ポピュラー音楽

Saturday, December 19, 2009

トラップ一家物語~Trapp Family Story

NHK-BS2で先日まで再放送していた、「ハウス世界名作劇場」の「トラップ一家物語」(1991年本放送)。
私はリアルタイムで終盤を視聴し損なったままだったので、特に物語後半から録画していました。トラップ男爵がマリアさんに求婚するまでの辺りからです。いやあ、良かった。やっぱり名作劇場は素晴らしいっ!

それで、録り溜めていた最終回までの数話を見終えたところなのですが…、いやあ、泣きました。何処で泣いたかと言うと最終回、一家が住み慣れた家を秘密裏に去るシーン。気の好い料理人のローズィおばさんと子ども達の別れのシーン、うううう、ウルウル。そして古馴染みの、頼れるフランツさん。フランツさんは男爵が破産した時のお金のエピソードで既に私はだだ泣きだった訳ですが、このオーストリア脱出と告別の経緯にいたっては、もうたまりません。乗合バスでのトラップ男爵との別れのシーン、ああ、ダメだ、もうキー叩きながら思い出して涙腺が緩んできた。マリアさんが亡命の船上で何とは無しに歌い始める『別れ』(ムシデン)も心に迫ります。国外脱出を援けてくれた顔ぶれと共に、このよき人々に幸多かれと願わずにはいられませんでした。

さて、クリスマスを見据えた盛り上がりも正に酣、1枚のCDについて今回は書きます。

Christmas With the Trapp Family Singers~
「ひいらぎ飾ろう」「きよしこの夜」等のキャロルと、グレゴリオ聖歌、プレトリウス、バッハ、スウェーリンク、ヴィットリア、パレストリーナによるクリスマス・チャント集

The Trapp Family Singers(トラップ一家合唱団)
マリア・アウグスタ・フォン・トラップ
ウェルナー・フォン・トラップ
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
ヘートヴィヒ・フォン・トラップ
アガーテ・フォン・トラップ
ヨハンネス・フォン・トラップ
エレオノーレ・フォン・トラップ

シャーリーン・ピーターソン
ハロルド・ピーターソン

フランツ・ヴァスナー(指揮)

1951-53年、Deutsche-Grammophonによる録音。時期的にはまだモノラル録音ですが、テープ機材に移行してからの収録でもあり、とても良好な音質です。リマスタリングが良いのか、適度な奥行きがあり、非常に聴きやすく感じられます。さすがは Deutsche-Grammophonの録音です。
時期的には、既にゲオルク・フォン・トラップ準男爵の没(1947年)後です。そして、ヨハンネス、エレオノーレの両氏が、トラップ艦長とマリアさんの間に生まれたお子さんです。指揮はこの合唱団結成の立役者、ヴァスナー神父が担っています。

さて、この音源なのですが、純粋な音楽CDとしての鑑賞に充分耐える、極めて優れたものです。むしろ、あまりに高尚な音楽が繰り広げられるので、名作劇場や映画『サウンド・オブ・ミュージック』のうきうきするような感動から手に取ると、却って戸惑いさえするのではないでしょうか?
私の場合が正にそれで、「さあ、届いた、どんな合唱なんだろうワクワク…」とプレーヤーにセットして、一曲目のプレトリウスが始まるや、「…え、え? こんなに素晴らしいんですか、何だかスミマセン…」と、思わず居住まいを正さずにはいられませんでした。
そもそも、プレトリウスやスウェーリンク、パレストリーナといった作曲家の名が並んでいる時点で、これが単に享楽的な意図から製作されたものではないことを察するべきでした。合唱団を指導したヴァスナー神父の高い識見に他ならぬことと思います。歌唱、アンサンブル自体も大変優秀であり、一機縁から歌の世界を生業と為すようになった家族のものとは、到底思われません。ヴァスナー神父はどのようにしてこの家族を導いたのでしょうか、本当にとてつもない人です。そして、キリスト者の信仰の篤さ、祈りの深遠さというものがここには満ち満ちています。

さまざまな形で生じた好奇心を満たしてくれるどころか、より一層の感動を与えてくれることは間違いありません。
賑やかで楽しいクリスマス・アルバムとは趣を異にしますが、「クリスマスって本来こういうものなんだよなあ」というところに立ち返らせてくれる、素晴らしい一枚だと思います。

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Tuesday, November 29, 2005

追悼・山下毅雄

作曲家・山下毅雄氏が、さる平成17年11月21日に亡くなったという。
生老病死は人の定めであるが、誠に哀惜の念に堪えない。

私自身は、その全盛期と時を同じくしていない若輩者である。しかし、この偉大な才人が刻んだ轍は、確かに新たな時代を導いたものと信じて疑わない。

今はルパン三世 THE 1st SERIES ANTHOLOGY - MUSIC by TAKEO YAMASHITAを聴いて涙することにしよう。
山下御大自身による各曲目解説と併せて、正に極上の逸品。

「銭形の目玉ギョロリ 追う追う……逃げる逃げる……空もいいなあ……」 (TWO-BEAT ROCK-“LUPIN3 PART2”)

「義理と人情のルパンズプロジェクト。五右衛門、いい事教える。」 (A TOUCH OF JAPANESE TONE)

「不二子ヤーイ! ルパン飛んでやがる。オロロロ…歩いてんのか。ゆけゆけ丘を越えて。」 (SHUFFLE ROCK-LUPIN WALKIN’)

「気分はトロピカル。サンバってェ酒ねェのか!」 (MEDIUM SAMBA)

「ピンチだルパン! ルパン風ピンチって?……アレレ……ワルサーが吠える、バイクが叫ぶ。フヒャー!」 (AFRO“LUPIN’68”)


一見エキセントリックと言うか、可笑しいようだけれども─その後シリーズを重ねるルパン三世、既にここにあり、なのである。創作の経緯への言及も、実に熱くて生々しい「クリエイターの言葉」となっていて見逃せない。

もう一つの推薦CDはこちら。
ルパン三世´71ME TRACKS

行方不明となっているマスター音源を、MEテープからの切り貼りによって「復元」した、誠に頭の下がる大労作。限界ギリギリまでSEを排除した構成となっている点、企画制作の高島幹雄氏の熱意が感じられて、美しい。

さあ、もういいだろう。
「旧ルパン」のマスター音源よ、再び世に還るのだ!!
 
