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Friday, November 30, 2012

ジョルジュ・ドン/没後20年-1992-2012

 モーリス・ベジャールという不世出の創造者且つ強大なカリスマを2007年に喪い、そこからのベジャール・バレエ・ローザンヌの新たな歩みを記録した「ベジャール、そしてバレエはつづく」(原題”EL ESFUERZO Y EL ANIMO”/スペイン/2009)というドキュメンタリー映画を年初に視聴した。

 作中、十余作の演目が紹介される中で、序盤早々に「恋する兵士」の映像が登場する。
 ダンサーは同団体所属の日本人、那須野圭右さん。肉体で重力を完全に制御してしまったかの如く軽やかで、ブレの無い、そして朗らかなパフォーマンス。その技量とセンスに感服しながら、2008年の来日公演の際、実際に目にした時に自分が持った印象を再び手繰り寄せた。
 そして 「恋する兵士」、途中で音楽は全くそのままに、映像だけが別のものに切り変わる。
 
 -ダンサーは、ジョルジュ・ドン。
 
 「アクア・アルタ」からの抜粋同演目で、恐らく1970年代後半に撮影された映像だろう。
 ああ、ああ、ドンだ、と心腑を射抜かれたかのような瞬間的で強烈な感動がこみ上げる。
 10秒、20秒と見入っているうちに様々な想念や感情が切々と交錯し、やがてひとりでに涙が溢れ止まらなくなった。
 違うのだ、「現代」のダンサー達によるパフォーマンスと、過ぎ去りしジョルジュ・ドン。何もかもが、余りにも、こんなにも!!

 ジョルジュ・ドン/Jorge Donn が病没したのは1992年の11月30日。
 今年2012年の11月30日を以って、ジョルジュ・ドンの夭折からちょうど20年が経つ。
 ……20年だ!!

 1991年、まさか最後の来日になるとは想像もせぬまま、私はドンの実演に接する機会を永遠に逸した。その時の演目「ニジンスキー/神の道化」の事を思い出す。
 この中には、ドンが踊ってきた幾つもの演目が含まれていた。「アダージェット」も、そして「恋する兵士」も。
 バレエの事は何も知らなかった当時の私だが、「恋する兵士」は一目惚れてしまった演目だ。
 そして、この演目を構成する心浮き立つ歌曲は何という名の曲なんだろうと、その時から気になってどうしようもなくなってしまった。

 今現在の、これほどまでにWebが拡充、浸透した社会の在り方からは想像もつかぬほど、当時はごく些細な「情報」を尋ね当てる事が難しかった。手段は限定されていたし、情報を持つ者同士を結びつける媒体は原始的かつ大仰だったのだ。
 新聞や雑誌の「教えてください」投書欄なんて、今10代20代の若い人達にとってはすっかり縁遠い事だと思う。
 「◯月□□日放映の××という番組でラストシーンに流れていた英語の歌の曲名をどなたか教えてください。テレビ局に電話したのですがわからないという回答でした」などという情報提供依頼をハガキに書いて投書までして、さて、それが掲載されるかどうか…。掲載されても必要とする回答が誰かからあるのか、得られた回答の通りに然々の音源を探して買い求めて、それが本当に目的の音源なのか。
 手間暇や費やす労力、回答が得られるまでのタイムラグ。空振りであれば、浪費も発生する。
 かつてはこうだったのだ。幾つもの関心事を悔しながらに諦めてきたのだ。
 Webに何もかもが揃っていて容易にアクセスできる今はね、夢のような時代なんですよ、本当に!!
 

 私は「恋する兵士」という曲名がわからなくて、もっと言えば演目の特定さえ長らくままならないまま、3枚もカンツォーネのオムニバスCDを「空振り」購入した。3枚目の浪費でいい加減厭になって、ベジャールの演目と同じ音源を手に入れる事は無理なんだと、それで割り切って過ごしてきた。
 ところが、先述の通りに映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」を観て、今度はもうどうしても我慢できなくなってしまった。執念深く、あれやこれやとWebでキーワード検索、試行錯誤する……。

 その、解答から先に書く。
 
 ベジャールの「恋する兵士」で用いられる音源は、カンツォーネ、正確にはナポリターナ(ナポリ民謡)の
”O Surdato 'Nnamurato”という歌だ。
 歌っているのは、マッシモ・ラニエリ(Massimo Ranieri/1951-)、サンレモ音楽祭華やかなりし頃の大スターだ。
 そして、音源が収録されているCDは、このアルバムである。

 私も自分で購入して確かめているので、ベジャールの「恋する兵士」に用いられている音源と寸分違わぬ事を請け合う。
 ラニエリの歌唱、バックオーケストラ。そしてこれも重要、ライヴ収録に伴うオーディエンスの歓声、手拍子、喝采、紛れもなくこのCDの11トラック目”O Surdato 'Nnamurato”のものだ。
 取り寄せて届いた現物を宅内のオーディオにセットした時の張り詰めた気持ち、そして、20年希求して已まなかった音楽がスピーカーから流れてきた時の感激よ!!

 
 映画「ベジャール、そしてバレエはつづく」で、映像がジョルジュ・ドンに切り替わった時、私は何故滂沱の涙を流したのか。
 
 ドンのパフォーマンスは、近年・現在の第一線の人々とは異質な何かを具えている。
 ドンの身のこなしは決して軽くはないとも思われる。体躯のコントロールについてもピタリ、カチリと「決まる」ようなものではない。言ってみれば、荒削りだ。
 早くから強く志してベジャールと道を同じくし、大成した頃にはすっかり「ベジャール・バレエのための」ダンサーとなっていたドン。
 
 舞踊芸術のフィジカルな要素は、スポーツ競技のように日進月歩の進化過程を現在も続けている。例えば30年前にシルヴィ・ギエムが世界を驚愕させた稀有なる身体能力は、今や世界的な第一線の「標準」として定まった感がある。
 ベジャール・バレエのダンサーにおいても、ジョルジュ・ドンが現役だった時代と較べると、同様の進化を遂げていると言えそうだ。
 だが、ドンはフィジカルな部分での不足を、表現力で補ってなお余りある、そういうスタイルの不思議なダンサーだった。そして、ベジャールの作品と相互に分かち難い形で存在が成り立っていた。
 
 ベジャールの演目を云々する時、私のように何かとジョルジュ・ドンの存在を懐かしんでいると、いかにも懐古的な拘りを捨てきれていない人間だと見られてしまうのかもしれない。
 だが、確かにドンだけが持っていた特別な素質はあったのだ。
 ダンサーとしての技術的な優劣というスケールでは計る事が出来ない、純粋なパフォーマーとして放たれる強烈な「力」があったのだ。
 筋肉と血流と汗と呼吸と、そして運動に直結した顔の表情と、生理的感触を剥き出しにして踊るジョルジュ・ドンの姿は、どこまでも人間的だった。喜怒哀楽、理性、狂気、人間生来の観念をダイレクトに伝えるものだった。
 ジョルジュ・ドンの「ボレロ」が私の中で決して退色しないのも、「恋する兵士」で胸の中を激しく掻き毟られるような気持ちになるのも、このような理由に因るものなのだと、没後20年を経て認識を新たにしている。

