュニアコーヴィチが亡くなった。
アクセリロードが亡くなった。
カステリスキーも亡くなった。
シュタルクマンも亡くなった。
そして、スルタノフも亡くなった。


1919年生まれのメルジャーノフは、今やロシア・ピアニズムの活仏(違う宗教に擬えて申し訳ない)だ。
1923年生まれのルドルフ・ケレルも健在のように見受けられる。
1931年生まれのバシキーロフ、1936年生まれのイーゴリ・ジューコフとヴィクトル・ブーニン、1938年生まれのイグナツェワ、1942年生まれのナセトキンは、頼もしくも古き佳きロシアン・スクールの法灯を静かに受け継いでいる。

そして、リュビモフ、コロリオフ、ソコロフ、フェルツマンらが、次なるロシア・ピアニズムの重鎮の座に相応しかるべき活動を続けている。

そろそろ何か書きたいという気持ちになってきたところだ。
静かにお見守り頂ければ幸甚です。
 

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