 

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Saturday, February 26, 2005

さようなら世界夫人よ

世界はがらくたの中に横たわり
かつてはとても愛していたのに
今 僕等にとって死神はもはや
それほど恐ろしくはないさ

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

世界は僕等に愛と涙を
絶えまなく与え続けてくれた
でも僕等は君の魔法には
もう夢など持っちゃいない

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

(『さようなら世界夫人よ』 by 頭脳警察 1972)

引き続き「さよなら世界夫人」をクローズアップします。
前回エントリー冒頭に掲げた、植村敏夫訳の旺文社文庫版と比べてみて下さい。本当に、随分と印象が異なります。

わたくしにとってヘッセの「世界夫人」と言えば、まず「頭脳警察」のバラードでした。
…いや、正確には「この訳詩と言えば」と言うべきなのかも知れません。
しかしながら、今以て「頭脳警察」自体の、真摯なリスナーにはなりきれていないのですが…。

この詩の原題は“Leb wohl, Frau Welt,”です。
大学生活を通じて惨憺たる苦闘を味わったドイツ語ですが、この機会にちょっと学習(…と、怖じる自分に言い聞かせるのである)。
もっぱら素人講釈ですが、御寛容願います。

" Leb wohl "は、「告別」といった意味合いなので、ニュアンスを汲めば「さらば」となるでしょうか。
そして、" Frau Welt, "です。"Frau"は女性への敬称、"Welt"は、世界。

単純な組み合わせですけど、「詩的」に翻訳するとなると、解釈が分かれるようです。
たとえば現在も刊行されていて、最も入手が容易と思われる「ヘッセ詩集」(訳:高橋健二/新潮文庫刊)では、「ごきげんよう、浮き世夫人よ」となっています。
「頭脳警察」のバラードに出会うまで、わたくしはこちらの翻訳を知り得るのみでした。

だから、「世界夫人」と云う直截な訳出と出会った時には、ガツンとやられたような心地を味わいました。詩的な観点から言えば「巧い」訳は、きっと「浮き世夫人」なのでしょう。
しかしながら、1944年、未曾有の戦禍の傍らで書かれた原詩に漂う虚無感は、「世界夫人」と云う即物的な訳だからこそ、より鮮烈な印象として読み手へと伝わるように感じられます。
頭脳警察のアルバムでは、確かに「植村敏夫 訳詩」とクレジットされています。それと判れば、是非この翻訳を読んでみたいと思いました。

でも、該当するエディションは、書店では一向に見付かりません。
「頭脳警察」のバラードも、自分が生まれるより更に何年も前に世に出たものだ。きっと、遠い昔に絶版になったんだろう。
そう思っている間に時は過ぎ、出典の探索もすっかり忘れ去ってしまいました。

再びこの詩に心惹かれるようになったのは、心身共に持ち崩してからの事です。
抑鬱と不眠とを抱えながら世事にアンテナを張っていると、やりきれなくなるようなニュースばかりが自分の中に鬱積します。
跳躍する力を喪った、自分自身への諦観。

そして、自分を取り巻いている世界は─。

そんな折々に於ける惹句となっていったのが、頭脳警察「さようなら世界夫人よ」の、

世界はがらくたの中に横たわり
かつてはとても愛していたのに
今 僕等にとって死神はもはや
それほど恐ろしくはないさ

と云う部分だったのです。この箇所は、わたくしの荒んだ精神に、不思議と子守歌のような安らぎをもたらしてくれました。

前回エントリーで引いた「オリジナル」と、頭脳警察による歌詞とは、リフレインや省略、あるいは語気の変更などを相観すると、印象がまるで異なる事に驚きます。
今やどちらもわたくしにとって大切な詩なので、相違にまつわる是非を論ずるつもりはさらさらありません。でも、これ程の改編が施されていると云う事実については、もっと広く知られた方が良いと思います。


それと、今回旺文社文庫版の「ヘッセ詩集」を割愛頂いた書店様、非常に丁寧な保護フィルム包装が施されていた事、そして、お店独自の素敵なブックカバーが附随していた事が、何とは無しに心を捉えました。
いわゆる「ユーズド商品」を方々で購入していると、時折そのお店独自のセンスが香るようなご対応を頂く事があります。勿論現物が確かな状態で手に入れば、それに勝るものはありません。
でも、ブックカバー一つでも、一期一会のやり取りが印象深いものになる事は、確かだと思います。その事については、また改めて書く機会もある事でしょう。

今回お世話になったのは黄麦堂と云う、横浜市のWeb通販専門の古書店様です。
検索が元になった、偶然の御縁でしたが、何か「ただ者では無い」含蓄を感じたので検索してみたんですよ。
そこで逢着したのが、店主様の奥様へのインタビューページ。
古書店経営にまつわる著書を出版してらっしゃるんですね。