 私にとっては積年の宿願とも言うべき「恋する兵士」の使用音源が今年手に入ったのは、20年の間、追慕の気持ちを決して翳らせる事のなかった私に、ドンが彼岸からちょっとした嬉しい便宜を図ってくれたような気もするのだ。

 そして、継承と新たな創造という極めて困難な命題を担うジル・ロマンと、彼が率いるベジャール・バレエ・ローザンヌの前途を私自身も応援したいし、期待を持ち続けたいと思う。

―2012年11月30日、ジョルジュ・ドンの没後20年を偲びこの一文を記す。



 ジョルジュ・ドン、没後20年の節目である今年、彼の夭折を心から痛惜する記事をお書きになっている御方がいらっしゃいました。私の拙い記事へとリンクまでして下さっています。
 ありがとうございます。想いを同じくする者として、敬意とともにこちらからもリンクさせて頂きます。
ジョルジュ・ドン没後20年が過ぎて・・・(14時46分発~パンドラの函を開けて)



こちらは私が2004年に記した記事です。「ボレロ」を中心にドンの事を書き連ねています。
ジョルジュ・ドン十三回忌に寄せて

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Saturday, September 15, 2012

タラソフ「前進せよ、今がその時だ」-遂に諦めがついた!

最近になって、Webを通じて、とあるロシア人の御方とご交流頂くようになりました。
先様が日本語と日本文化に対して深い造詣をお持ちなので、そのお陰様で、私の拙劣な語学力でもコミュニケーションが成り立っています。本当に得難くありがたいことです。
それで、私にしては大分と頑張って、以前よりもキリル文字に慣れてきました。

このような経緯から、ごく私的な領域での嬉しい副産物があったので、ここに記します。


きっと、日本に3人か5人ぐらいはこのエントリーを喜んで下さる方が有る筈だ(笑)

2009年に「ロシア革命アニメーション 1924-1979」というオムニバス形式のアニメーション映画が配給されました。
2部構成に分割して、ソヴィエト時代のプロパガンダアニメーション作品を紹介したものです。

ロシア・アヴァンギャルド大好きな私としては、そういうものを大いに期待して当時映画館に足を運んだのですが、さすがにロドチェンコやステンベルク兄弟みたいなド直球にクールな作品はありませんでした。
特に中盤、冷戦期の資本主義陣営に対するネガティヴ・キャンペーン作品群は退屈だったり鬱々とさせられたりで、楽しい鑑賞ではありませんでした。

しかし、それでもトータルで「やっぱり観て良かった!」と思わせてくれたのは、おおよそ我々の社会状況からは生まれにくい強烈な作品が幾つも含まれていたからに他なりません。
「ジガ・ヴェルトフがアニメ撮ってたんだー」なんていう歴史的な感動があったり、はたまた「惑星間革命」の構成にロシア・アヴァンギャルドが生んだ空前のSF映画「アエリータ」(1924)を連想させられたり。

純然たるプロパガンダ作品としては「電化を進めよ」(1972年制作/イワン・アクセンチュク監督/Иван Семёнович Аксенчук/1918-1999)が最高でした。
映像も音楽も発想も、もうビキビキです(笑)

しかし、この上映を鑑賞なさった方の過半数は、恐らくAプロ・Bプロ共に掉尾を飾った、ウラジーミル・タラソフ(Владимир Ильич Тарасов/1939-)による「射撃場」(1979)と「前進せよ、今がその時だ」(1977)の2作品を強く印象に残していらっしゃるのではないでしょうか?
私にとっては特に後者、「前進せよ、」が強烈でした。
非 常 に っ . ょ ぃ.. 中毒 性 が あ  り ます. 。

マヤコフスキーのテクストを元にした映像作品で、ディテールをつぶさに読み解こうとしてもしょうがないんじゃないかなーこれは。或いは、その時代、その国に生きた若者でないとダメなのかもしれない。
映像としてももうバリバリのキタキタ(゚∀゚)なんですが、冒頭、ブンブン振れるモンケーンと共に鳴るソヴィエト・ロックがタマランのです。

この予告編の冒頭部分でお確かめ下さい……。

Youtube 竹書房アカウント
ロシア革命アニメーション 1924-1979予告編

どうです、ヤミツキになりませんか?


みょんみょんみょんみょん♪
みょんみょんみょんみょん♪♪
みょんみょんみょんみょん......♪
.......................♪
ぎょわーん☆☆☆♪♪♪


フピリョード!♪
スタラナ!♪
スクォリェーーーーエ♪
マヤッ!♪


こうなると是が非でもCDを手に入れ、自宅のオーディオでこの曲を鳴らしたくなる、或いはカーステレオで運転中のBGMとして流したくなる……、ような、気がしませんか?(笑)
私はそうだッ!!

この一連の「ロシア革命アニメーション」は、日本より先に英語圏で配給された様子なのです。
直接リンクはしませんが、英語字幕を付したヴァージョンが、この「前進せよ」についてもYoutube他、各種動画投稿サイトにアップロードされており、視聴可能です。
そして、そのエンドロールで、この映画のテーマソングのパフォーマーとして"The Tin Soldiers"というクレジットを見出すことが出来ます。

"The Tin Soldiers"、つまり「ブリキの兵隊」。
さて、これをロシア語に訳して拾うと……、

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ
また、エンドロールには、"А.Горин"という人名が、この曲を作曲した人名としてクレジットされています。

さあ、この2つの鍵を使って、ネチネチと検索検索!!

アッ――――――(゚∀゚)タ――――――!!!!!!!!!!!!

<注意:リンク先を開くと大き目の音量で音楽が流れます>

ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИ

バリバリ現役のロック・グループでした。皆さんお元気そうで何より(^^)
このグループ、結成が1968年ということで、既に40年以上も活動しているんですね。
オフィシャルサイトも見つかったところでディスコグラフィを見るのですが、この「前進せよ、」(1976年制作)のテーマソングは
………………………………無い………………………………、
…………………全く見当たらない………………………………。

ロシア、或いはソヴィエト限定で発売された形跡だけでも探せないだろうかと、更に色々検索すると、興味深いページを発見しました。

Вперед, время! (Владимир Тарасов)

ロシア版のYoutubeみたいな動画投稿サイトだと思います。
これに付いたロシアのユーザーさん達のコメントが、この「前進せよ、」が、当のロシア本国では現在どのような状況に置かれているのかを断片的に教えてくれます。


ユーザーさんА:
どうもありがとう!(英語の)厄介な字幕無しで、このアニメの動画を探していました!

 ……ふむふむ、ひょっとすると一連の「ロシア革命アニメーション」作品群、海外から逆輸入的にロシア本国でもリバイバルしたのかな?