「古本屋の女房」(平凡社刊)、なかなか面白そうな書籍です。

この御縁に、「黄麦堂」様をショップリストに追加させて頂きましょう。
またお世話になる機会もあるかと存じますので…。
 
 

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Sunday, February 20, 2005

さよなら、世界夫人

世界は がらくたの中に よこたわっている
かつては とても 愛していたのに
いま ぼくらにとって 死に神は
もはや それほど 怖ろしくはない

世界を 辱めては いけない
とても 多彩で 荒あらしく
古代の魔法が いまもなお
世界の像(すがた)のまわりに ただよってくる

ぼくらは 感謝して 別れを つげよう
世界の 偉(おお)きな 賭けごとから─
世界は 楽しみも 悩みも 与えてくれた
世界は 多くの愛も 与えてくれた

さよなら 世界夫人よ
若く つやつやと 身を飾れ
ぼくらは きみの幸福(しあわせ)と
きみの泣き声に もうあきた

(ヘルマン・ヘッセ:『さよなら世界夫人』/訳:植村敏夫/旺文社文庫刊『ヘッセ詩集』より)

長く当て所の無い「探索の旅路」も、その突破口は意外な形で訪れるものです。

わたくし、Webを通じての古書購入は、Amazon.comのマーケットプレイスの利用経験を幾度か数えるのみです。何よりも現状に明らかなように、CDや新品書籍の購入では、極めて頻繁にWebを活用しているのですが…。
我ながら、未だに理由がよく分からない「使い分け」です。

冒頭に掲げた「さよなら、世界夫人」は、旺文社文庫刊「ヘッセ詩集」(初版:昭和43年)所載の、植村敏夫(1908-…)による翻訳です。
先週の初め、何とは無しに「ヘッセ+植村敏夫+詩集」で検索を行ってみたところ、上掲の文庫版を知り得ました。そして、現物を在庫してらっしゃる、複数の古書販売サイトをも見出した次第です。
苦労して探し続けた割に、何と呆気無い。どうして今まで、この方法を試みなかったのでしょうか…?
もっけの幸いと発注したところ、週半ばには現物を手にする事が叶いました。

昭和50年代に生まれたわたくしが、書店で自ら「文庫本」を選んで読み始めた時期は、中学生1年生の頃です。その時分には既に、「旺文社文庫」って、馴染みの無い存在になっていたように思うのですが、実際はどうなのでしょう。やはり見かけなくなった「福武文庫」の場合は、規模縮小を続けながらも高校生の間はずっと店頭に並んでいた記憶があります。
キーワード検索で確認するのはたやすいですが、個人的な「余韻」とでも申しましょうか、今はそれを重んじたくもあるので、敢えて調べないままにしておきましょう。

とまれ、旺文社文庫の書籍を手にする機会自体が、初めての事です。どんな雰囲気に仕立てられていたのでしょうか。ちょっとワクワクします。

そうして届いた書籍を紐解いた第一印象は、「あ、いいな、この文庫、素敵だな。」と云った感じ。読み進めると、更にそれは具体的な実感として固まりました。

時には「常用漢字」にもルビが振ってあるので、青少年を対象とした文庫だったのでしょう。詩の一編毎には、訳者によるささやかな、しかし含蓄に富む解説が付されています。
余白の所々は和やかな挿絵で飾られ、巻末には写真を交えた、ヘッセにまつわる仔細で読み易い解説文…。
総じて、とても丁寧に、読み手を思いやった体裁に仕立てられています。

翻訳のスタイルについては、最上の意味で「児童文学的」だと感じられました。難解な語彙を駆使するのでは無く、平易な口語の中から選り抜かれ、編まれた訳文です。原典の雰囲気と同寸なのかは、ちょっと怪しいかも知れない。でも、とても綺麗で、広々とした響きを持つ、素敵な詩になっていると思います。


冒頭に掲げた「さよなら、世界夫人」は「頭脳警察」の名高いバラード、「さようなら世界夫人よ」の出典です。
同曲では確かに「植村敏夫 訳」と記されています。しかし、旺文社文庫版に接して初めて知りましたが、随所に自在な改変が施されていたんですね。
冒頭に引いた訳文が、いわば「オリジナル」の姿です。
旺文社文庫版の現物を手に取り、わたくしが真っ先にページを開いたのは「さよなら世界夫人」でした。

バラード「さようなら世界夫人よ」の中に見出して以来、ずっと探し続けていたのは、直截に、虚無的に拡がる「世界への挽歌」─。

それだけに、「オリジナル」の姿に接した印象は、とても意外なものでした。

思いの丈はまだ続きますが、今回は此所で一区切りと致しましょう。
 
 

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Friday, January 07, 2005

ディエゴ・デル・ガストール

今回は久しぶりにフラメンコの話題です。
因みに、この記事中に登場する商品リンクは全て、フラメンコ音楽専門ショップ「アクースティカ」(Acustica)様の在庫ページを参照させて頂いております。

ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)は、当ウェブログのプロフィール欄で、殊に愛着のあるアーティストとして名を挙げていますが、この欄から生まれた記事って未だに少ないですよね。以前にも度々言い訳した事がありますが、思いの丈が強すぎると、なかなか書き始める取っ掛かりが掴めないものです。プロフィール欄では、フェインベルグ、シャフラン、そしてエルモア・ジェイムスがそれに該当します。
一方で、好きは好きだけど、充分な音源が揃い切らないまま好きになってしまった演奏家もあるのです。
マリヤ・ユーディナはその典型とも言うべき人でしょう。廃盤状態の音源を様々な方法で入手して聴く都度、「ああ、素晴らしい」と、深い感銘を受けるものの、未だ此所一番と言った音源を逸しているのです。この人については「時期待ち」と言ったところでしょうか。
以前の記事で「再発祈願」めいた事を書きましたが、嬉しい事にロシアのレーベルVISTA VERAから、数点のリリースが予定されているようです。従って、ユーディナについてはこれらのタイトルが入手出来た時を、記事の「書き時」と見込んでいるところです。

そして、今回記事のディエゴ・デル・ガストールもまた、わたくしにとってそうしたアーティストでした。

フラメンコと言う斯界を通じて、「録音嫌い」を貫いたアーティスト(スペイン語ではアルティスタ)は少なくありません。レコード録音の時代まで活躍を続けながらも、頑なに拒み続けた人は、名の知れている所を思い浮かぶままに挙げても、十指に余ります。特にSP録音の時代は、録音機材のある都市部にアーティストが出向かなければならなかったので、尚更その傾向が強かったようです。

フラメンコ・ギター(トーケ・フラメンコ)に於いて、高い名声を持ちながらも「録音嫌い」を貫いた人と言えば、大きく2人の名が挙げられます。

一人はマノロ・デ・ウエルバ(Manolo El de Huelva,1892-1976)。
ラモン・モントージャ(モントーヤ)に続く世代の、時代を画する名手でありながら、「芸を盗まれるのが嫌で」録音を拒み続けました。ギターを弾く人間は爪を見ればすぐ判るとの事で、それと悟れば絶対に演奏を披露しない、と言う程の徹底ぶりだったとか。
そんな彼ですが、幾つかの伴奏録音が正規音源として残されています。また、愛好家による「隠し録り」をも合わせると、意外と多くの録音でその演奏に触れる事が可能です。その中には、全く遺されていないと思われていたソロ演奏も4曲含まれています。

そしてディエゴ・デル・ガストール、本名ディエゴ・フローレス・アマーヤこそ、わたくしにとってはまさに「幻のトカオール」であり続けました。
ある時期までは、把握している音源数が前述のマノロ・デ・ウエルバよりも少なかったのですから、その程度が知れようと言うものです。
遡ればパコ・ルセーナ(Paco Lucena/Nino de Lucena,1859-1898)に連なる古い流儀の継承者で、殆ど終生に渡って故郷のモロンでキャリアを重ねた彼は、長い間スターダムとは程遠い位置に在りました。実際にどの位「録音嫌い」だったのかは判りませんが、積極的で無かったと云う事だけは間違いないでしょう。SP期の録音が見当たらないのは、先述したように「出向」を行わなかった所為かも知れません。

そんな彼の演奏を窺い知る事の出来るCDは、Ariola/EURODISC/BMGの4枚組CD「カンテ・フラメンコの半世紀」(Medio siglo de cante flamenco)収録の、ホセレーロ・デ・モロン(Joselero de Moron,1910-1985)を伴奏した2曲が僅かに正規録音、その他には隠し録りの伴奏音源が数点存在するだけでした。
その他に遺された正規音源は、マノリート・エル・デ・マリア(Manolito el de Maria,1904-1965)を伴奏した数点の録音と、RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源の存在を把握していたに過ぎません。
前者はこよなく良いセッションと聞きますが、未CD化の為聴く便宜を得ないままです。
そして後者は、昨年に本家のRTVEレーベルから一部がCD化されました。"Nuestro Flamenco"(ヌエストロ・フラメンコ)と題されたCDの内、Vol.2にペラーテ・デ・ウトレーラ(Perrate de Utrera,1915-1992)を伴奏したものが4トラックと、ディエゴ自身によるソロ録音が4トラック収録されています。ここに至って漸くわたくしは、ディエゴ・デル・ガストールと云うトカオール(フラメンコ・ギター奏者)の「真の姿」に接し得たように感じました。

そして昨年末には、更に「願ったり叶ったり」とも言うべきCDが発売されました。
モロン市役所制作の限定頒布LP盤"EVOCACIONES"の限定CD化、"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"、なんと収録された10トラック全てが、ディエゴのソロ演奏です!
このCDを手に入れるに至って、漸くこの偉大なトカオールに関する記事の「書き時」を得たと判断した次第。以下、演奏について書いてゆきたいと思います。


フラメンコという音楽は、絶えず動き姿を変える「生き物」のような側面があります。接した時の感興次第で、印象がまるっきり変わってしまう事も少なくありません。
一つの取っ掛かりを得た瞬間に、霧が晴れたように全てを見渡せる事もあります。わたくしにとって、ディエゴ・デル・ガストールの場合は、まさしくその両方が該当します。
ホセレーロとの共演や、隠し録りの伴奏に聴かれる彼の演奏は、確かに特異な個性を感じさせるものでした。しかし、歌伴奏と云う条件下にあって、彼独自の様式を把握するには未だ到らないもどかしさを感じたのも事実です。
カンテはフラメンコの生命、と言われます。昔気質のトカオールにとって、ソロ演奏などはあくまでも余技、本領は歌伴奏にあったのです。恐らくディエゴもそうした信念の下で演奏活動を行っていたに違いありません。
しかし、ソロ演奏を聴く事が叶うのなら、やはりどうしても触れてみたいもの。ギターと弾き手が1対1となった状態で、如何なる境地が生まれるものか…。

昨年末の締めくくりに少しだけ書いた"Nuestro Flamenco 2"で、ディエゴのソロを初めて聴いた時の衝撃と言ったらありませんでした。知る限りの如何なる演奏にも当てはまらないような、強烈な個性が至る所に発揮されているのです。