ユーザーさんБ:
長い間、この曲を探しているのだけれど……

 ……どうやらロシア本国でも見付からないのか、この曲。


ユーザーさんГ:
仲間よ、私もアンドレイ・ゴリンによる「前進せよ、今がその時だ」の曲を探しています。彼らのウェブサイト上で誰かがそれについて質問していました。でも、返事がありません……。

 ……直接訊いた勇者がいたのかーッ!!


それで、返事が無いということは、どう捉えるべきなのか。
つまり、ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИのメンバーにとって「前進せよ、今がその時だ」は、既に過去そのものなのだという事なのでしょう。

記事タイトルに付したように、ロシア本国の人が訊ね探して、それでダメだと言うならもう、この「前進せよ、今がその時だ」のテーマ曲を、まして日本国在住の日本人がCDで手に入れようなどという儚い望みは諦めるしかありません。
突き詰めるところまで突き詰めて、スッキリ、サッパリしました。

前掲、ロシアのネットユーザーの反応の中には、ソヴィエト共産主義、ボリシェヴィズムに対する露骨な誹謗も含まれていました。
既に覆った体制、制度、思想、社会が生み出した、かかる作品群の振り返りは、とりわけ当事者にとって容易い事では無いと思います。それがダイレクトに、プロパガンダ的性質を伴って制作されたのならば、尚更でしょう。

しかしながら、ヴラディーミル・タラソフの2作品は、露骨なまでの思想統制的な作品群とは決定的に性質が異なると私は感じます。明らかにタラソフは、当時の体制、状況下で許容される目一杯の先取的な作品を創造しています。それが、ある視聴者を今日なお強く惹き付ける要素となっているのでは無いでしょうか。
ОЛОВЯННЫЕ СОЛДАТИКИによるテーマ曲についても全く同様だと思います。

CDで手に入らないならば、ただいつまでも口ずさむのみ!
強烈に刻みつけられた映像を思い浮かべながら。

Вперед!
Страна!
Скорей  моя!!



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Sunday, January 22, 2012

名作、絶品、NHK大河ドラマ「平清盛」

タイトルが大仰に過ぎるかも知れませんが、平成二十四(2012)年・NHK大河ドラマ「平清盛」は、現時点でこれぐらい強く賞賛・称揚しておくべきだと個人的に思いました。

何が何でもこの作品を批難して、引きずり降ろさねば気が済まぬ人々には、これまた各自の好悪や利害があるのだと思います。別にそういう方々と自己主張を闘わせるつもりはありません。敵意も害意もありません。
しかし、私が危ぶむのは、時間即応的に流布する、悪印象をもたらす逐次報道が、この作品と「観たほうがよい人」とを遠ざけ、最終的に制作現場自体を揺さぶってしまうことにあります。

個人的なことを申します。

この作品は絶品です。
今、既にして傑作、大傑作です。

コンセプトをハッキリと決め、それに対して凝らし尽くせる限りの趣向が丹念に施されています。

これは、まさにマルチメディア作品としての素晴らしい「工芸品」或いは「芸術」です。

感覚を研ぎ澄まして視聴すれば、その注力分だけ、見返りがある作品です。

私は、主だった配役が明かされるに連れて、制作の意気込みが只事では無いと思いました。

これはもう、全編保存だと思いました。

そうして長尺を採った第1話を、じっくり視聴したのですが…。

鑑賞するために、映画1本分の心的・精神的エネルギーが要りました。
私はこの作品を、毎週放送ペースに合わせて視聴する自信がありません。
録画しておいて、自分の時宜を合わせて観るのが最適だと思いました。

また個人的なことを申します。
我が家の家系図なんてものは、市街地の95%を焼尽・消尽せしめた鹿児島空襲(鹿児島は米軍の爆弾捨場だったのです)でとうに失せました。
しかし、我が氏姓名乗りと地縁と家伝・口碑と過去帳が、「尊卑分脈/諸家大系図」の世界へと、かなり具体的な形で繋いでくれます。
私の中で「源平藤橘」のうち「源平藤」までは確実に混成しています。かと言って我が家が如何程の家門であるかと訊かれれば、実にみすぼらしい評価を受けることでしょう。「微禄小身」と世に言いますが、幕藩期以降は「微禄」さえも怪しいです。でも、私はそれで構いません。兎にも角にも、この国の長く深い歴史と、自分のアイデンティティとを繋ぎ、苦しい時悲しい時に、自己を励まし善導してくれるからであります。

そういう精神土壌を持つ者が、この「平清盛」第1回を視聴しました。

冒頭、3分でもう涙が出てきました。
「男が易々と泣くな」と亡父が私を育てたので、そうそう涙もろい方では無いと思うのですが…。
そして、尺中、何度も感極まって落涙致しました。

この作品は、男泣かせであります。
些事をあげつらうと、コンセプトそのものに対する評価を誤ってしまう、そういう作品だと私は思います。

そして、たかだか100年や200年で定義されてしまった「身分の貴賎」というスケールでは捉え切れない世界の話です。
私の、或いは、貴方様の、100親等や300親等に当たる人が、この作品には必ず「等身大」で登場している筈です。作中において、予想外に高い身分に在るかも知れないし、或いは、血と糞が滲む土の上に死に物狂いでしがみついているかも知れません。

気の塞ぐような世情にあって、元気を無くしている貴方様、私も同じであります。
この作品には、恐らく、何処かに貴方様の「ご先祖様」、そうでなくとも、その方の伯父さんとか従兄弟とかは登場している可能性があります。その人が作中でカッコ良くても悪くても、いいじゃありませんか。その人達と連なる人たちが頑張り続けたから、今の我々は今生、存在するのです。

「平清盛」を観て、人間としての誇りと自信を取り戻しましょう。

コメント欄は有効にしておきますが、土足で喧嘩を売りに来るような方は願い下げです。「貴方の主張」を発表する場は、このブログが見えている以上、極めて容易に獲得できる筈です。そちらでなさって下さい。間借りに来ないで下さい。尻馬にも乗らないで下さい。
また、私自身、意見の異なる方を貶し、己が主張の相対価値を高めようとする企ても、今後に渡って一切持ちません。
久々に、苦手とする「トラックバック」も有効にしますが、制作現場とコンセプトを少しでも応援出来れば、という一心に拠る行動です。作品を褒める為だけに利用して下さい。文面引用とリンクも同様です。作品を貶したり、或いは誉めそやす体裁で良からぬ利得を企てようとする方は、一切関わらないで下さい。
スパム等は、通報できる限りの処に通報致します。

どうぞよろしく。

素晴らしいNHK大河ドラマ「平清盛」の公式サイト。
NHK大河ドラマ「平清盛」

本日、第3話放映日ですが……、録画しますけど、まだ観ません^^;
じっくり腰据えて、丁寧に観たいので。

でも、私的に並々ならぬ思い入れ有る、源三位入道の初登場だけは、リアルタイムで間に合いたいなー。
どうも、この配役には凄まじいサプライズが秘されている予感がするんですよ。
確か、配役発表、まだですよね。
昭和47(1972)年の、あの名作大河ドラマ「新・平家物語」から、ダイレクトにとてつもない御方が配役されそうな予感さえします。
この文脈が当たっていれば……、もう「あの方」か「あの方」でしょうね(笑)

源三位入道、源三位頼政、源頼政。

公卿の時代から武家の時代、平家の時代から源氏の時代へ、それを象徴する巨大なキーパーソンですから。

まあ、この予感は勿論、外れてもいいんです(笑)

しかしまあ、「義経」で、亡き丹波哲郎氏が演じられた源頼政、カッコ良かったなあー。
あれはもう、私の中で永久不滅の絵姿ですわ。

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Wednesday, January 11, 2012

伏龍興起,鳳雛羽化.壬辰一月.