例えば、シギリージャ。息の長いフレーズの中に底知れぬ慟哭を歌う、カンテ・ホンドの極致とも言える曲種です。
あくまで拙見ですが、この曲調を撥弦楽器のソロに置き換えるという作業は、何か相克する要素の解決無くしては成立し得ないと思われるのです。バイレ(踊り)に於いても、相応しい振付が行われるようになったのは比較的最近の事と聞きます。
それが為か、ソロ演奏に聴かれるシギリージャと云うものを聴いて、わたくし自身充足を感じる事は稀でした。

ところが、ディエゴの演奏はどうでしょう!
歌うように弾く素晴らしいトカオール、彼もまたその一人である事は疑いようもありません。だが、それだけでは無い何かが、この人の演奏にはあるのです。胸中の奥底まで掻きむしられるような「トーケのシギリージャ」を聴いたのは、後にも先にも初めてでした。

ディエゴのトーケは、他と一体何処が異なると言うのでしょうか?

先述"Nuestro Flamenco 2"の最後に聴かれるブレリアからは、その個性を違った側面から見て取ることが出来ます。
シギリージャとは対照的に、リズミカルで激しい曲調のブレリア。ディエゴは無闇と盛り上げるようなことはせず、聴き手をじりじりと自らのグルーヴに引き込むような演奏を繰り広げています。その中に盛り込まれた山あり、谷ありのフレーズ、ただ追いつ、感じつしている僅かな時間に、聴き手は知らず知らず熱中させられてしまうのです。スタジオにオーディエンスを入れての収録ですが、その反応は楽想と実に良く呼応しています。

半音階的な楽想を多用している点も、ディエゴの個性を際立たせています。フラメンコには何処か東洋の香りが残っていると言いますが、ディエゴのトーケを聴くと、それを肌身で実感する瞬間があるのです。殊に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"に収録されたトラック、「サンブラ」(ZAMBRA)に至っては、中東のウードと見紛うよう。名もジャンルも伏せて聴かされたのならば、フラメンコと判断するのを躊躇う程です。
奏法に於いても彼は、トリッキーとも言える「弾き崩し」を頻繁に行います。それがまた、聴かせ所を実に良く心得ていて、たまらない魅力なのです。

ディエゴのトーケを一言で表現するならば、それは「乱調の美」だと思います。
カンテに同様のものを見出すならば、マヌエル・トーレ(Manuel Torre,1878-1933)のそれが該当するかもしれません。ただ、マヌエル・トーレの、それも数少ない出来の良いセッションで聴かれる「乱調の美」は、謂わば天性のみを拠り所とするものだと思います。
ディエゴのトーケは何が異なっているかと言えば、彼はひとたびは完璧に磨き上げたスタイルを、再び毀形して新たな美を紡ごうとしている事、それに尽きるのだと感じられてならないのです。
わたくしの場合は、ソロ演奏を聴き得て初めて、先述のホセレーロとの共演の真価も理解出来たような気がしています。

ディエゴ・デル・ガストール、もし彼の演奏をお聴きになるのであれば、ソロも歌伴奏も共に堪能出来る"Nuestro Flamenco 2"をまずお勧め致します。
その後に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"で、更に奥深い所まで味わいたいものですが…このCD、シリアル・ナンバー入りの限定盤とのことですから、余りまんじりともしていられないようです。ちなみにこのCDには、140ページにも渡るディエゴの伝記ブックレットが付属しています。全編スペイン語なので、わたくしは殆ど読み解けていないのですが…(^^;


それと、「マイリスト」に、新しく"SHOP"を設けることに致しました。
記事中で在庫等に触れさせて頂く(今回もそうです)便宜も度々あると思いますので、わたくしが日頃お世話になっている店舗様をリスト化させて頂こうと云う目論見です。
お目に掛けるのも恥ずかしいスペースなのですが、万一アクセス解析などでこちらを発見された折には、何卒御寛容の程お願い申し上げます。
 

2005.5.2

ご厚誼に与っているnono様のblog"Pena El Gallo"で、ディエゴ・デル・ガストールの音源にまつわる仔細な記事を公開なさっています。
私自身はLP音源の知識が皆目無いので、大変勉強になりました。
 

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Tuesday, January 04, 2005

帰還報告

昨晩遅くにMidnight Sugar様の御宅から帰還した次第です。厚かましくも2日続けて夕食まで御馳走になってしまいました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げたいと存じます。
ありがとうございました。

新年早々にお邪魔してしまいましたが、お陰様で賑やかで楽しい時間を過ごす事が出来ました。
色々とお酒を飲んだ後、その流れで夜遅くまで麻雀、と云う流れに…(^^;
わたくし麻雀は全く心得が無かったのですが、一からレクチャー頂いて、結局2周目オーラスまで参加してしまいました。
考えてみれば麻雀は重要な社交遊戯ですからね。覚えて置くに越した事は無いでしょう。面子が揃わないと実戦経験は積めませんが、ここは一つ、ゲームソフト等で鍛えてみようかと思ったりして…。


久しぶりに直接お会いする便宜を得て、漸くお伝え出来た事もありました。
御作の感想もそうですが、Midnight Sugar様のサイトについても、ちらほらと…。

氏のサイトは以前に移転なさっていて、その際に複数のコンテンツがUnder constructの状態となりました。
中でも再アップロードが望まれるのが、ジャズ関連のコンテンツです。
Midnight Sugar様はニューヨークに滞在されていた時期に、アート・ブレイキーファラオ・サンダースと云った人々と面識をお持ちだったとの由。関連するエピソードや、その頃のハーレムの雰囲気を伝えるコラムが掲載された、素敵な内容でした。

かれこれ1年近く閲覧が出来ない状態が続いているので、この機会に強くリクエストさせて頂きました。期待してお待ち申し上げたいと思います(^-^)

それと、お伺いする度に何か音源を携えてゆくのですが、今回はアルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」にしました。
Midnight Sugar様とは、以前にギドン・クレーメルの「ピアソラへのオマージュ」をきっかけに音楽談義が深まった事、そしてキース・ジャレットによるショスタコーヴィチ/「24のプレリュードとフーガ」がお気に召した事とを踏まえたチョイスです。

前掲「タブラ・ラサ」の1トラック目「フラトレス」は、クレーメルとジャレットの共演。これをお勧めせずして何を…と云った感じかもしれませんね。

特にキース・ジャレットは、もとは氏を通じてその魅力に開眼したアーティスト。ショスタコーヴィチは謂わば「フィードバック」を言う訳です。
こう云う事があるから趣味を通じての交流は楽しいもの、つくづくそれを実感します。
 
 

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Saturday, November 20, 2004

歌のないオペラ・アリア集

最近、クラシックのCDばかりが目立って増えたものですから、書きたいものとまだ書けないものとが錯綜しております(^^;
こう云う時は、暫くそのままにしておくに越したことはありません。

今回は、頭がほぐれるような美しいメロディがぎっしり詰まった1枚をご紹介…。

「オペラ・ロマンティック・メロディ」/アンドレ・コステラネッツ

アンドレ・コステラネッツ(Andre Kostelanetz,1901-1980)はロシア系の指揮者/作曲家。革命後に母国を離れ、長じてはアメリカで自らの楽団を率いて活躍しました。マントヴァーニなどと並ぶ、イージー・リスニングの草分け的存在です。
昭和30年代にはNHK交響楽団へ客演した事があり、その音楽的素養の高さと厳密なリハーサルには、団員も感銘を受けたそうです。

そんなに多くの音源を聴いているとは言えませんが、わたくしはコステラネッツの演奏が好きです。親しみ易くも何処か気品のあるアレンジの力は大きく、繰り返し聴いても飽くことがありません。
上掲のCDは、やはりコステラネッツ自身のアレンジによる、19世紀オペラの名旋律集です。価格も手頃で、コステラネッツの魅力に接するには恰好の1枚だと思います。

オペラ・アリア集と言うと、歌手の好みも人それぞれ、またレーベル毎に擁している歌手の向き不向きもありますから、「完璧な1枚」はなかなか見出し難いのではないでしょうか。インストゥルメンタルによるオペラ・アリア集というコンセプトは、ファースト・チョイスにはなり得なくとも、想像以上に高い充足を与えてくれます。

冒頭から、美しい「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲の名演に引き込まれてしまうのですが、個人的に嬉しいのはプッチーニのアレンジが多く選曲されている事です。
「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」や、「ラ・ボエーム」の「ムゼッタのワルツ」、「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」、「マダム・バタフライ」の「ある晴れた日に」など、このアルバムの白眉とも言えるでしょう。こうして聴いてみるとプッチーニのオーケストレイションが、如何にヴォーカルを美しく彩る事に長けていたか、目の当たりにする心地です。これで「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」が収録されていれば、本当に完璧だったのですが…それは欲張りすぎですね。
やはり魅力的な旋律が多いビゼーのオペラ「真珠取り」の「耳に残るは君の歌声」は、「真珠取りのタンゴ」の原曲。コステラネッツのアレンジは、よりクラシックに近いスタンスから原曲の魅力を引き出しています。これで「神殿の奥深く」の2重唱もあれば…(略

逐一述べるときりがありませんが、どのトラックを取り上げても魅力的な宝石箱のようなアルバムだと思います。
発売から既に10年近くが経過していますが、未だに現役というのは珍しい事です。
こういう廉価発売盤は、期間限定プレスだったりするのですが…。
そう言えば以前にご紹介したピュイグ・ロジェの「月の光」も、同シリーズの1枚です。
 
 

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Wednesday, October 06, 2004

ジャン・ヴィエネ(ヴィーネ)の即興演奏

一年越しで探し続けていたCDが、とうとう手に入りました。Amazon.comで3回発注をかけた挙げ句、入荷しないまま「在庫切れ」扱いになってしまった因縁の一枚なのです。

事の発端は、サティでした。
チッコリーニによる旧全集と並んで、最も早い時期にサティのピアノ作品全集を完成させたピアニストが、ジャン=ジョエル・バルビエ(Jean-Joël Barbier/1920-1994)です。
今以て名盤として高く評価されている同全集ですが、4手作品のセカンド・パートを受け持っている人、これが実は見落とせません。
その人の名はジャン・ヴィエネ(Jean Wiener/1896-1982/『ヴィーネ』『ウィエネ』『ヴィエネル』とも)。画家のブランクーシ、指揮者のロジェ・デゾミエール、作曲家のロベール・カビーらと共に、サティの臨終に侍した一人なのです。
そのような由緒を知ってからというもの、ヴィエネに対する関心は俄然高まりました。他に録音は存在しないのか、また作曲家でもあったということで、どのような作品を書いているのか、などなど。
調べているうちに、更に驚くべき(あくまでわたくし個人にとって、ですが)事実を知ることとなりました。
ヴィエネは1930年代から数々の映画音楽を手掛けたということなのですが、その名は知らずとも、一度ならず目にした作品が多数含まれているのです。

goo 映画─Jean Wiener(ジャン・ヴィーネ)


とりわけジュリアン・デュヴィヴィエとの共同作業が多く、古くは「白き処女地」「商船テナシチー」、戦後の「巴里の空の下セーヌは流れる」「殺意の瞬間」、その他にはジャック・ベッケルの「現金に手を出すな」など、枚挙に暇がありません。
驚きました。全然意識せずに観てました…うーむ…。