今年は何か、陽を向くように世が革まる起点であるように感じられるのです。

以前のように、己が心魂を甚大に傾注した更新に復することはもうあるまいと思いますが、このブログ「銀璧亭」を再び脈動させようと思います。

何か特定の宗教や思想に発心したというわけではありませんからね^^;

しかし、幼き時から年々歳々敬慕の念、弥増しに増す、聖ジャンヌ・ダルクの生誕600年を心よりお祝い致します。

Sainte Jeanne d'Arc, priez pour nous.

そして、「心のともしび」運動のマクドネル神父さまの温かい御心に深く感謝致します。
あなたの御手の温もりは、終生忘れません。

....................................................................................................

Dear the Rev. Fr. Graham McDonnell

Thank you very much for you gave me the other day,
For My Fater in Heaven ,,,,and For Us.

The best of health to you.

With our best regards.

Tando
....................................................................................................

「600年」という期間は、東洋的な価値感覚の中では特別な意義を成します。
十二支と十干の組み合わせ「六十干支」の10周目にあたります。
或いは、これは天体の摂理由来なので、生命あるものにとって特別な事象と捉えるべきなのかも知れません。
そうした大きな流れの中で、人類史上の殊に大いなる救世者、聖ジャンヌ・ダルクとの結び付きを考えると、少なくとも、惨禍の極みにあった昨年からの心機一転を期する、積極的な心持ちになれるように思われませんか?

皆様と、そして我々の、大いなる幸福の開基を衷心より祈ります。

ついで、私事。
久々なので改めて申しますが、かく「銀璧亭」、『ヘキ』は『玉』の『璧』で、『完璧』の『ヘキ』なのでございます。
文字が変換されない場合は「完璧」と打つと、たいていの文字入力ソフトでも対応します。
私自身、今の文字入力ソフトに変える前、―このブログの初期―には、「璧」の変換が余りにも面倒なので、「完璧」から拾い上げて辞書登録して用を為していました^^ゞ

この旨についても申し述べているも(常時右ラインからリンク表示)、ついでにaboutもご高覧賜りましたら幸甚です。
……ここだけは、かつての雰囲気を変えないままにしている部屋です。

そして、バナーを作って下さった「紅子サマ」(※当時)、近年消息をしていません。
申し訳ありません。
お元気ですか?
貴作のバナーは、このブログが存続する限り、「篇額」として掲げ続けさせて頂きます!

それでは、本日はこれにて。
タイトルは、干支と繋げて、とにかく何が何でも「大きなめでたい」意図を込めました(^^)

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Wednesday, June 29, 2011

日本コロムビア100周年記念企画に寄せて。

1910(明治43年)10月に、日蓄こと日本蓄音機商会が設立されて、100年が経過しました。この企業こそが、現在の「日本コロムビア」の祖型であり、また、この時こそが本邦に於ける純国産商業レコード文化の濫觴とも言えるでしょう。

それに伴って、日本コロムビアではこの1年程の間にポツリポツリと、貴重な歴史的音源の数々を体系的にCD復刻して、世に送り出し始めました。
私にとっては、聴きたくても叶わなかった貴重な歴史的音源へのコンタクト実現を予期させる、嬉しい前兆でした。そして、前兆は遂に大輪が咲き乱れる様相となりましたので、このブログでも感謝と応援の意を込めて、ご紹介に貢献出来ればと思い拙文を連ねる次第です。

兎にも角にも、分野、時代、意義、全てが広範なので、ひとまず今回記事では発端として、注目に価するCDのご紹介のみに止めたいと思います。

<1>
コロムビア創立100周年記念 決定盤 流行歌・大傑作選(2CD)
1)明治 大正 昭和初期

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2..鉄道唱歌:納所文子
3.金色夜叉:塩原秩峰
4.船頭小唄:鳥取春陽
5.籠の鳥:歌川八重子
6.君恋し:高井ルビー
7.アラビヤの唄:二村定一,天野喜久代
8.麗人の唄:河原喜久恵
9.酒がのみたい:バートン・クレーン
10.酒は涙か溜息か:藤山一郎
11.影を慕いて:藤山一郎
12.走れ!大地を:中野忠晴
13.サーカスの唄:松平晃
14.並木の雨:ミス・コロムビア
15.小さな喫茶店:中野忠晴
16.夕日は落ちて:松平晃,豆千代
17.花言葉の唄:松平晃,伏見信子
18.博多夜船:音丸
19.山寺の和尚さん:コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ
20.別れのブルース:淡谷のり子

・DISC-2:
1.愛国の花:渡辺はま子
2.旅の夜風:霧島昇,ミス・コロムビア
3.悲しき子守唄:ミス・コロムビア
4.シナの夜:渡辺はま子
5.一杯のコーヒーから:霧島昇,ミス・コロムビア
6.古き花園:二葉あき子
7.何日君再来:渡辺はま子
8.誰か故郷を想わざる:霧島昇
9.なつかしの歌声:藤山一郎,二葉あき子
10.お島千太郎旅唄:伊藤久男,二葉あき子
11.湖畔の宿:高峰三枝子
12.小雨の丘:小夜福子
13.蘇州夜曲:霧島昇,渡辺はま子
14.熱砂の誓い(建設の歌):伊藤久男
15.紅い睡蓮:李香蘭
16.めんこい子馬:二葉あき子ほか
17.崑崙越えて:藤山一郎
18.南の花嫁さん:高峰三枝子
19.お使いは自転車に乗って:轟夕起子
20.お山の杉の子:安西愛子ほか

◎私の一言感想:
伝説の演歌師、鳥取春陽(1900-1932)が歌う「船頭小唄」を積年聴きたかったのです!
大正10(1921)年、オリエントレコードへの、この吹込みで、「船頭小唄」を!
日本歌謡曲史を画するこの名曲が作られた、その年に録音されたレコードです。
私はこの1トラックの為に、このCDを買ったと言っても誇張にはなりません。


<2>
コロムビア創立100周年記念企画 伝説を聴く(2CD)

【収録トラック】

・DISC-1:
1.カチューシャの唄(復活唱歌):松井須磨子
2.ゴンドラの唄:松井須磨子
3.のんきな父さん(のんき節):石田一松
4.かやの木山の:藤原義江
5.ある晴れた日に-歌劇「蝶々夫人」より(日本語歌唱):三浦環
6.恋はやさしい野辺の花よ:田谷力三
7.沓掛時次郎(脚本解説):大河内伝次郎
8.沓掛小唄:川崎豊,曽我直子
9.映画劇「金色夜叉」:林長二郎,田中絹代
10.金色夜叉(貫一の唄):藤山一郎
11.松竹映画「十九の春」歌と映画劇:
・・・静田錦波(ナレーター)
・・・伏見信子,竹内良一,高峰秀子(出演)
・・・ミス・コロムビア=松原操(*歌は3番のみ収録)
12.愛の紅椿:霧島昇,田中絹代
13.七里ケ浜:高田稔
14.小雨の丘:小夜福子
15.すみれの花咲く頃:宝塚少女歌劇月組生徒,天津乙女,門田芦子
16.カマラードの唄(友達はよいもの):水の江滝子
17.十五夜の娘:川島芳子
18.郷愁の舞姫:崔承喜
19.何日君再来:白光
20.興亜三人娘:李香蘭,白光,奥山彩子
21.思い出せないことばかり:鶴田浩二
22.旅はそよ風:大谷友右衛門,八千草薫

・DISC-2:

1.花のいのちは:岡本敦郎,岸恵子
2.君は遙かな:佐田啓二,織井茂子
3.伊豆の佐太郎:高田浩吉
4.やくざ若衆:中村錦之助
5.湖水物語:山本富士子
6.山の男の唄:三船敏郎
7.海女の慕情:前田通子
8.青い山脈:宝田明
9.絵草紙若衆:勝新太郎
10.赤いカンナの花咲けば:松島トモ子,小畑やすし
11.船頭小唄:森繁久彌
12.洒落男:榎本健一
13.ちょいといけます:榎本健一,古川緑波
14.歌くらべ荒神山:川田晴久,永田とよ子
15.アジャパー天国:泉友子,伴淳三郎
16.僕が女房を貰ったら:五月みどり,フランキー堺
17.彼奴ばかりがなぜもてる:渥美清
18.かっぽれ:吉原〆治
19.大石山鹿護送:桃中軒雲右衛門
20.大高源吾:二代目 吉田奈良丸
21.阿波の鳴門:豊竹呂昇

◎私の一言感想:
稀少音源の怒涛の如きラインナップに目眩がしそうです。
太字にしたトラックは、個人的な思い入れと関心から。
今、日本で発売されているCDの中で、最も内容が濃いタイトルかも知れませんね。
松井須磨子の「ゴンドラの唄」を遂に聴くことが出来た!!
「流行歌大傑作選」共に、別日を期して一文書きます。


<3>
日本の歴史的演説(CD3枚・紙箱仕様)

・DISC-1「政治家・大正時代編」:

1.「憲政ニ於ケル輿論ノ勢力」より:大隈重信
2.「非立憲の解散・当路者の曲解」より:島田三郎
3.「正しき選挙の道」より:尾崎行雄
4.「政治の倫理化」より:後藤新平
5.「強く正しく明るき日本の建設」より:永井柳太郎
6.「経済道徳合一説」より:渋沢栄一
7.「国民ニ告グ」より:田中義一
8.「新内閣の責務」より:犬養穀

・DISC-2「政治家・昭和 戦前編」:

1.「国民に愬う」より:浜口雄幸
2.「財政経済について」より:高橋是清
3.「危ない哉!国民経済」より:井上準之助
4.「総選挙ニ際シテ国民ニツグ」より:町田忠治
5.「理由無き解散」より:小泉又次郎
6.「犬養内閣の使命」より:鳩山一郎
7.「総選挙と東方会」より:中野正剛
8.「日本精神に目覚めよ」より:松岡洋右
9.「国民の協力を望みて〈消費と節約〉」より:賀屋興宣
10.「重大時局に直面して」より:近衛文麿

・DISC-3「軍人編」:

1.「乃木将軍の肉声と其思ひ出」より:
・・・小笠原長生による解説,乃木希典の断片的音声録音(自己紹介一言)
2.「聯合艦隊解散式に於ける訓示」より:東郷平八郎
3.「日本海海戦に於ける東郷大将の信仰」より:小笠原長生
4.「東郷元帥」より:古田中博
5.「弥マコトの道に還れ」より:秦真次
6.「非常時は続く」より:荒木貞夫
7.「国民諸君ニ告グ」より:林銑十郎
8.「政府の所信」より:米内光政
9.「宣戦の大詔棒読」より:東条英機
10.「提督の最後」より:平出英夫

※各タイトル分売(内容は完全に同一,セットとは外箱の有無のみの違い)
もあります。

政治家-大正時代編

政治家-昭和時代編

軍人編

※注:各人の経歴解説はありますが、テキストは一切付随していません。

◎私の一言感想:
出るべきCDがやっと出ました。本当に、やっとです。
やはり、別日を期して一文書きます。

>>>>>◇◇◇◇<<<<<<

・・・それでは、本日はひとまずご紹介のみ。
思いの丈が大き過ぎるだけに、力が要りそうです・・・。

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Saturday, December 19, 2009

トラップ一家物語~Trapp Family Story

NHK-BS2で先日まで再放送していた、「ハウス世界名作劇場」の「トラップ一家物語」(1991年本放送)。
私はリアルタイムで終盤を視聴し損なったままだったので、特に物語後半から録画していました。トラップ男爵がマリアさんに求婚するまでの辺りからです。いやあ、良かった。やっぱり名作劇場は素晴らしいっ!

それで、録り溜めていた最終回までの数話を見終えたところなのですが…、いやあ、泣きました。何処で泣いたかと言うと最終回、一家が住み慣れた家を秘密裏に去るシーン。気の好い料理人のローズィおばさんと子ども達の別れのシーン、うううう、ウルウル。そして古馴染みの、頼れるフランツさん。フランツさんは男爵が破産した時のお金のエピソードで既に私はだだ泣きだった訳ですが、このオーストリア脱出と告別の経緯にいたっては、もうたまりません。乗合バスでのトラップ男爵との別れのシーン、ああ、ダメだ、もうキー叩きながら思い出して涙腺が緩んできた。マリアさんが亡命の船上で何とは無しに歌い始める『別れ』(ムシデン)も心に迫ります。国外脱出を援けてくれた顔ぶれと共に、このよき人々に幸多かれと願わずにはいられませんでした。

さて、クリスマスを見据えた盛り上がりも正に酣、1枚のCDについて今回は書きます。

Christmas With the Trapp Family Singers~
「ひいらぎ飾ろう」「きよしこの夜」等のキャロルと、グレゴリオ聖歌、プレトリウス、バッハ、スウェーリンク、ヴィットリア、パレストリーナによるクリスマス・チャント集