さて、そのような発見を伴いつつ逢着した音源が、本日届いた一枚のCDなのです。

Jean Wiener/Piano Improvisation


Amazonで在庫切れになってしまったため、その後長らく入手の方法が閉ざされていたのですが、先日HMVでアーティスト名ではなくレーベル名から検索したところ、商品リストに掲載されているではありませんか。
慌てて発注してみれば、ものの一週間も経たないうちに入荷。折良く在庫が有ったのでしょうか、嬉しいことです。

待望久しかっただけに、寄せる期待も相当に膨らんでいました。そして実際の音楽は、予想を遙かに上回る素晴らしさです!
音質こそまちまち(年代の古い音源は些か聴き辛いかもしれません)ではあるものの、早くもマイ・フェイヴァリットです。エヴァー・グリーンです。

タイトルにもあるように、このアルバムに収録されているのは全て、ヴィエネによるピアノの即興演奏です。ラジオ・フランスの番組、"Et bonjour chez vous"(こんにちは、みなさん)中で披露された、1950年から1964年までの放送録音が集められています。
大半が"Et bonjour tout le monde"(こんにちは、世界のみなさん)という同一タイトルのものですが、そのスタイルは実に多様です。

リュリやクープランを思わせる演奏がある一方で、1920年代のチャールストンやフォックス・トロット風のもの、更に下って、よりモダンなスウィングを踏襲した演奏に至るまで、聴く者を厭かせることがありません。
とにかく、ヴィエネの音楽はセンスが良い!
クラヴサンをフィーチャーした「J.S.バッハの様式による即興演奏」の擬古的かつ新鮮な美しさは、自由な創意あって初めて生まれたものでしょう。更には「ジェルメーヌ・タイユフュールのスロー・ダンスによる即興演奏」に聴かれるエスプリ、11分にも及ぶ「アメリカの歌による即興演奏」の、洗練されていながらも訴求力に溢れる音楽、その音楽的土壌は、驚くべき拡がりを見せます。

才覚ある音楽家から如何にして作品が生まれるのか、その瞬間を捉えたこれらの記録は、まるで錬金術の秘法を目の当たりにするようです。ラジオ・フランスには一体どの程度録音が保存されているのかわかりませんが、残っているものは片っ端から復刻して欲しいと願ってやみません。

関心をお持ちになられた方には、是非ともお聴き頂きたい一枚です。
 
続編記事>>ジャン・ヴィエネふたたび
 
 

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Tuesday, September 21, 2004

DARK WAS THE NIGHT─COLD WAS THE GROUND

ヴィム・ヴェンダースの「パリ、テキサス」(PARIS,TEXAS/1984)を観ました。何年ぶりになるでしょうか。
顧みないままに、思いがけず長い時間を過ごしていたようです。
「好きな映画だ」と、かつて人に語ったことがある作品なのだけれど、何故好きなのか、それは伝えていなかったような気がする。ただ、「いい映画だよ」とだけ言ったのかな?

先日、深夜放送で流れていたのを思いがけず途中から観て、その時は、途中で止めました。
たしかに見覚えのある場面がテレビに映し出されている。何が起きているのか、そしてこれから何が起こるのか、自分は知っている。場面と、交わされる言葉とをなぞることで、いつしか記憶を遡りつつある自分が在ります。
やがて、何も取り戻せないまま、物語が自ら語り始めたことを悟り、そこでテレビの電源を落としました。
少し時間を措いて、より具に記憶を探り始める。あんなにも心に残った映画のことが、思い出せません。試みに作品レビューを幾つか読んでもみましたが、自分が受けた感動に立ち戻る糸口は、探し出せないまま。

そして、目の前で何年も置き去りにしていたビデオテープを手許に引き寄せ、今一度作品と向き合う機会を設けました。此処に至って、漸く。
個別に記憶していた場面が、決して多くはない言葉の印象が、次第に有機的な結合を取り戻し始めます。彷徨、家族の絆、愛と齟齬 ─ 掬い上げたままに乾いてしまったエレメントが、また作品の中へと帰ってゆきます。
かつての感動を言葉に表すことが出来ず、遂には思い出すことさえ出来なくなったのは何故か。それが解った時には、より以前の自分に立ち戻って、物語と再会を果たしていました。
今なら、感動の仔細を言葉に換えることも不可能ではありません。でも、敢えてそれをしようという気にならないのは、実際の感触を差し措いて言葉を連ねても、それはまたすぐに乾いてしまうからです。

この作品には、再会した男女がハーフ・ミラーを隔てて言葉を交わす場面があります。一方には一方の姿が見えていて、もう一方からはそれが叶わない。あまりにも象徴的と言える状況設定ですが、初めて観た時には既に、どこか一片で自分と重なるものを感じていたように思います。
時間を積み重ねることで、接点は想像以上に大きくなっていました。その大きさを量りかねた焦り故に、先日の放送では、途中から正視出来なくなったのかも知れません。
 
作品全体の心音のように響く、ライ・クーダーによるスライド・ギターは、サントラ盤を通じて聴いていた時よりもずっと、心の深い処へと沁みました。
そして、映画が終わったら、改めて聴こうと思っていた音楽があります。この記事のタイトルでもある、
"DARK WAS THE NIGHT─COLD WAS THE GROUND"(夜は暗く、地は冷たく)
という曲が、それです。
作品の中でライ・クーダーが奏でている同曲は、もともとブラインド・ウィリー・ジョンスン(Blind Willie Johnson 1902/3-1947)というゴスペル・シンガーが1927年に吹き込んだレコードによるもの。オリジナルの姿には、ジョンスン自身が極めつきのような濁声で歌う、ハミングが附随しています。
歌詞もなく、ただ声とスライド・ギターとで紡がれるキリスト磔刑への挽歌、ジョンスンが遺した30面ほどの全録音の中でも、一際異彩を放つ感動的なテイクです。