The Trapp Family Singers(トラップ一家合唱団)
マリア・アウグスタ・フォン・トラップ
ウェルナー・フォン・トラップ
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
ヘートヴィヒ・フォン・トラップ
アガーテ・フォン・トラップ
ヨハンネス・フォン・トラップ
エレオノーレ・フォン・トラップ

シャーリーン・ピーターソン
ハロルド・ピーターソン

フランツ・ヴァスナー(指揮)

1951-53年、Deutsche-Grammophonによる録音。時期的にはまだモノラル録音ですが、テープ機材に移行してからの収録でもあり、とても良好な音質です。リマスタリングが良いのか、適度な奥行きがあり、非常に聴きやすく感じられます。さすがは Deutsche-Grammophonの録音です。
時期的には、既にゲオルク・フォン・トラップ準男爵の没(1947年)後です。そして、ヨハンネス、エレオノーレの両氏が、トラップ艦長とマリアさんの間に生まれたお子さんです。指揮はこの合唱団結成の立役者、ヴァスナー神父が担っています。

さて、この音源なのですが、純粋な音楽CDとしての鑑賞に充分耐える、極めて優れたものです。むしろ、あまりに高尚な音楽が繰り広げられるので、名作劇場や映画『サウンド・オブ・ミュージック』のうきうきするような感動から手に取ると、却って戸惑いさえするのではないでしょうか?
私の場合が正にそれで、「さあ、届いた、どんな合唱なんだろうワクワク…」とプレーヤーにセットして、一曲目のプレトリウスが始まるや、「…え、え? こんなに素晴らしいんですか、何だかスミマセン…」と、思わず居住まいを正さずにはいられませんでした。
そもそも、プレトリウスやスウェーリンク、パレストリーナといった作曲家の名が並んでいる時点で、これが単に享楽的な意図から製作されたものではないことを察するべきでした。合唱団を指導したヴァスナー神父の高い識見に他ならぬことと思います。歌唱、アンサンブル自体も大変優秀であり、一機縁から歌の世界を生業と為すようになった家族のものとは、到底思われません。ヴァスナー神父はどのようにしてこの家族を導いたのでしょうか、本当にとてつもない人です。そして、キリスト者の信仰の篤さ、祈りの深遠さというものがここには満ち満ちています。

さまざまな形で生じた好奇心を満たしてくれるどころか、より一層の感動を与えてくれることは間違いありません。
賑やかで楽しいクリスマス・アルバムとは趣を異にしますが、「クリスマスって本来こういうものなんだよなあ」というところに立ち返らせてくれる、素晴らしい一枚だと思います。

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Tuesday, November 29, 2005

追悼・山下毅雄

作曲家・山下毅雄氏が、さる平成17年11月21日に亡くなったという。
生老病死は人の定めであるが、誠に哀惜の念に堪えない。

私自身は、その全盛期と時を同じくしていない若輩者である。しかし、この偉大な才人が刻んだ轍は、確かに新たな時代を導いたものと信じて疑わない。

今はルパン三世 THE 1st SERIES ANTHOLOGY - MUSIC by TAKEO YAMASHITAを聴いて涙することにしよう。
山下御大自身による各曲目解説と併せて、正に極上の逸品。

「銭形の目玉ギョロリ 追う追う……逃げる逃げる……空もいいなあ……」 (TWO-BEAT ROCK-“LUPIN3 PART2”)

「義理と人情のルパンズプロジェクト。五右衛門、いい事教える。」 (A TOUCH OF JAPANESE TONE)

「不二子ヤーイ! ルパン飛んでやがる。オロロロ…歩いてんのか。ゆけゆけ丘を越えて。」 (SHUFFLE ROCK-LUPIN WALKIN’)

「気分はトロピカル。サンバってェ酒ねェのか!」 (MEDIUM SAMBA)

「ピンチだルパン! ルパン風ピンチって?……アレレ……ワルサーが吠える、バイクが叫ぶ。フヒャー!」 (AFRO“LUPIN’68”)


一見エキセントリックと言うか、可笑しいようだけれども─その後シリーズを重ねるルパン三世、既にここにあり、なのである。創作の経緯への言及も、実に熱くて生々しい「クリエイターの言葉」となっていて見逃せない。

もう一つの推薦CDはこちら。
ルパン三世´71ME TRACKS

行方不明となっているマスター音源を、MEテープからの切り貼りによって「復元」した、誠に頭の下がる大労作。限界ギリギリまでSEを排除した構成となっている点、企画制作の高島幹雄氏の熱意が感じられて、美しい。

さあ、もういいだろう。
「旧ルパン」のマスター音源よ、再び世に還るのだ!!
 
 

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Friday, January 07, 2005

ディエゴ・デル・ガストール

今回は久しぶりにフラメンコの話題です。
因みに、この記事中に登場する商品リンクは全て、フラメンコ音楽専門ショップ「アクースティカ」(Acustica)様の在庫ページを参照させて頂いております。

ディエゴ・デル・ガストール(Diego de El Gastor,1908-1973)は、当ウェブログのプロフィール欄で、殊に愛着のあるアーティストとして名を挙げていますが、この欄から生まれた記事って未だに少ないですよね。以前にも度々言い訳した事がありますが、思いの丈が強すぎると、なかなか書き始める取っ掛かりが掴めないものです。プロフィール欄では、フェインベルグ、シャフラン、そしてエルモア・ジェイムスがそれに該当します。
一方で、好きは好きだけど、充分な音源が揃い切らないまま好きになってしまった演奏家もあるのです。
マリヤ・ユーディナはその典型とも言うべき人でしょう。廃盤状態の音源を様々な方法で入手して聴く都度、「ああ、素晴らしい」と、深い感銘を受けるものの、未だ此所一番と言った音源を逸しているのです。この人については「時期待ち」と言ったところでしょうか。
以前の記事で「再発祈願」めいた事を書きましたが、嬉しい事にロシアのレーベルVISTA VERAから、数点のリリースが予定されているようです。従って、ユーディナについてはこれらのタイトルが入手出来た時を、記事の「書き時」と見込んでいるところです。

そして、今回記事のディエゴ・デル・ガストールもまた、わたくしにとってそうしたアーティストでした。

フラメンコと言う斯界を通じて、「録音嫌い」を貫いたアーティスト(スペイン語ではアルティスタ)は少なくありません。レコード録音の時代まで活躍を続けながらも、頑なに拒み続けた人は、名の知れている所を思い浮かぶままに挙げても、十指に余ります。特にSP録音の時代は、録音機材のある都市部にアーティストが出向かなければならなかったので、尚更その傾向が強かったようです。

フラメンコ・ギター(トーケ・フラメンコ)に於いて、高い名声を持ちながらも「録音嫌い」を貫いた人と言えば、大きく2人の名が挙げられます。

一人はマノロ・デ・ウエルバ(Manolo El de Huelva,1892-1976)。
ラモン・モントージャ(モントーヤ)に続く世代の、時代を画する名手でありながら、「芸を盗まれるのが嫌で」録音を拒み続けました。ギターを弾く人間は爪を見ればすぐ判るとの事で、それと悟れば絶対に演奏を披露しない、と言う程の徹底ぶりだったとか。
そんな彼ですが、幾つかの伴奏録音が正規音源として残されています。また、愛好家による「隠し録り」をも合わせると、意外と多くの録音でその演奏に触れる事が可能です。その中には、全く遺されていないと思われていたソロ演奏も4曲含まれています。

そしてディエゴ・デル・ガストール、本名ディエゴ・フローレス・アマーヤこそ、わたくしにとってはまさに「幻のトカオール」であり続けました。
ある時期までは、把握している音源数が前述のマノロ・デ・ウエルバよりも少なかったのですから、その程度が知れようと言うものです。
遡ればパコ・ルセーナ(Paco Lucena/Nino de Lucena,1859-1898)に連なる古い流儀の継承者で、殆ど終生に渡って故郷のモロンでキャリアを重ねた彼は、長い間スターダムとは程遠い位置に在りました。実際にどの位「録音嫌い」だったのかは判りませんが、積極的で無かったと云う事だけは間違いないでしょう。SP期の録音が見当たらないのは、先述したように「出向」を行わなかった所為かも知れません。

そんな彼の演奏を窺い知る事の出来るCDは、Ariola/EURODISC/BMGの4枚組CD「カンテ・フラメンコの半世紀」(Medio siglo de cante flamenco)収録の、ホセレーロ・デ・モロン(Joselero de Moron,1910-1985)を伴奏した2曲が僅かに正規録音、その他には隠し録りの伴奏音源が数点存在するだけでした。
その他に遺された正規音源は、マノリート・エル・デ・マリア(Manolito el de Maria,1904-1965)を伴奏した数点の録音と、RTVE(スペイン国立放送)のVTR音源の存在を把握していたに過ぎません。
前者はこよなく良いセッションと聞きますが、未CD化の為聴く便宜を得ないままです。
そして後者は、昨年に本家のRTVEレーベルから一部がCD化されました。"Nuestro Flamenco"(ヌエストロ・フラメンコ)と題されたCDの内、Vol.2にペラーテ・デ・ウトレーラ(Perrate de Utrera,1915-1992)を伴奏したものが4トラックと、ディエゴ自身によるソロ録音が4トラック収録されています。ここに至って漸くわたくしは、ディエゴ・デル・ガストールと云うトカオール(フラメンコ・ギター奏者)の「真の姿」に接し得たように感じました。

そして昨年末には、更に「願ったり叶ったり」とも言うべきCDが発売されました。
モロン市役所制作の限定頒布LP盤"EVOCACIONES"の限定CD化、"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"、なんと収録された10トラック全てが、ディエゴのソロ演奏です!
このCDを手に入れるに至って、漸くこの偉大なトカオールに関する記事の「書き時」を得たと判断した次第。以下、演奏について書いてゆきたいと思います。


フラメンコという音楽は、絶えず動き姿を変える「生き物」のような側面があります。接した時の感興次第で、印象がまるっきり変わってしまう事も少なくありません。
一つの取っ掛かりを得た瞬間に、霧が晴れたように全てを見渡せる事もあります。わたくしにとって、ディエゴ・デル・ガストールの場合は、まさしくその両方が該当します。
ホセレーロとの共演や、隠し録りの伴奏に聴かれる彼の演奏は、確かに特異な個性を感じさせるものでした。しかし、歌伴奏と云う条件下にあって、彼独自の様式を把握するには未だ到らないもどかしさを感じたのも事実です。
カンテはフラメンコの生命、と言われます。昔気質のトカオールにとって、ソロ演奏などはあくまでも余技、本領は歌伴奏にあったのです。恐らくディエゴもそうした信念の下で演奏活動を行っていたに違いありません。
しかし、ソロ演奏を聴く事が叶うのなら、やはりどうしても触れてみたいもの。ギターと弾き手が1対1となった状態で、如何なる境地が生まれるものか…。

昨年末の締めくくりに少しだけ書いた"Nuestro Flamenco 2"で、ディエゴのソロを初めて聴いた時の衝撃と言ったらありませんでした。知る限りの如何なる演奏にも当てはまらないような、強烈な個性が至る所に発揮されているのです。

例えば、シギリージャ。息の長いフレーズの中に底知れぬ慟哭を歌う、カンテ・ホンドの極致とも言える曲種です。
あくまで拙見ですが、この曲調を撥弦楽器のソロに置き換えるという作業は、何か相克する要素の解決無くしては成立し得ないと思われるのです。バイレ(踊り)に於いても、相応しい振付が行われるようになったのは比較的最近の事と聞きます。
それが為か、ソロ演奏に聴かれるシギリージャと云うものを聴いて、わたくし自身充足を感じる事は稀でした。

ところが、ディエゴの演奏はどうでしょう!
歌うように弾く素晴らしいトカオール、彼もまたその一人である事は疑いようもありません。だが、それだけでは無い何かが、この人の演奏にはあるのです。胸中の奥底まで掻きむしられるような「トーケのシギリージャ」を聴いたのは、後にも先にも初めてでした。

ディエゴのトーケは、他と一体何処が異なると言うのでしょうか?

先述"Nuestro Flamenco 2"の最後に聴かれるブレリアからは、その個性を違った側面から見て取ることが出来ます。
シギリージャとは対照的に、リズミカルで激しい曲調のブレリア。ディエゴは無闇と盛り上げるようなことはせず、聴き手をじりじりと自らのグルーヴに引き込むような演奏を繰り広げています。その中に盛り込まれた山あり、谷ありのフレーズ、ただ追いつ、感じつしている僅かな時間に、聴き手は知らず知らず熱中させられてしまうのです。スタジオにオーディエンスを入れての収録ですが、その反応は楽想と実に良く呼応しています。

半音階的な楽想を多用している点も、ディエゴの個性を際立たせています。フラメンコには何処か東洋の香りが残っていると言いますが、ディエゴのトーケを聴くと、それを肌身で実感する瞬間があるのです。殊に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"に収録されたトラック、「サンブラ」(ZAMBRA)に至っては、中東のウードと見紛うよう。名もジャンルも伏せて聴かされたのならば、フラメンコと判断するのを躊躇う程です。
奏法に於いても彼は、トリッキーとも言える「弾き崩し」を頻繁に行います。それがまた、聴かせ所を実に良く心得ていて、たまらない魅力なのです。

ディエゴのトーケを一言で表現するならば、それは「乱調の美」だと思います。
カンテに同様のものを見出すならば、マヌエル・トーレ(Manuel Torre,1878-1933)のそれが該当するかもしれません。ただ、マヌエル・トーレの、それも数少ない出来の良いセッションで聴かれる「乱調の美」は、謂わば天性のみを拠り所とするものだと思います。
ディエゴのトーケは何が異なっているかと言えば、彼はひとたびは完璧に磨き上げたスタイルを、再び毀形して新たな美を紡ごうとしている事、それに尽きるのだと感じられてならないのです。
わたくしの場合は、ソロ演奏を聴き得て初めて、先述のホセレーロとの共演の真価も理解出来たような気がしています。