映画を観て暫く経った後に、サントラ盤を見つけて、更に時間が過ぎて、ブラインド・ウィリー・ジョンスンの録音に逢着。全てが偶然と共にあった出逢いです。
自分にとっての容れ物を度々変えながら、「パリ、テキサス」はその中でいつも息づいている筈でした。
でも、いつしか容れ物の触感だけに安住するようになり、それに気付かないまま時間を過ごしていたようです。

思いがけず辿り始めた心の軌跡は、まだブラインド・ウィリー・ジョンスンの歌へは戻っていません。点と点は繋がらず、前もって望んでいた予定調和は拒絶されたまま。

作品と自分とが二重露光のようになった今、フレームの中には、重なる被写体と、重ならない被写体とが混在しています。
その奇妙な調和と混乱を見つめつつ、また新たに動き始めた秒針の音を拾おうとしているところです。
 
 
 

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Monday, September 20, 2004

おいしいコーヒーと音楽

わたくしにとって、コーヒーは数少ない嗜好品の一つです。日常的に少なからぬ量を喫飲しています。
淹れる方法は専らドリッパーです。シンプルな方法ながら、湯気に導かれて立ち上る香りともども、よい気分転換にもなります。この淹れ方もなかなか奥が深く、道具一つ、手順一つを変えただけも味わいが違ってくるもの。湯注ぎのポットを細口に変えるだけでも、また、湯を沸騰の後5分程冷ますだけでも、仕上がりは随分とおいしくなるものです。

今回は、出来上がったコーヒーを飲みながら聴く音楽の話。
勿論折々に好きなものを選べばよいのですが、ここでは特にわたくしからお薦めしたいタイトルをご紹介致します。

「アコーディオン・パリ」(学研/プラッツ)、Vol.1-Vol.5までの5枚シリーズで発売されています。
音楽ジャンルの上では『ミュゼット』と呼ばれるものですが、このジャンルを簡潔に説明することはなかなか難しい。
その起源は、オーヴェルニュ地方出身者がダンス・パーティの伴奏で奏でていた音楽です。彼らは19世紀を通じて度々パリへと大挙して移住し、共同体を形成してゆきました。1870年代になって、そこにイタリア系移民が入り込むようになります。両者なかなか相容れない関係の中、紆余曲折を経てイタリア人がミュゼットの中にもたらした楽器、それがアコーディオンでした。
その後、様々な名奏者の手を経ながら、アコーディオンはミュゼットの中で大きな地位を占めるようになります。やがてミュゼットは、時代の推移と共にサロン音楽やロマの音楽、そしてジャズなどを取り込みながら、街角の音楽としてより広く浸透してゆくのです。

今回ご紹介したシリーズは、1994年にVol.1-Vol.3がまず発売されました。この時の選曲と解説はcobaこと小林靖宏氏によるもの。その後1年を隔てて、Vol.4とVol.5が発売され、全5枚で完結となります。
収録されている演奏は、シャルル・ペギュリやエミール・ヴァシェのような、アコーディオン・ミュゼット草創期の巨匠、そして、「タタヴ」ことギュス・ヴィズール、メダール・フェレロ、トニー・ミュレナといった、ミュゼットの全盛期を築いた20世紀生まれの名手達によるものです。
時折、ダミアやジャン・ギャバン、そしてエディット・ピアフといった人達との共演が聴かれるのもまた、大きな楽しみとなっています。

このような蘊蓄はさておき、「ミュゼット」という音楽ジャンルにお馴染みのない方は、ひとまず音楽自体をお聴きになってみて下さい。「初めて聴く真っ新の音楽だ!」という感想をお持ちになる方は、そう多くはないかと思います。
実は、ミュゼットという音楽ジャンルは言うに及ばず、ご紹介したCDに収録されている音源の幾つかは、TV番組などの音素材として定着しているものです。
特に美術番組や紀行番組などで、19世紀末から20世紀前半のパリ─「巴里」という表記が似つかわしかった時代─が登場する際、頻繁に耳にするアコーディオンの音色があるはず。その多くは、きっとミュゼットです。
前述のCDの場合、すべてがSP音源であるため、音質は古めかしいものばかりですが、それ故に価値が減じることはありません。むしろ、年代を経た骨董品と同質の、得難い味わいを感じさせます。
あるものは物憂く、またあるものは小粋な音楽の数々。
プレイヤーから再生されると共に、その空間を懐旧的な雰囲気で満たし、やがて淹れたてのコーヒーの香りと調和してゆきます。

たとえ生まれた時間と場所が隔たっていても、聴く人に共通の情緒を喚起する音楽が存在するように思います。今回取り上げた音源の場合は、当て所ない郷愁とでも言えばいいのでしょうか。
これが無意識のうちに刷り込まれたイメージに由来しているのかどうか、我が身に立ち返ってもはっきりとはわかりません。何を好むかも人によって千差万別ですから、ともすればわたくしの感興自体が幻想なのかもしれない。

でも、ひとりコーヒーを淹れて静かに楽しむ方には、ここにご紹介した音楽の味わいもまた、お楽しみ頂けるのではないか。
そう思いつつ、傍らのコーヒーと共にこの記事を連ねました。
 
 

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