ディエゴ・デル・ガストール、もし彼の演奏をお聴きになるのであれば、ソロも歌伴奏も共に堪能出来る"Nuestro Flamenco 2"をまずお勧め致します。
その後に"DIEGO DEL GASTOR/EL ECO DE UNOS TOQUES"で、更に奥深い所まで味わいたいものですが…このCD、シリアル・ナンバー入りの限定盤とのことですから、余りまんじりともしていられないようです。ちなみにこのCDには、140ページにも渡るディエゴの伝記ブックレットが付属しています。全編スペイン語なので、わたくしは殆ど読み解けていないのですが…(^^;


それと、「マイリスト」に、新しく"SHOP"を設けることに致しました。
記事中で在庫等に触れさせて頂く(今回もそうです)便宜も度々あると思いますので、わたくしが日頃お世話になっている店舗様をリスト化させて頂こうと云う目論見です。
お目に掛けるのも恥ずかしいスペースなのですが、万一アクセス解析などでこちらを発見された折には、何卒御寛容の程お願い申し上げます。
 

2005.5.2

ご厚誼に与っているnono様のblog"Pena El Gallo"で、ディエゴ・デル・ガストールの音源にまつわる仔細な記事を公開なさっています。
私自身はLP音源の知識が皆目無いので、大変勉強になりました。
 

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Tuesday, January 04, 2005

帰還報告

昨晩遅くにMidnight Sugar様の御宅から帰還した次第です。厚かましくも2日続けて夕食まで御馳走になってしまいました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げたいと存じます。
ありがとうございました。

新年早々にお邪魔してしまいましたが、お陰様で賑やかで楽しい時間を過ごす事が出来ました。
色々とお酒を飲んだ後、その流れで夜遅くまで麻雀、と云う流れに…(^^;
わたくし麻雀は全く心得が無かったのですが、一からレクチャー頂いて、結局2周目オーラスまで参加してしまいました。
考えてみれば麻雀は重要な社交遊戯ですからね。覚えて置くに越した事は無いでしょう。面子が揃わないと実戦経験は積めませんが、ここは一つ、ゲームソフト等で鍛えてみようかと思ったりして…。


久しぶりに直接お会いする便宜を得て、漸くお伝え出来た事もありました。
御作の感想もそうですが、Midnight Sugar様のサイトについても、ちらほらと…。

氏のサイトは以前に移転なさっていて、その際に複数のコンテンツがUnder constructの状態となりました。
中でも再アップロードが望まれるのが、ジャズ関連のコンテンツです。
Midnight Sugar様はニューヨークに滞在されていた時期に、アート・ブレイキーファラオ・サンダースと云った人々と面識をお持ちだったとの由。関連するエピソードや、その頃のハーレムの雰囲気を伝えるコラムが掲載された、素敵な内容でした。

かれこれ1年近く閲覧が出来ない状態が続いているので、この機会に強くリクエストさせて頂きました。期待してお待ち申し上げたいと思います(^-^)

それと、お伺いする度に何か音源を携えてゆくのですが、今回はアルヴォ・ペルトの「タブラ・ラサ」にしました。
Midnight Sugar様とは、以前にギドン・クレーメルの「ピアソラへのオマージュ」をきっかけに音楽談義が深まった事、そしてキース・ジャレットによるショスタコーヴィチ/「24のプレリュードとフーガ」がお気に召した事とを踏まえたチョイスです。

前掲「タブラ・ラサ」の1トラック目「フラトレス」は、クレーメルとジャレットの共演。これをお勧めせずして何を…と云った感じかもしれませんね。

特にキース・ジャレットは、もとは氏を通じてその魅力に開眼したアーティスト。ショスタコーヴィチは謂わば「フィードバック」を言う訳です。
こう云う事があるから趣味を通じての交流は楽しいもの、つくづくそれを実感します。
 
 

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Saturday, November 20, 2004

歌のないオペラ・アリア集

最近、クラシックのCDばかりが目立って増えたものですから、書きたいものとまだ書けないものとが錯綜しております(^^;
こう云う時は、暫くそのままにしておくに越したことはありません。

今回は、頭がほぐれるような美しいメロディがぎっしり詰まった1枚をご紹介…。

「オペラ・ロマンティック・メロディ」/アンドレ・コステラネッツ

アンドレ・コステラネッツ(Andre Kostelanetz,1901-1980)はロシア系の指揮者/作曲家。革命後に母国を離れ、長じてはアメリカで自らの楽団を率いて活躍しました。マントヴァーニなどと並ぶ、イージー・リスニングの草分け的存在です。
昭和30年代にはNHK交響楽団へ客演した事があり、その音楽的素養の高さと厳密なリハーサルには、団員も感銘を受けたそうです。

そんなに多くの音源を聴いているとは言えませんが、わたくしはコステラネッツの演奏が好きです。親しみ易くも何処か気品のあるアレンジの力は大きく、繰り返し聴いても飽くことがありません。
上掲のCDは、やはりコステラネッツ自身のアレンジによる、19世紀オペラの名旋律集です。価格も手頃で、コステラネッツの魅力に接するには恰好の1枚だと思います。

オペラ・アリア集と言うと、歌手の好みも人それぞれ、またレーベル毎に擁している歌手の向き不向きもありますから、「完璧な1枚」はなかなか見出し難いのではないでしょうか。インストゥルメンタルによるオペラ・アリア集というコンセプトは、ファースト・チョイスにはなり得なくとも、想像以上に高い充足を与えてくれます。

冒頭から、美しい「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲の名演に引き込まれてしまうのですが、個人的に嬉しいのはプッチーニのアレンジが多く選曲されている事です。
「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」や、「ラ・ボエーム」の「ムゼッタのワルツ」、「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」、「マダム・バタフライ」の「ある晴れた日に」など、このアルバムの白眉とも言えるでしょう。こうして聴いてみるとプッチーニのオーケストレイションが、如何にヴォーカルを美しく彩る事に長けていたか、目の当たりにする心地です。これで「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」が収録されていれば、本当に完璧だったのですが…それは欲張りすぎですね。
やはり魅力的な旋律が多いビゼーのオペラ「真珠取り」の「耳に残るは君の歌声」は、「真珠取りのタンゴ」の原曲。コステラネッツのアレンジは、よりクラシックに近いスタンスから原曲の魅力を引き出しています。これで「神殿の奥深く」の2重唱もあれば…(略

逐一述べるときりがありませんが、どのトラックを取り上げても魅力的な宝石箱のようなアルバムだと思います。
発売から既に10年近くが経過していますが、未だに現役というのは珍しい事です。
こういう廉価発売盤は、期間限定プレスだったりするのですが…。
そう言えば以前にご紹介したピュイグ・ロジェの「月の光」も、同シリーズの1枚です。
 
 

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